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マレビト ~少年ヤマトの冒険~  作者: 圭沢
第二章 精霊の森

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51話 草原にて

 魔力だまりを消滅させてから三日。ヤマト達は漆黒の霊狐イヅナに導かれ、順調に精霊の森に向かっていた。

 延々と続く上り坂がようやく終わったこの日の午後、一行は崖の上に広がる大きな草原に辿りついた。


「うわあ、セタの村はどの辺かなあ?」

 崖のふちに近付き、手を額にかざして嘆声を漏らすセタ。

 眼下にはどこまでも森が広がり、地形に従っていくつもの起伏を描いている。


「あれ……千年樹様じゃない?」

 ヤマトの指差す先には、周囲の緑からぽつんと飛び出ている一本の巨木。

「ふふふ、そうじゃのう。まあ、まだ当分眠りについたままであろ」

 数百年を生きる霊狐、イヅナがヤマトの足元に座り、崖下からの風にその見事な毛並みをなびかせた。

 千年樹はヤマトの旅立ちに当たり、ヤマトに力を分け合わえると同時に自らは眠りについたのだ。


 遠くにそびえる千年樹を眺めながら、イヅナは慈しむような声色でヤマトに語りかけた。

「あれが目覚めるとき、そなたはどこまで成長しておるかのう」


「お目覚めになったら、私も会いに行きたいですね」

 ルノがそっとヤマトの隣に並んだ。

 素直な白金の髪が風でふわりと広がり、午後の陽光を受けて輝いている。まるで光に包まれているようだ。

 ここ数日、イヅナに巫女としての教えを受けているからか、一時失っていた自信も戻りつつあるように見える。


「うおい、あれスーサじゃね? イメラ見てみろよ、絶対そうだって」

 後ろで腕組みをして微笑むいかつい大男に、ツゲが騒がしく声を掛けた。

「違うってそっちじゃねえ! ほらあの草原の向こう、山を背負ったところだって! ほら――」


「あ、ホントだっ! 壁があって、白いのは家だよね! ヤマト兄ちゃんもルノ姉ちゃんも、ほらっ!」

 セタがヤマトとルノの手を取り、勢いよく千年樹の右奥を指し示した。

 その先には、木々が途切れて大きく広がる草原の奥、小高い丘を覆うようにひとつの町がぽつねんと威容を誇っていた。まさしくマレビトが築いた鋼の都、スーサだ。


 一行がしばらく感嘆の声を上げていると、崖の下から、たんぽぽの綿毛のようにふわふわと何かが舞い上がってきた。


「あ、ヤマトさまだー」

 儚げに光るかたまりが、草花が揺れるような可愛らしい声を出してヤマトの頭上に留まった。

 いつだったか泉のほとりで出会った風の子供たちの一人だ。


「おや、そなた森には帰らぬのかえ?」

 イヅナが優しく声を掛ける。

「ええとね、かぜがきもちいいからここであそんでたのー」

 ふわふわと円を描くように舞う光るかたまり。


「妾たちは森に向かっているところじゃが、そなたも一緒に行くか?」

「えええー、どうしようー? ヤマトさまもいっしょ? ならいくー」

 イヅナの誘いに、風の子供はヤマトの前でくるくると回った。

 そして、そのままヤマトの胸に、ぽん、と飛び込んだ。ヤマトの脳裏にクスクス笑う声が響く。


 セタがきょろきょろと、急に姿が見えなくなった光るかたまりを探している。

 そんなセタをイヅナは面白そうに眺め、どこか嬉しそうにヤマトに話しかけた。


「そなたは本当に精霊に好かれておるのう。そのままそなたの中で休ませておやり」

 そう言って、風に全身を馴染ませるように立ち上がるイヅナ。真っ直ぐ立てられたふさふさの尻尾が風になぶられ、大きく広がっている。


「さて、滅多にない広い場所じゃ。今日の移動はここまでにして、各々で鍛錬でもするがよかろ」


 イヅナの言葉に、セタとルノが喜びの声を上げた。ヤマトとしても嬉しい提案だ。あのクロカワという赤目の異形に軽くあしらわれた経験が、ヤマトの記憶に苦々しく残っている。ヤマトは風の子供が入って行った自分の胸をポンとひと撫でし、気持ちを切り替えて崖に背を向けた。


「じゃあブータローちゃん、荷物はお願いね!」

 一行は荷物をツゲの使い魔、ブータローに任せ、セタはツゲと、ルノはイヅナと、ヤマトはイメラとそれぞれが分かれ、崖の上の広い草原に散らばっていったのだった。





 それから一行は夕暮れ間際まで各々の鍛錬に励んだ。


「疲れたー! ヤマト兄ちゃん、アレやって!」

 今は食事も終え、夜の帳の中、草原の端で焚き火を囲んでくつろいでいるところだ。

「ね、ね、アレやってよーお願いっ!」


 セタがヤマトにまとわりついて懇願しているのは、いつだったかセタに身体強化を教えた時にヤマトが施した霊力の循環。

 イヅナによると、あれはかなり特殊なものだったらしい。ルノの巫女の力を強化する基本であり、セタの身体能力を底上げする効果もあるとのこと。

 ヤマトは単に千年樹の真似をしたに過ぎなかったが、それが出来るのは上級付喪の中でもごく限られた一部だけらしい。そんなことをヤマトが出来るのに大きく驚いていたイヅナだったが、その後の鶴の一声で少なくともルノに毎日一度は施すこととなっていたのだ。


 それをセタが自分にもとせがんでいる。

 この後ルノにもするのだから、セタだけ断る訳にもいかない。


「ほーれヤマト、やってあげろって」

 ツゲが悪戯っ子のキラキラした目でヤマトを促してくる。

 ヤマトとしては大した労力ではない。ないのだが――。


 ヤマトはひとつため息をついて、セタを座らせて自分はその後ろに膝をつき、背中を自分に預けさせた。

 ここのところセタは肉付きが良くなり、輪郭がだいぶ柔らかくなってきている。以前は乱暴にお下げにされていた赤い髪も、いつ手入れをしているのか、さらさらの真っ直ぐな髪質へと変化してきた。本人は長く伸ばしたいらしいのだが、今はまだ背後から両肩に乗せるヤマトの手をちょうどくすぐる長さだ。


「ほーれほーれ、おじさん達はあっち向いてるからなー」

 ツゲが何とも楽しそうに茶々を入れてくる。

「じゃあ……行くよ」

 ヤマトは更なるため息を押し殺して言った。この先が大いに気が引けるシロモノなのだ。


「……ん…………ぁ…………」


 セタの肩からヤマトの霊力を流し込んだ途端、セタが妙に艶めかしい声を漏らし始める。

 初めは「きゃははっ!」と笑い声を上げていたセタだったが、回数を重ねるうちにこうなってしまったのだ。

 ヤマトは自分の顔が真っ赤になっているのを意識しつつ、懸命に循環を続けた。


「かははは! ヤマトがソレをすると、次の日の嬢ちゃんの動きのキレが格段に良くなるからな、ちゃんとや――あ痛!」

「お前は黙ってろ」

 どうやらイメラが突っ込みを入れてくれたらしい。

「ヤマトがやっているのは物凄く高度なことだ。マレビトのお前が邪魔をするな」


「ふふ、さすが雷光じゃな。あれは妾にも出来ぬ芸当じゃ。よく見ておくのだぞ」

 焚き火の脇に陣取り、前脚にあごを乗せたイヅナが言った。火灯りを受ける尻尾の揺れ具合からするとかなり上機嫌のようだ。




「……終わりだよ」

 ひととおりの循環を終えたヤマトが、慎重にセタから自分の霊力を抜き取った。セタ自身の霊力に少しだけ自分のを混ぜ、増やしておくのも忘れていない。


「あの……次は私もお願いできますか?」

 ヤマトが視線を上げると、頬を少し赤らめたルノがすぐ脇に立っていた。恥じらいを含んだ淡い空色の瞳が真っ直ぐにヤマトを見つめ、揺れる焚き火の光が乗せる陰影がその整った顔に絶妙な色気を加えている。


「ぷはあ、気持ち良かった! 次はルノ姉ちゃんの番だねっ」

 ヤマトの動揺を全く無視し、伸びをするセタが生き生きと言う。

「これ、すっごい元気になるんだよね。ルノ姉ちゃんも今日はいっぱい鍛錬して疲れてるんだから、いっぱいやって貰いなね!」


「ぷぷぷっ! ヤマト、がんば――あ痛!」

 ツゲの側頭部にイメラのこぶしが炸裂した。大げさな呻き声を上げて頭を抱えこむツゲ。

「ヤマト、この馬鹿は気にせず進めていい」


「あはは、ツゲのおじちゃん、怒られたー」

 霊力循環をしてもらったセタが、いつも以上に軽快に動き回る。

 ヤマトはこの夜も覚悟を決め、セタ以上に蠱惑的なルノの霊力循環を始めるのであった。



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