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マレビト ~少年ヤマトの冒険~  作者: 圭沢
第二章 精霊の森

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48話 セタの想い

「いやーやっぱこういうのって楽しいよな」

 村人たちと騒いでいたツゲが、頃合いを見てヤマト達の元へやってきた。

 最後まで食べ続けていたアオイも皿を片付け、今は女性陣が一致団結してナミの兄のナギをからかっていたところだ。皆が村で作られたお酒を手にしており、村の女の子に声を掛けられたナギを見咎め、真っ赤な顔をしたナギをやいのやいのと責め立てている。


「おーい、この後どーする? 村の集会場に泊まってくれってことだったけど」

 状況を察したツゲがニヤニヤしながら話をいったん止めた。


「私はヤマトさんと、パピリカおばさんのところに泊まろうと思うのですが」

 透きとおった白磁のような肌の、頬だけほんのり桜色に染めたルノがちらりと隣のヤマトに視線を投げる。

 と、即座にナミが立ち上がった。

「えええー、私は反対れーす!」

 かなり酔っているのか、足元が覚束ない。兄のナギがとっさに支えようとしたが、その小柄な体を捉えきれずに逃げられてしまった。


「触るなーこの不潔男めー」

「な……。だ、だからアレは料理を取ってくれただけで――」

 ナギががっくりと膝をつき、終始無言で見守っていたイメラに視線で救いを求めた。


「うむ。コシの風習では、それは求愛だ」


 イメラのダメ押しに、再びきゃーきゃーとアオイとツバキがはやし立てる。

「あ、あのツゲさん……ナミはきっと酔っ払っちゃってると思うので、そろそろ僕たちはその集会場で休ませてもらえると……」


「かはは、そうしとけ。じゃ、ルノとヤマト以外は集会所でいっか。みんな行くぞーって、その前に。……ちょっとだけ真面目な話していいか?」

 皆の顔を見回すツゲ。充分に時間をおいて、砕けた空気がある程度引き締まるのを待って続きを切り出した。


「例の、赤目って化け物の件だ」


 即座に雰囲気が変わった。

 先ほどまでの華やいだ空気は消え失せ、真剣な表情が各々の顔に浮かんでいる。


「みんな話は聞いてると思うが、実際に対峙した俺の率直な感想を言おう――アレは、ヤバい」

 ツゲは喋りながらゴクリ、と唾を飲み込んだ。ヤマトもゆっくりと大きく頷く。


「イヅナや大猪の旦那たちと顔を合わせた時は俺もまだ知らないとんでもない存在がいるもんだと思ったけどな、その大猪の旦那たちが血相を変えて本拠地に戻って行ったんだよ。……で、俺も同じように感じてる。これはスーサに知らせるべきだ」


 ツゲの決断に、スーサのギルドの職員であり、ギルドマスターの孫でもあるアオイが真剣な顔で頷いている。


「予定どおりで何もなきゃ、俺たちはツバキがいろいろ交渉している間にのんびりとゴブリンの巣を潰して、それで一緒に町に帰れば良かった。だけどな」

 大げさに肩をすくめてみせるツゲ。ツバキが、分かってるわよ、という顔で先を促した。


「俺としては出来るだけ早く知らせに戻った方がいいって思うが、どうもイヅナとか八百万の神さん連中はかなりヤツのことを知っているらしいんだよ。町に戻ってギルドのじいさんやソヨゴに報告するにしても、今ほとんど何も知らないまま行くより、もう少し調べてからの方がいいと思うんだよな」

 これにはイメラが我が意を得たりとばかりに力強く頷いた。何やら曰くありげで危険そうな魔物が現れました、と現状で報告するより、これこれこういう危険な魔物が、と具体的に伝えた方が対処もしやすい。


「で、だ。イヅナがオキクルミにいろいろ聞きに行くって言ってたけどさ、ヤマト、俺もそれに一緒について行っていいか? その後ヤマトは俺と一緒にスーサに戻ってもいいし、そのまま精霊の森に残ってもいい。どうだ?」


 周囲の視線が集まる中、ヤマトはじっくりと考えてみた。

 まず、ヤマトとしても是非オキクルミの話を聞いてみたい。そして、世間知らずの自分にとって、その場にツゲが一緒にいるのはとてもありがたいことだ。後はイヅナの反応だけれど――おそらく、気にも止めないのではないだろうか。


「うん……こちらこそよろしく」

 ヤマトの答えに、ツゲはヤマトの髪をくしゃくしゃと掻き回してニカッと笑った。



「わかりました。ツゲさんがそう動くなら、こちらは私たちが引き受けましょう」

 状況を読むに敏感なユウスゲが、素早く一歩前に進み出た。以心伝心、双子のキスゲも後を引き取る。

「ゴブリンの巣――既にグレイウルフの大軍に踏み潰されてる気はしますが――と、皆さんの帰路の護衛ですね。はい、任せてください」


「なら私は予定どおりですね。明日の朝から話し合いを始められるよう、村の皆さんに約束は取り付けてあります」

 双子たちの言葉を聞いて、ツバキが几帳面な顔で淡々と告げた。宴の間に、いつの間にか根回しを済ませてしまっていたらしい。



「私はヤマトさんと一緒です」

 続いてルノが少し小さな声で宣言し、かすかな不安をその淡い空色の瞳に忍ばせてヤマトを見上げた。お酒でうっすら色づいた目元が抱きしめたくなるぐらい可憐で、ヤマトは跳ね上がった胸の鼓動を誤魔化すように何度も頷く。


「そんな化け物相手なら、もしもの時の戦力は多い方がいい。俺も行くぞ」

 不敵な笑みを浮かべ、イメラがごりごりと肩を回した。

 そう言ってくれると思ったぜ、とツゲがイメラに握りこぶしを突き出すと、イメラも同じように握りこぶしを突き出した。鈍い音を立てて打ち合わされる二つのこぶしに、二人の戦士はどちらからともなく、ニヤリ、と笑いあった。



「あー、僕たちもついて行きたいですけど、ちょっと力不足です。ねえナミ――って寝ちゃってますよ」

 いつの間にか気持ち良さそうに眠ってしまっている妹を見て、やれやれとため息をこぼすナギ。

「僕たちは残ってユウスゲさんキスゲさんのお手伝いをしますね。ナミには明日の朝一番で説明しておきます。ツバキさんも、引き続きよろしくお願いします」

 と、礼儀正しく頭を下げた。



「私もそっちはとても無理ね」

 アオイが少し恨めしそうにツゲに一瞥をくれた。

「このままツバキと同行して、スーサに戻り次第ギルドに第一報を報告しておくわ。そっちはきちんと情報を集めて、寄り道しないで早く帰ってくること。分かった?」

 なぜか不機嫌なアオイに、気圧されるように頷くツゲ。子供じゃねーんだから、と言いかけて強く睨まれ、ボリボリとお尻を掻きながらそれ以上の抵抗は諦めたようだった。




「おやおや、もうお開きだって言いに来たんだけど、何だか大変な話になってるみたいだね」

 宴の片付けを終えたパピリカが、うつむいて歩くセタの手を引いて現れた。どうやらルノとヤマトを迎えに来たようだ。


「おー、仲直りできたみたいだな?」

 ツゲが大股で二人を出迎え、頑なに視線を上げようとしないセタの頭をくしゃくしゃと掻き回した。

 パピリカは輝く目でそんなツゲにこっそりと目礼をし、口調だけはため息混じりで言葉を返す。

「まったく手のかかる子だよ。で、ほらセタ、みんなに言うことがあるでしょ?」


 全員の注目を浴び、セタはうつむいたまま一歩前に出た。その肩は震え、いたいけな両手はきつく握られている。

 そして大きく息を吸い込み、がばりと顔を上げて――



「勝手に町について行っちゃってごめんなさい! 村に帰ってきた時にいなくなってごめんなさい! それと……ひとりで魔物と戦って本当にごめんなさいっ!」



 目に涙を浮かべ、顔を真っ赤にし、全身を使って叫ぶセタ。


 一瞬だけ呆気にとられたヤマトが思わずセタに手を伸ばす――ルノも同じだ。

 しかし、それより早く、ヤマトの目の前でツゲがセタを思い切り抱き上げた。


「そうだな、確かに嬢ちゃんは周りに心配をかけた。それはいけないことだ。俺たちだけじゃなく、パピリカにもちゃんと謝ったか?」

 ツゲが、セタの顔と触れ合わんばかりの距離で言う。

 ――コクリ、と頷くセタ。


「そうか。よく謝ったな、偉かったぞ。今度からは周りに心配させないようにな」

 ツゲはぎゅうっとセタを抱き締めてから、そっと地面に降ろした。


「さあて、ようやくパピリカと揃って相談できるな、ちょうどいい。――嬢ちゃん、ぶっちゃけこれからどうしたい?」


 セタは突然の質問にしばし固まっていたが、やがて小さな声でぼそりと言った。


「セタは……強くなりたい」


 そして視線を上げ、ツゲを潤んだ瞳でまっすぐ見て少女は続ける。

「セタは、誰にも心配をかけないように、強くなりたい。それで、パピリカおばちゃんのこととか、ルノ姉ちゃんのこととか、セタが大事なものを全部ぜんぶ守れるように、いっぱい強くなりたいっ! 一生懸命練習して、それで、それで――」


 決意が涙となって溢れだしたセタの前にツゲがしゃがみ、優しく両肩に手を置いた。


「そうだな。分かってたよ、嬢ちゃん。俺が教えてやる。これまで以上に、俺が知る全部を教えてやる――なあパピリカ、俺にセタを預けてもらってもいいか? これは弟子入りと取ってもらって構わない。責任を持って面倒を見る。どうだ?」


「まあ……あんた有名な自由民だろ? そんな簡単に弟子なんて……」

 絶句するパピリカ。その耳に、パチパチパチと拍手の音が入っていった。

 イメラだった。

「この男に任せておけ。それに、ヤマトとセタ、この二人は既に半分はこの男と俺の弟子のようなものだ。つまり、俺も放っておくつもりはない。心配は無用だ」


 雷光との異名を持つコシの英雄の後押しも加わり、パピリカは只々絶句するばかり。

 宴が終わっていつの間にか誰もいなくなった村の広場の一角で、想いがあふれたセタのこぼす泣き声だけが夜の静寂しじまに吸い込まれていった。




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