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マレビト ~少年ヤマトの冒険~  作者: 圭沢
第二章 精霊の森

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35話 二人の師匠(後)

 対峙するデスアントの女王の触角の動きがピタリと止まった。六本の脚が地面をしっかりと掴む。


 ――来る!

 ヤマトが横に飛びのいた次の刹那、女王が突進してきた。その前には既にヤマトはいない。

 ツゲが「よし!」と称賛の声を上げた。


 回避の動き出しが早かった分、ヤマトには若干のゆとりがあった。横跳びしながら、イメラから教えてもらったばかりの双極廻舞を瞬間的に発動する。上半身と下半身、霊力で二つの輪を強引に回していく。

 女王が脇を通り過ぎようとした時、ヤマトは外足を踏ん張り、気合の声と共に胸関節に両手杖を叩きこんだ。双極廻舞の影響だろうか、かつてないほど体が軽い。

 イメラが「ほう」と感嘆の声を漏らす。


 しかし、予想以上に女王の殻は固かった。杖を叩きつけた両手に強烈な衝撃が走り、ヤマトの攻撃はものの見事に弾かれた。中途半端だった双極廻舞も乱れて霧散してしまう。


 ――斬撃じゃないとダメだ!

 ヤマトは弾かれた両手杖を空中で強引に止め、魔法エアショットを乗せて力ずくで振り下ろした。しかし女王の突進は早く、先ほどと同じ個所は狙うべくもない。鋭い風切音と共に広がる空気の刃が、猛烈な勢いで通過した女王の巨大な尻を追いかけた。


 カシュッ!

 空気の刃は軽快な擦過音を残し、女王の艶やかな腹部を後ろから上滑りしていった。土煙を巻き立てて走り去る女王。


 ダメだ、関節を狙わなければ!

 六本足を駆使した奇怪な動きで機敏に向きを変える女王を横目で睨みつつ、ヤマトはもう一度双極廻舞を試みた。無尽蔵にたゆたう霊力を小出しにし、体内でぎこちなく二つの輪を描かせる。少量にすれば先ほどよりは上手く回せるようだ。二極をなす霊力の回転と共に、ヤマトの意識がベールを剥ぎ取るように鮮明になっていく。


「ヤマトさん、前ッ!」

 ルノの声に込められた切羽詰った響きに、ヤマトはぎょっとして視線を上げた。

 小山のようなデスアントの女王が地面を滑るように目の前まで接近している。ギザギザの顎がヤマトの顔を挟むように大きく開かれ――。


 覚醒されたヤマトの意識に、首を狙って斜めに嚙みつこうとする女王の動きが鮮明に映し出された。咄嗟にその予測範囲をかいくぐり、緩慢に流れる時間の中で、ヤマトは女王の懐に飛び込んだ。


 肩の後ろで血に飢えた顎が空を切っていく。


 ヤマトは左足で強く地面を蹴った。女王の巨体と衝突必至な自身の軌道を外に向ける。


 跳び退りつつある空中で、目の前の女王の胸関節に向かって、両手杖を逆袈裟に一閃。


 切断の刃を飛ばすほど大きくは振れないが、魔法エアショットを込め、下からコンパクトに振り抜いていく。


 その瞬間、両手杖が低い共鳴音と共に鈍い白緑の輝きを放った。

 強打したつもりの女王の胸関節を、両手杖は微かな手応えしか残さずに通過する。白緑の閃光が下から上、斜め一文字の直線を網膜に焼き付けていく。


 布を破くようなくぐもった音、金臭い匂い。


 ――え?

 予期せぬ現象にヤマトが驚いた拍子に、霊力で描いていた二極の輪が乱れ、鋭敏だった意識が通常に戻っていく。

 手の中の白緑の光が減衰し、いつしか両手杖はいつもの黒色に戻っている。


 ――ッ!

 ヤマトが気を取られている間も、女王の勢いは止まっていない。ヤマトはもう一度飛び退いて女王の突進を躱した。

 女王の巨体が体を掠め、かろうじて死地から脱するヤマト。そのままもうひと飛び後ずさり、体勢を整えた。


「くはは、もういいぞ。後は任せろ!」

 微かな光と共に、土煙の向こうで女王の頭が飛んだ。

 イメラだった。

 まさしく雷光のごとく降臨し、目にも止まらぬ速さできらめく双剣。女王の頭が空中でさらに二つに分断された。


 双極廻舞による集中が途切れ、一気に周囲の感覚が押し寄せるヤマトの前に、ツゲが横から庇うように体を割り込ませた。イメラの向こうで細切れの塊となった女王の骸がもつれるように転がっていく。


「悪くない動きだったぞ」

 ツゲが肩越しに言った。

「てか、なんかまたスゲーのの片鱗が見えたな。魔法剣か、あれ?」

「あ……自分でもよく分からない……魔法剣?」

 ヤマトは、何事もなかったように黒い光沢を放っている両手杖を見詰めた。

「……魔法剣?」


「ヤマト、お前、複数同時魔法使ダブルいだったのか?」

 息ひとつ乱れていないイメラが大股で歩み寄ってきて、発光を止めた両手杖に軽く触れた。ルノも駆け寄ってきている。

「最後のは付与魔法だろう? ダブルしか出来ないと聞いてるが」


「おう、今のは付与魔法じゃないぞ。たぶん、今のは――」

 ツゲはヤマトの素直な黒髪をくしゃくしゃとかき混ぜ、満面の笑顔で宣言した。

「――いにしえのマレビトの技、魔法剣、ってやつだ」


「魔法剣?」

 ヤマトの脇、寄り添うような位置を占めたルノが、オウム返しに尋ねた。

「そ、魔法剣。ソヨゴやユウスゲ達、今のダブルの連中が使ってるのは付与魔法、いわば魔法剣の真似事みたいなもんだ。武器の外側に魔法をまとわせて威力を上げてるカンジかな? 対して、魔法剣ってのは武器自体を攻撃魔法と同化させる技だ。当然威力も桁違いだな。失われちまった技だけどよ、たぶん今のは不完全ながらも魔法剣だったと思うぞ。自分でどうやったか分かるか?」


「え、えーと……」

 ヤマトは先ほどの瞬間を思い返してみた。

 両手杖に魔法エアショットを乗せて切断の刃として飛ばしたかったが、飛ばすほど大振りできずにコンパクトに振り抜いた。

 そうしたら両手杖が鈍く白緑に輝いて――。


「その杖から魔法を放たずに、杖に込めたままにしてみたらどうですか? さっきはそんな感じに見えました」

 ルノが助け舟を出した。


 ――杖に込めたまま?

 確かに、先ほどの状況はそうとも言える。飛ばそうとして飛ばせずに、そのまま小さく振り抜いたのだ。

 ヤマトは思わず手にしたヒヒイロカネの両手杖を見詰めた。魔力の通りが良く、魔力を通せば通すほど吸い付くように手に馴染むいにしえの武器。


 ――それなら!

 ヤマトは手に馴染ませるために両手杖に通していた純粋な魔力を、発動直前の魔法エアショットに置き換えてみた。問題はない。手に馴染んでいく感覚は同じだ。


 少し魔力を強めてみる。

 すると、先ほどと同様、両手杖が低い共鳴音と共に淡い白緑の輝きを放った。

 もう少し強めてみる。

 輝きが強まり、両手杖は純白の光の棒と化した。流し込む魔力に応じて輝度も変わるようだ。


「おお! かっこいい!」

 ツゲが目をキラキラさせて叫んだ。ルノが上気した顔で拍手している。


「ほらよ」

 イメラが何かを投げて寄越した。真っ二つに割られたデスアントの女王の頭だ。

 ヤマトは反射的に輝く光の杖を一閃させた。

 すっぱりと切断され、イメラが投げたままの軌道で地面に転がる硬い表皮。ヤマトの手には微かな手応えしか残っていない。


 ツゲが、足元に転がってきた断片を改めた。

「おそろしいぐらいの切れ味だぞ?」

 指二本分の厚みがある断面は、鏡のように滑らかだった。


 これは凄い武器を手に入れたかもしれない――ヤマトが両手杖から魔法を抜くと純白の輝きも抜け、黒光りするいつもの両手杖に戻った。

 元々手に馴染ませるために魔力を通していたのだ。その魔力を発動直前の魔法エアショットに置き換えるだけ、使い勝手も上々だ。


「ふふふ、これで双極廻舞を自分のものにすれば怖いものなしだな」

 腕組みをするイメラが、青く冷たい瞳に不敵な笑みを浮かべた。

「寝ている間も無意識の内に続けられるようにしろ。二つの輪ができるようになれば三つ、三つができれば四つとどんどん増やしていけ。くく、どこまで化けるか楽しみだな」


「おう、それに加えて動き方だな」

 ツゲがイメラの言葉の後を継いだ。

「相手の動きをよく見て先読みする。自分の無駄な動きは削ぎ落とす。ま、これも日々の鍛練だな。しばらくはセタの嬢ちゃんと一緒に相手してやるよ」


「……二人とも、ありがとう」

 ヤマトは深々と頭を下げた。ツゲもイメラも、スーサの自由民の中でもトップクラスだ。今受けた教えだけでも、魔物と戦っていくのに大きな力となるのは間違いない。後はこのあと、自分がいかにそれをものにしていくかにかかっている。ヤマトの大きな青灰色の瞳には決意がみなぎり、ついこの間まで幼さが残っていた端正な顔は、もうすっかり青年の風貌を覗かせている。


 そんなヤマトを見て、イメラは満更でもなさそうに少しだけ暖かい笑みを浮かべた。

「……気にするな。そうだ、セタにも双極廻舞は教えてやってくれ。あいつも結構な才がありそうだ」


「さあて、デスアントもこれでやっつけたことだし、とっととみんなに合流しよーぜ?」

 ツゲの言葉に、一同は足早に移動を始めた。



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