第十二話
「じゃあまったね! たぶん明日はお店に顔を出すから!」
と言って、赤松はとてもいい笑顔を残して、弁当をしまって玄関から出て行った。
女子に免疫がない俺には刺激が強すぎる。
はじけるような笑顔ってああいうのを言うのかな?
なんて思いながらリビングに戻る。
なんとなく赤松が残り香がいい空気になってるのは気のせいかな?
……かいでみるのは気持ち悪いよね。
自己分析ができたので自制した。
「あれ? トレードは?」
赤松とはトレードの話をしたと思うけど、切り出してこなかったな。
いまはまだ必要がないってことなんだろうか?
時計をチェックすると、そろそろ俺も家を出たほうがいい時間か。
平日はすいてる時間が目立つ店だけど、土曜日と日曜日はさすがに混むし。
店長は融通を利かせてくれる人だから、早めにシフトに入るのも手かな。
「よし、決めた」
店に向かうとしよう。
予想通り、店はかなり混んでいた。
小学生二割、大きなお友達八割。
後者の半分くらいは美咲先輩目当てってところだろうか?
「だいたいいつも通りですね」
と俺は店長に声をかける。
「蓮くんが早めに来てくれて助かったよ。美咲とふたりだけだと、きつくなっていたからね」
店長はうれしそうに応じた。
「ありがとう、蓮くん」
美咲先輩もわざわざ近寄ってきて礼を言ってくる。
「いえ、どういたしまして」
美咲先輩は赤松とはタイプが違うスペシャルな美人さんだ。
いるだけで華やかになるし、男の人気が勝手に集まりそう。
なんだか俺に対してうらやましそうな視線も感じるし。
それならここでバイトすればいいのに、と思う。
下心満載だと落とされるかもだけど。
「おーい、店員の兄ちゃん!」
俺を呼ぶのは小学生くらいの男子の声。
「はい」
さすがのぼっちでもこの年代の子相手なら緊張はしない。
「対戦したいからしんぱんして」
と頼まれる。
「役目なのでやります」
と引き受けた。
美咲先輩のほうも、男性客に審判を頼まれている。
鼻の下が伸びているし、単に話しかけたかっただけじゃね?
と思ったが指摘しないのが店員としてのマナーだ。
とは言っても、美咲先輩だってただの都合のいい存在じゃない。
「よろしければドリンクのおかわりはいかがでしょう?」
「土日なのでデザートや軽食のセットもありますよ?」
なんて商品を案内している。
天使のような笑顔と優しいオススメ攻撃に、男性客はデレデレしながら注文をしていく。
美咲先輩がいないときはドリンク一杯で粘るような男たちも、こうなっては形無しと言える。
美咲先輩って絶対、自分の魅力や男から向けられる感情を理解しているよね。
売り上げをしっかり確保できないと困るのは俺のほうだ。
それを考えるとあの人は幸福の女神様だと言えるのかもしれない。
店長をちらっと見ると、ニヤッという笑みを返された。
ああ、確信的に美咲先輩を雇っているわけか。
店長は美咲先輩の叔父さんらしいし、あり得ることだった。
小学生はと言うと、俺のほうが話しやすい子もいるらしい。
まあ、きれいな年上のお姉さんが相手だと、話しかける勇気がなかなか出せないのは仕方ないだろう。
俺だったら絶対に話しかけられないだろうね。
小学生たちの対応をしていると、ベルが鳴ってドアが開く。
「やあ。この時間帯はいたんだね。蓮くん」
光先輩が微笑みながら入ってきた。
イケメンインフルエンサーが着てそうな、男性的なファッションである。
そしてとても決まっていてかっこよかった。
「ええ。いらっしゃいませ」
俺が答えていると、美咲先輩がそっと寄ってくる。
「午前中も来てたけど、蓮くんがいないから帰っていったの」
そして小声で言った。
「え、そうだったのですか」
俺は目を丸くする。
そこまでの関係性を光先輩との間に生まれていたとは思わなかったので、かなり意外だった。
「まあ、なんとなく、かな」
光先輩は意味ありげに微笑む。
なんとなく引っ掛かる。
知らない人相手だからと言って、尻込みをする性格だとは思えないけど。
だからって踏み込む勇気は俺にはなかった。
「それで、今日はどうします?」
と俺は訊いてみる。
「きみと対戦したい。かまわないかな?」
光先輩は即答した。
これにはちょっと悩む。
指名されるのはうれしいけど、経験を積むという点ではよくない。
ただ、承知の上となると断らないほうがいいだろう。
「わかりました。美咲先輩とはどうしますか?」
と一応確認してみる。
「あとでお願いしようかな」
光先輩はすこし迷いながら言った。
「承知しました」
俺よりも先に美咲先輩が答える。
何で俺をご指名なんだろう?
俺なんて陰キャぼっちのカードゲーマー好きだぞ。
ふしぎに思いながら席に着く。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
俺たちは一礼して対戦をはじめる。
光先輩のデッキはやはりコントロールタイプ。
ただ、コボルト対策を考えるようになっていた。
「上手くなっていますね。流れを考えているのがわかります」
と感想戦で俺は褒めた。
「そう? 一応ネットで調べて自分なりに考えてみたんだよね」
光先輩はうれしそうに笑う。
さわやかなイケメンスマイルだけど、美少女にも見える。
「あとはデッキを回すためにフラッシュカードがあればなおよしですね」
これはあくまでも指摘だ。
そりゃ店で買ってもらえたらうれしいが、要求できるものではない。
他の店はどうかは知らないけど、ウチの店ではそういう営業行為は店長がいやがる人なのだ。
美咲先輩の魅力を武器にして、ドリンクや軽食は勧めるのに。
たぶんこれは禁句なんだろう。
「なるほどね。バイト代が入ってきたら検討しようかな」
と光先輩は真剣な表情で言った。
まあ、俺たちはまだ学生だから、お金がないんだよね。
ない袖はふれないってやつ?
「お金が貯まるまでは仕方がないですよね。出ないときは出ないですし」
と俺が言うと、
「そうなんだよね!」
心の底から共感された。
あれ? カードゲーム自体は初めてじゃないのかな?
それとも他のジャンルで似たような経験があったとか?
なんとなく訊きにくいな。
俺がヘタレなだけかもしれないけど。
「蓮くんはどうしてるのかな?」
光先輩に問いかけられる。
「普通にトレードですかね。出るまで買うだけのお金がないので」
ストレートに答えた。
資金力に難があるのは学生の宿命である。
「トレードね。したいけど、してくれる相手がね。蓮くんは欲しいカード、何かある?」
光先輩は困った顔になり、ぽりぽりと後頭部をかく。
トレードの難点があるとすれば、まさにこれだね。
相手がほしいカードを持っていて、双方合意がないと成立しないのだ。
「うーん。もう一度カードを見せてもらってもいいですか?」
と俺は頼む。
さすがに光先輩がいま使ってるカードを全部覚えているわけじゃないからだ。
だって数回の対戦じゃあ一度も使うタイミングがないカードって普通にあるからね。
「うん。はい」
光先輩に一枚ずつ見せてもらう。
「ほしいカードってたいてい、デッキの生命線ですからねえ」
もらうわけにはいかないし、どうしたものかなと悩む。
と思っていたら【万華鏡】のカードが入っていた。
「お、これいいじゃないですか」
と俺は光先輩に言う。
「そう? 使ってみた感じ、僕のデッキとは相性があんまりよくないんだよね」
光先輩は答える。
そりゃコントロールタイプのデッキだといまいち噛み合わないだろう。
「うーん。これのかわりに【再生の光明】を入れたらどうですか?」
と言って俺は一枚のカードを見せる。
光先輩は目を丸くした。
「これってリセットしたあとに有効なカードじゃないか。いいの?」
コントロールタイプのデッキなら一枚は欲しいカードだからね。
「実はそれ、四枚出ちゃって」
事情を打ち明けると、
「あっ」
光先輩は声をあげ、同情たっぷりの視線を向けて来る。
あまり使わないカードの四枚カブりよりも悲しいことは、『マギコロ』というゲームではザラにはない。
何なら近くの席に座っているお客さんたちでさえ、会話が聞こえたらしく俺を気の毒そうな目で見ている。
「そういうことなら、ありがたく受け取るよ」
光先輩は手に取ったあとうれしそうに微笑む。




