第十一話
そのあと五回対戦してみて、俺の三勝一敗になった。
合計で三勝二敗になったから悪くないと思う。
赤松も楽しんでくれたようだし。
できれば一回くらいは、ギリギリで負けるくらいが理想だったんだけど、なかなか難しいんだよね。
「アグロデッキは対策されやすいって、本当なんだって実感した!」
赤松は感想戦を終えたあとに言った。
「まあね。対策しないと瞬殺だから。コントロールタイプはコンセプトの関係で、長引きやすいんだよね」
と俺は応じる。
ちらっとテーブルの隅に置いているスマホの時刻を見たら、十二時を回っていた。
そう言えば赤松はいつまでここにいるんだろう?
昼ご飯の話をしたほうがいい?
どうすればいいか全然わかんない。
「そう言えば、お昼ご飯の話なんだけどさ!」
まるで俺の心を読んだみたいに、赤松がいきなり切り出す。
「うん。そろそろ時間だよね」
どうするのだろうと思っていたら、彼女は大きなショルダーバックから弁当箱を取り出した。
「よかったらこれ食べて!」
と言って俺の目の前に差し出してくる。
「えっ、これ、俺に?」
想定外のイベントにきょどきょどしてしまう。
まさか、という言葉はギリギリ飲み込んだ。
どうして赤松が俺の弁当を???
陽キャの発想に理解が追いつかない。
「だって、こうして優しくわたしにつき合ってくれてるし」
赤松は楽しそうに笑う。
初心者を沼に沈めるのは義務だから。
言おうとして上手く口が動かなかった。
「料理得意じゃないから、ママにちょっと手伝ってもらったけどね」
赤松は続けて言って、恥じらうように頬を赤くする。
「えっ、あっ」
気の利いた言葉なんて何も浮かばない。
陽キャってこういうときは何を言うんだ?
「あ、ありがとう」
がんばって語彙を総動員して、なんとかお礼だけは言えた。
「ええー? いいよー! わたしがお礼したいだけなんだからさ!」
赤松は明るく笑う。
「そっか」
なんか上手く言えないけど、本人がいいのならいいのかな。
「そしてこっちはわたしの分!」
と赤松は言ってもうひとつお弁当箱を取り出す。
赤い色で俺に渡したやつよりもひと回り小さかった。
「あれ?」
もしかしてこれ、俺たちはいっしょに昼食を食べる流れなのか?
「どうかした?」
赤松はきょとんとする。
どうやら彼女は最初からふたりで食べるつもりったらしい。
これはちょっと恥ずかしいかも。
「いや、何でもないよ」
あわてて否定して、ごまかす。
ボッチ飯をするつもりだったと言えない空気なのは、さすがの俺でも察しがついている。
「そうだ、お茶を入れるよ」
白熱した時間だったので、俺たちの紙コップはどっちも空になっていた。
「うん、ありがとう」
赤松は明るく礼を言う。
「いいよ」
律儀な性格だなと思いながら俺もマメに返事をする。
麦茶をふたり分紙コップに注ぐ。
「開けてもいい?」
と俺は訊いてみる。
直後にアホな質問だったと恥ずかしくなった。
「開けなきゃ食べられないじゃん。ウケる」
ジョークと思われたのか、赤松はケラケラ笑う。
適当に笑ってごまかす。
弁当箱のふたを開けてみたら、まずは海苔ご飯。
それからタコさんウインナー、ハンバーグ、鶏のから揚げに卵焼き。
といったメニューが目に飛び込んでくる。
定番と言えば定番だが、俺にはうれしい。
野菜がミニトマトと茹でたブロッコリーだけなのも、ありがたい。
「美味そうだなあ」
心の底からの声が出る。
何よりもクラスで一番可愛いと言われる女の子の手作りなのだ。
俺には一生縁がないと思っていたイベントが目の前に存在している。
「そう? 普通じゃない?」
赤松は素っ気なく言うが、頬がちょっと赤い。
照れているのだろうけど、それも可愛らしかった。
美少女だけにどんな表情でも様になる。
普通だと言われてきた俺とは正反対だなと思う。
そんな赤松の弁当は、俺のものと比べてちょっと不格好だった。
「慣れないことだったからか、ちょっと上手くいかなくてね」
赤松は「てへへ」と笑う。
「ありがとう」
反射的に言葉が口から飛び出ていた。
赤松は俺のために、普段やらないことに挑戦したのだ。
それはとてもすばらしいことだと思う。
「う、うん。改まってお礼を言われると、なんか照れくさいね」
と言いながら赤松はもう一度「てへへ」と笑った。
そう言われると、俺もなんだか気恥ずかしい気持ちになってしまう。
なんとなく沈黙がやってくる。
こういうとき何を言えばいいんだ?
ぼっちの俺じゃあいい感じのことを言えるはずがない。
でも、赤松だって恥ずかしそうにしているだけで、口を開こうとしたなかった。
コミュニケーション強者だろう彼女が頼りなのに……どうすればいいんだ?
「と、とりあえず食べてくれない?」
赤松がなんかをごまかすように、すこし早口で言う。
「そうだね」
この空気のままなのはよくない気がしていた俺はありがたく乗っかる。
まずはハンバーグから行こう。
「美味しい」
柔らかくてジューシーだ。
冷めてしまっているが、弁当なんだから仕方がない。
「同じクラスの可愛い女子の手作り」という補正を差し引いても、普通に美味しいと思う。
「そう? よかった~!」
ちょっと不安そうだった赤松の表情が、パッと明るくなった。
ガチで可愛い。
破壊力がありすぎて思わず視線をそらしてしまった。
「じゃあわたしも~」
と赤松は言って赤い箸を動かして唐揚げを掴む。
そして口へと運び、ゆっくりと味わう。
「うーん。美味しい。ママの味だけど」
と彼女は言って頬をゆるめる。
なるほど、これが彼女の家庭の味なのか。
うちのとは味付けが違う気がするけど、美味しいな。
「うん。唐揚げも美味しい」
と言うと、赤松はうれしそうに微笑む。
「よかったー。やっぱり美味しく食べてもらいたいし!」
彼女の言葉にこっちもなんかうれしくなる。
そうなんだよね。
どうせなら美味しく食べたいし、楽しく過ごしたい。
この状況はすこしも予想していなかったけど。
「ご飯も美味しい」
海苔がいい感じだ。
「そう? よかったー!」
赤松はずっとニコニコだ。
いっしょに美味しいものを食べているからかな?
でも、彼女ってたいていは楽しそうにしているよね。
ザ・陽キャ女子って感じだ。
偏見かもしれないけどさ。
「ごちそうさまでした」
と赤松に改めてお礼を言う。
「白山台くんはさ、美味しそうに食べてくれたよね~! わたしとしてはすっごいうれしいよ!」
彼女はすっごくうれしそうに言って、俺の両手を握ってぶんぶんと動かす。
「そ、そうかな」
勢いに押され、女子と手を握るという初めてのイベントにどきまぎする。
「うん! 作りがいがあるってやつだね! ママが言っていたことが、ちょっと理解できた気がする!」
彼女は俺の両手を握ったままニコニコして話す。
「そ、そうなんだ」
俺は美味しいものを美味しいって言っただけなのに。
でも、こんなに喜んでもらえるなら、口にはっきりと出して伝えて正解だったみたいだ。
「じゃあ弁当箱を洗おうかな」
と俺は提案する。
洗って返すのはマナーだと母さんは言っていた。
せめてつけておけとは何度も小言を言われた。
「えっ? 悪いよ!」
赤松は目を丸くして手を離す。
「いや、でも、食べて終わりってほうが悪いから」
俺は言うと、弁当箱をふたつ分持って立ち上がる。
「うーん……いいのかな??」
赤松は困惑していた。
べつに遠慮することじゃあないと思うんだけどね。
だってもらってばかりだと悪いし。
「じゃあわたしも手伝うよ!」
赤松は申し出ると、流し台の前に立った俺の横に来る。
「えっ? 何で?」
驚いて思わず彼女を見た。
「だって洗ってもらったら、お礼になりきれないと言うか。ちょっと減っちゃう気がしたから!」
彼女はいい笑顔で言い切る。
「そう、なのかな?」
あまりにも自信ありげないい笑顔だったので、それっぽく聞こえた。
「どうせならふたりでやろうよ?」
赤松は言って赤い弁当箱をひょいととる。
「そうだね」
反論が思いつかなかったので、俺たちは仲良く弁当箱を洗うことにした。




