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伝えないと出られない

ラスト2話、連投失礼します。






 ルークは今日もマティアスとフィオナの様子を眺めながら深い溜め息を吐く。


『マティアスはもうお母さんじゃないよ』発言から二週間。

 仲間から言葉の意味を追及されたフィオナは、恥ずかしそうにしながら口をつぐんだが、あの場にいた全員が真意に気付いていた。

 彼女はマティアスを恋愛対象として見はじめている。そして好きになってもらおうと努力するようになった。


 最初は微笑ましく見ていた仲間達は、だんだんともどかしくなってきた。

 どう見ても両思いなのにもだもだしている二人。いい加減にさっさとくっつけと心の中でつっこむ日々。


 マティアスはフィオナのことが大好きだから、素直に想いを告げたら良いと教えてみても、彼女は仲間に気を遣われているとしか思っていない。

 マティアスが自分の世話を焼いているのは、責任感からくるものだと思い込んでいる。


 一方、マティアスはといえば、何も行動を起こそうとしない。

 ゆるゆるに緩みきった顔でいつも通りに過ごしている。


 以前、気持ちを伝えたらどうかと尋ねた時は、『彼女は気を遣って受け入れそうだから、まだ伝えない』との返事がきた。


 なるほど、それは一理あると納得した。

 彼女はぼんやりとしていて人の気持ちには疎いが、誰かの役に立ちたいという気持ちは人一倍持っている。

 周りに気を遣ってすぐに遠慮がちになり、迷惑をかけることを嫌う。


 彼女にとってマティアスはかけがえのない恩人。彼から好意を向けられたら必ず受け入れるだろう。そこに恋愛感情がなくても。

 なのでその時はマティアスの言い分に納得した。だがしかし今は状況が違うのだ。それなのになぜ伝えないのか。



「マティアスさん、どうして気持ちを伝えないんすか?」


 さすがに疑問になり尋ねてみたら、マティアスはふいっと目を逸らした。


「もちろん伝えようとは思っているのだが……俺を意識している姿が可愛すぎてだな。いじらしくて、もう少しあの状態を見ていたいというか……」

「……はぁ!?」


 まさかの返答にルークはドン引きだ。そんな理由で彼女に想いを伝えないなんて。


 恥じらっている姿を可愛く思う気持ちはすごくよく分かる。自分だってキュンとなっているから。

 しかしあまりにも彼女が可哀想だ。今まで辛かった分、彼女には早く幸せになってもらいたいと願っているのに。


「そりゃないっすよ」


 ルークは侮蔑の目を向けてからその場を去り、そのままレイラの執務室を訪れた。

 そして、つい先程のやり取りを報告する。


「……最低ね」


 レイラも呆れて、頬杖をつきながらジト目で呟く。


「やっちゃっていっすかね」

「ええ、もちろんよ。私が許すわ」

「了解っす。レイラさんがついているなら思う存分できるっす」


 マティアスはレイラにはあまり逆らえない。怒らせると怖い近所のお姉さんのような存在で、幼い頃から変わらず苦手としている。


 ルークは心強い後ろ盾を得た。

 二人の気持ちは一つになり、そこにはもう言葉など必要ない。熱く視線を交わして頷き合った。




 * * *




 よく晴れた休日。昼食を終えて部屋に戻ってきたフィオナは、せっせと身支度を整えていた。今日は午後は休みだ。


 ミュリエルと町に出掛けた時に選んでもらった、襟ぐりが大きく開いた水玉模様の白いブラウスに袖を通す。

 屈むと谷間が見えそうな見えなさそうな、とにかくギリギリを攻めさせられたもの。フィオナがかろうじて着られるギリギリの露出度だ。


 紺色のプリーツスカートは膝上の長さ。いつもよりほんの少し短いけれど、言われないと気付かないほどで、こちらも何とか頑張って着れる丈だ。


 髪は今日は下ろしている。

 いつも髪を纏めている女性が髪を下ろしている姿にドキッとなるものだと聞いたから。

 前はうなじが見えると色っぽいと言っていた気がするのにな……と思いながらも、せっかくのアドバイスなので取り入れる。


 薄化粧をして、手提げバッグやコートを用意したら準備完了。

 本を読みながら待っていると、マティアスが部屋を訪れた。今から二人で町に出掛ける予定だ。


「フィオナ、準備は終わったか?」

「あのね、行く前にこっちに来てほしいの」


 マティアスは言われるがまま部屋に入り、扉を閉めると扉の内側に紙が貼ってあった。


『扉と窓を破壊したら許さないから。もちろん壁もね。というか全部よ。 レイラ』


 謎の文にマティアスの頭には疑問符が浮かぶ。


「あの貼り紙は何だ?」

「何だろうね。朝からレイラさんが貼りにきたんだけど、何なのか聞いても教えてもらえなかったの」

「何だそれは。意味がわからないな」


 謎を残したまま、フィオナに促されてソファーに腰掛けると、白い封筒を手渡された。


「これ、ルークからの手紙だよ。ここでマティアスに読んでもらうように頼まれたの」

「??」


 先ほどからマティアスの頭の中は疑問符だらけだ。とにかく手紙を読めば状況が分かるかもしれないと思い、すぐに目を通すことにした。

 一枚目を読んだマティアスは眉間にシワを寄せ、二枚目を読み終えるとすぐに立ち上がり、扉へと向かった。


 取っ手を掴んでガチャガチャと荒く音を立てる。鍵をかけていないのに、どれだけ試しても扉は開かない。


「っっ、くっそ」 


 舌打ちしながら窓の前に移動し、開けようと試みるがこちらも開かない。

 マティアスは窓に両手をついて項垂れた。


「どうしたの?」


 彼のよく分からない行動にフィオナは困惑し、近くまで駆け寄って顔を覗き込んだ。


「あー……その、何だ……ルークのいたずらで、この部屋から出られなくなってしまったようだ」

「出られない?……あ、もしかして扉と窓を呪印で封じられたってことかな?」

「そうだ」

「えー……何それ」


 何で今日に限ってそんなことを。午後から町に出掛けることを彼は知っているはずなのに。

 ルークが昔はいたずらっ子で、呪印によって扉を開かなくするといういたずらをよくやっていたという話を聞いていたが、久しぶりにやりたくなったのだろうか。

 だけどなぜ今日、この部屋を選んだのか。


「お出掛けできなくなっちゃったね」

「ぐっ……」


 しょぼんと力なく呟く姿に、マティアスは罪悪感が湧いてくる。これはルークのせいだが、自分のせいでもあるから。


 先ほど読んだ手紙の一枚目には、仲間からの苦情が書き連ねてあった。


『あなたいい加減にしなさいよ。早く伝えて安心させてあげて。可哀想で見ていられないわ』

『マティ兄、そろそろちゃんとしてあげて。フィオナが可哀想だよ』

『もったいぶってないで、さっさとくっついちまえ。鬼畜野郎』

『そろそろいい加減にしてあげてください』


 そして二枚目はルークから。


『きちんと気持ちを伝えて両思いにならない限り、永遠に部屋の扉と窓は開きませんから。一時間後に確認しに行きますんで、それまでにケジメつけてくださいね』


 マティアスは大きく息を吐いた。皆から白い目を向けられているのは知っていたが、ここまで反感を買っていたとは思いもしなかった。


(可哀想か……)


 そう言われると、確かにそうかもしれないと、更なる罪悪感がわいてくる。

 だがしかし、可愛いのだから仕方がないだろうと開き直る。今しか見られない姿を堪能して何が悪い。


 彼はちらりとフィオナを見た。

 彼女の服がいつもより少し露出が多いのは、自分に意識してもらいたいから。ミュリエルに幾度となく相談を持ちかけて、アドバイスを取り入れようと努力していることを知っている。


 控えめに言ってくそ可愛い。

 今日は髪を下ろしているのも、ミュリエルのアドバイスを実践してのことだろう。

 もちろんどんな髪型だろうと可愛いことに変わりはないが、それが自分のためを思ってのことなら可愛さ倍増。愛おしすぎてたまらない。


 だけどそれも今、この場でお終いにさせなければいけないようだ。


(くっそ、ルークめ。後で覚えていろ)


 罪悪感よりも苛立ちが強くなってきて、マティアスは舌打ちをした。

 その様子を見たフィオナの目には涙が浮かんできた。ルークがこんなことをしでかした理由に思い至ったから。


「ごめんなさい……きっと私のせいだ……どうしよう。お出掛けできなくなっちゃった……ごめんなさい」

「──は? いやちょっと待て。どうして君が謝る?」


 マティアスは、なぜか震える声で謝罪を繰り返すフィオナの今にも溢れ落ちそうな涙を親指でそっと拭う。

 心配そうに顔を覗き込まれると更に罪悪感が増し、フィオナの涙腺は決壊した。


「うぅっ……ごめんなさい。私のためなんだと思うの。私の頑張りが足りないから、ルークは見かねてこんなことをしたんだよきっと」


 自分に魅力が足りないせいで余計な気遣いをさせ、そのせいでマティアスにも迷惑をかけてしまった。


 今日、マティアスは行きたい所があると言っていた。話している時の彼はすごく柔らかな表情で、本当に楽しみにしているのだと伝わってきていた。

 それなのに自分のせいで行けなくなってしまうなんて。

 フィオナはポロポロと涙を溢す。マティアスは眉をひそめてギリリと歯を鳴らした。


「ごめ──……」


 フィオナは再び謝罪を口にしようとしたが、言い終わる前に抱き寄せられた。大きな腕にすっぽりと包み込まれる。

 右手はどこまでもいたわるように後頭部を優しく撫で、左手は強く腰を引き寄せられ、ぴったりと体を添わせてくっついている。


「すまない。君のせいではなくて俺のせいなんだ。あまりにも可愛すぎたんだ。そんな君が愛しすぎて、気持ちを伝えることをつい先延ばしにしてしまった。もっと早く、何なら君をこの国に連れてきてすぐに伝えておけば、ルークにこんなことをさせずに済んだ。本当にすまない」


「かわ……? いとし……? 連れてきてすぐ……?」


 何だかとてつもなく甘く、心を刺激するワードばかりが並んでいた。フィオナの頭は処理しきれない。

 マティアスを見上げるとすぐに両手で優しく頬に触れられた。


「フィオナ、俺は君のことが好きだ。ここに連れてくるずっと前から君に惹かれていた。君が欲しくて堪らなかった。だからこの国に連れてきたんだ」


 熱をはらんだ低く色気のある声でそっと愛を囁く。

 少し屈んで自分と同じ目線に合わせてくれる彼の瞳は少しの濁りもなく、澄みきった真っ直ぐな気持ちが伝わってくる。


「……好き? 私のこと好きでいてくれたの? 私がマティアスのことを好きになる前から?」

「そうだ。君が俺の腕をふっ飛ばした時からずっと好きだった」

「腕? ……え、何で? 何でそこ?」


 どういうことだ。なぜその状況で好きになる。

 好きになってもらえるように何だかんだと努力していたというのに、なぜそんなよく分からないタイミングで好きになるのか。そこはむしろ嫌いになる場面だと思うのに、謎すぎる。


 意味が分からなさすぎて、おかしくなってきた。


「好きになる要素ないのに……ふふっ、変なの」


 おかしいけれど嬉しい。理由なんて何だって良くて、彼が自分のことを好きでいてくれたことが心から嬉しい。


 フィオナは頬を染めて涙目で微笑んだ。

 マティアスはそんな彼女が愛しすぎて、弧を描く小さな口に自身のものを重ね合わせた。

 軽く触れてすぐに離れると、フィオナからは笑みが消え、キョトンとして固まった。

 いつまで経っても固まったまま、反応がない。


 マティアスはもう一度軽く重ね合わせたが、それでもフィオナは固まったまま。反応がほしくて悪戯心が湧いてくる。マティアスは彼女の唇をぺろりと舐めた。


「っひゃぁっ!」


 急な刺激にフィオナは肩を跳ね上げた。

 両手で口を隠しながらプルプルと震える。


「くく……すまない。くくっ」


 反応が欲しくて思わずしてしまったが、そんなに驚くとは思わなかった。笑いが込み上げてくる。


 上目で睨んでくるフィオナは、文句を言いたいのか、その先を期待しているのか、どちらとも取れる表情。もちろんマティアスは自分の都合の良いように解釈する。

 再び頬に手を添えたところで、部屋にノックの音が響き渡った。


「マティアスさーん! 急遽予定が入ったんで二時間程留守にすることになっちゃいました。ヘタレ脱却したっすか〜?」


 呑気な質問にマティアスはイラッとする。


「……忘れていたな」


 そう言えば大事なことをすっかり忘れていた。足早に扉へと向かうと、ガチャリと鍵を締めた。

 せっかく想いが通じ合ったところなのに、邪魔が入ってはたまらない。


「これで良し、と」


「マティアス? ルークに開けてもらわなくて良いの? 今日は行きたい所があるんだよね?」

「ああ、気にしなくて良い。そこは君を連れて行ったら喜ぶだろうと思っていた場所だからな。ルークに今すぐ部屋を開けさせて町に出掛けてもいいが、君はどうしたい? 俺はどちらでも構わないぞ。ちなみにこのままここで二人でいるなら、キスだけで済まないがな」


 抱き寄せて耳元でそっと警告すれば、フィオナは耳まで赤くした。

 マティアス的には、恥じらっている姿を見られて、あともう少しだけこうやって抱き締められたら今日のところは満足だ。


 そろそろ恥ずかしさに耐えきれず、勘弁してほしいと涙目で訴えかけてくるだろう。

 そう思っていたら、腕の中でプルプル震えていたフィオナは、意を決したようにマティアスに抱きついた。


「……まだこのままが良い」

「ぐっ……」


 まさかの返答にたじろぐ。

 自分はきちんと警告し、選択肢を与えたというのに。それでも良いと言うのなら──


(遠慮しなくて良いのでは……!?)


 いや、そうだとしても、さすがに手を出すのは早すぎる。

 マティアスは葛藤し始めた。このまま突っ立ったままでいるのも何なので移動することにし、フィオナを抱き上げた。


「わわっ」


 流れるような素早い動きで肩と膝裏に手を掛けられ、ひょいと横抱きにされる。慌てたフィオナは瞬く間にベッドへ運ばれて、ふかふかなマットレスの上に優しく下ろされた。


 おずおずと見つめた藍色の瞳はいつものように優しい。だけどその中に確かな熱を感じとった。彼は自分に欲情してくれているのだとはっきり分かる。

 ずっと欲していた感情。彼からそれを向けられていることが嬉しくて、フィオナは彼の手をぎゅっと握って微笑んだ。


 少しの警戒もなく何もかも受け入れようとする姿に、マティアスはひたすら葛藤し続けていた。

 ダメだ。さすがに早すぎる。もっとゆっくり仲を深めていくべきだ。だがしかし──


 遠慮する必要はどこにある?


 拒まれないのなら、遠慮しなくても良いのではないか。どう考えても良いとしか思えず、理性と欲望がせめぎあう。


「ヘタレー! まだヘタレっすか? どっちなんすか〜?」


 外野の騒音は無視だ。頬にちゅっと口づけをして、柔らかな体を抱きしめる。


「おーい! 聞こえてるっすか? 途中経過でもいいんで報告してくれません? 割りと急いでるんすけど〜」


 騒がしくドンドンと扉を叩く音。ムードもへったくれもない。

 マティアスは、はぁぁと脱力した。



 少し待った後、ヘタレ脱却を聞き届けたルークは呪印を解除した。

 扉を開けて目の前にいたマティアスの顔はとてつもなく不機嫌そうだが、気持ちが通じ合ったことに一先ず安堵し、ルークはやれやれと息を吐いた。


 ちらりとベッドの方に目をやれば、プルプルと震えているフィオナの姿。ルークはピシリと固まった。

 彼女に服の乱れはないが、胸元とスカートの裾をギュッと強く握りながら俯いている。

 ルークはサーッと青ざめた。


(──しまったぁぁ! 想いが通じ合った後のことを考えていなかった……!)


 二人きりの密室。想いが通じ合った男女がその後、朗らかに語り合って過ごすはずなどない。目の前の男が我慢できるはずなどなかった。

 ルークはマティアスの両肩を掴んで前後に揺らす。


「マティアスさん、早すぎっす! 閉じ込めてからまだ十数分っす! まさか無理強いしてないっすよね!?」

「何を言っているんだ、当たり前だろう。いろいろとしようとしたが、まだしていない」

「いろいろって、いろいろって何すかぁ?」


 初っ端からどこまで手を出そうとしたんだこの男は。ルークは慌ててフィオナに駆け寄った。


「フィオナさん、閉じ込めてすまなかったっす。本当にマティアスさんに酷いことされてないっすか?」

「……うん。大丈夫だよ」


 フィオナは震える声で小さく返事をする。

 涙目で顔を真っ赤にしている姿にルークは胸を撃ち抜かれた。


「っは、やばいっす。キュンとしちゃって、この気持ちどうすれば良いっすかね?」

「そんなものは今すぐ捨てろ。というか見るな、殺すぞ」

「そんなぁ〜酷いっすよ」

「煩い」


 眼の前でやいのやいのと言い合う二人の姿に、フィオナの気持ちは少しずつ落ち着いてきた。

 しばらく微笑ましく眺めていたが、マティアスがルークの首をギリリと締め上げたところで止めに入る。


「マティアス、その辺でもう止めて。あのね、町に行きたいの。どこかに連れて行ってくれる予定だったんだよね?」


 その言葉に、マティアスはルークの首から手をパッと離した。


「あぁ、そうだったな。今すぐ行こう」


 今日はとても良く晴れたお出掛け日和。


 思いが通じ合って初めてのお出掛けにフィオナは心を弾ませる。その様子にルークは満足し、グッと拳を握りしめた。



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