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期待にこたえたい

 王国の西部に位置する小さな村で、魔物による作物の被害が相次いでいるという。

 討伐依頼を受けた第一魔術師団からはフィオナとニナが行くことになった。


 朝食を終えたフィオナは部屋に戻って窓の外を眺めていた。寒空の下でも優雅に歩く猫をぼんやり見ていると出発時間が近付いていた。ローブを羽織り、手袋をポケットに入れて厩舎へ向かう。


 外に出てすぐに前方にニナの姿を見つけた。フィオナは駆け寄ろうとしたけれど、ニナは誰かに呼ばれたようで右に曲がり備品倉庫の裏へと歩き進めていった。


 何かあったのだろうか。手伝えることはあるだろうかと、フィオナもそちらへ向かった。

 備品倉庫の角を曲がったところで見えたニナの背中に声をかけようとしたところで、両手でハッと口を押さえた。


 ニナのすぐ前方にはヨナスの姿があり、二人はすでに濃密な触れ合いの真っ最中だったから。

 見られていることに気付いたヨナスは、ちらりとフィオナに目を向けたけれど、すぐにまた視線をニナに戻した。少しも焦ることなく触れ合いを続ける。


 こういったことを目撃し慣れているフィオナも特に動じない。

 だけど恋人たちの触れ合いを目にするのは初めてのこと。すごく気になるので、立ち去ることなく興味深くじーっと見ていた。


 ヨナスは満足したところでニナから離れ、何ごともなかったかのようにフィオナにニッコリと笑いかける。

 どこまでも爽やかだ。


「やぁ、おはよう。今日はニナのことよろしく頼むよ」

「あ、はい。分かりました。えっと……邪魔してごめんなさい?」

「はははっ。大丈夫だよ」


 そうだよね。特に邪魔はしていないよねと納得し、ヨナスにペコリと頭を下げる。

 プルプル震えているニナの背中を見て、彼女には声をかけない方が良いかなと思い、フィオナはくるりと踵を返した。


 厩舎に到着して少し待った頃、顔を真っ赤にしたニナが早足でやってきた。


「フィッ、フィオナさん……さっきは、その……」

「見ちゃってごめんね。ニナが備品倉庫の裏に歩いていくのが見えたから、何か手伝えることがあるかなと思って跡をつけちゃったの」

「そう……」


 いつも通り淡々としているフィオナに、ニナはもう何も言わなかった。


 すぐに出発し、馬に乗って40分程かけて、討伐依頼を受けている村に到着した。

 村の入口に馬を繋ぎ、一番近くの家を訪れる。家主に頼んで村長宅に案内してもらった。そこで被害状況を詳しく聞く。

 楕円形のテーブルを囲って座っていると、村長の妻がトレーを運んでやってきた。

 村長とよく似た柔らかな雰囲気を纏ったふくよかな女性は、お茶を淹れてフィオナ達の前に置いた。


「宮廷魔術師様のお口に合うかわかりませんが、こちらもよろしかったらどうぞ」


 そう言って、テーブルの真ん中に籠を置いた。


「ありがとうございます」

「わぁ、美味しそう……いただきます」


 フィオナは顔を綻ばせ、すぐに籠からクッキーを一枚取って食べ始める。

 しっとりした食感と卵の風味、真ん中に挟まれたベリージャムが甘酸っぱい。懐かしさを感じて、ふんわりと幸せそうに微笑んだ。

 昔、母がよく作ってくれていた記憶が蘇る。

 その様子に、村長の妻は満足そうに目尻を下げた。


 フィオナは全く遠慮することなく、クッキーをいくつも頬張りながら村長の話に耳を傾ける。

 しかし、聞いている途中で人々の騒ぎ声が聞こえてきたことにより、急いで外に飛び出した。


 畑の真ん中には体長1メートル程の魔物が一体転がり、鎌が首に刺さったまま緑色の血を流して息絶えていた。

 襲ってきた魔物の急所に村人が振り下ろした鎌が直撃したようだ。

 村人はすぐに家の中に避難したようで、人的被害はない。


 上空を旋回するいくつもの黒い影が、耳をつんざくような甲高い鳴き声をあげて威嚇している。

 仲間がやられたことにより一旦空に逃げ、地上の様子を窺っているようだ。

 長く鋭いくちばしを持つ魔物。十数体の群れはフィオナとニナに狙いを定めて急降下する。


 すぐさまフィオナが十数個の小型魔法陣を描き、全ての魔物を雷撃で痺れさせた。

 ニナは中型の魔法陣を描いて発動させ、魔物の群れに竜巻を放つ。

 天高く打ち上げられた魔物は、体の痺れでまともに飛ぶことができず、螺旋を描きながら落ち、地面に体を強く打ち付けた。

 衝撃であちこちに血が飛び散る。ニナは、息絶えた魔物を一体残らず全て風で持ち上げ、一箇所に積み上げた。それをフィオナが炎の渦で包み込む。


 魔物はパチパチと音を立てながら勢いよく燃えていく。討伐任務はものの数分で完了した。

 あとは地面に残る魔物の血を片付けないといけない。魔物の血が染み込んだ土壌は穢れ、作物がまともに育たなくなってしまう。


 フィオナは畑の真ん中でしゃがみ、地面に両手を着けた。

 目を閉じて集中しながら、地中に魔力を流していく。こうすることで魔物の血がどこに存在するのかが手に取るように分かるようになる。

 感知した血は一滴残らず炎で焼き尽くした。


「……ふぅ」


 務めを果たしたフィオナは立ち上がる。これで全ての任務が完了。二人は村長宅に戻り、報告を済ませた。


「ありがとうございました。こんなに早く討伐していただけるとは、さすが宮廷魔術師様。見事なお手並みでした」

「これ以上作物に被害が及ぶ前に対処していただけて、本当に感謝しております」


 村長夫妻は本当によく似た柔らかい空気を纏い、何度も感謝の言葉を伝えてきた。

 ニナが懐から取り出した討伐依頼書に村長のサインをもらっている傍らで、フィオナは村長の妻と話をしていた。


「このクッキーをお気に召されたようですが、よろしかったらお持ち帰りになられますか? まだまだ沢山あるんですよ」

「わぁ、ありがとうございます」


 籠を手に持ち微笑む村長の妻に、フィオナは少しも悩むことなく満面の笑みでお礼を言った。


「では、私達はこれで失礼します」

「失礼します」


 任務を終えた二人は帰ることにする。到着してすぐに魔物が襲来したため、滞在時間は一時間にも満たなかった。

 村長宅を出ると、それを見計らったようにわあっと七人の子どもが駆け寄ってきて、二人はぐるりと周りを囲まれた。


「ねぇお姉ちゃん達、すごい魔術師なんでしょ?」

「さっき土の上でいろんなところがボウッて燃えてたの!」

「ちっちゃな魔法陣がいっぱい浮いてたのー。もっとおっきなのある? 見たい!」


 家の中から魔物を倒す二人の姿を見ていた子ども達は、瞳をキラキラと輝かせ、期待に満ちた弾む声で次々に話しかけてくる。

 フィオナは王国に来るまで幼い子に慕われた経験がなかった。孤児院に引き続きここでも囲まれていることが嬉しくてたまらない。


「えっとね、大きな魔法陣ってこんなのだよ」


 そう言って、自らの斜め上に中型の魔法陣を描いて右手で指さした。


「わぁぁ!」

「すごいすごーい。どうやって出したの?」

「魔術出してー! バリバリバリーって雷の格好いいやつがいい!」

「えー? 雷はこわいからやだよ。お水がいい」

「何でも良いからすごいの見せて」


 よりいっそう瞳を輝かせて興奮する子供達に、フィオナの胸はきゅんとなる。


(格好よくて怖くなくてすごいの……)


 ここにいる全員に喜んでもらえそうなもの……少しだけ考えて、すぐに魔術式の構築を始めた。

 頭上に中型魔法陣を出し、紋様を幾重も描いていく。フィオナにしか読み取れない程複雑に描き連ねて発動させた。

 そこから飛び出したのはいくつもの小さな水の玉。

 光を閉じ込めたそれらは虹色に煌めき、子どもたちの周りでくるくると踊りゆらめく。


(もうちょっとかな……)


 これでは格好よさが足りない気がして、追加で炎を混ぜてみる。怖くないように少しだけ。水の玉の周りで小さな龍を形どったものを数個泳がせて反応を窺う。


「わぁぁぁ!」

「きれいー」

「すっげ! かっけぇ!」


 歓声をあげながら興奮する子ども達。満足してもらえたと安心し、嬉しくてフィオナは更に複雑に魔術式を組み込んでいく。

 光を閉じ込めていた水の玉を蝶の形に変える。虹色の蝶がひらひらと舞い、虹色の鱗粉を振りまくように軌跡をキラキラと輝かせながら。


「ほわぁ……」

「すっげ……」


 感激しすぎて子どもたちは言葉を失う。口をポカンと開けたまま見入っていた。

 フィオナの隣では、ニナも子どもたちと同じ様な顔をしていた。


 魔力残量が半分ほどになったところで発動を止める。ちゃんと魔力を残しておかないといけないから。

 子どもたちが満足したであろうことは、顔を見れば一目瞭然だった。フィオナはふわりと微笑む。


 そろそろ帰ろうとニナに声をかけようとした矢先、また新たに子どもたちが駆け寄ってきた。大人もぞろぞろとやってきて、二人の周りに二重三重と輪ができる。


「あれ? もう終わってしまったのか。もっと早く来れば良かったなぁ」

「えー! ボクも近くで見たかったのに!」

「もっかい! もっかいやってぇお姉ちゃん!」


 大人たちは残念そうな顔の中に期待をちらつかせ、子どもたちはあからさまに不満を顕にし、もう一度と懇願してくる。


(どうしよう……)


 すごく嬉しいけれど困ってしまった。ちらりと隣のニナの顔を窺えば、子どもたちと同じような期待に満ちた顔をしていた。

 彼女が止めないのなら良いのかな。それならあと少しだけと、フィオナは先程と同じように虹色に輝く蝶を、炎の龍を、先程より広範囲にいくつも舞わせた。


 あちこちから歓声が湧き、もっと見たいと懇願され、新たに村人が一人、また一人とやってくる。

 自分の魔術をこんなにも多くの人に楽しんでもらえている。

 誰一人としてがっかりさせたくなくて、フィオナは期待に応えるべく尽力し、途切れることなく魔力を注いでいった。

 ニナは一切止めることなく、より一層瞳を輝かせた。


 フィオナの魔力が底をついたのは言うまでもない。



「フィオナさぁぁん……! ごめんねぇぇ……ううっ……つい一緒になって見入っちゃって……綺麗すぎてつい……ごめんねぇぇ……! ううう……」


 今度こそ村の人たちに別れを告げて、馬を繋いである場所まで二人で歩いて向かう。

 ニナは責任を感じて涙で頬を濡らしながら謝罪を繰り返す。


「謝らないで。調子に乗りすぎちゃった自分のせいだから」

「うう……もし帰り道で何かが襲ってきても、私が全部やっつけるからねぇぇ!」


 ニナはまだ半分以上魔力が残っている。余程のことがない限り一人で対処できるからと意気込んだ。


「うん。その時はよろしくね。ヨナスに『ニナのことよろしく』って頼まれたのに、結局私の方がよろしくしてもらわないとダメになっちゃってごめんね」


 申し訳なさそうに言うと、ニナは朝のヨナスとのやり取りをフィオナに見られたことを思い出してしまった。顔がみるみるうちに赤く染まっていく。


 両手で頬を隠しながら俯く様子にフィオナは羨ましくなる。

 先程までいた村長宅での仲睦まじい夫婦の姿も思い出し、自分もそんな風になれたらなという願望がどんどん膨らむ。


「ねえ、ニナはどうやってヨナスに好きになってもらえたの?」

「ひょえっ!?」


 唐突に質問してみたらニナは奇声を発した。顔は更に赤くなり歩き方がぎこちなくなる。


「わっ、私は特に何もしてないよ……あの人あんなだから、毎日のように人前で平然と可愛いとか、すっ、好きとか言ってきてたから、その……」


 ヨナスは常識ある温和で落ち着いた大人の男性だが、羞恥心を持ち合わせていない。

 一年前あたりから時と場所を選ばない堂々としたアピールをされるようになり、仲間達から茶化される日々が始まった。そしていつの間にかニナも彼のことが好きになっていたと言う。


 ニナは挙動不審すぎる動きで、声を裏返らせながらも質問にしっかりと答えてくれた。

 フィオナは真剣に聞いた後、顎に手を添えて今後の参考にしようと考え込んだ。


「そっか……好きってアピールし続けたら意識してもらえるようになるんだ」

「そうだね。でも元々少なからず好意を抱いている相手だから、素直に嬉しかったんだと思う。苦手な相手だったら更に苦手になるだけだし怖いよね」

「確かに……」


 フィオナの脳裏には、いやらしい笑みの赤い瞳の男が浮かぶ。彼から向けられた好意には嫌悪感しか抱かなかった。


「フィオナさんとマティアスさんはもう両思いだから、アピールなんて必要ないと思うんだけど」


 ニナの言葉にフィオナは首を傾げ、淡々と間違いを正す。


「両思いじゃないよ。好きになってもらおうと頑張ってる途中なんだ。私もニナたちみたいになりたいけど、まだまだなの」

「いや、もうすでに両思いだって……どこからどう見てもそうだよ」

「マティアスは優しいからそう見えるだけだよ。私がこの国に馴染めるように世話を焼いてくれているだけなの」

「え、いやいや……どう見たってマティアスさんはフィオナさんのこと大好きだからね?」


 ニナはやたらと必死に見える。王国の人達は皆優しくて温かくて、気持ちは嬉しいけれどいつも申し訳なく思う。


「うん、ありがとう。頑張るね」


 これ以上気を遣わせるのも悪いので、お礼を言ってこの話題は終わらせた。

 ニナはまだ何か言いたげだったが、馬を繋いでいた場所に到着したため帰路につくことにした。


 ローブのフードを目深に被り、手袋をはめる。帰り道もニナが先導して馬を走らせる。

 フィオナは道を覚えていないから前を走れない。

 ひやりとした空気の中、息を白く曇らせながら枯れ草色の野原を風を切って走り、すっかり落葉した木々の森を駆け抜ける。

 ホームが近付いてくると、自然とマティアスの顔を思い浮かべた。


(好きとか格好いいとかいっぱい伝えたら、意識してもらえるのかな……)


 ニナの話が頭をよぎる。マティアスにとって自分は『元々少なからず好意を抱いている相手』という前提は満たしているはず。嫌いな人間の世話を焼くことはしないと思うから。


 王国に自分を連れてきた張本人という責任感だけでいつも一緒にいてくれる訳ではなく、娘や妹みたいに思って可愛がってくれているはず。

 だから彼の中にあるはずの少しの好意を大きくさせたい。自分と同じくらいに。


 頑張ろうと意気込んでみたが、すぐに恥ずかしくなってきた。今まで異性に好意を抱き、それを伝えた経験なんてない。


 そこではたと気付く。


(……あれ? 好きとか格好いいとか、すでに言っているような……?)


 声が格好いい。男前でたくましい。一番好き。大好き。

 そんなことを彼に言った記憶がある。

 日常のほんのささやかな瞬間に、幾度となく言っている気がする。


(あれれ?)


 頑張るも何も、すでに何度も伝えていたという事実に衝撃が走る。何てことだ。自分はすでにマティアスに好意を伝えていた。好きだと日常的にアピールしていた。


 胸の奥がもぞもぞする。肌刺す風に冷え切っていた体が熱を帯びていく。

 これからどんな顔をして会えばいいのだろう。恥ずかしい。そのことで頭がいっぱいになり、この先の道を通る際に気を付けるべきことが頭から抜け落ちていた。

 団長を始めとする仲間から何度も注意を促されていたことだ。


 青い桟橋を超え、目の前にホームの屋根が見えてきた。段差を超えるために馬は力強く地面を蹴り上げて高く軽やかに跳躍した。

 フィオナの手は手綱から離れる。


 ぐらりと体が傾く。まずい。そう思った時にはすでに体が地面に打ち付けられていた。


 頭と背中に強い衝撃を受けて意識が遠のく中、泣きながら駆け寄ってくるニナの姿がぼんやりと見える。


(ああ……また迷惑かけちゃった……ごめんなさい)


 情けなくて涙が一筋流れる。声に出して伝えることはできなくて、心の中で謝りながら意識が途絶えた。

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