Story 49【流行るもの、伝わるもの】
最初に書いておきますが、医療関係者に取材をしたわけでも、特にそういうデータを見たというわけでもなく、ただただ現在作者の私が『風邪っぴきである』というだけで思いついたお話なので、深く突っ込まれると泣きます。
「感染症と伝染病の違いって知ってるかい?」
「あぁ、曖昧ですよね。一応知ってはいますが、専門ではないので間違ってる可能性はありますよ?」
「それでもいいよ。曖昧でもどう違いがあるのかっていうのは知っておいて損はないだろう?」
人気のない墓地。
月が綺麗なオレンジ色をしている夜、先輩は僕に対してそんなことを聞いてきた。
といっても、今回も今回で僕の専門とは言い辛い知識の分野の話だ。
だから、
「では、僕の知っていることをば。……まず先輩はどちらかでも良いんで、それぞれの言葉の意味を知ってますか?」
「えぇっと……そうだね。自信はないけど、感染症はインフルエンザとかの事を言って、伝染病ってのはペストとかのイメージって言って分かるかな?それくらいの知識だね」
「成程、成程」
自身で淹れた紅茶で口を湿らせた後。
「じゃ、それぞれの言葉の補強をしていきましょう」
今日も自論とも言えない言葉を紡いでいこう。
「まず、感染症の説明からしていきましょう」
「よろしく」
「はい。最初に勘違いから正しておくと、インフルエンザもペストのどちらも感染症であり伝染病であると言えます。……多分」
「多分っていうのは?」
「専門じゃないんで。まぁとりあえず言葉の意味を詰めていきましょう……感染症っていうのは、所謂ウイルスやら細菌が身体の中に侵入して起こる病気の事を言います」
感染症は微生物……寄生虫や、例に出したウイルス、細菌などが身体の中で増殖する事で起きるもの。
様々な種類、症状があるものの、基本はそう……らしいのだ。
「では次に伝染病。これは言ってしまえば、感染症の中でも他の個体にうつる類のものがそれにあたります。……ほら、寄生虫とかが身体を渡り歩いてたら怖いでしょう?そういうタイプもいるかもしれませんが、まぁ今は置いておいて」
「確かにね。……つまり、伝染病は『感染症って作品の中の1つのジャンル』って認識で良いのかな?」
「僕達は専門家じゃないですし、その認識で良いと思いますよ?」
専門家や、それらを仕事の種にしている職種の人達には申し訳ないが、正直この程度の知識があれば良いと僕は思う。
こうやって雑談用のネタにはできるし、別段誰かを診察するわけでもないのだからこの程度で良いのだ。
「じゃあ疫病は?ほら、感染症、伝染病と来たら疫病も知っておきたいだろう?」
「そっちはあれです。集団発生するタイプの伝染病がそうジャンル分けされてる感じですね。……冬になったら急増するインフルエンザとか、まだまだ名前を聞くコロナウイルスなんかも疫病扱いです」
「へぇ……ジャンル分けの中でもまた更に細かくジャンル分け……ある意味、同人誌とかそういうのみたいだねぇ」
「……まぁ、似たようなものかもしれないですけど。……あぁ、疫病に関して言えば、僕ら向きの話もありますよ?」
「私達向き、かい?」
周囲を見渡した後、まぁ問題無いだろうと口を開く。
「えぇ、例えば……ほら、疫病神とか。そういったモノが現世に干渉して生み出されたものとか、伝承がそのまま病気として残ってしまったものとか」
「あぁ確かに。そういうのは私達向きだ。特に後者は気になるね?伝承派生の疫病かい?」
「そうなります。分かりやすいのだと……それこそ、ペストとかがそうですね。元々感染力も危険度も高かったものですけど、ある伝承が結びついた結果として、それがより凶悪になった、というか」
「ペストというと……あれは確かヨーロッパの方で大流行したやつだったよね」
「えぇ、そうですそうです」
ペスト。
黒死病とも言われる危険な伝染病であり、ネズミやノミなどから感染する類のものだ。
治療されれば1割程度の死亡率になるとはいえ、無治療の場合、その致死率は6割を超えると言われている、のだが。
「ある伝承がある地域に存在します。まぁ有名なので先輩も知ってると思いますが……ハーメルンの笛吹き道化、というお話に聞き覚えは?」
「あは、勿論知ってるさ。ドイツにあるハーメルンって都市であった、ネズミ捕りの話が元になってるものだろう?……確か、奇抜な恰好をした男が笛を吹いて、街に存在するネズミを近くのヴェーザー川に誘導して溺死させた、だっけ?」
「まぁある程度似たような話です」
ハーメルンの笛吹き道化は、先輩が語ってくれたようにネズミ捕りの話であるものの。
この話にはまだ続きが存在する。
「元々、男は街の住人と約束をしていました。……ネズミを退治したら、報酬を支払うように、と」
「……成程?」
「結果として、男に報酬は支払われませんでした。住人達が約束を反故にしたからですね。……さて、その男は捨て台詞を吐いた後、街から去っていったのですがある事件が起こります」
「ある事件?」
「えぇ。笛の音と共に子供達が街の外へと出ていき、ある洞穴の中へと入り……そして二度と戻ってこなかったのです」
去り際に男が吐いた捨て台詞。
様々な説があるが、大抵の説では『お前達の大切なものを奪ってやる』という、復讐を謳うものであったという。
街にとって子供達というのは宝であり、未来であり、大切なものだろう。
それを奪ったのだから男の復讐は成されたと考える事が出来る……のだが。今回の話の肝はそこではない。
子供達が消えたという部分だ。
「さて、先輩。ここで病気の話に戻りましょう」
「オーケィ。私にもある程度見えてきた。……その笛吹き男が所謂疫病神だったりするのかい?ほら、ネズミって病気を運ぶ動物としてのイメージが割とあるし?」
「良いところに目をつけますね。ですけど、それだけじゃあありません」
一息。
「確かに笛吹き男は疫病神だったのかもしれません。ですが、それだったら直接街に疫病を発生させれば良いだけの話なんですよ。ほら先輩、よくよく考えてみてください」
「……?」
「子供の頃って、大人から見ると大したことない病気が大病に変わったりしますよね?」
「……まさか、そういう事かい?」
「まぁ、これも僕達『魔女の間で言われている、伝わっている』だけの話なんですが。……子供達が連れ去られた、というのは脚色されたフィクションだったとして。本当は何でもない、但し子供達には耐えられないくらいの病気が、少し前に大量発生していたネズミによってハーメルンの街に蔓延していたとして」
あくまで仮説。
それこそ、現実に調べてみればその手の類の仮説推察などは大量に出てくる。
だからこれも、そういう話だ。
「それによって子供達が死んでしまったのを、できる限り真実と虚構を混ぜて後世に残そうとしたのだったら……どうなると思います?」
「あは、いやぁ……うん。連れ去られたとか、そういうのが……良いだろうねぇ」
「死んでしまった、なんて残せませんからね。そして、そんな伝承が残った結果。子供を百と数十人連れ去ってしまったという伝承が残った結果。……それに結び付けられて考えられた、ペストという伝染病は、先輩のように変質、変容し、今に至る……なんて」
そんな、現実と幻想の違いが分かっていないような事を言いながら、幻想側の魔女は同じく幻想側の化け物の問に答えた。
「面白い話でしたか?」
「うん、興味深かったよ。まさか最初の感染症云々からこんな話が聞けるとはねぇ……」
「思った以上にこの世界は神秘に溢れてるんですよ、カニバル先輩」
「だからといって病には罹りたくないけどね、魔女後輩」
まだ夜は明けない。
オレンジの光は、天高く。頭上にまだ光っている。




