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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
文久4年・元治元年2月
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武州人捕縛

 昨年の8月18日の政変の時の活躍で、土方さんと近藤さんが銀をもらった。

「えっ、今頃ですか? ずいぶん遅いご褒美ですね」

 あれから半年ぐらいたっていると思うけど。年も変わっているし。

「遅くても、もらえたんだからいいだろうが」

 ま、もらえない人もいるしね。

「私のはないのですか?」

 ないのだろうなぁと思いつつ聞いてみる。

「お前はどんだけ働いたんだ?」

「警備をしましたよ。土方さんと一緒に」

「俺と一緒だったか?」

「はい。同じことをしているのに……」

「いいか、俺は副長。お前は副長助勤」

 あ、私、一応副長助勤なのね。平隊士だと思っていた。

「身分が違うんだ、身分がっ! わかったかっ!」

「はい、わかりました」

「なんかお前、嬉しそうだが……」

「私、副長助勤だったのですね。普通の隊士だと思っていたので」

「何なら、格下げして普通の隊士にしてやってもいいぞ」

「い、いや、それは、遠慮します」

「俺に、ずるいとか言っている暇があるなら、副長助勤並みの仕事をちゃんとしやがれっ!」

 ん?私ずるいとかって言ったか?

「わかったかっ!」

 今そこを突っ込んだら、本当に平隊士に降格させられるかも。

「わ、わかりました」

 私は、飛び出すように屯所を出た。


蒼良そらは自分が副長助勤だって知らなかったの?」

 一緒に巡察している藤堂さんに言われた。

「藤堂さんは知ってたのですか?」

「知ってるも何も、土方さんが最初に書いて出してくれたじゃん」

 そうだったか?でも……

「土方さんの字が苦手で……」

 ミミズみたいに続けてくねくねと書かれると難しくて読めないのだ。

「蒼良は読める字と読めない字があるんだったね」

「土方さんの字は、芸術的過ぎて読めないです」

 私がそういうと、藤堂さんはプッと吹き出していた。

「藤堂さんは読めますか?あの字が」

「あはは、私は読めるよ」

 この時代の人たちは、器用に読めるんだ。

 私も江戸時代に生まれていたら、読めるものなのか?

「やっぱり、私は読めないです。今度土方さんが何か書いて出したら、藤堂さん、私に読んでください」

「わかったよ」

 藤堂さんは笑いながら返事をしてくれた。

 

 しばらく巡察で歩いていて、五条大橋付近に差し掛かった時、酔っ払いが二人暴れていた。

「何か騒々しい。私が行ってきます」

 魁先生と言われるだけあり、藤堂さんが真っ先にその酔っぱらいの方へ飛び出していった。

「私も行きます」

 私は慌てて追いかけた。

 その酔っぱらい二人は刀を出して暴れていた。

 その刀で誰かケガをしたら大変だ。

 でも、なるべくなら斬らずに生け捕りと言われているので、何とか捕まえたい。

 そんなことを考えている間にも、藤堂さんの動きは速く、刀を出して飛び出したと思ったら、相手の刀を刀で叩き落とし、刃を相手の顔の近くにもってきていた。

「新選組です。これ以上暴れると、命の保証はしませんよ」

 藤堂さんの刀の刃がきらりと光った。

 

 酔っ払い二人を捕縛して屯所に連れて行った。

 見た感じ、長州の人間ではなさそうだ。だから、奉行所ではなくうちで取り調べることになった。

 しかし、酔っ払っているので、酔いがさめるまで放置することになった。

 次の日、二人の取り調べが始まった。

「あいつら、どこにいた?」

 二人を取り調べていた土方さんが、私のところにあわただしくやってきた。

「五条大橋の付近で酔っ払って刀出して暴れていたので、捕縛してきました」

「あいつら、どこの者か知ってたか?」

 どこの者って?

「長州の人ではないようなのでここに連れてきたのですが……」

「長州の人間ではない」

 なら、何なんだ?

「武州の人間だ」

 武州?

「俺たちがいたところだ」

 ええっ!

「土方さんたちがいたところは、江戸じゃなかったのですか?」

「お前、あそこを江戸だと思っていたのか?」

「はい」

 東京都だから、江戸だろうと思ったのだけど……

「武蔵国多摩郡だから、武州だ」

 多摩だから、武州なのか?っていうか、武蔵国?

「武蔵国のことを武州というのですか?」

「当たり前だろう」

「で、土方さんがいた多摩は江戸ではなく、武蔵国」

「そうだ」

「それがどうかしたのですか?」

「お前、斬られたいのか?」

 いや、斬られたくないです。

 武州がどうかしたのか?ああ、そうだ。

「今回、私たちが捕縛した人間が武州の人間だった」

「そうだ。さっき言っただろう」

「武州の人間ということは、土方さんたちと同じ出身地だってことですよね」

「だから困ってるんだ」

 ん?何か困ることがあるのか?

「同郷の人間を罰することはできんだろう」

 えっ、そうなのか?

「ご近所さんだったのですか?」

「近所にいたら、すぐわかるだろうがっ!」

「なら別にそんなに深く考えなくても、普通に罰すればいいのではないのですか?」

「お前っ! それができんから悩んでいるんだろうがっ! さっきからそれがわからんかっ!」

 その土方さんの考えがよくわからないのだけど。

 警察だって、犯人が自分の近所の人間だからと逃す人はいないと思うのだけど。

「でも、逃したら、他の隊士たちに示しがつかん」

 確かに。

「だからって、罰するわけにもいかん」

 それがよくわからない。

 というわけで、この二人は処分保留でこの日も屯所で過ごすことになったのだった。

「いっそのこと、新選組隊士にしたらどうですか?」

「ばかやろう」


 そしてまた次の日。

 どうすればいいのかわからない状態でいたら、富沢さんがやってきた。

「なんだ、ずいぶんと悩んでいるようだな」

 富沢さんは、小さい時から土方さんを見ていたのか、土方さんの顔を見ただけで、悩んでいるということがすぐにわかったらしい。

 というわけで、土方さんはこれまでのいきさつを富沢さんに話した。

「それなら、わしに任せておけ」

 富沢さんがすぐにそういった。

「でも、こんなことを富沢さんに任せるわけには……」

「方法はそれしかないだろう。わしが何とかする」

「他の隊士にはどう言えば……」

「わしの知り合いで、わしが金を出して隊から引き取ったことにすればいい。わしが二人によく言い聞かせて、どこかで逃がしてやる」

「わかった。近藤さんに報告してくる。近藤さんも、同じ武州の人間を罰することはできないって、頭を抱えていたからな」

 土方さんは、近藤さんに報告をしに行った。

 これで円満に解決できそうだ。

 近藤さんのところから戻ってきた土方さんは、

「富沢さん、よろしく頼むと近藤さんが言っていた」

「わかった。わしに任せておけ」

「蒼良」

 土方さんに、突然名前を呼ばれた。

「何ですか?」

「お前は富沢さんの護衛でついて行け。あの二人が富沢さんを襲ったら大変だからな」

「わかりました」

 私も、富沢さんと一緒に行くことになった。


「もう二度とこんなことをするな。今度は命はないと思え」

 富沢さんと京の町から少し離れたところまで行った。

 そこで、二人の縄を解くように言われ、解いた。

「これは、何かあった時に使いなさい」

 富沢さんは、最初に厳しいことを言っていたけど、最後には二人にお金をあげていた。

 やっぱり、同郷のよしみってやつなのかもしれない。

「ありがとうございます」

「御恩は忘れません」

 二人はそう言って、京から離れるように歩き出した。

 私は、富沢さんと一緒に二人が小さくなるまで見送っていた。


「それにしても、新選組はこんな仕事までやるのか」

 二人を解き放してから屯所までの帰り道、富沢さんは驚いたように聞いて来た。

「はい。みんな便利屋みたいなことまでやったとか言ってます」

「京の治安を守る人間が、便利屋か。それに、今回は死人が出なかったからよかったものの、死人が出るような仕事もやるんだろう?」

「はい。斬らなければ、斬られてしまうので」

「命がけなんだな。蒼良の顔もりりしくなるはずだ」

 そうか、それでりりしくなったのか。と、妙に納得してしまった。

「歳も、勇も、今や長になってるんだよな。ずいぶんな出世だ」

 きっと、まだ出世する。確か、明治の直前には幕臣になったと思う。

「1年ぶりに見て、顔が変わったなと思ったが、自分の同郷の人間を捕まえといてオロオロするとは、あいつらも、まだまだだな」

 富沢さんが笑いながら言った。

「でも、同郷の人間を斬るような人間になっていなくてよかった」

 やっぱり、同郷って、そんなに大事なのかな。

「私、その同郷ってものがよくわからないのですが」

 思い切って、口に出してみた。

「蒼良は、どこの出身だ?」

「江戸です」

 一応東京都に住んでいるから、江戸だよな。

「江戸か。江戸は色々な人間が多いからな。そういうことはわからないかもしれんな」

 そうなのか?

「同郷というものは、同じ言葉も話すし、同じ食べ物も食べる。それに下手すれば、それを治めている人間も同じ人間だったりする。すると、仕えてる主君が一緒だったりする」

 それは、藩主ということか?

「蒼良は、同じ家にいる人間を殺せるか?」

「それは、絶対に無理です」

 家族と同じだもの、そんなことできるわけない。

「それと一緒だ。同郷とはその郷の中にいるときは何とも思わないが、外で会うと、家族の一員に会ったような感じがするものだ」

 富沢さんの、その言葉ですべて納得できた。

「だから、土方さんも、近藤さんも困っていたのですね」

「そういうことだ」

 今回、こうやって解決できたことは、すごく良かった。


「無事に解放してきました」

 屯所に帰ってから、土方さんに報告した。

「ご苦労だった」

「ところで、武州って狭いのですか?」

「なんでだ?」

「同郷、同郷って言っていたから、狭いところで顔を合わせていたのかなぁなんて思ったのですから」

 家も、狭いと家族の存在を感じるけど、あまり広すぎると家族の存在を感じないものだ。

「そんなに狭くないぞ」

 後で調べてみたら、東京都の一部と神奈川県の一部と埼玉の一部のことで、とっても広かったらしい。

「お前、自分がいた武州も知らんとはな」

 土方さんが呆れた顔で私を見ていた。

「武州と言われるとわかりませんよ。せめて、武蔵国と言ってください」

 武蔵国と言われても、わからないと思うけど、そう言ってみた。

「そう言っても、お前のことだから、わからないんじゃないのか?」

 なんでばれてんだ?

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