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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
明治2年3月
492/506

作戦名はアボルダージュ

 そろそろじゃないか?

 そう思っていた。

 それは、宮古湾海戦のこと。

 私たちの方は開陽と言う船があったのだけれど、江差で座礁して沈んでしまった。

 この開陽は、私たち幕府軍の主力戦艦で当時では最新鋭の戦艦だった。

 その開陽が無くなり、政府軍との戦力の差が大きく開いてしまった。

 そこでさらに追い打ちをかけるように、政府軍は甲鉄と言う軍艦を手に入れてしまった。

 この甲鉄と言う軍艦はストーンウォール号と言い、アメリカの南北戦争の時に南軍がフランスに発注して作られたものなのだけれど、アメリカに着くまでに色々なことがあり、何とかしてアメリカに着くも、戦争が終結したので活躍することなく、アメリカに係留していた。

 そんな中、幕府がアメリカにこの船を買うことを約束する。

 これが戊辰戦争の前の出来事。

 戊辰戦争が始まると、政府軍もこの船を欲しがった。

 しかしアメリカは、局外中立の立場をとり、この内乱が終わるまでどちらにも売らないという態度をとった。

 この中立も、幕府軍が数々の戦に負けて蝦夷に行ったあたりで破られてしまう。

 というのも、戦に勝った政府軍の方を正規の政府と認めたアメリカは、政府軍の方にストーンウォール号を売ってしまう。

 そして、ストーンウォール号は甲鉄という名前になる。

 この甲鉄ともかかわりがあった榎本さんは、開陽がない今、この甲鉄が政府軍の手に渡ってしまったことに危機を感じていた。

 甲鉄は、今ある幕府軍のどの艦船を使ってもかなわないものであり、甲鉄の存在により、ただでさえ武器に差があるのに、さらに差が大きくなってしまったのだ。

 今月の初めぐらいにこの甲鉄を含んだ政府軍の艦隊が品川を出発したという情報が入ってきた。

 五稜郭ではもう作戦が練られているかもしれない。

 そんなことを思い、不安になりつつ五稜郭の方を見た。

 今日も土方さんは五稜郭へ出かけて行った。

 今日も、何事もなく帰ってきてほしいと思うのだけれど、いつかはこの作戦を心の中に持って帰ってくる。

 その日が近くなってきていることに不安を感じつつ、今日もいつも通り家の中を掃除したりして過ごした。 


             *****


 敵が品川を出て宮古に停泊している情報が入ってきていた。

 榎本さんは、敵の甲鉄と言う艦船を気にしていた。

 江差で座礁した開陽もいい船だったが、甲鉄はそれ以上の船らしい。

「甲鉄が手に入ればなぁ」

 榎本さんがそうつぶやくことが多くなってきていた。

 そんな時にフランスの海軍士官候補生のニコールと、海軍奉行の荒井郁之助と回天の艦長である甲賀源吾が作戦をたてた。

 それは、停泊中の甲鉄を乗っ取る作戦だ。

「フランス語でアボルダージュと言い、敵艦に接舷して直接乗り移る海戦術です」

 ニコールについた通詞がそう言った。

 なるほど、海軍ではそう言う攻撃の方法があるのか。

「甲鉄に異国の旗をあげて接近し、攻撃開始とともに自国の旗に切り替えて甲鉄に接舷し、兵が斬りこみに入り、舵と機関を占拠します」

 荒井がニコールの話に補足をするようにそう言った。

 へぇ、陸ではそれをだまし討ちと言うんだが、海ではそれが通用するのか?

「これは、万国公法で認められています」

 俺のその疑問をさっしたのか、甲賀がそう言った。

 榎本さんはその話をうなずきながら聞いていた。

 そうか、その方法が通用するのなら……。

「船を甲鉄につけて、一斉に兵を甲鉄に潜入させて占領すれば、甲鉄を手に入れることが出来ると言う事だな」

 俺の頭の中には、まだ見ぬ甲鉄という船の中での戦が広がっていた。

 場所が海でそれが船の中であれば、陸の戦と違って敵の人数が増えると言う事はない。

 大勢の人数で短時間で攻めれば、甲鉄は手に入るのではないのか?

「甲鉄への斬りこみは、土方君にまかせてもいいかな?」

 榎本さんがみんなに言い聞かせるようにそう言った。

 誰も反対する人間はいなかった。

「ただ、俺は船に詳しくねぇから、どの船で行くかとかどの船を接舷させるかとかは、そっちで考えてくれ」

「船は、回天と蟠竜と高雄で、蟠竜と高雄で甲鉄に接舷して攻撃し、回天は周りの船が攻撃してこないように援護すればいいだろう」

 荒井がそう言った。

 なんだ、もう船まで決まっていたのか。

 そうなったら、後は船に誰を乗せるかだな。

 新選組を中心にして彰義隊などを乗り込ませればいいか。

 蟠竜と高雄に精鋭部隊を乗せることにしよう。

「甲鉄が敵の手に渡った場合はアボルタージュを実行するしかないだろうと、だいぶ前からブリュネと話していた」

 榎本さんはブリュネの方を見てそう言った。

 ブリュネは幕府の陸軍の近代化を支援するために派遣された、フランス軍事顧問団の副隊長だった人間で、俺たちと共に蝦夷に来て陸軍奉行の大鳥さんを補佐している。

「もうこの方法しかない。頼んだぞ」

 榎本さんのその一言で、この作戦の決行が決まった。


「土方先生、何かあったのですか?」

 家への帰り道で一緒に歩いていた鉄之助が俺の顔をのぞき込んでそう聞いてきた。

 いつもの帰り道より無言だった俺を見て、鉄之助なりに何かを感じ取ったようだ。

「アボルダージュと言う作戦で誰を連れて行くか考えてんだ」

「なんだ、そうでしたか」

 誰を連れて行くか?

 それはもうとっくに解決していた。

 誰をどの船に乗せるかまでもう決めていた。

 俺が考え込んでいたのは、あいつのことだ。

 最近のあいつは、春が来るのを怖がっているように見える。

 戦が怖いようだ。

 これまでも数々の戦を経験してきた。

 それはあいつも同じだ。

 ただ今回は、今までの戦と違うものになると言う事は、あいつも薄々察しているらしく、そのせいなのか、怖がっているようだ。

 アボルダージュをやると聞いたら、あいつはどんな顔をするだろうか?

 怖がらせるだけだから、内緒にしておこうかと一瞬思った。

 普通の女ならそれでもいいだろう。

 でもあいつは普通の女じゃない。

 未来からやってきたらしい。

 その証拠に、今までもこれから先に起こることを知っていた。

 だから、今回の事も、俺が知るより先に知っているだろう。

 内緒になんて出来ねぇな。

 それなら俺の口からきちんと話したほうがいいだろう。

「あ、蒼良さんが出ている」

 鉄之助の声で気がつくと、家の近くに来ていて、あいつが門の前に立っていた。

「なんだ、出迎えか?」

 ここ数日、俺たちが帰ってくるのを外で待っている。

 こいつは、絶対に知っていな。

「はい。そろそろ帰ってくるんじゃないかと思って」

「蒼良さん、ただいま」

 鉄之助が絵がで言うと、

「お帰りなさい」

 と、笑顔でそう言って俺たちを迎え入れた。


            *****


 いつもと同じ土方さんだった。

 まだ宮古湾海戦の話が出ていないのかな?

 そんなことを思いながら、土方さんの顔をうかがう。

 きっとまだ出ていないのだ。

 ホッとしつつ、いつも通りの一日を過ごした。


 しかし、ここからはいつもと違っていた。

 夜になり部屋に入ると、土方さんは文机に向かって何か考え込んでいた。

 私が入ってきた気配を感じたのか、

「待っていた」

 といい、土方さんは文机から離れ、私の前に座った。

「アボルダージュと言う作戦を実行することになった。それだけ言えば、お前も分かるだろう?」

 とうとう来たか。

 私はうなずいた。

「どうしてもやるのですか?」

「それしか方法がねぇだろう。ここで敵が攻めてくるのを待っているというのも嫌なもんだぞ。その前に出来ることはしておきたい」

「でも、その作戦を実行しても得るものはないです。逆に失うものが多いです。だから、やめたほうがいいと思います」

 亡くなる人もいるし、船も一隻失うことになる。

「そうか。お前がそう思うのなら、お前はここにいていいぞ」

 いや、そう言う問題じゃない。

 私が行かなくても土方さんが行ってしまったら意味がないのだ。

「行く、行かないじゃなく、その作戦をやめてください。他の方法がありませんか?」

「お前はいい方法があるのか?」

 そう聞かれ、途方に暮れる。

 いい方法があれば、私だってそれを実行している。

 ないから、こうやって毎日、この日が来ることを恐れながら暮らしていたのだ。

「お前は、何を怖がっているんだ?」

 土方さんは、私が怖がっていると思っている。

「こ、怖くなんてないです」

 怖くなんかないと、心の中で自分に言い聞かせる。

「怖がっているだろう。今だっで、怖がっている。何がそんなに怖いんだ? 戦なら、これまでもやってきただろう」

 そう、戦なら、これまでもやってきた。

「だから、怖くないですよ」

 無理やり笑顔を作ろうとしたけれど、出来なかった。

「そんな顔をして嘘つくな」

 土方さんの両手が私の顔を一瞬だけ包んで離す。

「お前は、この作戦が失敗すると知っているから怖いんだろう? そして、これから先に起こる戦でも敗ける。敗けるだけじゃそんなに怖がらないよな? 俺が死ぬんだろう? だから怖いんだろう?」

 土方さんも、ここで自分が亡くなることを知っている。

 昨年の年末にばれてしまったのだ。

 でも、だからって……。

「口に出して言うことないじゃないですかっ!」

 口に出したら、すぐに亡くなってしまうとかそう言う事はないけど、こういう嫌なことは口に出してほしくないし、聞きたくない。

「口に出さなければ何かあるのか?」

 口に出しても、出さなくても、何も変わらない。

「それはお前が知っている未来だろう? お前から見たら、過去の話かもしれねぇが、俺から見たら未来の話だ。過去は変えられねぇが、未来は変えられるんだよ。お前も未来を変えたいと思っているんだろう?」

 そう、どうしても変えたい未来がある。

「俺だって、お前の知っている未来を変えてぇと思っている。何より、お前を残して死ぬのは嫌だ。だから、俺は死なねぇし、お前の知っている未来のとおりになるつもりもねぇよっ! わかったかっ!」

 土方さんは、まっすぐ私の目を見てそう言った。

 お前を残して死なない。

 その言葉を聞いただけで、私は嬉しかった。

「土方さんだけは死なせません」

「俺だって死ぬつもりはねぇよ」

 ポンッと土方さんの手が私の頭にのった。

「アボルダージュは実行する。ここで未来から逃げても何も残らねぇだろう」

 土方さんの言う通りだ。

 逃げても未来はやってくるのだ。

 どうせ来る未来なら、いい未来にすればいいのだ。

 だって、未来は変えられるのだから。

「何か言う事はねぇか?」

「私も連れて行ってください」

「わかった、連れて行く」

「私の知っている未来では、蟠竜と高雄じゃなく、回天が甲鉄に攻撃を仕掛けます。回天でも甲鉄に乗り込めるように考えたほうがいいと思います」

「回天は外輪船だから、接舷は難しいと聞いたんだがな」

 外輪船とは、外に水車のような機械がついている。

「わかった。考えとく」

 接舷は難しいといいつつも、土方さんはそう言ってくれた。

「やっといつものお前に戻ったな」

 土方さんが優しい顔でそう言った。

 そ、そうなのか?

「ここ最近の私はどうでしたか?」

「なんか、怖がっているように見えたぞ」

 そうだよね、怖がっていたもん。

 怖くないといいつつも、いつも怖がっていた。

「怖かったのです。でも、今は怖くないです」

 土方さんが死なないって言ってくれたのが一番かもしれない。

「そりゃよかった」

 ポンポンと、土方さんは私の頭を優しくたたくようになでてくれのだった。

 大丈夫、もう、怖くない。

 

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