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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
明治2年3月
489/506

やっぱりこうなった

「あいつらも、俺たちの邪魔をしようとしたわけではないらしいな」

 ばれた日の夜に土方さんが布団に入りながらそう言った。

 朝食を食べると、五稜郭に行く土方さんについて、原田さんと沖田さんも去って行った。

「蒼良は一緒に来ないの?」

 と、沖田さんに言われたのだけれど、私の仕事は今は特にないようなので、

「お前は家にいろ」

 と土方さんに自宅待機を命じられた。

 そのことを話したら、残念そうに

「そうなんだ」

 と、沖田さんは言っていた。

 家の掃除とかしていたら、あっという間に夕方になり、土方さんが帰ってきた。

「あれ、沖田さんと原田さんは?」

 一緒についてくるかと思っていたので、土方さんの後ろの方を見ながら聞いた。

「ついて来るかと思ったから、黙って帰ってきた」

 そ、そうなのか?

「でも、家の場所はばれているのですから、土方さんが先に帰ってきても、沖田さんと原田さんがここに来ようと思ったら来ますよね?」

 私がそう言うと、しばらく沈黙がおりた。

「引っ越すか?」

 そ、そうなるのか?

「そんなすぐに家は見つかるのですか?」

「見つからねぇな」

 そうだよね。

「外で話していても仕方ない。夕飯作るぞ」

 土方さんがそう言いながら家の中に入ったので、玄関を閉めながら私も土方さんの後について行った。


 そして、夕食も無事に終わり、今、一日も終わろうとしている。

 沖田さんなんかは絶対にここに来るだろうと思っていたのに、あれからここに来る気配もなかった。

「総司なんかは、絶対に来ると思っていたがな」

「そうですよね。お二人とも、私たちを気づかってくれているのですよ」

 そう思っておこう。

「そうらしいな。そろそろ寝るか」

 二人で布団に入った時、玄関がバンバンと叩かれる音がした。

「だ、誰か玄関にいますよね?」

「いるようだな」

 戸締りはしたから入ってこないと思うのだけれど。

 バンバンという音があまりに大きいので、壊されるかもしれないという恐怖感はあった。

「落ちつけ」

 土方さんは私の背中を優しくなでた後、立ち上がった。

 そして、刀掛台に置いてあった刀をとり、玄関へ向かって行った。

 か、刀持って行ったけど、そ、そんなに物騒なのか?

 私も恐る恐る土方さんの後をついて行く。

「誰だっ!」

 刀をいつでも抜ける状態にした土方さんは、外にいる人に声をかけた。

「僕ですよ~」

 緊迫した雰囲気とは程遠い、沖田さんの楽しそうな声が聞こえてきた。

「こんな夜中になんだっ!」

「飲みすぎちゃって、屯所の称名寺も閉まっちゃったし、五稜郭の門も閉まっちゃったし、帰る場所が無くなっちゃった。土方さん、泊めてください」

「断る」

 土方さんは即答だった。

「ひどいよ~。このままじゃ僕、凍え死んじゃうよ~」

 三月になったとはいえ、箱館の夜は寒い。

「ここじゃなくても、泊まるところはたくさんあるだろうがっ!」

 そうなんだよね、ここ以外にもあるんだよね。

「けちっ!」

 と、沖田さんが言った後、玄関の前から人の気配が消えた。

「帰ったようだな」

 土方さんがホッとした時。

「みなさ~ん、ここには、陸軍奉行並の土方歳三がいますよ~。新選組の鬼副長ですよ~」

 という沖田さんの大きな声が聞こえてきた。

 こ、これは、近所迷惑だ。

 土方さんは急いで玄関を開け、沖田さんを家の中へ引きいれた。

「お邪魔しま~す」

 酔ってニッコリと笑顔の沖田さんが玄関にいた。

「今晩だけだぞっ!」

「わかってますって」

 部屋はたくさんあるので、あいている部屋に布団を敷いて、沖田さんを寝かしたのだった。

 もちろん、泊まったのはこの日だけではなく、ほぼ毎日、沖田さんはここで寝起きをした。

 最初に沖田さんが泊まった部屋は、いつの間にか沖田さんの部屋になった。

 土方さんもこうなることは分かっていたのか、特に何も言わなかった。


 それから数日後のこと。

 冷蔵庫がないので、加工していない食料は保存ができないので、買い物は毎日の日課になっていた。

 この日もいつも通り買い物に出かけた。

 しかし、ここからがいつもと違っていた。

 というのも、いつも寄るお店の前には、明らかにガラの悪い男の人たちがたまっていたのだ。

 通行人が遠巻きでその様子を見ている中、私は普通に近づいて行った。

 だって、何が起こったのか気になったから。

「こんな腐ったものを売りつけやがってっ!」

 黒く変色した魚がお店の人に向かって投げつけられた。

「これはうちの商品じゃない」

「いや、ここで買った物だ」

「この魚はここ数日うちの店には出ていないものだ。だから、うちの物ではない」

 お店の人が出てきてそう言っているのにもかかわらず、

「でも、ここで買った物だ。俺たちが間違ったことを言っているというのか?」

 これは、あまりよろしくない状況だなぁ。

「あなたたちが間違っているのでしょ。それとも、ここ数日の記憶がないのですか?」

 我慢できなくて、思わずガラの悪い人たちをかき分け、店の人の前に立ってそう言った。

「お前、誰だ?」

「私? この店の客ですが」

「威勢のいい姉ちゃんだな」

 そう言った人が、私の胸元に向かって手を出してきた。

 胸をさわるつもりかっ!さわらせないわよっ!

 私はその手をひねり上げた。

「イテテッ!」

 まさかひねりあげられるとは思っていなかったようだ。

 手をさすりながら私から離れた。

「姉ちゃん、俺たちを甘く見ると痛い目を見るよ」

「あなたたちこそ、ここで私の買い物の邪魔をしたら、ただじゃすみませんよっ!」

 私はそう言うと同時に、後ろにいたお店の人に小さい声で、

「何か棒のような物を貸してください」

 と言った。

 そう、男装していたら刀をさしてあるからそれでなんとかなるのだけれど、今回は女装なので、刀なんてさしていない。

 でも、ここまで言って、刀がないからって逃げるわけにもいかない。

 ガラの悪い人たちがとびかかってくるのと、お店の人がほうきを投げ渡してくるのが同時だった。

 ほうきを受け取ると同時に、ガラの悪い人たちをほうきでうちつけていった。

 そして、

「覚えていろよっ!」

 という捨てセリフをはいてガラの悪い人たちは去って行った。

 思っていたより、たいしたことなかったな。

「えっ、蒼良?」

 ほうきをお店の人に返そうとした時、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

「あ、原田さん」

 原田さんが、なぜか新選組の人たちを数人連れていた。

「どうしたのですか? お仕事中ですか?」

「どうしたも何も、俺がたまたま称名寺にいたら、店の前でほうきを持った女が暴れているという通報があったから、新選組の奴らを連れて様子を見に来たんだ」

 あ、そうだったんだ。

 って、店の前でほうきをもって暴れている女って……。

 原田さんと私の視線が、私の持っているほうきにいった。

「も、もしかして、蒼良だったのか?」

「い、いや、確かに、ほうきを持って暴れてましたが、これには深い事情がっ!」

 屯所に連行された日には、土方さんに会わす顔が無くなってしまう。

「蒼良の事だから、事情はあるのはわかるさ。とにかく、店の人間に話を聞いてみる」

 原田さんがお店の人に話を聞いてくれたので、私が屯所に連行されることはなかった。

「蒼良より、その男たちを連行しないとな。まったく通報した人も何を見て通報したんだか」

 だから、店の前でほうきを振り回している私を見て通報したのだろうと思うのだけれど。

「それにしても蒼良も一人で買い物なんで不用心だ」

 えっ、そうなるのか?

「いつも一人で買い物していますが」

「それが危ない。今回は何事もなかったからよかったが、次はどうなるかわからない」

 そ、そうなのか?大丈夫だと思うのだけれど。

「俺が護衛に着いたほうがいいな。土方さんに頼んでみるよ。これから一人で帰るのも危ない。俺がずうっと家まで付きそう」

「いや、そこまでしなくても大丈夫ですよ」

「いや、危ないから」

 と言った原田さんは、私の買い物に付きそい、家までついてきてくれた。

 家に着いたら着いたで、

「こんな広い家に蒼良一人は危ない」

 そう言って、私の後をついて歩いていた。

 いや、家の中は大丈夫だと思うんだけどね。

 土方さんと沖田さんが帰ってきて、原田さんが今まであったことを説明し、

「蒼良には護衛が必要だから、俺が蒼良を護衛する」

 と、宣言した。

「私は、特に必要ないと思うのですが……」

 私に人をつけるより、もっと人が必要な場所があるだろう。

「左之が必要だと思うなら、こいつについてやればいいだろう」

 そ、そうなるのか?

「わかった。今から俺は蒼良の護衛につく」

「また変なことをして、新選組や別な所に連行されるより全然いいだろう」

「そうだね。蒼良は何をするかわからないからね」

 護衛と言うか、監視なのか?

 と言う事で、原田さんの部屋も出来たのだった。

 

 沖田さんと原田さんと土方さんとの四人暮らしにも慣れ始めた時、土方さんが鉄之助君を連れて帰っていた。

「悪いが、こいつの部屋も用意してほしい」

 土方さんが申し訳なさそうにそう言った。

「部屋ならたくさんあるのでいくらでも用意しますよ」

 と言う事で、鉄之助君の部屋も用意した。

「ありがとうございます。蒼良先生は、やっぱり女性だったのですね」

 えっ、だいぶ前に土方さんが鉄之助君にこいつは女だと言ったと思うのだけど。

「変な意味じゃないです。いつもの蒼良先生は女性と言われても信じられないぐらい男らしいと思っていたのですが、こうやって女性の格好の蒼良先生を見ると、すごく女性らしくて綺麗です」

「あ、ありがとう」

 綺麗ですなんて言われると照れてしまう。

 ちょっとニヤッと照れ笑いしながら部屋に戻ると、土方さんが座っていた。

「すまないな。鉄之助まで。って、なに笑ってんだ?」

「えっ、笑ってましたか?」

 思わず顔をさわり、頬をおさえてしまった。

「そんなことより、鉄之助君に何があったのですか?」

 話をそらすためと、鉄之助君がここに来た理由が気になったのでそう聞いた。

 土方さんから聞いた話によると、鉄之助君が自分は土方さんの小姓だから、家にいる時もお世話させてほしいと頼んできたらしい。

 土方さんは、家では私がいるからと断ったのだけれど、蒼良先生は小姓ではないって言ったじゃないですかっ!と、すごい勢いで言われたらしい。

 だから、私は小姓じゃないって言っているのだけれど、鉄之助君は私をそういうふうに意識しているんだよね。

「というわけで、断り切れなかった」

「別にいいですよ。部屋はたくさんありますし、人が増えれば賑やかになるじゃないですか」

 鉄之助君なら色々とお手伝いもしてくれると思うから、むしろ助かるかも。

 

 住人が五人になった。

 それ以外に、相馬さんと野村さんが、土方さんと仕事をした後に一緒に家に帰ってきた。

 そういう時はだいたい泊まって行った。

 当然、相馬さんと野村さんの部屋も出来た。

 野村さんなんて私が女だって知らなかったものだから、原田さんに、

「知らなかったので、花街に案内してしまって、謝った方がいいのでしょうか?」

 と、真剣に原田さんに相談しに来たらしい。

 原田さんは、

「あはは。蒼良はそんなこと気にしてないよ。京でも島原とか普通に行っていたしな」

 と、笑いながらそう言ったらしい。

 それがよかったのかどうかわからないけれど、野村さんは今までと変わらない態度で接してくれた。

 そして、島田さんの部屋も出来た。

「副長っ! 私も京にいた時から一緒にいたのですよ。それなのに、私をのけ者にするようにこんなことをしてっ!」

 と、乗り込んできたのだ。

「別にのけ者にしてねぇよ。わかった。島田も来い」

 あんなに二人になりたいって言って家まで借りたのに、今は人が集まってくるこの状況を楽しんでいるように見える土方さん。

 私も、こんなに人が集まってご飯とか作るのが大変だろうなぁと思っていたけれど、みんなが手伝ってくれるので、逆に楽になった。

 しかも、食事の時はすごく賑やかで楽しい。

 京に来る前にいた、近藤さんの道場の試衛館にいた時みたい。

 メンバーはほとんど変わってしまったけれど。


「こんなに人が増えるとは思わなかったな」

 この日は風は冷たいけれど、陽だまりにいると暖かいと感じる日だった。

 土方さんの縁側で日向ぼっこをしていると、ボソッと土方さんが言った。

「でも、こんなに人が増えても部屋が余っているって、土方さんもずいぶんと広い家を借りたのですね」

 まるで、人が増えるのをわかっていたみたいな感じだ。

「もしかして、屯所にでもするつもりだったのですか?」

 それならそれでもいいかなと思っていたけれど、

「それだけはごめんだ」

 と、土方さんは否定した。

「試衛館はこんなに広くなかったから、一つの部屋にみんなで雑魚寝だったがな。でも、あれもあれで楽しかったよ」

 懐かしいものを思い出すような遠い目をして土方さんが言った。

「私も少ししかいなかったのですが、楽しかったですよ」

「俺は気が気じゃなかった。お前が女だとばれんじゃないかって」

 あの時は、まだみんなにばれていなかったんだよね。

「す、すみません」

「別にいいさ。すんだことだ」

 ついこの前の出来事なのに、ずいぶん前の事のように思う。

 まだあれから五年ぐらいしかたっていないのに。

「今のこの家の状態、俺は嫌いじゃねぇよ。あんなにお前と二人っきりになりたかったのにな」

「私も、嫌いじゃないです。むしろ楽しいですよ」

「お前がそう言ってくれるのならよかった。今の状態が試衛館に似ていて、だからあいつらを追い出そうという気持ちも無くなっちまってな。ただ、お前が人数が増えて大変な思いをしているのなら申し訳ないと思っていた」

「いや、みなさん手伝ってくれるので、逆に楽になりましたよ」

「そうか。それならよかった。多分、この生活も長くはねぇと思う」

 土方さんもそう思っていたんだ。

 春には戦になる。

 これは箱館に住んでいる私たちの誰もがそう思っている。

 だから、少しだけ許された平和な時間を過ごしたい。

 みんな心の底の方でそう思っていて、だからここに集まったのかもしれない。

「今だけだ」

 土方さんが、庭の隅に残った雪をながめながら言ったその言葉が、いつまでも胸に残った。

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