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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
明治2年2月
485/506

十六才の時

「土方さん、寒くなってきたので……」

 土方さんに上着を持ってきたのだけれど、すでに土方さんの背中には上着がかかっていた。

「鉄之助が持ってきてくれた」

 ああ、そうなんだ。

 やっぱり気がきくなぁ。

「それじゃあ、お茶でも入れてきましょうか?」

 温かい飲み物を飲めば体も温まる。

「お茶を持ってきました」

 まさに、私がお茶を入れてこようと思い部屋の戸を開けた時、鉄之助君が湯気の出ている湯呑をお盆に乗せて立っていた。

「あ、蒼良そら先生の分は持ってきませんでした。すぐに持ってきます」

「あ、いいよ。今来たところだし、すぐ出ようと思っていたから」

「いえ、持ってきます。待っていてください」

 鉄之助君がそう言って部屋を出たので、私はその場に座った。

 土方さんは、湯呑でお茶を飲んでいた。

 その姿を見て、私がいれて来ようと思ったんだけどなぁ、なんて思ってみたりする。

「あいつ、気がききすぎだろう」

 お茶をすすりながら土方さんが言った。

「十六才になるが、十六才らしくねぇよ」

 確かに、鉄之助君は大人っぽいんだよなぁ。

「あいつはお前より大人だ」

 うーん、二十四才が十六才より子供ってどういう事なんだろう……。

 でも、本当の事だから否定できない。

「お前が十六才の時は何やってた?」

 何やってたって……。

「普通に高校生してましたよ」

 ここに来る前は普通に高校生だったんだから。

「こうこう?」

「あっ、寺小屋の上の上ぐらいの勉強するところです」

「お前、そんなに頭がよかったのか?」

 それはどういう意味だっ!

「お茶を持ってきました」

 タイミングよく鉄之助君が入ってきた。

「あ、ありがとう」

 鉄之助君からお茶をもらって飲む。

 うん、美味しい。

「何かあったら呼んでください」

 そう言って鉄之助君が部屋から出た。

「あいつは、呼ばなくても自分からさっしてくる奴だ。気がききすぎている」

「気がききすぎて悪いことはないので、いいと思いますよ」

「そう言う問題じゃねぇだろう」

 そ、そうなのか?

「鉄之助ぐらいの年のころは、やんちゃするもんだろう」

「土方さんは鉄之助君ぐらいの時は何をしてましたか?」

 土方さんは黙り込んでしまった。

「あまりに昔の話なので、忘れてしまいましたか?」

 土方さんにとっては二十年近く前の話になる。

「うるせぇっ! 忘れてねぇよ。奉公に出ていた」

 あ、そう言えば歴史でそんな話を聞いたことある。

「女性関係で色々あったようですね」

「知ってんじゃねぇかっ!」

 あ、そうだったんだ……。

 しばらくの沈黙。

「ま、そう言うわけで、鉄之助ももう少しやんちゃだっていいぐらいだ」

 沈黙を破るように土方さんが言った。

「土方さんがやんちゃだったんじゃないですか?」

「俺だけじゃねぇよ。あれぐらいの年の時はみんな何かしらやっているだろう」

 そ、そうなのか?


「俺は切腹してたな」

 原田さんに十六才の時何をしていたか?と聞いたら、あっさりとそう言う答えが返ってきた。

 そうだ、この人は切腹をしていたんだ。

「どうして急にそんな質問をしてきたんだ?」

 と聞かれたから、鉄之助君の話とかをした。

「土方さんもやんちゃしてたんだな」

 と、原田さんは笑った。

 そう言う原田さんだって、切腹しているんですからねっ!

「そう言う蒼良は何をしてたんだ?」

「こ……寺小屋の上の上ぐらいの所に勉強をしに行っていました」

「蒼良って、俺が思っているより頭がいいんだな」

 私、そんなにバカに見えるのかな……。

「そうか、鉄之助かぁ。確かにあいつはあの年齢で経験しなくていいことを経験しすぎだよな」

「戦とかですか?」

「それもそうだけど、新選組に入る前も、父親が藩から追放されて親戚の所で育ったんだろう?」

「そこまで知っているのですか?」

 原田さん、すごい。

「辰之助と話をした時にそんなことを聞いた」

 辰之助とは、鉄之助君のお兄さんで、一緒に新選組に入隊してきた。

 でも、五兵衛新田と言う場所で隊士を募集していた時に脱走してしまった。

「そうだったのですか」

「その時だって、同じ年齢の子供とは違う生活をしていたんじゃないのか?」

 そうかもしれない。

 追放されると言う事も普通の事じゃない。

 その中で親戚の所で育つと言う事は、肩身の狭い思いもたくさんしてきたんじゃないのかな。

「気がききすぎるのは、そう言うところからきているのかもしれないぞ」

 常に周りを気にしていると言う事なのかな。

 やっぱり、気がききすぎていると言う事は、いいことじゃないのかな。


「試衛館の塾頭になっていたかな。それで、近藤さんと一緒によく出稽古に行ってたよ」

 沖田さんに同じ質問をしたら、すごい答えが返ってきた。

「ええっ、十六才で塾頭ですか?」

「そうだよ。悪い?」

「いや、悪くないですよ」

 悪いと言う事じゃなくて、すごいと言う事だろう。

 さすが、天才剣士だ。

「そう言う蒼良は何をしていたの?」

「寺小屋の上の上ぐらいの所で勉強してました」

 私がそう言うと、沈黙がおりた。

 沖田さんも、私が意外と頭がよかったとかって言うのかな?

 そう思って構えていたら、

「蒼良の時代の人たちって、誰でも勉強できるんだね」

 と言われた。

 それっていい意味なのか、悪い意味なのか……。

「僕だったら、寺小屋のかなり上の学校まで行けるかもね」

 悪い方の意味だったのか?

「それにしても、なんでそんなことを聞いてきたの?」

 そう聞かれたので、私は今までのことを話した。

「土方さんも、左之さんも、やんちゃと言うかろくなことをしなかったんだね」

 そう言ってフッと笑った沖田さん。

 いや、沖田さんがすごすぎると思うのですが。

「でも、人それぞれ色々あるんだから、色々な十六才がいるのが普通なんじゃないの?」

 沖田さん、たまにはいいことを言うなぁ。


「と言う事で、人の数だけ十六才の時どうだったかが違うと言う事ですよ」

 沖田さんの受け売りなのだけれど、鉄之助君のことを心配する土方さんにそう話した。

「もっとまともな奴に話を聞いたほうがよかったんじゃねぇのか?」

 土方さんがそれを言うか?

「切腹してたり、塾頭になっていたり、普通の奴がいねぇじゃねぇか」

「後、女性関係でもめていた人もいましたよね」

 さりげなく自分のことを言ってないよね?

「うるせぇっ!」

 自分のことを棚に上げているけど、土方さんだって普通じゃないですからね。

「土方君、入るよ」

 土方さんと話をしていると、タイミングよく大鳥さんが入ってきた。

「あ、話し中なら出直すけど」

「いや、大丈夫だ」

 出ようとしていた大鳥さんを土方さんが止めた。

「それならいいのだけれど」

 そう言いながら、大鳥さんが部屋に入ってきて座った。

 しばらくすると鉄之助君が三人分のお茶を持ってきた。

「あの子、気がきくよね」

 鉄之助君が部屋を出ると大鳥さんがそう言った。

「気がききすぎてな」

「気がききすぎて悪いことはないでしょう」

 大鳥さんも私と同じようなことを言っている。

 そう言えば、大鳥さんは十六才の時、何をしていたんだろう?

「大鳥さんは、十六才の時……」

「何をしていたんだ?」

 土方さんも私と同じことを思ったみたいで、同じ質問をしていた。

「えっ、二人でどうしたの?」

「ちょっと気になってな。で、何をしてたんだ?」

「うーん、確か……。蘭方医の中島意庵先生の助手をしていたよ」

 蘭方医って、

「お医者さんですか?」

 大鳥さんが、お医者さんかぁ。

「実家が医者だったからね」

 あ、そうだったんだ。

「そう言う土方君と蒼良君は十六才の時何をしていたの?」

「こいつは、私塾に行っていたようですよ」

 土方さんは、なんで私のことを言うんだろう?

 それに私塾って?でも、高校という言葉が通じなかったから、ここは黙っていたほうがいいんだろうなぁ。

 ちなみに私塾とは、藩や幕府が作った教育機関とは違い、一定の枠にとらわれないで、塾頭の個性と有志者の自発性を基盤として発展した教育機関のこと。

 塾によって教育が異なるけど、自分が何を学びたいか、誰に教えてもらいたいかと言う事を選ぶことが出来る。

 この時代の代表的な私塾は、吉田松陰の松下村塾や、シーボルトの鳴滝塾などがある。

「へぇ、蒼良君、意外と頭がいいんだね」

 みんなからそう言われるのですが、それってどういう意味なのでしょうか?

「で、土方君は?」

「土方さんは、女性関係で色々とあったそうです」

 土方さんの代わりに私が答えてあげた。

「お前っ!」

「へぇ、土方君らしいね。若いときも女性に人気があったんだね」

「大鳥さんだって、色々あるでしょう? 色男なんだから」

 土方さんは、たまに大鳥さんをからかって遊ぶ。

 多分、今もからかってそう言っているんだと思う。

「色男って、そんなことないよ。嫌だなぁ」

 照れている大鳥さんに、

「冗談だ」

 と、言い放つ土方さん。

 やっぱりからかっていたか。

「土方君はいつもそんなことばかり言ってっ!」

 土方さんはクスクスと笑っていたけれど、私は大鳥さんの隣で笑いを我慢していた。

 ここで大声で笑うわけにはいかないだろう。

「そう言えば、大鳥さんは何か用があったんじゃないのか?」

 そうだよね、だからここにいるんだよね?

「あ……。なんだったっけ? 土方君が変なことを言うから忘れたじゃないか。思い出してからまた来るよ」

 そう言って大鳥さんは部屋を出た。

「あまりからかわないほうがいいと思うのですが……」

「それなら、これからは大鳥さんの代わりにお前をからかうが」

 えっ、そうなるのか?

「それもちょっと……」

「安心しろ。両方からかってやる」

 そう言うと土方さんはニヤリと笑った。


 土方さんの部屋を後にしてしばらく歩いていると、鉄之助君にあった。

「蒼良先生、話があるのですが……」

 そう言われたので、鉄之助君について行った。

 着いた場所は、小姓の子たちが使っている部屋だった。

 他の子たちはみんな仕事中みたいで、私たち以外は誰もいなかった。

「私は、蒼良先生の仕事をとっていませんか?」

 えっ、私の仕事?

「土方先生の事です。私は、土方先生のお世話をさせてもらっていますが、それが蒼良先生の仕事をとっていることになっていませんか?」

 ど、どういう意味だ?

「鉄之助君、意味が分からないのだけれど……」

「土方先生から蒼良先生のことを聞きました。蒼良先生が土方先生のことを好きだったら、お世話したいとか思いませんか? それを私がとっているような感じがして……」

 確かに、私がやろうと思っていたのに……って思ったことはあったけど……。

「そこまで気をまわさなくても大丈夫だよ」

 そこまで気を使っていたら、何もできなくなると思うし、息苦しくなると思うのだけれど。

「鉄之助君は土方さんの小姓なのだから、お世話するのは当然のことだから、私のことまで気を使わなくても大丈夫だよ。鉄之助君は土方さんの事だけを考えていればいいの」

「でも、つい考えてしまうのですよね」

 そう言う性分のようだ。

「息苦しくならない?」

「特には」

 そ、そうなんだ。

「土方先生には、そこが年齢とそぐわないと言われますが、こればかりは治しようがないので」

 治しようがないのなら、仕方ないのか。

 でも、これだけは伝えたい。

 みんなの十六才の時の話を聞いて思ったこと。

「鉄之助君。年齢とそぐわないことは私も思っていたけど、治しようがないのなら仕方ないよね。でも、鉄之助君の十六才と言う年齢はもう二度とこないから、後悔のないように、今しかできないことを思いっきりやってほしい」

 それを土方さんが言いたかったんじゃないかな。

 急いで大人になることはない。

 十六才と言う年を大事にしてほしいって。

 十七才になれば十七才を大事にすればいい。

 年をとったら、その年を大事に生きてほしい。

「ありがとうございます。今やっていることは決して後悔しないことだと思っています」

 土方さんの小姓で後悔はないってことなのだろう。

「それなら、私が言う事は特にないよ。鉄之助君の好きにしたらいいと思う」

 私がそう言うと、笑顔で鉄之助君はうなずいてくれた。


 次の日、土方さんの部屋へ行くと、鉄之助君が土方さんに張り付いていた。

「蒼良先生にお茶を持ってきます」

「あ、私はいいよ」

「いいえ、持ってきます」

 鉄之助君はそう言うと部屋を出て行った。

「今日のあいつは今までよりすごいぞ。俺が言うより先に物を持って来たりしている。今までも気がききすぎていると思ったけど、今日はさらに気がききすぎているぞ」

 これが、鉄之助君が後悔しない過ごし方なんだな。

「いいじゃないですか。鉄之助君が出した答えがこれなら」

「答え? なんだ、そりゃ」

 土方さんがそう聞いてきたときに鉄之助君が入ってきた。

「ありがとう」

 私はお茶を飲んだ。

 うん、美味しい。

 土方さんが、どういうことだ?と聞きたそうな顔をしていたけれど、鉄之助君が隣に座っているから聞くことが出来ないようだ。

 鉄之助君を見ると、目が合った。

 鉄之助君はニコッと微笑んでくれたのだった。

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