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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
明治2年2月
483/506

はやり風邪

 二月になった。

 現代の暦になおすと三月の中旬から下旬あたりになる。

 京にいた時はそろそろ桜が咲きそうだけれど、いつ咲くんだろう?という時期だった。

 しかし、蝦夷では桜どころではない。

 でも、雪が少し水っぽくなってきたような感じがする。

「雪が、水っぽいですよね」

 一緒に雪かきをしていた原田さんに聞いた。

「水っぽくなったというか、とけるようになったんじゃないか?」

 そうかもしれない。

「そう言われると、少し暖かくなってきたような感じがしませんか?」

 晴れる日も増えてきたし、こうやってすこしずつ春が近づいてきているのかもしれない。

 冬がとっても寒かったから、春が来るのがうれしいけど、春が来たら戦が始まる。

 複雑な気分だ。

「えっ、暖かいか?」

 原田さんが雪かきしながら聞いてきた。

 えっ、気のせいか?

「原田さんは、暖かいと感じませんか?」

「寒いぐらいだ」

 そ、そうなのか?

 暖かくなってきたような感じがしたのは、私の気のせいかもしれない。

 そうだよね、まだ二月になったばかりだ。

 月が替わったからすぐに暖かくなるわけはないよね。

「私の気のせいかもしれないです」

「そうだよな。特に今日は寒く感じる。体の中からぞくぞくするようなそんな寒さだな。蝦夷はやっぱり寒いんだよな」

 ぞくぞくするような?

 それってちょっとおかしくないか?

 熱がある時によく使われる表現だ。

 私は、原田さんの腕にさわってみた。

 腕の芯が熱いような感じがする。

 今度はおでこにさわって見た。

 熱いかも。

 私の手が冷たいからどれぐらい熱があるかわからない。

「原田さん、ちょっとしゃがんでください」

「急にどうしたんだ?」

 そう言いながら、体を低くしてくれた。

 原田さんの顔が私の目線にあるから、私のおでこを原田さんのおでこにつけた。

 やっぱり、熱があるっ!

「うわっ! 蒼良そら急になんだっ?」

 急に顔が近づいてきたから、驚いたらしい。

「すみません。って、原田さん、熱がありますよ。寝てなきゃだめじゃないですかっ!」

 雪かきしている場合じゃない。

「俺は大丈夫だよ。蒼良も心配性だな」

 原田さんは笑いながらそう言うと、立ち上がった。

 その時に、原田さんの体がグラッと揺れるように動いた。

「原田さんっ!」

 私は、あわてて原田さんの体をささえた。

「大丈夫だよ」

 と言って、立ち上がろうとしたけれど、出来なかった。

「おかしいな。地面が揺れているように見える」

「だから、熱があるのですよ。休まなきゃだめですよ」

 原田案を部屋に運んで、寝かそう。

 そう思うのだけれど、原田さんの体を支えるのが精いっぱいで、動かすなんてできなかった。

 ど、どうすればいいんだっ!

「あれ? 左之さんと蒼良、何してんの? 新しい遊び?」

 沖田さんがやってきた。

 これが遊んでいるように見えるのか?

 でも、沖田さん、ナイスなタイミングでやってきたっ!

「遊んでいるように見えるか? 地面が揺れてて立てないから蒼良が支えてくれてんだ」

 原田さんはしんどそうに沖田さんにいった。

「原田さん、熱があるようなのですよ。お布団に寝かせたいので、一緒に原田さんを運んでくれませんか?」

「熱があるってっ! それは大変だ。凌雲先生を呼んでくる」

 凌雲先生とは、箱館病院の先生だ。

 って、先生を呼ぶ前に原田さんを布団に寝かすのが先だと思うのだけれど……。

「いや、沖田さん……」

 原田さんを……と言おうとしたら、

「行って来るから、待ってて」

 そう言って行ってしまった。

 ええっ!そうなるの?

「蒼良、大丈夫か? 辛かったら、俺を雪の上に置いていいぞ」

 原田さんは気を使ってそう言ってくれたけど、病人を雪の上に寝かせるわけにはいかない。

「大丈夫です。すぐ誰か通ると思いますから、待ちましょう」

 しかし、こんな時に限って誰も通らなかった。

 なんで?いつも人いるじゃんっ!

「お、お前ら、何してんだ?」

 もう原田さんを支えるのも限界かもしれない。

 そんな思いがよぎった時に土方さんの声が聞こえてきた。

「ひ、土方さんっ!」

「さ、左之? なんでこいつと抱き合ってるんだ?」

 えっ?

「それにお前もお前だっ! なんで左之に抱かれてんたっ!」

 ええっ!そう見えるのか?

「土方先生、原田先生の様子がおかしいです」

 土方さんの横にいた鉄之助君がそう言ってくれた。

「原田さんに熱があるみたいで、動けなくなってしまったのです。それで、布団に運びたいのですが……」

 私がそう言うと、土方さんは原田さんのおでこに手をあてた。

「高いな。これだけ熱が高いと立ってられねぇだろう」

 だから、私がこうやって支えているんじゃないですかっ!

 別に抱き合ってなんてないですよっ!

「よし、わかった。布団を敷いてきてやる」

 えっ、そうなるのか?

 出来れば原田さんを運んでほしいのですが……。

「土方先生、蒼良先生も長い時間この姿勢なので疲れていると思います。ここは、土方先生と私で部屋まで運んで、蒼良先生に布団を敷いてもらったほうがいいと思いますが」

 さ、さすが鉄之助君っ!

「すまん、お前たちが抱き合っていると思ってしまって、動揺しちまった。大丈夫か?」

 土方さんが私に近づき、代わりに原田さんを支えてくれた。

「ありがとうございます」

「長い時間頑張ったな。もうひと頑張りたのむ」

「はい」

 私は原田さんの部屋に布団を敷きに行った。


 布団を敷き終わったタイミングで土方さんと鉄之助君が原田さんを運んできた。

 布団に寝かした時、

「凌雲先生を連れて来たよ」

 と、沖田さんが凌雲先生を連れてきた。

 出来れば、先に布団に運んでもらいたかったな。

「総司、左之が具合悪いの知っていたのか?」

「だから、こうやって凌雲先生を呼んできたのでしょう?」

「お前、凌雲先生を呼ぶ前にやることがあっただろうが」

 土方さんの言う通りですよ。

「えっ、呼ぶ前にやることって何?」

 冗談じゃなくて本当にわからないようだ。

「もういい」

 土方さんもあきれた感じでそう言った。

 凌雲先生は原田さんを診察してくれた。

「はやり風邪だな。ゆっくり寝かせてやれば治るだろう」

 もしかしたら、インフルエンザかもしれない。

 この時代、インフルエンザと言う病気はあってもそう言う名前がないし、ウイルスも発見されていない。

 だから、インフルエンザも普通の風邪もはやり風邪と言う名前になる。

「俺が風邪をひくとは思わなかったな」

 熱で目を潤ませながら原田さんが言った。

「無理せず、ゆっくり休むように」

 凌雲先生は優しくそう言うと立ち上がった。

「僕が送って行って来るよ」

 沖田さんと凌雲先生が部屋を出た。

「左之の看病を頼む」

 土方さんは軽く頭を下げてきた。

「はい」

「さっきは、抱き合っているなんて言って悪かった」

「誤解だってわかってもらえたので、いいですよ」

「でも、お前が他の男を支える姿はあまり見たくねぇな。相手が左之でもだ」

 それってもしかして……。

「や……悋気りんきですか?」

 悋気とはやきもちのこと。

「ばかやろう」

 土方さんはそう言うと、私の頭を軽くたたいた。

 ちょっと言い過ぎちゃったかな。

「じゃあ、頼んだぞ」

 土方さんも、鉄之助君を連れて部屋を出た。

 土方さんがやきもちかぁ。

 少し嬉しかった。


 それから原田さんの看病をした。

 熱が高いので、脇の下と太もも付け根の部分と首のまわりを冷やしたら、それを見た沖田さんから

「ずいぶん変な所を冷やすね」

 と言われてしまった。

「でも、冷たくて気持ちいい」

 原田さんはそう言ってくれた。

「熱が高いときは、ここを冷やすのが一番なのです」

「へぇ。じゃあ、僕が熱を出した時も同じことやってね」

 な、なんでそうなるんだ?

 それから原田さんは体の節々の痛みをうったえてきた。

 やっぱりインフルエンザだ。

 そう思いながら看病をした。

 この時代は薬が無いから、ひたすら寝て治すしかない。

 ただ、汗をかいたままでいたら体が冷えるので、まめに着替えさせて、水分をとらせた。

「蒼良、俺は大丈夫だから、休め」

 夜になると毎回そう言ってくれる原田さん。

「大丈夫ですよ。原田さんが寝ているときに寝ていますから」

 少しだけだけど。

「俺は大丈夫だから……」

 いつもそう言いながら夢の中に入って行く。

 まだ大丈夫じゃないな。

 首の所に置いた手拭いが温かくなっていたので取り替えた。


 そんなことを数日やった。

 数日目の朝、気がついたら私も原田さんが寝ている布団に頭を乗せて寝ていた。

 気がついたら原田さんが起き上がっていた。

「熱が下がっている」

 原田さんがそう言うので、おでこに手をやると、平熱に戻っていた。

 昨日あたりから食欲もでてきて、おかゆを食べるようになったから、治りそうだなぁと思っていた。

 治ってよかったぁ。

「よし、これで外に出れるぞ」

「いや、まだ治ったばかりだから、外に出ないほうが……」

 いいと思います。

 そう言おうとしたのだけれど、言えなかった。

 めまいがおそって来て、原田さんの布団の上に倒れこんでしまったのだ。

 次に目が覚めた時は、天井と凌雲先生の顔が見えていた。

「はやり風邪だな」

 どうやらうつってしまったらしい。

 気を付けていたんだけどなぁ。

 凌雲先生の顔が消えると、原田さんの顔があらわれた。

「蒼良、すまない。俺のせいで」

「いや、原田さんのせいじゃないですよ」

 病気のせいだ。

 原田さんは悪くない。

 そして私は夢の中へ入って行った。


 次に目が覚めると、脇の下と太ももの付け根部分と首のまわりにぬれた手拭いがあてられていて気持ちよかった。

「僕が蒼良にやってもらう予定だったのになぁ」

 そんなことを言いながら沖田さんが暖かくなった手拭いを取り換えていた。

「す、すみません」

「病人なんだから、謝らなくていいよ」

 沖田さんは優しく笑ってそう言った。

 沖田さん、そんな優しい顔で笑うようになったんだぁ。

 そんなことを思いながら再び夢の中へ。


 次に目を覚ますと、土方さんがいた。

「水持ってきたが飲むか?」

 そう言えば少し喉が渇いたな。

 コクンとうなずくと、

「口移しで飲ませてやる」

 と言い出した。

「だ、だめですっ!」

 うつりますからっ!

「遠慮するな」

 いや、遠慮してないからっ!

「はやり風邪だから、土方さんにもうつりますよ」

「あ、そうだな。左之の風邪もお前にうつったからな。仕方ない」

 そう言いながら、普通に水を飲ませてくれた。

「早く元気になれよ。お前が寝ていると俺も寂しいからな」

 そ、そうなのか?

 なんか嬉しいような……。でも、喜んでいいのか?

 そんなことを考えている間にまた夢の中へ。

 目を覚ますたびに誰かが私の顔をのぞき込んでくれていて、色々やってくれた。

 もちろん、着替えは断った。

 沖田さんなんかは、

「遠慮することないよ」

 と、ニヤリと笑って言っていたけど。


 だんだん体が楽になり、食欲も出てきて、熱も下がり完治した。

「治ってよかった」

 原田さんがホッとしたようにそう言った。

「蒼良に何かあったら、俺のせいだと思っていたから」

「原田さんは悪くないですよ。病気が悪いのです」

「はやり風邪だからな。そう言えば、今度は総司が風邪で寝込んでいるんだが……」

「ええっ、沖田さんが?」

「凌雲先生を呼んで診てもらったら、はやり風邪だってよ」

 恐るべし、はやり風邪。

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