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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
明治2年1月
479/506

箱館の豪商

「やっぱり蝦夷は寒いんだな。本当なら今頃梅が咲いているだろう」

 土方さんがふとそう言った。

 そりゃ、蝦夷は一番北にあるから寒い。

 本州にいたころは、今頃梅を見ていた時期だ。

 一月の中旬、現代で言うとだいたい二月の下旬あたりになる。

 確かに、梅も咲く時期なのだけれど、ここ箱館は梅が咲くという状態ではない。

 雪も降るし、まだ積もってもいる。

「いつになったら梅が見れるんだろうな」

 梅が好きな土方さんは、遠い目をしてそう言った。

「今すぐは無理そうですね」

「そりゃわかっている。雪が降っているのに梅が咲くわけねぇだろう」

「もしかしたら、桜と一緒に咲いたりして……」

「そんなばかあるかっ!」

 いや、確か、北海道は梅と桜が同じぐらいに咲くとか、桜が先咲いてから梅が咲くとか、聞いたことありますからねっ!

 現代で五月あたりに咲くらしいから、この時代だと四月あたりかな?

 その時は私がいばってやるんだからっ!


 そんな箱館なのだけれど、軍用金不足が深刻化してきた。

 そのため、あらゆるものに税金をかけることになった。

 例えば、関所を作って、そこを通過する人からお金をとったり、縁日を出回ってはお店から場所代をとったり、色々な人たちからあらゆる方法でお金をとろうと必死になっていた。

 それが、箱館の人たちから反感を買う事になる。

「そのうちに、消費税とかって言って、買った物や売った物にも税金をかけてお金をとるようになるかもしれないですね」

 現代のように……。

 ま、現代の場合は軍用金と言うようなものではないんだけれど。

「お前、会計奉行の連中には言うなよ。あいつらなら、そう言うことやりかねねぇからな」

 そ、そうなのか?

「この前も、豪商から金品を徴収しようとしていたのだからな」

 そう、それを土方さんが止めた。

「豪商は俺たちが徴収しなくても、出すときはちゃんと出している。それなのにまた徴収という名で金を出させるのはおかしいだろう」

 そう言って、会計奉行の人たちを説得した。

 土方さんがこの時止めてくれたから、土方さんが亡くなった時に死を悼み、豪商の人たちが中心となって、供養碑が建てられることになる。

「土方さん、いいことをしましたね」

「なんだ、突然」

「豪商の人たちからの徴収を止めたのはいいことです」

「なんだ、そんなことか。納得できねぇから文句言っただけだ」

 かっこいいなぁ、土方さん。

「あ、豪商で思い出したが、行くところがあるから付き合え」

 行くところ?どこだ?

「その例の豪商の所だ。挨拶に行く」

 あ、そうなんだ。

「お前も一緒に来い」

「わかりました」

 と言う事で、今回、徴収をまぬがれた豪商の人の所へ挨拶に行くことになった。


 一番最初の豪商の人の家は、立派なお屋敷だった。

 土方さんが名前を言うと、中に通された。

「お前、キョロキョロ見てんじゃねぇよ」

「いや、さすが豪商。お屋敷も広くて立派だなぁと思って」

 榎本さんが豪商からも軍用金を徴収すると言ったのが分かるような気がする。

 蝦夷と呼ばれるこの北の地に、こんな立派なお屋敷建てるぐらいだから、本州でもすごい人なんだろうなぁ。

「だから、キョロキョロするなって」

 はい、すみません。

 しばらく土方さんと大人しく待っていた。

 そして、奥からあらわれた人を見て驚いた。

 その人は、なんとっ!

「こ、鴻池さんっ!」

 そう、大坂の豪商で新選組がたくさんお金を借り、そして返さない。

 それでも笑顔でお金を貸してくれる物好き……じゃなくていい人、鴻池さんが出てきたのだ。

「な、なんでここにいるのですか?」

「お前、やっぱり表の看板見てなかったか」

 表の看板?

「ちゃんと鴻池って書いてあるで」

 そ、そうだったのか。

「その様子だと見てねぇようだな」

 はい、見てませんでした。

蒼良そらはんも変わっとらんでよかったわ。元気にしてましたか?」

 笑顔で鴻池さんがそう言ってきた。

「はい、元気です」

「色々と戦で大変やったと聞いたで。土方はんは怪我しはったとか」

 ああ、会津へ行くときのことだ。

 足の指を打たれたのだ。

「ずいぶんと地味な所を撃たれて、地味な怪我だったのですよ。本人は地味に痛かったようですけれど」

「お前、地味地味うるせぇな。どうせなら派手に撃たれた方がよかったか?」

「いえっ! 地味でよかったです」

「蒼良はんの顔を見たら、地味でよかったって顔に書いてあるわ」

 えっ、そうなのか?

 思わず顔をおさえてしまった。

「ところで、どうやって鴻池さんは蝦夷に来たのですか?」

 一応、戦の最中で今は冬だから中断している状態なのだけれど、そんな状態で本州から蝦夷にどうやって来たんだ?

「ああ、異国の商船に乗せてもろうたんや」

 な、なるほど。

 箱館は開港しているので外国の商船なんかも出入りしている。

 異国の珍しいものをたくさん持っていたから、つながりもあるんだろうなぁ。

「うちも箱館まで来たかいがありましたわ。土方はんがうちらのために力つくしてくれはったようやし」

「いや、俺は豪商からも徴収するというやり方が納得できねぇから文句を言っただけだ」

 そんな土方さんがかっこいいと思ってしまう。

「で、鴻池さん、さっそくで悪いが、金貸してくれねぇか?」

 えっ、そうなるのか?

「ええよ。土方はんにはいくらでも貸すで」

「あの、鴻池さん、お金出すなら徴収されても一緒だったと思うのですが……」

「お前、なんてことを言うんだっ! 強制的にとるのと、こちらから頼むのと違うだろうが」

 そ、そうなのか?

「土方さんも、鴻池さんの顔を見るたびに、お金貸せって言うのはどうかと思いますよ」

「しかたねぇだろうがっ! 軍用金が足りねぇんだから」

「大坂でも散々借りて、返してないじゃないですかっ! 借りると言う事は、返すってことなのですよ」

「わかった」

 えっ、あっさりと納得したぞ。

「鴻池さん。寄付してくれ」

 そ、そう来るかっ!

「ええよ」

 鴻池さんもその一言で簡単に貸すとは……。

 いくらお金があるからって、おかしいだろうと思うのは私だけか?

「蒼良はん、うちのこと心配してくれておおきにな。前も言うたけど、うちはあんさんらに惚れとるんやから、これでええんや」

 それなら別にいいのだけれど……。

「じゃあ、そろそろ帰るか」

 気がつくと薄暗くなっていた。

 北国の夜は早い。

「うちはしばらくおるからまた来てな」

 鴻池さんと一緒に玄関まで出たのだけれど、外は吹雪になっていた。

 あれ、ここに来た時は普通に雪が降っていただけだったんだけど……。

 この時代、前もって吹雪になると教えてくれる親切な人はいない。

「か、帰れませんね……」

 こんな吹雪の中に外に出たら、絶対に遭難する。

「泊まっていく? 部屋用意するで」

「申し訳ないが、よろしく頼む」

 土方さんが、お金借りる時よりも申し訳なく見えるのは、気のせいか?

「遠慮せんでええよ。語り合う時間が増えた言う事や。部屋用意するさかい」

 と言う事で、鴻池さんの所に泊まることになった。


 夜遅くまで鴻池さんと語り合い、部屋に案内された。

 部屋には二つ布団が敷いてあった。

「これは、私が男だと思っているからでしょうか? それとも……」

 土方さんの……。

「鴻池さんには教えてねぇんだよな」

 確か、ばれたと思って言おうとしたら、そっちじゃねぇって土方さんに言われて……。

 あの時は、女だとばれたのではなく、私が未来から来たことがばれたのだ。

「ま、どっちだっていいか。寝るぞ」

 土方さんはごろんと布団に横になった。

 そうだね。

 蝦夷に来てからは部屋が別になったから一緒に寝ることはなかったのだけれど、それまでは一緒の部屋で寝起きしていたんだもんね。

「はい。おやすみなさい」

 そう言って横になったのだけれど、ぴゆーって言う風の音と、雨戸がガタガタいう音が気になって眠れなかった。

 風の音が何となく怖いんだよね。

 幽霊が呼んでいる声に聞こえそうで。

「眠れねぇのか?」

「はい、音が気になって……」

「なんだ、音か」

「土方さんは気になりませんか?」

「音か? 別に」

 鈍感なんだな。

「今、鈍感だと思っただろう」

 な、何でばれたんだ?

「手、出せ」

 えっ、手?

 何するんだろう?と思いながら手を出すと、土方さんが私の手をギュッと握りしめてきた。

「これで寝れるかわからねぇが、寝ろ」

 土方さんに手を握られ、最初はドキドキしていたけれど、だんだん落ち着いてきて気がついたら朝になっていた。


 まだ雨戸が開いてなかったから薄暗かったけど、雨戸の隙間から光が差し込んできていたので、ほのかに明るかった。

 手は、まだ土方さんとつないでいた。

 土方さんを見ると、まだ目が覚めていないようで、顔をこちらに向けて寝ていた。

 まつ毛、長いなぁ……。

 つないでないほうの手で土方さんのまつ毛をさわってしまった。

 髪の毛もサラサラだし……。

 さっきと同じように髪の毛もさわる。

 サラサラと音が聞こえてきそうな感じで、髪の毛が私の手から落ちる。

 肌も綺麗だし……。

 顔を優しくさわっていると、土方さんが突然目を覚ましたから、驚いて、

「ひいっ!」

 と声をあげてしまった。

「人の顔いじっといて何驚いてんだ?」

「だって、突然目があいたので」

「お前が俺の顔をさわっていたから、目を開けられなかったんだっ!」

 い、いつから目を覚ましていたんだ?

「お前だって、綺麗な顔しているぞ」

 そう言いながら、私の顔をさわってくる土方さん。

「髪の毛だって、綺麗だぞ」

 そう言いながら、今度は私の髪の毛をさわる。

 そして、土方さんの両手で私の顔をはさまれ、土方さんの顔がだんだん近づいてきたとき……。

「あっ! 邪魔してしもうた?」

 という声が聞こえた。

 鴻池さんが、障子戸から顔を出していた。

 気がつけば、雨戸もあけられていて明るくなっていた。

「もう邪魔せんさかい、続きをどうぞ」

 そう言って、障子戸は静かに閉まっていった。

「続きをどうぞと言われて、出来るかっ!」

「ひ、土方さん、そう怒らないで。鴻池さんも悪気はなかったと思いますよ」

「あたりめぇだろうがっ! これで悪気があったら本当に怒るぞ」

 いや、充分怒っているだろう。

「落ち着いてください」

「これが落ち着けるかっ! それにしても、なんで鴻池さん本人がいたんだ? 普通なら下で働いている人間が来るだろう」

 そう言われるとそうだよね。

「それに、鴻池さんはどっちだと思ったんだろうな?」

「どっちだって、どういう意味ですか?」

「お前が男か女かってことだ。それによって俺の評判が変わってくるだろうがっ!」

「そ、そんなに変わらないと思いますよ。土方さんが男色か普通の人かって言う違いだけですから」

「充分違うじゃねぇかっ!」

 そ、そうなのか?


「ああ、土方はんと蒼良はんやったから、うちが直接起こしに行ったんや」

 あれからすぐ起きて着替えてから鴻池さんの所に挨拶に行ったら、そう言われた。

 土方さんの最初の疑問は、これで解決した。

「あと、あんたらの事は誰にも言わんから」

 二つ目の疑問もこれで解決しそうか?

「それは、どういう意味だ?」

「土方はんと蒼良はんは普通の関係やないと思うてたけど、やっぱりなぁって感じやな」

 そ、それは、やっぱり……。

「土方はんが男色やと言う事は誰にも言わんから。でも、気づいてる人もおると思うけどな」

 やっぱりそう来たか。

「俺は男色じゃねぇ。こいつは女だからな」

 私を引き寄せた土方さんはそう言った。

 一瞬、沈黙が落ちた。

「土方はん、気持ちはわかるで。でも、蒼良はんが女なんてありえへんやろう。ここまでの戦を、男でも生き残るのが大変やったと思うのに、女の身でここまで来るわけないやろう」

 そ、そうなるよね。

 チラッと土方さんを見ると、土方さんと目が合ってしまったのだった。


 昨夜の嵐が嘘のように、昼間の箱館は晴れていた。

 鴻池さんに挨拶をしてからお屋敷を後にした。

「お前も、女と認められなくて悔しくねぇのか?」

 うーん、今さらそう言われてもって感じなのですが。

「俺は悔しいぞ、くそっ!」

「すみません」

「お前のせいじゃねぇよ。ねぇけどな、ここまで男らしくしすぎたのかもな」

 そうかもしれない。

 男の人たちと一緒に戦していたから。

「よし、今から女らしくしろ」

 ええっ!

「それは無理だと思います」

 榎本さんとかも私が男だと思っているから、急に女装したらどこかおかしくなったかと思われてしまう。

 土方さんも同じことを思ったみたいで、

「そうだよな」

「少しずつ、女だと認めてもらえればそれでいいと思いますが」

「その少しずつがいつになるかわからねぇよな。ま、仕方ねぇか」

 土方さんは箱館の空を見ながらそう言った。

 私も一緒に空を見た。

 めずらしく雲ひとつない青空が広がっていた。

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