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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応4年5月
428/506

東山温泉

 前回、白河へ行くと暴れていた土方さんに、阿芙蓉を飲ませた良順先生。

 阿芙蓉とは、あへんのこと。

 そんな物を飲ませて大丈夫なのか?と思ったのだけど、良順先生いわく、

「慶喜公も、これを飲ませて寝かしたらよくなったぞ」

 と言うので、それを信じることにした。

 こんこんと死んだように眠る土方さんを見て、最初は白河のことが気になってそうとう眠れなかったのだろう。

 そんな気持ちで見ていたのだけど、次の日になっても目を覚まさなかったので、思わず土方さんが息をしているか、土方さんの口元に手を持って行って確認してしまった。

 息はしていたから、眠っているだけだと知ったときはホッとしたけど、なんで起きないんだ?と、疑問に思った。

 次の日になっても目を覚まさなければ、良順先生に来てもらおう。

 良順先生が来て、もう目を覚まさないなんて言われたらどうしよう?

 阿芙蓉なんて飲ませるから……。

 そんなことを思っていたら、その日の夕方に目を覚ました。

 それも、お花を取り替えているときに土方さんと目があったので、花を土方さんの上に落としそうになった。

「目がさめましたか?」

 声をかけると、土方さんはぱっちりと目を開けたまま無表情だった。

「あの……」

 話しかけても無表情。

 やっぱり阿芙蓉で……

 土方さんの目の前に手を持って行き、ヒラヒラと動かしてみたけど、無表情だった。

 これは……良順先生を呼んできたほうがいいのか?

 顔を近づけて土方さんを見た。

 目は覚ましているんだけど、反応がないって……。

「そんなに顔を近づけると、接吻するぞ」

 えっ?えええええっ!

 思わず遠ざかってしまった。

「目を覚ましていたのですかっ?」

 部屋の隅まで遠ざかってそう言った。

「目を開けていただろうが」

 開けていただけじゃないかっ!

「大丈夫ですか? なんかおかしいところありますか?」

 恐る恐る近づきつつそう聞いた。

「おかしいところか? なんでだ?」

「土方さん、昨日一日寝ていたので、今日起きなかったら良順先生に来てもらおうと思っていたのですよ」

「はあ? 朝じゃねぇのか?」

 えっ、朝?

「大丈夫ですか? もう夕方ですが……」

「えっ、夕方か?」

 静かに顔を障子戸の方へ向ける。

「日の光が朝のような感じがしたから、朝かと思っていた」

 どうやら、頭は大丈夫らしい。

「良順先生に阿芙蓉飲まされたから、てっきり……」

 おかしくなったかと思った。

「なんだとっ?」

 ちょっと怒った声で土方さんは聞いてきた。

 なんか、悪いことを言ってしまったか?

「俺に阿芙蓉を飲ませただとっ!」

 やっぱり言ってはいけないことを言ってしまったらしい。

「あ、あのですね、土方さん、白河へ行くって暴れて……」

「ああ、すまなかったな」

 えっ?

「今、謝りました?」

「ああ。お前にも迷惑かけた。すまなかった。冷静に考えたら、今の俺が白河に行っても、斎藤に迷惑をかけるだけで、何も出来ねぇ。それならここで大人しくしてたほうがいいだろう」

 ……。

「……。阿芙蓉が土方さんをいい人に変えましたか?」

 恐るべし、阿芙蓉。

 性格まで変えてしまうとはっ!

 それなら別の人にも飲ませたいっ!例えば……。

「お前、何かよからぬことを考えているだろう」

 えっ、よからぬことなのか?

「いいことだと思いますよ。悪い性格をいい人にしてしまう薬なんですよ」

「ばかやろうっ! やっぱりよからぬことを考えてたじゃねぇか」

 そ、そうなのか?

「阿芙蓉なんてな……。あっ! 良順先生が俺に飲ませたとかって言っていたよなぁ。もしかして、少し落ち着けって言われてお茶を出されたんだが、その時のお茶に……」

「あ、そうかもしれないですね」

「そうかもしれないって……。お前っ、知っていて……」

 土方さんの怒りのオーラを感じた。

「わ、私は知らなかったのですよっ! 原田さんと出掛けていて。帰ってきたら良順先生がそう言っていたので……」

「お前、あの薬は間違えると廃人になるんだぞっ!」

「わ、わかっていますよっ!」

 でも、土方さんは普通だけどなぁ……。

「土方さんは廃人になっていませんよね」

「俺がそんなものになるわけねぇだろうがっ!」

 そ、そうなんだ……。

 

 約二日間寝て夕方に目がさめた土方さん。

 そんな土方さんが夜になってまた寝れるわけもなく……。

「おい、眠れねぇ」

 とっても眠くて、もうすぐ夢の中に入ろうとしている私にたびたび声をかけてきた。

「土方さん、羊を数えると眠れますよ」

「ひつじ? 干支のやつか?」

「そうですよ」

「なんでそれを数えると眠れるんだ?」

 そんなこと、知りませんよ。

「見たこともねぇものを想像して数えたら、余計に目がさめるんじゃねぇのか?」

 そう言われると、そうかもしれない。

「じゃあ、何か好きなものを数えたらいいと思いますよ」

「なんで数えるんだ?」

 な、なんでだろう?

 って、私まで目がさめてしまったじゃないかっ!

 と言う事で、朝までたわいのないことをごちゃごちゃと話していたのだった。


 寝たんだか、寝なかったんだか……。

 気がついたら朝になっていた。

 布団をたたんで、いつも通り朝の支度をした。

「あ、そう言えば良順先生が言っていました。そろそろ歩いても大丈夫みたいですよ。歩けるようになったら、温泉に行ってみるといいって」

「本当にそう言ったのか? お前が行きたいだけじゃないのか?」

 な、なんだとっ!

「でも、お前と温泉もいいかもな。お前には色々と迷惑かけたからな」

 あれ?そうなるのか?やっぱり……。

「土方さん、なんかおかしくないですか?」

「どうおかしいんだ?」

 優しくなったと言うか……、それは前からか。

 なんていうんだろう?

「本当の土方さんらしくなったと言うのでしょうか?」

「そうか?」

 土方さんは嬉しそうな顔でそう言った。

「やっぱり、阿芙蓉ですかね?」

 それしか思いつかないんだけど……。

「ばかやろう。あれは廃人になるって言っているだろうがっ!」

 そうでした。


 朝ごはんを食べ終わると、

「お前、女装できるか?」

 えっ女装?何するんだろう?

「間者になれとかですか?」

 お仕事かな?

「女物の着物がないのですが……」

 京からここまで、戦続きで着物を持ってくるとかそこまで気が回らなかった。

「やっぱりそうだよな。頼んでおいたから大丈夫だ」

 えっ、頼んだ?

 と思っていると、宿の人が着物をもって入ってきた。

 ええっ!いつの間に頼んだんだ?

「朝起きた時に宿の女将から着物を借りた」

 そうだったんだ。

「本当は買ってやりたかったんだがな」

 いや、ここで買っても、ここも戦になるからまた置いて行きそうな感じになりそうだ。

 そんなのもったいない。

「気持ちだけで充分です。ところで、なんで女装なのですか?」

 その話の途中だったじゃないか。

「その姿だと、女湯に入れねぇだろう」

 ん?女湯?と言う事は……。

「私も温泉に入ってもいいのですか?」

「入りたくねぇなら別にいいぞ」

「いや、入りますっ! 入らせてくださいっ!」

 私もここまで色々あって疲れがたまっているのですよ。

 ここで温泉に入って、疲れを癒したい。

 次はいつ癒すことが出来るかわからないし。

 ここで一気に癒したいっ!

「わかったから、さっさと支度しろ」

 わかりましたっ!


 女装をして、土方さんの前に出ると、土方さんは満足そうにうなずいた。

 さぁ、温泉へ行くぞっ!と言う事で、宿の玄関で支度をしていたら、

「あ、どこかへ行くの?」

 と、沖田さんが出てきた。

「あれ? 蒼良そらが女装している。どうしたの?」

「一番見つかりたくねぇやつに……」

 ぼぞっと土方さんが言った。

「あのですね、土方さんとお……」

 温泉にと言おうとした時に、土方さんに口を手でふさがれた。

「仕事だ、仕事」

 土方さんがぶっきらぼうにそう言った。

「本当に?」

 沖田さんはそう言いながら私を見た。

 ここは土方さんの言う通りにした方がいいのだろう。

 コクコクとうなずいた。

「足を怪我している土方さんにできる仕事があるの?」

 沖田さんは痛いところをついてくるなぁ。

「だからこいつを連れて行くんだろうが」

「女装までさせてねぇ……」

「なんか文句あるのか?」

「別にありませんけど……」

 と言いながら、沖田さんは私を見ている。

 ずうっとこっちを見ているのですが……。

「行くぞっ!」

 最後は土方さんが私の手をグイッと引っ張り、外に出たのだった。


「大丈夫ですかね?」

 外に出たら雨が降っていたから、傘を差した。

 土方さんは杖をついていて傘を差せなかったので、一つの傘に二人で入るようになった。

 私は土方さんがぬれないように、傘を土方さんの方に差した。

「なにがだ?」

 コツコツと杖をついて歩きながら土方さんがそう言った。

「沖田さんですよ。機嫌を悪くさせると、厄介なのですよ」

「そうやってお前が甘やかすから、総司がああなるんだろう」

 そ、そうなのか?

「たまにはガツンと言ってやれっ!」

 ガツンとって、何を言えばいいんだ?

 そんな話をしているうちに東山温泉に着いた。


 ここ、東山温泉は会津城下近くにある温泉で、行基ぎょうきというお坊さんが三本足の烏に導かれて発見されたと言われている。

 効能は土方さんのような傷にも効き目があるらしい。

 だから、良順先生に勧められたのだけど。

 温泉に着き、差していた傘を閉じた。

「お前、ぬれてんじゃねぇか」

 あ、本当だ。

 傘をさしていた方はぬれてないけど、反対側の半分ぐらいぬれていた。

 霧雨でそんなにぬれないだろうと思って油断していた。

「もしかして、俺のために傘を差していたのか?」

「土方さん、ぬれました?」

 見た感じ、ぬれたというような感じはないんだけど。

「俺がぬれてねぇから聞いてんだろう」

 土方さんがぬれていないなら、それで充分だ。

 よかった。

「霧雨を甘く見ていました。意外とぬれるのですね」

 私がそう言うと、ポンッと土方さんの手が頭にのった。

「帰りはぬれるなよ。ゆっくり入って来い」

 そう言って、土方さんは中に入って行った。

 さぁ、温泉に入るぞっ!


 温泉から出ると、ゆっくり入って来いと言った土方さんがすでに座って待っていた。

「早かったですね」

「熱かったんだ」

 仏頂面でそう言った土方さん。

「そうですか? 私はちょうどよかったのですが……」

「お前の皮膚は分厚いんだろう」

 それってほめられているのだろうか?

「帰るぞ」

「はい」

 土方さんに傘を差すと、土方さんは杖を持っていない方の手で、グッと傘の柄を押し返してきた。

「帰りはぬれるなって言っただろうが」

 そう言うけど、土方さんがぬれるのは嫌なんだもん。

 それでも帰り道、土方さんはたまに私の方に傘を押してきた。

 そのおかげで帰り道はあまりぬれることはなかった。

 

 途中で、近藤さんのお墓が作られている天寧寺の前を通った。

 近藤さんのお墓は山の中にあるので、雨が降っている日は足場が悪い。

 今の状態の土方さんだと、山に登れないだろう。

 それを土方さんも察したみたいで、

「今は無理だな」

 と、寂しそうに言った。

「治れば登れますよ。その時は一緒に近藤さんのお墓に行きましょう」

「そうだな」

 そう言いながら、天寧寺を後にしたのだった。

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