宇都宮城の戦い(2)
私たちが軍議で時間をつぶしている間、敵である政府軍は何をしていたのか。
私たちと宇都宮で戦をする前に、大鳥さんが率いていた軍とも戦をし、連続で敗けたので、兵を増やすため三軍ぐらいこちらに向かってきていた。
一番最初の一軍は途中で宇都宮城から逃げてきた人たちに会い、そこで宇都宮が落城したことを知る。
次は壬生城に来るだろうと察した政府軍は、壬生城に行って宇都宮城を奪回するための本拠地にしようと思い、進路を壬生城の方へとる。
そして私たちが軍議をしている間に壬生城へ入ってしまう。
壬生城へ入った政府軍の一軍を追うようについてきていた二軍は、宇都宮城以外のところにいた幕府軍の存在を知り、そっちを攻撃する。
この幕府軍は、日光を目指していた私たちとは別行動をとっていた。
だから、この日も宇都宮にはいなかったのだ。
しかし、この幕府軍は銃ではなく刀と槍が中心の部隊だった。
政府軍はもちろん銃が中心なので、すぐに敗けてしまう。
ここで敗れた幕府軍の一部は、宇都宮城へ来る。
政府軍はどんどんと援軍を派遣している中、私たちは軍議をしていたのだった。
長い軍議が夜に終わり、次の日の未明にやっと壬生城へ向けての兵が出発したのだけど、指揮をとるはずだった大鳥さんは体調不良のため出陣せず、代わりに秋月さんが指揮をとることになった。
宇都宮城から壬生城へ向かう道の途中にある安塚村と言う場所で、政府軍とぶつかる。
大雨が降る中、幕府軍は政府軍を撤退させる一歩手前まで来たのだけど、政府軍は自分たちの軍が危ないと聞くと、壬生城から続々と援軍を送ってきた。
その結果、幕府軍は敗走した。
政府軍の方も損害が多いかったので、逃げる幕府軍を追う事はしなかった。
この日、北上を始めてから初めて敗戦した。
一部は守りが手薄になっていた壬生城へ到着するけど、壬生城にいる幕府派の人たちが戦に加わることはなかった。
宇都宮の時のように火の海にしようと思ったのだろう。
大雨で湿っていたので火をつけることはできなかった。
政府軍の三軍が壬生城へ近づいてきていることを知り、この軍も宇都宮へ撤退をしてくる。
「日光へ行くことになった」
土方さんがそう告げた。
「結局、日光へ行くことになったのですね」
私がそう言うと、
「結局って、元から日光を目指していたんだろうが」
と、土方さんに言われてしまった。
そうだった。
「今、大鳥さんが兵の配置を指示している」
政府軍がいつ攻めてくるかわからないので、それに警戒しながらの日光行きになりそうだ。
「でも、どうせ日光に行くのなら、戦をしないでそのまま日光へ行けばよかったと思うのですが……」
「結果的に言えばそうなるな。でも、結果がわからなかったから仕方ねぇだろう」 一応知っていたのだけど……。
土方さんも私が知っていることに気がついたみたいで、
「あっ……」
と、私の顔を見て言った。
「すみません。何もできませんでした」
何もできなかった。
私が入る余地はなかったのだ。
でも、無駄な戦を避けることはできたんじゃないのか?
死ぬ人を少なくすることもできたんじゃないんか?
色々考えていると、ポンッと土方さんの手が私の頭にのった。
「お前のせいじゃねぇよ。何をしても敗けるときは敗けるんだ。そして、勝つときは勝つものだ。それが戦だろう。お前が何をしても、今回の戦はこうなったと思うぞ」
土方さんにそう言われ、少し落ち着いた。
「自分を責めるな。わかったな。お前だけじゃない。俺だって何もできなかったんだ。お前だけが悪いんじゃねぇよ。のんきに長い軍議をしている場合じゃなかったんだ」
確かに、今回一番悪いのは、長い軍議だろう。
あれをしている間に壬生城に入ればもっと違う結果になっていたかもしれない。
終わったことを考えても仕方ないのだけど。
「これから先の戦は、厳しいものになりそうだな」
その時にふと気がついた。
今度の戦の時、土方さんが怪我をする。
「土方さん」
私はこわばった顔をしていたのだろう。
「そんな顔をしてどうした?」
と言われてしまった。
「怪我しないでください。この戦で土方さんは怪我をします」
「どこに怪我をするんだ?」
土方さんは深刻な顔で聞いてきた。
「足です。足の指に怪我をします」
「なんだ、足の指か」
なんだっ……って、足の指だって地味に痛いと思うけど。
「大丈夫だ。心配するな」
土方さんは優しい顔でそう言った。
本当に大丈夫なのか?
「注意してくださいね」
「わかっている」
軽く返事をされた。
わかっていないだろう?
「本当に気を付けてくださいね」
「わかった、わかった」
本当に、大丈夫なのか?
次の日の早朝から大鳥さんは、要所要所に兵を配置した。
一方、政府軍のいる壬生城では、すぐに宇都宮城への攻撃を始めるべきだと言う意見あったのだけど、安塚村で戦った兵たちが回復しないと無理だと言う意見もあった。
しかし、安塚村で戦っていない兵士たちがいたので、それだけを連れて宇都宮城へ進軍する。
そして、幕府軍と政府軍は六道口と言う場所で戦になる。
この報告を聞いた大鳥さんは籠城して戦をすることを考えたらしく、籠城に向けての準備を始める。
六道口では政府軍が勝ち、そこを占領されてしまう。
政府軍は宇都宮城へ向けて進軍する。
そして、宇都宮城の外に到着し、攻撃を始める。
ここでは幕府軍が戦で優位に立つ。
この時に有馬藤太が負傷する。
歴史では彼がここで負傷したことにより、香川敬三が近藤さんの処刑を勝手に決めてしまうと言う事態になる。
幕府軍はもう少しで政府軍を敗走させるところまで追い詰めた。
あともう一息。
そんなときに、政府軍は自分の軍の危機を聞きつけたのだろう。
援軍がやってきた。
そこから再び激しい戦が始まった。
政府軍は宇都宮城の周りを守っていた幕府軍を敗走させ、次々と城内へ入ってきた。
ここで土方さんや秋月さんそして大鳥さんまで負傷する。
死者もたくさん出た。
それでも必死に指揮をとる大鳥さん。
しかし、その下で勝手に戦を離れて逃げたす兵士が出てきた。
もう、これ以上この戦を続けても死者や怪我人が増えるだけで利益は何もない。
そう察したのだろう。
大鳥さんは日光への撤退を命令する。
城にいた人たちは、攻撃されていなかった門から次々と外に出て、日光へ向かって行った。
私は、土方さんと一緒に松が峰門という場所を守っていた。
ここでも激しい戦いが展開していた。
ここが破られるのも時間の問題だろう。
誰もがそう思った時、
「土方さんが負傷した」
と言う声が聞こえてきた。
その言葉を聞いた時、もう周りが見えなくなっていた。
えっ、土方さんが?どこを負傷したんだ?今、どこにいるんだ?
土方さんの事しか考えられなかった。
混乱の中、土方さんを必死になって探した。
私が見つけた時、土方さんは島田さんに背負われていた。
「土方さんっ!」
私は土方さんのところまで全速力で走った。
「まだ戦中だろうが」
土方さんは苦しそうな顔をしながらも、私にそう言った。
「何言っているのですかっ! 戦どころじゃないですよっ!」
あれほど気をつけろって言ったのに。
「とにかく、安全な場所に運びますから」
島田さんはそう言って土方さんを背負ったまま歩き始めた。
私も後をついて行った。
「お前は戦に戻れ」
土方さんはそう言ったけど、
「戻りませんっ! 土方さんと一緒にいますっ!」
と、私は言って、島田さんと一緒に歩いた。
「勝手にしろ」
と、土方さんは言ったけど、その顔は微笑んでいるようにも見えた。
怪我を負った人たちは一カ所に集められていた。
そこには秋月さんの姿もあった。
一瞬、二人は目を合わせたけど、すぐに二人とも別な方を向いた。
その一瞬で、
「あんたも怪我をしたのか?」
と、目で会話していたんじゃないかな。
そしてその日の夕方、私たちがいるところにも幕府軍の敗戦と、宇都宮城が政府軍の手に渡ったことが伝えられた。
それから他の人たちは日光に向かっていたけど、怪我人は一足先に会津へ行くことになった。
「くそっ、日光へは行けねぇか。たいした怪我じゃねぇんだけどなぁ」
明日のお昼頃、会津に向けて出発することが決まったら、土方さんがそう言って悔しそうにしていた。
「あのですね、私、前もって言いましたよね? 怪我するから気を付けてくださいって。しかも、どこを怪我するかまで教えましたよね?」
それでも怪我するってどうなのさ。
「こんなもの、怪我のうちに入らんだろう」
「でも、歩けないじゃないですか」
怪我したのは足の指だけど、歩くときに使う場所を怪我したので、普通に歩けない。
「俺だって怪我したくてしたんじゃねぇんだぞ」
「当たり前じゃないですかっ! 怪我したくてする人がいたら見てみたいもんですよっ!」
まったく、何を言い出すと思ったら。
「そう怒るな」
「怒ってませんよっ!」
と言いつつ怒っている私。
そんな私を見て、土方さんはボソッと
「悪かった」
と、謝ってきた。
その言葉でホッとしたのか、私の目からはポロポロと涙がこぼれた。
「土方さんが負傷したと聞いた時は、本当に心配だったのですよ。歴史通りだと足の指ですが、歴史が少し変わっている今、土方さんの怪我の場所も変わっているかもしれない。もしかしたら、怪我した場所が悪くて重体になっているかもしれないとか……。もう、嫌な予感しかしなかったのですよ」
「わかった、わかった」
そう言って土方さんは私を抱き寄せた。
私は土方さんの胸を借りて泣いた。
「もう二度と、お前に今日と同じ思いはさせねぇよ」
土方さんの胸の中からそんな声が聞こえてきたので、さらに安心して泣いてしまった。
しばらく泣いて落ち着いたので、土方さんから離れた時、視線を感じたから周りを見てみると、その場にいたほとんどの人が驚いた顔で私たちを見ていた。
な、なんだ?
秋月さんがよろよろと私たちの所に来て、
「そうか、そう言う関係だったのか」
と、言ってきた。
そう言う関係って……。
「嫌な顔する奴もいるだろうが、俺は応援している」
うんと一言うなずいてから、秋月さんはよろよろと去っていた。
なんなんだ?
「あっ、しまった、そう言う事か。俺としたことがっ!」
今度は土方さんが赤くなってそう言った
「どうしたのですか?」
「ここにいる奴らの視線の意味がわかった」
ん?どういうことだ?
「お前は女だが、男装しているから見た目は男になっている」
土方さんの言う通りだ。
「それがどうかしたのですか?」
「俺はお前が泣いていたから抱き寄せたわけだが、それがはたから見たらどういうことになっているか、いくら鈍感なお前でもわかるよな?」
そ、そう言う事かっ!
はたから見たら、土方さんが男を抱き寄せたことになり……。
って……。
「鈍感って何ですか、鈍感ってっ!」
「そこじゃねぇだろう」
確かに……。
「どうします? 秋月さんに話してきますか?」
「お前が女だと言う事か?」
「いや、秋月さんが思っているような関係じゃなく、健全な関係ですって」
「余計誤解されるだろう」
そうなのか?
「ま、いい。周りの奴らがどう思おうが関係ねぇ」
そ、それでいいのか?
「大丈夫なのですか? それで」
「接吻したところだって見られていたかもしれねぇし、もう今更どうでもいいだろう」
接吻……。
あっ!キスだっ!
宇都宮城の最初の戦いのとき、キスされたんだ。
しかも、ファーストキスだったんだ。
「まさか、忘れてねぇよな? 接吻したこと」
「わ、忘れてませんよ」
戦で頭がいっぱいになっていたから、一瞬だけ頭の隅っこに記憶がいっていただけだ。
忘れていたわけではない、多分……。
「な、なんであの時……」
「接吻をしたか聞きてぇのか?」
土方さんにそう言われ、コクンと私はうなずいた。
「味方を斬った俺を見たお前に嫌われたと思った」
そうだったのか?
「しかし、お前はその逆でかっこいいと言った」
確かにそう言った。
だって本当にかっこよかったんだもん。
「戦中にそんなことを言われたら、自分がおさえきれねぇだろう」
なんか訳が分からないがそうなのか?
「お前に接吻したくなった。もしかしたら、俺もお前もこの戦で死ぬかもしれねぇ。何があるかわからねぇのが戦だ。そうだろう?」
確かにその通りだ。
「そう思ったら、もう気持ちをおさえることが出来なくなった。気がついたら、接吻をしていた」
どうだっ!という感じで土方さんは言った。
なんかよくわからないけど、そう言う事だったのね。
「あのですね、キ……接吻するのは別にかまわないのですが……」
土方さんだから、許せたし、別にかまわないと思った。
「何かあるのか?」
「一応、あれが私のフ……初めての接吻だったわけですよ」
「そうだろうな」
「できれば初めては戦中とかじゃなくて、景色とか雰囲気とかがいい場所がよかったのですが……」
「そんな場所まで気にしてたら接吻なんて出来ねぇだろうがっ!」
ええっ、そうなるのか?
「でも、次の時は考えておく」
つ、次があるのか?あるんだよね?
なんか、急にドキドキしてきてしまった。
顔も熱いから赤いと思う。
そんな私を見て、土方さんは優しく笑っていた。
しかし……。
私たちの会話が聞こえていたのだろう。
「接吻までした仲だったのか?」
秋月さんが驚いた顔で言った。
別な意味で勘違いしていた秋月さんをさらに勘違いさせてしまったのだった。




