西郷隆盛に会う
勝海舟から、薩摩の西郷隆盛に宛てた書状を手に入れた。
「この者たちの話を聞いてやってほしい」
というような内容が書かれていたらしい。
その書状を見たお師匠様は
「でかしたぞっ!」
と喜んでいた。
善は急げと言う事で、書状をもらってすぐに私たちは西郷隆盛がいる池上本門寺へ行くことになった。
「本当に大丈夫か?」
土方さんが心配そうにそう聞いてきた。
最初は、土方さんが内藤隼人として会うと言っていたのだけど、それは危ないと言う事で、却下された。
「大丈夫じゃ」
お師匠様は一言そう言った。
「俺が護衛につく」
原田さんがそう言ってくれたけど。
「原田も新選組で有名だからだめじゃ。島田か相馬あたりがいいじゃろう」
「それなら、私が行きましょう」
島田さんがそう言ってくれた。
「お前は大丈夫か?」
土方さんが今度は私に聞いてきた。
「蒼良も大丈夫じゃ。いざとなれば、女だとばらせばええ。向こうも女と年寄りは殺さんじゃろう。近藤の名誉のためには、女だとばれんほうがいいんじゃがな」
お師匠様、私が必死で隠していることをさらりと言ってしまいましたが……。
この中で私が女だと知らなかった島田さんと相馬さんは驚いていた。
「えっ、女っ!」
二人で声をそろえてそう言うのを聞いて、複雑な気分になってしまった。
今までばれなかったのはいいことだ。
でも、それって女としての色気がないって事であって……。
いや、今これを考えるのはやめよう。
「今の今まで知らなかった」
島田さんは本当にショックだったらしく、そう言って落ち込んでしまった。
それってどうなの?
「うまくばけているからな。そう落ち込むな、島田」
お師匠様、うまくばけてるって、私は狐か何かなのでしょうか?
そんなことを思っていると、襖がスッと開いた。
見ると、男装をした楓ちゃんがいた。
「これならうちも行けるやろ?」
楓ちゃんも行きたいと言っていたのだけど、逆に女に命乞いをさせたと言う事で、近藤さんの名誉が落ちてしまうと言う事でそれを止めたのだけど……。
「蒼良はんが行けて、うちが行けんのはどう考えてもおかしいと思うで」
確かに。
同じ女なのに、楓ちゃんは行けなくて、私が行けると言うのはおかしいと思う気持ちはわかる。
けど、やっぱり楓ちゃんを連れて行くわけにはいかない。
何が起こるか分からないからだ。
これから私たちがやろうとしていることは、歴史にはない。
だから、どうなるのかも全然わからない。
そんなところに楓ちゃんを連れて行き、何かあったら近藤さんに顔向けができなくなる。
それに、男装をしても楓ちゃんは女であると言う事がすぐにわかる。
女の色気と言うものなのか?男装しただけじゃ消えない女らしいものがただよっている。
私が今までばれなかったと言う事は……。
今考えるのは、やめよう。
「楓や。男装してもお前を連れて行くことは無理じゃ」
お師匠様がそう言った。
「蒼良は何かあっても自分のことを守ることが出来る。しかし楓にはできんじゃろう? わしらも楓まで守ることはできん」
お師匠様の言う通りだ。
「楓ちゃん。近藤さんがいない間に楓ちゃんに何かあったら、近藤さんはものすごく悲しむと思う。近藤さんが助かって無事に出てきたときに、楓ちゃんが笑顔で出迎えてあげないと」
「そやけど、何もせんで待っとるだけも辛いで」
それもわかるから、何も言えない。
「楓。近藤はわしらが必ず助ける。お前の仕事は近藤が助かってからが本番じゃ。その時はものすごく忙しくなるぞ。だから、今のうちに休んでおけ」
お師匠様がそう言うと、
「わかった」
と、楓ちゃんはあきらめたように言った。
「無事に帰ってこい」
出る時に土方さんが私の肩に手を乗せてそう言った。
「はい」
私は笑顔でそう返事をし、土方さんに背中を向けた。
大丈夫だよね。
だって、私には強力なお守りがあるのだから。
土方さんからもらったお守りを、着物の上からそっとさわった。
池上本門寺にはたくさんの官軍の兵がいた。
門の前に立っていた官軍の兵に、お師匠様が書状を見せた。
「勝海舟から、東征大総督府下参謀、西郷隆盛へ書状を預かってきた。直接渡すように言われているので、合わせてほしい」
西郷隆盛って、そんな名前の長いものになっていたのか?
後で調べたのだけど、鳥羽伏見の戦いで勝った薩長を中心として構成されていた政府軍は、幕府を討伐するために北陸道と東山道と東海道の三つのルートから江戸へ攻めあげると言う事を決める。
そのために三つの鎮撫総督府と言うものを作り、それぞれの決められたルートから攻めあがってくる。
それらの組織の一番上には、公家の人が立っていた。
これらの組織は朝敵となった幕府軍などを討伐するために朝廷から派遣された軍隊だと言う事を知らしめるためだったらしい。
ちなみに、私たちが甲州に行ったときに戦をした部隊は、東山道鎮撫総督府の別働隊と呼ばれる人達だ。
その三つの組織の上に、東征大総督府と言うものができる。
その中で、西郷隆盛が任命されていた東征大総督府下参謀とは、三つの軍隊の上にある軍隊の下参謀であると言う事。
ちなみに下参謀とは、一応、組織の上の方には公家の人たちがいたのだけど、実際は下参謀と呼ばれる人たち、薩摩藩と長州藩の人が実権を握っていた。
だから、西郷隆盛は三つの組織をまとめる偉い人と言う事になる。
ものすごく簡単に言ったのだけど。
広い部屋に案内された私たちは、気をはりめぐらせて薩摩藩の人が入ってくるのを待っていた。
書状は西郷隆盛に宛てたものだけど、あんな偉い人が私たちのような者に会うわけがないよね。
そんなことを思っていると、なんと西郷隆盛が入ってきた。
頭を下げるのを忘れて、お師匠様が私の頭を押さえつけるように下げさせるぐらい驚いていた。
そしてさらに驚いたことは……。
「久しぶりじゃな、西郷」
お、お師匠様、知り合いなのかっ?
「お師匠様、西郷隆盛と知り合いなのですか?」
小さい声でそう聞いた。
「上野に銅像があるじゃろう」
それなら私も知ってますよっ!
「温泉巡りの旅で薩摩に行ったときに会ったのじゃ」
そ、そうなのか?
「それなら、勝海舟に紹介状を頼まなくてもよかったのではないですか?」
私は小さい声でそう言ったけど、
「いくら知り合いでも、こんなにも偉くなってしまうと、簡単には会えんじゃろう? なぁ、西郷」
と、お師匠様は西郷隆盛に聞こえるように大きな声で言った。
「相手が天野先生なら喜んで会いますよ」
西郷隆盛は笑顔でそう言った。
一応、私たちは敵の陣地に踏み込んでいるので、緊迫した感じになるんだろうなぁと思っていたけど、お師匠様と西郷隆盛の話はなごやかに進んでいた。
「勝さんの書状で、この者たちの話を聞いてほしと言うようなことが書いてあるが、話しとはなんですか?」
「捕縛して今は板橋にいる新選組の局長、近藤勇の命だけは奪わんでほしい」
お師匠様がそう言うと、
「新選組の局長など捕縛しとらん。捕縛して板橋にいるのは、鎮撫隊の大久保大和と言う人間だと聞いた」
もしかして、私たちが近藤さんの身元を明かしてしまったか?
いや、ちょっと待て。
板橋にいる時点でもう近藤さんの事はばれているのだから、西郷隆盛が知らないと言う事はないはずだ。
「とぼけるのが下手じゃのう。わしは周りくどい事は嫌いじゃ。大久保大和がどういう人間かもう報告が入っとるじゃろう」
「さすが天野先生、相変わらず鋭いですね」
やっぱり、もう報告が入っていたらしい。
「わしは、近藤の助命を頼みたい」
お師匠様がそう言うと頭を下げた。
私と島田さんもあわてて頭を下げた。
「頭をあげてください」
西郷隆盛が優しい声でそう言ったので、私たちは頭をあげた。
「天野先生の言う通り、大久保大和が近藤勇だと言う事は、有馬からの文が着てわかっていた」
有馬とは、近藤さんを流山から越谷まで護送した有馬藤太の事だろう。
歴史では彼も近藤さんの助命をしてくれている。
「有馬からの文でも、敵の隊長であるが、出来るだけ扱いを丁寧にして、寛大な処置をお願いしたいときてる。自分が来るまで処分をするなとも言っている」
そんなことをお願いしていたのか。
なんかありがたくなってきた。
「薩摩としても、なるべく穏便に済ませたいと思っているが、約束はできない」
なんで約束できないのだ?
「土佐藩だな?」
お師匠様がそう言ったら、西郷隆盛はうなずいた。
「特に、坂本先生や中岡先生とかかわりのあったものは、近藤に恨みを抱いているようで、厳しい処罰を求めている」
この時は、坂本龍馬と中岡慎太郎を殺したのは新選組だと思われていたので、そう思うのも仕方ないとは思うけど……。
でも実際は殺していない。
それなのに厳罰って……。
あの時、ちゃんと殺していないって言っていればよかったのかもしれない。
言っても誰も信じてくれなかったんだけど。
「西郷の言いたいことはよくわかった」
「力になれなくて申し訳ない。出来る限り努力はする」
「それだけで充分だ」
お師匠様は笑顔でそう言った。
えっ、これでいいのか?
「これで終わりなわけないじゃろう。これからが山場だぞ」
池上本門寺からの帰り道にお師匠様に、
「これで助命嘆願は終わりですか?」
と、聞いた。
だってあのやり取りだとわからないじゃないか。
そしたらあっさりとそう言われたのだ。
山場って……。
「これから谷干城に会う」
谷干城?
「土佐藩の人間で、坂本を尊敬しているがゆえに近藤が許せないと思っている奴じゃ」
「今からですか?」
近藤さんが助かるのなら早いほうがいいだろう。
「いや、まだその時期じゃない。こちらの準備が出来とらん」
そ、そうなのか?
急いだほうがいいと思うのだけど、お師匠様がそう言うのなら仕方ないのかな?
それからしばらく江戸での潜伏生活が続いた。
ただ時間が過ぎていくだけの毎日に、みんなはやきもきしていたけど、それを表に出すことはなかった。
お師匠様は何かを待っているような感じだったけど、何を待っているのかは分からなかった。
こんなにここでのんびりしていて大丈夫なのか?
不安だけは大きくなっていった。




