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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応4年4月
409/506

流山へ

 私たちが五兵衛新田にいる間に、幕府の方も動きがあった。

 山岡鉄舟が西郷隆盛の所へ行って交渉をした。

 西郷隆盛は山岡鉄舟に、三月十五日に予定している江戸城総攻撃を回避したければ、この条件を飲めと言う事で、七つの条件を出した。

 山岡鉄舟は一つだけ飲めないと言った。

 それは、慶喜公の備前藩に預けると言うものだった。

「島津の殿様を他の藩に預けろって言われたら、あなたは承知しますか?」

 と、山岡鉄舟が西郷隆盛に言ったらしい。

 その言葉を聞いた西郷隆盛は、山岡鉄舟の立場を理解したらしく、この条件だけは西郷隆盛が預かって保留という形になった。

 それから、山岡鉄舟は江戸に帰り、西郷隆盛と会うために協力してくれた勝海舟に報告をした。

 現代で言う静岡にいた西郷隆盛も、江戸の薩摩藩邸に入った。

 そして勝海舟と西郷隆盛の会談になる。

 この会談で、江戸城の明け渡しが正式に決まる。

 これで、幕府が完全に無くなることになる。

 ただ、それに反対する幕府の人たちもいる。

 私たちもそう。

 江戸城が四月に無血で明け渡されるのだけど、その後も戦は続いて行くのだった。

 

 江戸城の明け渡しが決まった同じ日に、明治天皇が五箇条のご誓文と言うものを出した。

 これは、明治天皇が出した明治政府の基本的な方針を示す五箇条の条文だ。

 明治天皇が天地の神々に誓うと言う形で発表された。

 これにより、明治政府は明治天皇を中心として政治を行いますよと諸外国に示すことになった。


 一方、私たちのいた五兵衛新田は、毎日のように隊士や幕府の人や、会津藩の人が訪れてきた。

 もちろん良順先生も来た。

 ここに来たばかりの時は少なかったのに、今では二百人ぐらい隊士がいるのではないだろうか?

 しかし、一時の平和も終わりを迎える時が来ていた。

「甲州で俺たちと戦った奴らがこの川の向こうにいる」

 土方さんが三月の終わりにそう言った。

 この軍は、江戸城総攻撃に備えて中山道にある板橋宿にいた。

 しかし、江戸城総攻撃は回避される。

 そんなときに宇都宮藩から援軍の要請が入り、宇都宮へ向かう途中の所で私たちの近くに来たらしい。

 ここで戦になるとは聞いていない。

 だから、戦になることはないだろう。

「この人数であの兵力とぶつかったら、甲州の二の舞になるぞ。ここは何としてでも避けねぇとな」

 土方さんの言う通りだ。

「いつまでもここにいるわけにもいかねぇな。そろそろ俺たちも移動しねぇと」

 五兵衛新田を後にするらしい。

 ただ、この後の不安があった。

 この後、歴史通りに事が運ぶと、流山に行きそこで敵に囲まれ、近藤さんは投降する。

 それは何としてでも阻止しないと。

「土方さん、流山には行かないでください」

「なんだ、何かあるのか?」

「流山で近藤さんが敵に投降します」

「なんだとっ!」

 土方さんは私が未来から来たことを知っているから、これから先に起こることを話した。

「それなら、流山を避ければいいのか?」

 流山を避ければ歴史を変えることが出来るのか?

 わからないけど、少しでも可能性があるのなら、実行したほうがいい。

「避けてください」

「わかった」

 この日はこれで終わった。


「おい、起きろっ!」

 土方さんに起こされた。

 もう朝か、早いなぁ。

 と思って目をあけると、まだ暗かった。

「えっ、朝じゃないのですか?」

「朝だ」

 あっさりとそう言う土方さん。

「でも、外はまだ暗いですよね」

「もうすぐ夜が明ける。行くぞ」

 えっ?

「どこへ行くのですか?」

「ここを出ることになった。敵が近くにいるらしいからな」

 敵が近くにいるみたいな話は昨日あたりにしていた。

 でも、こんなに早く出発するとは聞いてないぞ。

「もたもたしていると、置いて行くぞっ!」

 あ、置いてかないで。

 と言う事で、私も急いで支度をした。


 五兵衛新田を出た時は薄暗かったけど、歩くにつれて段々明るくなってきた。

「ふぁああああ」

 永倉さんが大きな欠伸をした。

「あくびをするな」

 原田さんが、永倉さんの頭を後ろからたたいた。

「なんだよ。誰だって眠くなるだろう。ましてや今朝は早かったんだし、なぁ、蒼良そら

 えっ、私にふってくるのか?

「そうですね」

 と、笑顔で返しておいた。

「仕方ないだろう。ここから会津へ行くには、まず川を渡らないといけないんだ」

 川を渡る?

「橋がないのですか?」

 原田さんのその言葉にそう聞き返していた。

「小さい川なら橋もあるだろうが、今回渡る川は大きな川だ」

 現代で言う江戸川だ。

 東京都と千葉県の間に流れている川で、結構大きい川だ。

 この時代、大きな川になると渡しと言って、小さな船に乗って川を渡る。

 今回は、丹後の渡しと言う所から川を渡る。

「この人数をいっぺんに運べないから、何回も運ぶことになるだろう。その分時間もかかる。しかも渡しは暗くなったら終わる。だから全員が今日中にわたり終えるためには早く出る必要があるわけだ」

 原田さんのその言葉で、なんでまだ日も登らないうちに起こされたのかが分かった。

「ふぁああああ」

 原田さんの話が終わるのを待っていたかのように、永倉さんが欠伸をした。

「新八、わざとだろう?」

「出るものは仕方ないだろう」

 そう言いながらもまた欠伸をする永倉さん。

「新八だけ泳いで渡れ。目がさめるぞ」

 原田さんがそう言うと、

「そんなこと出来るわけないだろう」

 と、永倉さんが言った。

 確かに、今は四月で現代で言うと五月の中旬ぐらいだろう。

 まだ泳ぐのには早いよなぁ。


 丹後の渡しと言う渡し場に着いた。

 渡し船から乗り降りする場所のことを渡し場と言うらしい。

 そこから順番に船に乗って川を渡った。

 私は、船の一番前に乗った。

 しばらくすると、真っ青な顔をした土方さんが私の隣に来た。

「いいか、誰も近づけるな。わかったな」

 もしかして……。

「船酔いですか?」

「うるせぇ」

 やっぱり船酔いらしい。

 でも、今回は到着する場所が目で見えている場所だ。

 乗っている時間も短い。

 それなのに酔ったのか?

 ずいぶんと酔うのが早いよなぁ。

 この時代、酔い止めの薬なんてないしなぁ。

「なんじゃ、酔ったのか?」

 近くに座っていたお師匠様が土方さんを見てそう言った。

「お師匠様、大きな声で言わないでください。土方さんは他の隊士にばれないようにしているのですから」

「お前の声も大きいぞ」

 土方さんにそう言われてしまった。

 そ、そうだったか?

「酔い止めにはこれが効くっ!」

 そう言ってお師匠様が出して来たのは、一万円札だった。

 もちろん現代の一万円札だ。

 この時代に一万円札なんてない。

「これをじゃな、人差し指と中指ではさんで外にそれを出すんじゃ。こうやって」

 お師匠様は一万円札を人差し指と中指ではさんで持ち、外に出した。

「それは本当に効くのですか?」

 なんか効かなそうだぞ。

「信じとらんな。信じる者は救われるって言葉があるじゃろう」

 要するに気休めってことか?

 でも、乗り物酔いは精神的なものもあるらしいから、気休めになって効くかもしれないぞ。

「それ、俺の分もあるか? よかったら貸してくれないか?」

 土方さんが青い顔をしてお師匠様に聞いた。

「あるぞ、使え」

 そう言って、お師匠様はもう一枚一万円札を出してきた。

 お金、持っているんだぁ。

「あ、私も気持ち悪くなってきました。それ、ください」

 と言ったら、

「嘘つけっ!」

 と、二人から言われてしまった。

 おまじないが効いたのか分からないけど、土方さんは元気になってきた。

 船酔いから回復した時に船は対岸にあった渡し場に着いた。

「天野先生のおかげで助かった」

 そう言いながら土方さんは一万円札をふところに入れようとした。

 その時に、お師匠様がふところに入れる土方さんの腕をつかんで止め、一万円札を取った。

「お前にはただ絵の描いた紙だと思うだろうが、これは俺にとって大事なものなのじゃ」

 そう言いながらお師匠様は自分の一万円札と合わせてしまった。

「それは申し訳ないことをした」

「いや、返してもらえればそれでいい。倍になればもっといい」

 それは無理だろう。

「こんなものがたくさんあればいいのか? 訳わからんな」

 土方さんは首をかしげていた。

 ただの紙だろうけど、私たちにとっては便利で大事なものなのだ。


「ここらへんに本陣を置こうと思う」

 近藤さんがそう言った場所は、丹後の渡しから近い場所だった。

 その場所は流山だ。

「ここじゃなく、他の所の方がいいんじゃねぇか?」

 土方さんは近藤さんに言葉に反対した。

 近藤さんが投降するって分かっているからなおさらだろう。

「俺が隊士にここから近い松戸宿とか小金宿とかあたらせているから、もうちょっと待ってくれ」

 土方さん、いつの間にそんなことをしていたんだ?

「松戸宿と小金宿は水戸街道の宿場町だろう。敵が来るかもしれないだろう」

 近藤さんがそう言った。

「でも、宿場町の喧騒に紛れるように本陣を置いた方が敵も気がつかねぇだろう?」

 土方さんも必死になって抵抗した。

 そのタイミングのいい時に、小金宿と松戸宿へ行った隊士が帰ってきた。

「なんだって? 本陣を置く場所がねぇだと?」

 そ、そうなのか?

「歳、やっぱりここに本陣を置こう」

 近藤さんがそう言った場所は、醸造業をやっていた長岡屋と言う所だった。

 後で知ったのだけど、ここら辺はみりんの産地になっていたらしい。

 もちろん大勢いたのでその他にもお寺などに分かれた。

「まさに、ここじゃな」

 長岡屋の建物を見上げたお師匠様はそう言った。

「やっぱりここですか」

 ここにいるときに敵に包囲されて、近藤さんは逃げることも出来ず自分を犠牲にするようにして投降する。

「近藤や、ここじゃなく寺とかじゃだめなのか? 人の家を借りるのも迷惑じゃろう?」

 お師匠様も近藤さん投降を阻止しようと思っているのだろう。

 近藤さんにそう言った。

 場所を変えて歴史が変わるのならって言う思いだろう。 

「楓もいるから、居心地のいい場所がいい」

 近藤さんはそう言って聞かなかった。


「で、いつ敵に囲まれるんだ?」

 長岡屋に入るとすぐに土方さんがそう言った。

「多分、明日にはもう包囲されています」

「くそっ! 時間がねぇじゃないかっ!」

 土方さんも悔しそうにそう言った。

「近藤さんを酔いつぶして、夜中のうちにどこかの寺に移しますか?」

「お前は酔いつぶすことしか考えられねぇのか」

 す、すみません、得意分野なもので。

「とりあえず、神頼みでもしてみますか?」

 ここまで来たら、もうそれしかないだろう。

「神頼みでもしたら、近藤さんは助かるのか?」

 そ、それはわからないけど……。

「よしっ!」

 土方さんはそう言って立ち上がった。

「ここで考え込んでいても前には進まねぇな。気晴らしに行くか」

 えっ、神頼みをしに行くのか?

 驚いていると、

「お前は行かねぇのか?」

 と言われたので、私もあわてて立ち上がった。


 近くに秋元稲荷があったから、そこに行った。

 行くと近藤さんと楓ちゃんもいた。

「なんだ、お前たちも来たのか」

 近藤さんがにこやかに迎えてくれた。

「今、勇はんと戦勝祈願してたんや」

 楓ちゃんも楽しそうにそう言った。

 この二人の幸せを壊したくない。

「あ、あのですね。近藤さん、今からでもお寺に移動しませんか?」

 思わずそう言っていた。

「蒼良までどうしたんだ? 長岡屋は気に入らないか?」

 そう言う事じゃないのだ。

「俺からも頼む。寺に移ってくれ。俺も一緒に行くから」

「なんだ二人とも。いったい何があったんだ?」

 近藤さんは楓ちゃんと一緒に不思議そうな顔をして私たちを見ていた。

「あそこにいると、近藤さんは敵に捕まるかもしれねぇ。だから、今は黙って他の隊士たちがいる寺に行ってくれ」

「わしが捕まるだと?」

 近藤さんが土方さんに聞いた。

 楓ちゃんも、怖がっていた。

「なんでだ? なんでわしが捕まるんだ?」

「今、敵は宇都宮方面へ行くために奥州街道を下り、粕壁かすかべまで行くのですが、途中で流山に武装した集団が現れたと聞き、ここに来ます」

「武装した集団とは、わしらの事か?」

「そうだと思います」

「そうなるともう偵察に来ているな」

 土方さんがボソッとそう言った。

「移動するなら今だろう。近藤さん、頼むから他の隊士がいる寺に行ってくれ。偵察がいるかもしれねぇから、移動は夜がいいな」

 この時代の夜は真っ暗だから、誰にも気がつかれずに移動するなら夜がいいだろう。

「そうか、わかった。楓と一緒に夜になったら移動する。それにしても、蒼良はなんでそこまでわかるんだ?」

 近藤さんにそう聞かれてしまった。

 近藤さんを納得させるためとはいえ、しゃべりすぎたか?

「近藤さん、こいつは天野先生の孫だぞ。それぐらい知っているだろう」

 そ、そうなのか?そうなるのか?

 近藤さんは、そんな理由で納得するのか?

「わはは。それもそうだな。蒼良に変な質問をしてしまったな」

 近藤さんは大声で笑ってそう言った。

 なんか知らないけど、納得したらしい。

 これっていいことなのか?


 夜になり、私たちはこっそりと長岡屋を出た。

 これが吉と出ればいいのだけど……。

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