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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応4年3月
402/506

甲陽鎮撫隊(1) 日野へ

 三月になった。

 現代になおすと四月の中旬あたりから下旬あたりになる。

 この時期になると、あっちこっちで桜が咲いたという言葉を聞く。

 江戸では、あちらこちらで花見をする姿を目撃されたけど、私たちには無縁なものだった。

 ただ、ひたすらに甲州へ行く準備がすすめられていた。

 新選組だと人数が少なかったので、近藤さんが良順先生に今回のことを言ったら、心当たりがある所に声をかけてみようと言う事になっていた。

 その結果、浅草の矢野弾左衛門という人に声をかけていただき、その人の配下の百名ぐらいが参加してくれることになった。

 良順先生は人を集めてくれただけでなく、私たちに軍資金として三千両も寄付してくれた。

 これは、矢野弾左衛門さんが良順先生に病院建設費として寄付してくれたものだった。

「そんな大事なものを寄付していいのですか?」

 その話を土方さんから聞いた時は、思わずそう言ってしまった。

「俺たちに託してくれたんだろう。それだけのことはするつもりだ」

「お金、返ってこないのに……」

「お前、一言多いぞっ!」

 はい、すみません。

 しかし、良順先生にしろ、鴻池さんにしろ、返ってこないのになんでそんな簡単に大金を出すのだろうか。

 それと、会津藩から経費として千二百両出た。


 それから名前の話になった。

 新選組という名前で甲州へ行くのは、政府軍にえらい刺激を与えてしまい、変に士気が上がっても困ると言う事で、名前を変えることになった。

 それが甲陽鎮撫隊という名前だ。

 甲府城と言う城がある。

 その城は幕府のものであって政府軍のものではない。

 ちなみに誰の城かと言うと、堀田正倫ほったまさともと言う佐倉藩の人のものになるはずだったのらしいけど、すぐに辞退をしたらしい。

 と言う事で、幕府のものではあるものの、主はいないという城だ。

 その城に近藤さんが入れば新しい主にしてやると言う事なのだろう。

 だから、幕府は自分の城を守るために兵を送るのであって、戦のために送るのではないと言う事。

 甲州の争いを治めるための組織で、甲州を鎮撫する隊と言う事で、甲陽鎮撫隊という名前になったのだ。

 ちなみに名付け親は永井尚志という、京にいた時とか新選組に何かあると間に入ってくれた幕府の人だ。

 そして、甲陽鎮撫隊と名前を変えると同時に近藤さんと土方さんの名前も変わった。

 近藤さんは大久保剛という名前になり、土方さんは内藤隼人という名前になった。

 大久保と内藤と言う名字は徳川家康が幕府をひらいた時に活躍した幕臣の名字らしい。

「土方さんっ! あ、内藤さんか」

 私が話しかけると、

「お前は土方でいい。内藤なんて、自分の名字だとは思えねぇな。他人の名前のような気がする」

「慣れれば何とも思わなくなりますよ」

「そんなものか?」

 だって、結婚した人たちで名字が変わる人だっているじゃないか。

 その人たちはちゃんと自分の名前を受け入れているような感じがするけど。

「お前、用があったんじゃねぇのか?」

 あ、そうだった。

「内藤隼人って名前がかっこいいですね」

 それを言いたかったのだ。

「そうか?」

「歳三より全然かっこいいですよ。これからは隼人の方がいいと思いますよ」

「お前、まるで俺の名前がかっこ悪いみたいな言い方だな?」

「そ、そんなことはないですよ」

 でも……。

「隼人の方がかっこいいですよ」

 うん、隼人の方がいい。

「言っておくがな、歳三だって俺の本当の名前じゃねぇんだぞ」

 えっ、そうなのか?

「義豊と言う」

 えっ、えっ、歳三じゃないのか?土方義豊って……。

「それじゃあ、歳三って何ですか? もしかして、自分でかっこいいと思ってつけたとか……」

「ばかやろう。歳三はあざなだっ!」

 えっ、あざな?

 実はこの時代、本名を人に公表することはいけないことだったらしい。

 と言うのも、本名を公表すると言う事は、弱みをさらすことと同じことと考えられていたようで、さらに歴史をさかのぼると、呪いをかけられてしまう恐れがあると言う事で、本名は公表しなかった。

 でも、名前を呼ぶのにその名前がないのは不便なので、他の名前を付けた。

 簡単に言うとあだ名のようなものか?

 あだ名と言うより、仮の名前と言う事か?

 とにかくそう言う事らしい。

 だから、土方さんも本名は一般に公開していなかったのだ。

 この本名のことをいみなと言うらしい。

 諱を覚えている人はいいけど、普段は諱を使わないから、忘れてしまう人もいたらしい。

「義豊の一文字をとって、俳号の豊玉が出来たんだ」

 俳号とは俳句を作るときに使う名前だ。

「ああ、だから豊玉発句集なのですね。新しい発句集は出さないのですか?」

「うるさい」

 過去に中山道の山道とか発句集の名前を考えてあげたけど、作る気がないのか、作ってくれない。

 って言うか、豊玉発句集だって見せてくれないのだ。

 それなら作らなければいいのにとさえ思ってしまう。

「で、お前の諱はなんだ?」

 色々考えていたら、土方さんに聞かれた。

 えっ、私の諱?

天野蒼良あまのそらですよ」

 本名だから、それしかない。

「お前、それは字じゃなかったのか?」

「本名ですよ」

「本名?」

「あ、諱です、諱」

「お前、諱は表に出したらいけねぇんだぞ。それなのに堂々と名乗っておかしいだろう。本当は諱があるんだろう?」

 そんなものないですよ。

「名前が二つもあったら、こんがらがるじゃないですか」

 色々とややこしいじゃないかっ!

「お前のことだから、諱を忘れているんだろう?」

 ニヤリと土方さんが笑った。

 忘れるも何もその前にそんなものないからっ!

 でも行っても信じてくれなさそうだな。

「HNならありますよ」

「はんどるねぇむ? なんだそりゃ」

 言ってもわからないだろうから、

「内緒です」

 と言っておいた。


 すべての準備が終わり、甲陽鎮撫隊は江戸をたった。

 府中で一泊したら、日野に入った。

 日野は土方さんと近藤さんの故郷だ。

 日野の人達から見たら、新選組は英雄の集団になる。

 と言うのも、京でのことは文などで日野に報告されている。

 嫌な報告もあっただろうけど、そのほとんどがいい報告や、活躍した報告だったのだろう。

 それに、ここを出た時は着の身着のままだったのに、今回は近藤さんは大名のようなかごに乗り、土方さんは洋装で馬に乗っている。

 その姿がまたさまになっていてかっこいい。

 と言う事で、英雄が帰ってきたぞっ!と、熱烈な歓迎をされた。

 歓迎イコール宴会だ。

 と言う事で、進軍中なのに宴会が始まってしまった。

 確かここで足止めをくって、甲府城についたらすでに敵が入っていたという、手遅れ状態になるんだよね?

「土方さん、ここは進軍したほうがいいと思います」

 私は急いで土方さんにそう言った。

「宴会好きなお前がそう言うとは珍しいな」

 そ、そうなのか?

「近藤さんが故郷に錦を飾っているのを壊したくねぇな」

 そ、そんなのんきなことを言っている場合じゃないのだ。

「それに、ここで隊士募集が出来て人数が増えればそれにこしたことはねぇだろう」

 そうか、人数募集の為なのね。

 そのかいがあったのか、何人かが入隊したいという申し出があった。

 近藤さんは、

「こんな負け戦に巻き込みたくない」

 と断ったけど、聞き入れてもらえなかった。

 新しく入った人たちは春日隊という名前で呼ばれることになった。

 その隊を率いることになったのは、佐藤彦五郎さんだった。

「危なくなったら、すぐに逃げてくれ」

 土方さんは彦五郎さんにそう言ったけど、

「大丈夫だ。勇敢に戦ってやる」

 と、彦五郎さんは言った。

 興奮して聞き入れられないと言った方がいいのか?


 宴会は終わりそうにないので、外に出てみた。

 すると、手持ち無沙汰な状態で、永倉さんと斎藤さんと原田さんがいた。

「あれ? 宴会に参加しないのですか?」

「宴会している場合じゃないだろうっ!」

 いつも真っ先にお酒を飲んで酔っ払う永倉さんは、お酒を一滴も飲んでいないのだろう。

 真面目な顔でそう言った。

「そう怒るな。桜が散るだろう」

 斎藤さんが上を見てそう言った。

 私もつられて上を見たら、桜が満開になっていた。

 三人でここで花見をしていたのか?

「新八、近藤さんだって隊士募集のためにやっているのだから、仕方ないだろう。現に百名ほどまた集まったようだぞ」

 原田さんは、春日隊が結成されたことを知っていた。

「焦ってもどうにもならないことはわかっている。でも、甲府城に敵が入ったらもうおしまいだぞ」

 永倉さんが言うと、三人はシーンとなってしまった。

 みんな、各々に考え込んでいる様子だ。

「もしかしたら、近藤さんはわざとここで宴会をして進軍を遅らせているのか?」

 原田さんがおもむろに口を開いた。

 えっ、そうなのか?歴史ではわざととかってなかったぞ。

「なるほど。城に敵が入ればおしまいだからな。後は甲府城に立ち退くようにと文を出し、敵が言うことを聞かなければ、そのまま江戸に帰ってくることも可能だな」

 斎藤さんはボソッとそう言った。

「でも、敵前逃亡になりませんか?」

 私が聞くと、

「城に入られてしまい、相手が出て行かなければもうどうにもできんだろう。間に合わなかったと幕府に報告すればいいだけの話だ」

 と、斎藤さんが言った。

 よくわからないけど、そうなのか?

 戦を避けれるなら、そっちの方がいいのだけど。

「でもよ、敵がいるのに逃げるなんて、俺は嫌だな。第一、武士らしくないっ!」

 永倉さんは立ち上がってそう言った。

「そう興奮するな、新八」

 原田さんはそう言って永倉さんを座らせた。

「一つだけはっきりしていることがあるな」

 斎藤さんがポツリとそう言った。

「なんですか?」

 気になったので私は聞いてみた。

「しばらく宴会は終わらないだろう。俺も酒をいただいてくるかな」

 斎藤さんはスッと立ち上がったけど、一つの方向を見つめ、そのまま止まった。

「お酒をいただきに行くのではないのですか?」

 斎藤さんの見つめる方向を見て、私も立ち止ってしまった。

「なんだ、まだここにいたんだ」

 そこには、ニッコリと笑う沖田さんが立っていた。

「総司、なんでここにいるんだ?」

 永倉さんは驚きながらも沖田さんに近づいて行った。

「近藤さんに呼ばれたんだよ。総司も故郷に錦を飾りたいだろうって。別に僕の故郷じゃないんだけどね」

 そ、そうなんだ。

 って、変に納得している場合じゃない。

「沖田さん、和泉橋医学所に帰りましょう」

 私は、沖田さんの体が心配でそう言った。

「あ、あそこは退院になった」

 えっ、そうなのか?そんな話は聞いていないぞ。

「新選組も戦に出るし、その間に刺客とかがあらわれたら大変だから、良順先生が用意してくれる家にお邪魔することになっているんだよ」

 なんだ、退院じゃなくて転院じゃないか。

「それにしても、間に合ってよかった。僕はもうとっくに日野を通過していると思ったよ」

 そうだよね、そう思うよね。

「近藤さんの宴会が長引いてるんだ」

 不機嫌そうに永倉さんが言った。

「総司、体は大丈夫か? 労咳だと聞いたが元気そうだな」

 原田さんが沖田さんの体を気づかうように言った。

「僕は元気だよ。だから、今回の戦にも呼ばれたんだよ」

「沖田さんっ! もしかして戦に参加するつもりですか?」

 宴会に参加するのかと思ったぞ。

「だからここにいるんじゃん。蒼良も面白いことを聞いてくるよね」

「戦はだめですよ。いくら元気でもだめですっ!」

「大丈夫だよ。ほら、四股だって踏める」

 そう言うと、相撲の力士がよくやる足をあげるあのポーズをやった。

 このシーンは歴史でもあったぞ。

 一瞬、歴史を目撃した感動に包まれそうになったけど、そんな場合じゃない。

 沖田さんを止めないと。

 我に返って周りを見ると、原田さんしかいなかった。

「あれ? 沖田さんは? それに他の人もどこへ?」

「総司は宴会に参加しに行った。新八と斎藤もここでこうしているのなら、宴会で飲んだほうがいいと言う事で、一緒に行った。蒼良はどうする?」

 どうする?と言われても……どうしよう?

 進軍をすすめても無理そうだしなぁ。

「とりあえず、様子を見に行きます」

 いくらなんでも日が暮れるまで宴会はやらないだろう。

 私は原田さんと一緒に宴会へ戻った。


 宴会は日暮れ前に終わった。

 しかし、お酒をたくさん飲まされたのだろう。

 まず近藤さんが酔っ払っていて歩けるような状態じゃなかった。

 近藤さんはかごに乗るから特に影響はない。

 馬で来た土方さんは、もちろん酔いつぶれて寝ていた。

 弱いのになんで酒を飲むんだ。

 寝ている人間を馬に乗せるわけにはいかないなぁ。

 置いて行くか?そうだ、ここで置いて行ったら、また歴史が変わるぞ。

 今度はいい方に変わるかもしれない。

「置いて行きましょう」

 と私が言ったら、

「そんなわけにはいかないだろう」

 と、斎藤さんが言った。

 斎藤さんはお酒が強いからほとんど酔っていなかった。

「一応副長だからなぁ。置いて行くわけにはなぁ」

 原田さんも困った顔でそう言った。

「それなら、勇と同じかごに乗せてやれ。大きなかごなんだから、二人ぐらい乗っても大丈夫だろう」

 佐藤彦五郎さんがそう言った。

 そ、それで大丈夫なのか?

 心配する私の意思とは別に、話はどんどん進んでいき、気がつくと同じかごに近藤さんと土方さんが押し込まれていた。

 少し大きいおひとり様のかごなので、そこに二人で入るのはもちろん狭いし入らない。

 それでも、みんなで無理やり押し込んだ。

「こいつはどうすんだ?」

 佐藤さんに言われたので見て見ると、案の定、永倉さんも酔いつぶれていた。

「馬に縛り付けてやる」

 原田さんの一言で永倉さんの運び方が決まった。

 みんなで手際よく落ちないように馬に縛り付けた。

 これで出発だと思ったら、ゴホゴホと咳が聞こえてきた。

 見ると、沖田さんが座り込んで咳をしていた。

「沖田さんっ!」

 私はあわててかけよって沖田さんの背中をさすった。

「大丈夫ですか?」

「血は吐いていないから大丈夫だよ。僕も、一緒に、行く。ゴホゴホ」

 さっきまで元気だったのに、一体何があったのだ?

「お師匠様からもらった薬、飲んでますよね?」

「もちろん飲んでいるよ。だから元気なんじゃないか。あれが無ければ僕は今頃、起きれなかったよ」

 そうなんだろうけど……じゃあ、急にこうなった原因は何?

「きっと、久しぶりに飲んだからなぁ。ゴホゴホ」

 えっ?

「飲んだって、お酒をですか?」

「それ以外何を飲むの? 病気してからお酒は飲まなかったんだけどね。今日はみんなから祝福されて嬉しかったから……」

 それで飲んだのだな。

「総司は帰れ。これ以上は無理だろう。かごを用意したから、それで江戸へ帰れ」

 佐藤さんの言う通り、沖田さんの前にかごが用意されていた。

「嫌だ。僕も行くんだ」

 沖田さんはそう言って抵抗していたけど、

「総司を頼む」

 と、佐藤さんが周りの人にいい、沖田さんは周りにいた人たちによってかごにのせられてしまった。

「さて、我々も行くぞ。春日隊は新選組の後ろについて行くからな」

 そう言うと、佐藤さんは後ろに行ってしまった。


 進軍が始まったけど、酔っ払いが多数いたので、速さは宴会前よりかなりゆっくりしたものだった。

 そして何とか八王子宿にたどり着いたのだった。

 

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