土方さんの洋装
江戸に着いてから、手当てをたくさんもらうことが多くなった。
近藤さんは、もらった手当てをみんなに配っていたので、臨時収入が増えた。
それにより、永倉さん主催の宴会が増えた。
「今日もですか?」
夕方になり、出かけるしたくをしていた永倉さんに言った。
「蒼良、江戸っ子はよごしの金は持たないんだ。知っているか?」
そんな話を聞いたことがあるけど……。
「永倉さんは江戸っ子なんですか?」
確か、松前藩浪人って聞いたけど。
「江戸っ子だっ!」
そ、そうなのか?
「松前藩の人じゃないのですか?」
「脱藩したから、今は違う」
そうなんだけど……。
「松前藩って、江戸にあるのですか?」
私がそう言うと、永倉さんは大きな声で笑った。
「あははっ! 蒼良は面白いことを言うな」
だって、江戸っ子って言うから。
「松前は蝦夷にある」
ん?北海道ってことだよね?
江戸じゃないじゃないか。
「でも、永倉さんは江戸っ子って言っていたじゃないですか」
「江戸にある松前藩の上屋敷で生まれたんだ。だから生まれも育ちも江戸っ子だ」
そうなのか?
「だから、よごしの金は持たない。蒼良もさっさと使ったほうがいいぞ。なんなら、俺が使うのを手伝ってやろうか?」
「いや、遠慮します」
永倉さんに預けた日には、みんな吉原とかの花街に消えちゃいそうだ。
「それより、今日は俺一人なんだが、蒼良も来ないか?」
えっ、そうなのか?
「昨日飲んでいた奴らは、今日は二日酔いでだめなんだ」
ど、どんだけ飲んだんだ?
「だから蒼良、今日は一緒に行こう」
飲み会だよな?お酒が出るんだよな?
土方さんにばれたら、うるさいんだよなぁ。
それに土方さんたちは毎日忙しいみたいで、あまり宿に戻ってこない。
戻ってきても夜遅く眠りに帰ってくるというような感じだ。
土方さんが忙しくしているのに、私が飲み歩くのってどうなのかなぁ?
「俺が全部おごってやるからさ」
そ、そうなのか?
「おおっ! 新八のおごりか? 行くに決まってんだろう」
どこで話を聞いていたのか、原田さんがそう言いながらにこやかに出てきた。
「左之、いつの間に……」
「よし、行くぞ。蒼良も行こう」
原田さんにも誘われた。
「誰も、左之におごるとは言ってないぞ」
「でも、今日は一人なんだろ? 安心しろ付き合ってやるさ」
原田さんは、永倉さんの肩をポンポンとたたいてそう言った。
「安心しろ、俺も付き合う」
原田さんと永倉さんがそう言い合っていると、斎藤さんも出てきた。
「今日はおごりなんだろ?」
「えっ、斎藤まで来るのか? 斎藤と蒼良におごっていたら、俺の金がなくなるだろう」
うん、そうかもしれない。
だって、斎藤さんもお酒が強いもんね。
「よごしの金は持たないんだろ? ちょうどいいだろう。ここに江戸っ子は新八だけだし」
原田さんが楽しそうにそう言った。
そう言われるとそうだなぁ。
「よかったな。これでよごしの金は無くなるぞ」
斎藤さんはそう言うと部屋を出たので、原田さんも、
「蒼良、行くぞ」
と言って部屋を出た。
なんか、いつの間に私も一緒に行くことになっている。
けど、ま、いいか。
せっかく行くんだから、飲みまくろう。
そして、飲みまくった結果……。
永倉さんのよごしの金は見事に無くなった。
よかったと言っていいのか?
それにより、永倉さんは見事な酔っ払いと化した。
「俺らは戦う意志は十分にあるんだ」
レロレロと永倉さんが言った。
「仕方ないだろう。慶喜公が逃げてんだから」
そう言いながら、原田さんが永倉さんのお猪口にお酒を入れた。
そうなのだ。
慶喜公は逃げているわけではなく、きっと考えがあってそうしているんだろうと思うんだけど。
その慶喜公は、薩摩などに恭順する意思を表明するために、側近を変えた。
戦をして、政府軍を倒すぞっ!という側近をやめさせ、なんとか戦わないようにしたいという側近にした。
その中心が多分、勝海舟になると思う。
そんなフランスが、
「戦をするなら、協力するよ」
と申し出てきたけど、それを断ったらしい。
と言うのも、この戦いで異国の協力を求めた日には、その異国に国を乗っ取られる可能性もある。
異国の協力を素直に受けてそれで勝ったら、今度はその異国ともめることになるだろう。
もめて敗けたら、きっとこの国はとられてしまう。
だから、薩摩も異国から武器を輸入はしているけど、直接協力は求めていないと思う。
それに、異国がたくさん押し寄せている今、国内でこうやって戦している場合じゃないのだ。
それを慶喜公も理解しているのだろう。
政府軍が戦いを仕掛けてくるのに対し、徹底的に逃げているのだろう。
「斎藤、お前はどう思う? だまって飲みやがってっ! なんとか言えっ!」
永倉さんは、今度は斎藤さんにからんできた。
「俺は別に。そこで新選組が戦に参加するなら、俺も参加するだけだ」
そう言って、斎藤さんは徳利を空にした。
やっぱり飲むなぁ。
そう思いつつ、私も徳利を空にした。
「くそっ! 蒼良がどうなんだ?」
こ、今度は私に来たか?
「わ、私ですか?」
この戦の結果を知っているだけに、戦わない方が被害も少なくて済むんじゃないかと思うんだけど、永倉さんの悔しがっている気持ちも分かる。
このまま負けるのもなんか悔しい。
「あのですね……」
なんて言えばいいんだ?
「蒼良も困ってんだろう。新八、飲みすぎだ。お開きにするぞ」
原田さんがそう言うと、
「俺はまだ飲んでねぇっ!」
と言って、永倉さんは再び飲み始めた。
十分飲んでいると思うのは、私だけか?
永倉さんを原田さんと斎藤さんがかついで帰った。
帰る間も、大きな声で
「俺はまだ戦えるっ!」
と大きな声で言う永倉さんを、原田さんが
「うるさい、近所迷惑だ」
と言ってたたいていた。
そして次の日、永倉さんは二日酔いになって寝込んでいたのだった。
「昨日、何かあったのか?」
永倉さんが頭をおさえて歩いているのを見たのだろう。
土方さんがそう言いながら部屋に入ってきた。
「あ、おかえりなさい。お仕事大変ですね」
昨日は帰ってこなかったから、夜通しで仕事をしていたのだろう。
仕事と言っても多分、軍議とかなんだろうなぁと思うんだけど。
そう思いながら土方さんを見た。
なんかいつもと違うような感じがするのだけど、気のせいか?
「仕事は座っているだけだからな。京にいる時よりは疲れねぇよ。それより、何かあったのか?」
土方さんは知らない方がいいだろう。
「いや、特にはないですよ」
昨日も平和でした、一応。
「土方さんこそ、何かあったのですか?」
なんか、やっぱりいつもと違うような感じがする。
「お前、気がつかねぇか?」
そう言われて、土方さんをじいっと見た。
気がつかねぇって、何が……。
上から下まで土方さんを見た時に気がついた。
「あっ!」
洋服を着ているっ!
「やっと気がついたか。お前も鈍感だなぁ」
いや、気がつくのが遅かったのは、土方さんが悪い。
だって、洋服を着ているんだけど、着方が着物みたいだからだ。
ボタンがあるのにボタンをとめず、なぜか着物のように右を前にして腰にさらしのようなものをまいて止めている。
その止めているところに刀をさしている。
ズボンは普通なんだけど……って、ズボンは後ろ前が逆とかしか間違えようがないもんね。
でも、土方さんのズボンは、前に何もついていないから、これも逆にはいているのか?
「あのですね……。なんで洋服を着ているのですか?」
なんで着れないものをわざわざ着ているんだ?
「お前、鳥羽伏見の薩摩軍を見ただろう?」
もちろん見た。
「みんな洋装で軽々と動いていたじゃねぇか。敵でも見習わねぇといけねぇ所は見習わねぇとな」
だから、洋服を着てみたというわけか。
「その考えはいいと思うのですが……。洋服の着方がおかしいですよ」
「なんだと?」
土方さんがそう言ったのと同時に、もう見ていられなかったので、腰に巻いてあるさらしをとった。
ちゃんと着たらちゃんとなるんだよ。
そう思いながら上着を直そうと思い、前を開くと、下にシャツも着ていて、それも着物のように前を合わせて着ていた。
「あのですね、このボタンで前を止めるのですよ」
そう言いながら、私は土方さんの洋服のボタンを留めた。
「そのための穴だったのか。なんだ? とは思っていたんだ。なるほどなぁ」
私がボタンを留めるのをじいっと見ていた土方さん。
「お前、留めるのがうまいな」
だって、何回もボタンを留めてますからねっ!
下のシャツのボタンを留めてから、上着のボタンにさしかかった。
この上着、ちゃんとえりがあるじゃないか。
土方さんはえりも中に入れてきていたのだった。
「これは外に出して着るのですよ」
「なるほどなぁ」
そして上は綺麗になった。
「おい、首がきついんだが……」
そうだ、一番上までボタンを留めちゃったからきついよね。
「きついのなら、一番上のボタンをはずしますね。首元が寂しいのなら、スカーフを巻いてもいいかもしれないですね」
「スカーフ?」
まだこの時代にはないのか?
いや、洋服があるのだからあるだろう。
私も手当てもらって使っていないから、それで買ってプレゼントしよう。
「いや、こっちのことです」
だから、そう言ってごまかした。
「ところで、ズボンも後ろ前反対だと思うのですが」
「そうか?」
そう言いながら土方さんが後ろを向いた時に気がついた。
あれ?穴がないっ!
「穴がないのですか?」
「なんの穴だ?」
何の穴って言われると……。
「土方さん、それを着てどうやって厠で用を足すのですか?」
「お前、それは余計なお世話だろうがっ!」
そ、そうなのか?だって、穴がないんだぞっ!
「それは俺がやることであって、お前がやることじゃねぇだろうがっ!」
そうなんだけど……。
それなら、土方さんが適当にやるってことでいいのかな?
うん、そう言う事にしておこう。
「他に気がつかねぇか?」
他か?
また上から下まで土方さんを見た。
「あっ!」
思わず頭を指さしてしまった。
まげがないっ!
「まげはどこへ行ったのですか?」
「洋装にまげは似合わんだろう」
そうだけど……。
「切った」
そうなのか?またあっさりとっ!
「で、その切ったまげは?」
「捨てた」
そ、そうなのかっ!
「もったいないっ!」
現代に持って帰ったら、きっと高価な額で売れると思ったのだけど。
「どこに捨てたのですか?」
今からならまだ間に合う。
拾ってくるか?
「お前、またよからんことを考えてんだろう?」
えっ、そんなことないぞ。
「で、どうだ?」
どうってなんだ?
「似合っているか?」
ああ、そのことね。
「とっても似合ってますよ」
うん、すごく似合っている。
もともと男前だから、さらに男前に磨きがかかったという感じだ。
そう思うと、なぜかドキドキとしてきた。
おかしいぞ、私。
「そうか? みんなにも見せてくる」
そう言って土方さんは部屋を出て行った。
まだドキドキしているよ。
「おい」
部屋を出たと思った土方さんが戻ってきた。
「な、なんですか?」
驚いたなぁ。
「お前も洋装になるか?」
えっ?
逆に私のもあるのか?
「洋装になるなら、用意しておくぞ」
そうなのか?
「お願いします」
「わかった」
そう言うと、土方さんは部屋を出て行った。
本当に私の洋服を用意してくれるのか?
でも、この時代の洋服と言うと、ドレスになるよね?
ドレスだと動けないよな?
あ、それを着ちゃうと、女だってばれちゃうからドレスじゃないか。
と言う事は、土方さんと同じような洋服と言う事だな。
洋服かぁ。
四年?いや、五年ぶりぐらいに着るか?
楽しみだなぁ。
そう思っていると、広間から
「わぁっ!」
という声が聞こえてきた。
土方さんが洋服を見せているのだろう。
私も見に行こう。
私も部屋を出て広間に行ったのだった。




