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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応4年1月
389/506

鳥羽伏見の戦い(4) 山崎さんを救えっ!

 淀藩に裏切られて城に入れてもらえなかった私たちは、橋本と言うところにある久修園院くしゅうおんいんと言うお寺に陣をはった。

 この先はもう大坂城しかない。

 これ以上敗けられない。

 でも、老中がいる藩にまで裏切られたと言う事で、士気はものすごく低下していた。

 戦が始まったばかりにあったあの活気はどこへ行ってしまったんだ?と言うぐらい、みんな静かになっていた。

 

 淀城は私たちが去った後、間もなく薩摩藩兵が入ってきた。

 城門は、私たちには固く閉ざしていたのに、薩摩藩兵をはじめとする政府軍には素直に開けた。

 そこにあった大砲は、味方だった私たちのいる方向へ向けられていた。


「あっちに人が足りないようだから、お前、行ってくれるか?」

 橋本に陣をはり休んでいると、土方さんに声をかけられた。

 あっちと指さした方向には、怪我人がたくさんいた。

 その人たちを介抱する人が足りないのだろう。

「お前なら良順先生に少しだが医術を教わっていただろう? だから頼んだのだか、疲れているのならいいぞ」

「大丈夫です」

 こんな時に疲れたとか思っている場合じゃない。

「悪いな」

「行ってきます」

 土方さんが申し訳なさそうな顔をしていたので、笑顔でそう言って怪我人がたくさんいる方へ向かった。


 たくさんの人たちが銃弾を受けて倒れていた。

 中には腕とか足とかだけという軽傷な人たちもいたけど、戸板の上に包帯のようなものを体中にまかれ、寝かされていた人たちもいた。

 本当は、体の中に残っている銃弾をとったほうがいいのだろうけど、それをとる道具も何もない。

 それにこんなところで切開してとったら、菌がたくさん入ってしまいさらに危険なことになるだろう。

 だから、今は血を止めるために強く包帯のようなものを巻き付けるだけが唯一の治療だった。

 良順先生から、刀で斬られた時のための止血の方法とか教わっていてよかった。

 そう思いながら、怪我をしている人たちを見てまわって治療をした。

 そんなときに見つけた。

 山崎さんの変わり果てた姿を。

 

 山崎さんは戸板に寝かされていた。

 重傷な人たちと同じように、包帯のようなものを体中まかれていたけど、すでに血がにじんでいた。

「山崎さん?」

 山崎さんだよね?

 私はその人の横に座り込み、顔を近づけてよく見て見た。

 その人は薄目を開けて私を見た。

 口を動かしていたけど、声が聞こえなかった。

 その人の口元に耳を近づけた。

「そ、蒼良そらさん」

 かすかにそう聞こえた。

 間違いない、山崎さんだ。

 そう言えば、歴史でもここで怪我することになっていなかったか?

 なっていた。

 源さんのことで夢中になり、すっかり忘れていた。

 助けようと思ったら助けることが出来たのに……。

「これ、取り替えますね」

 山崎さんにまかれていた包帯のようなものを全部取り替えるため、とってはまた巻きと言う事を繰り返した。

 包帯のようなものはさらしだった。

 取り替えながら傷を見た。

 数発、銃弾を受けたあとがあった。

 これは、やっぱり助からないかもしれない。

 やっぱり、源さんだけでなく、山崎さんにも目を配っておくべきだった。

「すみません」

 思わず謝ってしまった。

 本当に、助けることが出来なくて申し訳ない。

 見ていると、山崎さんが私の方へ手を伸ばしてきた。

 なんだろう?

「どうかしましたか?」

 顔を近づけると、目のあたりをなでられた。

 どうやら私は泣いていたらしい。

「すみません」

 本当に、重ね重ねだ。

「わ、悪くないですよ」

 小さい声でそう聞こえてきた。

「えっ?」

「蒼良さんは、悪くないですよ。な、なんで、謝るのですか?」

 山崎さんを見ると、微笑んでいた。

 ああ、本当に申し訳ない。

「ここにおったか」

 あれ?お師匠様の声が聞こえてきたけど、気のせいか?

 お師匠様は、今頃源さんを私たちの時代へ連れて行っているはずだ。

「ずいぶん探したぞ」

 あれ?やっぱりお師匠様か?

 顔を向けてみると、お師匠様と、顔を包帯だらけにしたミイラのような人が立っていた。

「あの……お師匠様? その隣の人は……」

 もしかして……。

「ああ、井上じゃ」

 ええっ!源さん?

「なんでこんなかっこうを?」

 源さんに聞いたけど、首をふるだけだった。

 口まで包帯を巻かれていたので、話すことが出来ないらしい。

「蒼良、死んだことになっとるやつがのこのこと歩いていたら大変じゃろう」

 って言うか、そう思うなら早く現代へ連れて行くべきだと思うのですが。

「でも、こんなかっこうで歩いていたら逆に目立ちますよ」

「みんな同じようなかっこうしとるじゃろう」

 そ、そうなのか?

 周りを見回した後、包帯だらけの源さんを見たけど、包帯だらけなのに、元気で歩いているから、余計に違和感を感じるのは気のせいか?

「ところで、山崎はどこじゃ」

「お師匠様、山崎さんのことを知っていたのですね」

「わしとしたことが井上の事に気をとられ、山崎が大怪我することをすっかり忘れとった」

 こういうところが似てしまうってどうなの?

「で、山崎は? 怪我しとるんじゃろう?」

「こっちです」

 私はお師匠様と包帯だらけの源さんを山崎さんの所へ案内した。


「ひどい怪我じゃのう」

 山崎さんを見て、お師匠様はそう言った。

「確かに、これは江戸までは持たんじゃろう」

 そうなんだよね。

 きっとこれから船で江戸に行くことになると思う。

 その船で山崎さんが亡くなることになっている。

 その前に亡くなってしまうという説もある。

「すみません。私もしっかりしていたら、山崎さんも怪我しなくてすんだのに」

「謝ることじゃない」

 お師匠様はポンッと私の肩に手をのせてそう言ってくれた。

「しかし、あきらめたらだめじゃ」

 えっ?

「山崎をわしらの時代に連れて行き、現代の医術で治療させる。もしかしたら治るかもしれんじゃろう」

 そ、そうなのか?

「でも、この体でタイムマシンに山崎さんを乗せるのですか?」

 大丈夫なのか?

「どうなるかわからんが、このままだ山崎が亡くなるのを待つだけって言うのは嫌じゃ」

 それは、私も嫌ですよ。

「生きる可能性が少しでもあるなら、試してみたいのじゃ。あきらめたくないのじゃ」

 お師匠様も新選組が大好きだ。

 その大好きな新選組の隊士が亡くなるのを黙って見ているのは辛いのだろう。

 その新選組の隊士を現代へ連れて帰るために、私がここにいるのだから。

「わかりました。山崎さんも現代へ連れて行きましょうっ!」

 この状態で山崎さんがいなくなっても、亡くなったものとされるだろう。

「その前にやることがあるんじゃ」

 えっ、何をやるんだ?


 あれからお師匠様が土方さんを呼んで来いと言ったから、呼んできた。

 それも人のいない寂しい場所だった。

 だって、お師匠様がそこへ連れて来いって言ったからだ。

「お前、こんな人のいねぇ所に俺を連れてきやがって、何をたくらんでる?」

「な、なにもたくらんでませんからね」

 たくらんでいるのは私じゃなくてお師匠様だ。

「おお、来たか」

 お師匠様が源さんと一緒に出てきた。

「なんだ、そいつはっ!」

 土方さんは刀に手をやっていた。

 お師匠様、せめて源さんの包帯をとっていてほしかった。

「そう短気になるな」

 お師匠様はそう言いながら源さんの包帯をとっていた。

 間もなく、包帯の中から源さんの顔が出てきた。

「歳っ!」

 包帯が全部とれると、源さんはそう言って土方さんに飛びついた。

「源さんか? 本当に源さんか?」

 そう言いながらも源さんを受け止めていた。

 それもそうだよね。

 源さんは亡くなっていることになっているし、首だってちゃんと埋めたんだから。

 私だって源さんが生きているか死んでいるのかわからなくなるぐらいだった。

「これはどういうことだ?」

 男同士の抱擁が終わった後、土方さんが私たちに聞いてきた。

 お師匠様が今まであったことを話した。

「そう言えば、お師匠様。あの首は明らかに源さんでしたが、どういうことなのですか?」

 そうなのだ。

 井上泰助さんが持ってきた首は、誰がどう見ても源さんだったのだ。

「あれか? わしが細工した」

 そうなのか?ずいぶんと器用なことを。

「もとは、そこらへんに転がっていた薩摩藩兵じゃ。そいつに井上の着物を着せて、顔を細工して転がしておいたのじゃ。誰も来ない時はわしが首を切って持って行こうと思っていたが、叔父のことを心配した井上の甥がやってきた」

 それから後のことは、私たちも知っていることだ。

「そう言う事だったのか。まさか、源さんが生きているとは思わなかった」

 土方さんも驚いていた。

「井上が土方にだけでも理由を話してから行きたいって言ったから、合わせたのじゃ」

 そうだったのか。

「それに山崎も心配じゃったからの」

「山崎の怪我はひどいのか?」

「たぶん、数日もつかもたないかじゃないかと思います」

 私はそう言った。

 ひどい怪我だった。

「そうか」

 土方さんは悲しい顔をした。

 この人は、人が亡くなったりすると悲しい顔をする。

 そのことを知っている人は少ないんじゃないかな。

 だって、他の隊士がいないところでそう言う顔をするんだもん。

「それでじゃ。山崎をわしに預からせてくれ」

「天野先生が山崎を助けてくれるのか?」

「助かるかわからん。じゃが、このままだと亡くなるだけじゃ。今できる限りのことをしたい。やらないで後悔したくないからな」

 土方さんは私たちの話を理解してくれたようだ。

「山崎をどうやって連れて行く? どこまで運べばいい?」

 とまで言ってくれたのだ。

「協力してくれるのか? ありがたい」

 と言ってお師匠様はにっこりと笑った。


「おい、天野先生はいったい何を考えてやがるんだ?」

 土方さんは、山崎さんが寝ている戸板を持ちながら私に聞いてきた。

 そんなこと、私に聞かれても知らないよ。

 源さんも、元の包帯だらけの顔に戻っていた。

 もとと違うのは、その格好で普通に歩いていたらあやしまれるだろう。

 という土方さんの言葉で、松葉つえを持って私たちの横を歩いている。

「おい、力を抜くなよっ!」

「抜いてませんよ」

 ずいぶんと重いけど、土方さんこそ、力を抜いているんじゃないか?

 源さんと土方さんで山崎さんが寝ている戸板を持つんじゃないかと思っていたのだけど、源さんは表向きに怪我をしているので、松葉つえを持って戸板を持つのはおかしい。

 という話になり、私と土方さんで山崎さんと運ぶことになった。

 周りの人には、山崎さんを静かな場所に連れて行くと言った。

 そして、お師匠様に言われた場所に何とか到着した。

「ご苦労、ご苦労」

 お師匠様は、壊れかけた長屋の前から出てきた。

 ここら辺は戦場になっていたので、あっという間に廃屋となった長屋がたくさんあった。

 人がいないことを確認した後、源さんも包帯をとって顔を出した。

「それじゃあ、天野先生と行ってくる」

 源さんが私たちにそう言った。

「気をつけて行って来てくれ」

 土方さんがそう言って手を振った。

 お師匠様と源さんが山崎さんの寝ている戸板を持ち、建物の中に消えていった。

「行ってしまったな」

 それを見届けていた土方さんがそう言った。

「行ってしまいましたね」

 なんか、寂しいなぁ。

 そう思っていると……。

「無事に終わったぞっ!」

 と、お師匠様の声が後ろからし、背中を叩かれた。

 そう言えば、藤堂さんの時もそんなことをやったよね?

「あ、天野先生っ! これは一体どういうことだっ! 源さんや山崎はどうなっているんだ? まさか、あそこの陰に投げ捨てていないだろうな?」

 土方さんがそう言いながらお師匠様にせまっていた。

 タイムマシンは、時間を操る装置だから、現代に行ってここに来る時間を設定すれば、ここで待っている人にとっては一瞬の出来事になってしまう。

 本当はきっと、現代に戻って山崎さんを病院に連れて行って治療を受けさせ、スマホを充電して帰ってきたと思うのだけど。

「ちゃんとわしらの時代に連れて行った。山崎も元気じゃ」

「お師匠様、本当ですか?」

「本当じゃ。怪我をしていたのは嘘のようになったぞ」

 そうなのか?それぐらい、現代の医術は優れていると言う事か?

「山崎も源さんも無事なんだな?」

「当たり前じゃろう」

 よかったぁ。


 それから何事もなかったかのようにみんなのいる場所へ戻った。

 お師匠様は、またどこかへ消えていた。

 あの人は本当に気ままな人だからなぁ。

 そんなことを思っていると、土方さんに声をかけられた。

「お前も帰ってよかったんだぞ。ここより、お前の時代の方が安全だろう? ここは戦場だからな」

 なんで突然そんなことを言うんだ?

「帰りませんよ。まだ私の仕事は終わってませんから」

 きっと、最後に土方さんを現代に連れて行ったら、仕事が終わるんだろうなぁ。

「俺はな、お前を危険な目にあわせたくねぇんだよ」

「大丈夫です。今までも充分に危険な目にあってきましたから」

「それもそうだな」

 土方さんはフッと笑いながらそう言った。

「でも、あぶねぇことはするなよっ! まず、一人で行動するな。俺のそばにいれば大丈夫だろう」

 そうなのか?

「わかりました。そうします」

 確かに、土方さんはずいぶんとしぶとく生きるからなぁ。

 そばにいれば安全かもしれない。

「そうしろ」

 私の言葉を聞いた土方さんがそう言った。

 そう言った時の顔がちょっと得意げだった。

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