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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応4年1月
387/506

鳥羽伏見の戦い(2) 錦の御旗

 正月の三日に伏見で薩摩兵と戦ったのだけど、薩摩の最新鋭の武器を前にして、何もできなかった。

 距離の届かない大砲を撃ち、ゲリラ戦のように相手の陣へ忍び込んで斬りこむという作戦も、失敗に終わってしまった。

 そして、淀方面に敗走した。

 

 一方、京の朝廷では会議が開かれていた。

 それは、幕府軍が京へ入ったら、とっても危険だと言う事で、その幕府軍をやっつけてもいいよと言う天皇のお許しがほしいと言うものだった。

 しかし、幕府側に近い松平春嶽は、

「この戦いは、薩摩藩と幕府の喧嘩のようなものだから、それに朝廷を巻き込むのはおかしいだろう」

 と言ったのだけど、岩倉具視が、

「この際、徳川を討伐しちゃおう」

 と言ったかどうかは分からないけど、徳川討伐に賛成したので、ほとんどの人が賛成に回り、そこで幕府軍は朝敵となることが決定した。

 その決定がされた時、私たちは伏見で戦っていたのでそんな決定がされていたことは全く知らなかった。


 その一方、幕府軍は鳥羽方面に桑名藩兵や見廻組を中心に鳥羽街道を京へ向かって歩いていた。

 将軍慶喜公が京へ行くための先陣だと言う思いが強かった。

 実際は、朝廷に

「薩摩藩をやっつけたいんだけど」

 という書状を出しに行く途中だった。

 政府軍は、薩摩藩が中心となり、幕府軍を止めるかのように鳥羽街道を南下していた。

 二つの軍が一つの街道を北上と南下していたら、必ずどこかで出会う。

 今回の場合も出会った。

 幕府軍は、薩摩藩に

「ここを通せ」

 と言ったのだけど、薩摩藩側は幕府軍を京に入れないためにいるから、

「いや、通さない」

 と言った。

 そんな通せ、通さないと言う事を一時間ぐらいやっていたらしい。

 そのやり取りにいい加減にしろっ!と思ったのかどうかはわからないけど、

「ええいっ! 強行突破してやるっ!」

 と、幕府軍は思ったらしく、京へ向かって軍を進めはじめた。

 それを知った薩摩藩は、一斉に砲撃を開始した。

 それと同じときに、私たちのいる伏見も戦が始まった。

 鳥羽街道では、薩摩藩が幕府軍の近くで砲撃したので、それに驚いて幕府軍が隊列を崩すけれど、なんとか持ち直し、幕府軍の死傷者が多く出たのにもかかわらず、なんとか戦い続け、深夜になっても戦いが収まることはなかった。

 しかし、伏見と同じように、最新鋭の武器にはかなわなかったようで、私たちと同じ深夜に淀方面へ撤退した。

  

「人数はこちらの方が多いのにな」

 淀への敗走中に土方さんがそう言った。

「こんなにあっさりと負けるとはな。やっぱり最新鋭の武器にはかなわねぇや。刀や槍で戦う時代は終わったと言う事だな」

 そう言った土方さんが悲しそうだった。

「そんなことないですよ」

 あまりに悲しそうに見えたので、そう言ってしまった。

「それなら逆に聞くが、お前の時代では刀で戦をやるのか?」

 土方さんは、私たちが未来から来たことを知っている。

 だからそんなことを聞いてくる。

 それは、刀で戦争をやるかと聞いているんだよね?

「……やりませんね」

「ほら見ろ。刀の時代は終わっているじゃねぇか」

 そう言われちゃうと何も言えないじゃないですか。

「で、でも、私のように剣道をやっている人たちはいますよ」

「それはいるだろうが」

 そ、そうだけど。

 そうあっさりと言っちゃうの?

「ところで、お前の時代は何で戦をやるんだ?」

 何を武器にしてってことだよね。

 なんだろう……。

「しいて言えばミサイルですかね」

「えっ、みさいる?」

「戦場に行かなくても、ボタン一つ押せば、ミサイルと言う武器が相手の所に飛んで行って攻撃するのですよ」

 私が説明すると、土方さんはしばらく黙っていた。

 そんなに驚くことを言ったかなぁ?

「おい、ぼたんってなんだ? 花か?」

 意味が分からないだけだったらしい。


 そして、一月四日。

 淀方面へ敗走した私たちは、再び伏見に向かって攻撃を開始した。

 幕府軍の方も、攻撃を開始したが、あっさりと負けてしまった。

 相手の銃での攻撃を見て、自分の武器を放り投げて逃げた藩兵もいたらしい。

 その幕府軍の敗走がこちらにも影響してくる。

 幕府軍の敗退はあっさりと決まり、幕府軍を相手にしていた政府軍の兵が、私たちのいる伏見へと来たのだ。

 せっかくいいところまで行っていたのに、敵が急に増えた形となり、私たちの方も負けてしまった。

 

 そして、この日はもう一つ歴史的な事件が起こった。

「東寺に錦の御旗が上がっているぞっ!」

 お師匠様があわてふためいた様子で、淀に避難していた私たちの元へ来た。

「お師匠様、ここは戦場なのですよ」

 そんなところに縦横無尽に姿を現されても困るのですよ。

「おい、その話は本当か?」

 お師匠様の話に食らいついてきたのは土方さんだった。

「本当じゃ。錦の御旗をもって歩いているやつがいての。もうすぐここにも来るじゃろう。確か、仁和寺宮嘉彰親王にんなじのみやよしあきしんのうがかかげてくるはずじゃ」

 えっ、誰がかがげて来るって?

「そこまでわかっているのか?」

 私の疑問をはさむ余地もないまま、土方さんとお師匠様の会話は続く。

「今日、東寺にあがったから、錦の御旗がここらあたりに来るのは明日じゃないかと思うぞ」

 そうなんだ。

「そんなものをみんなに見せた日には、士気が落ちるだろう。それに……」

 土方さんはそう言うと、遠い目をして荒れ果てた戦場を見た。

「俺たちが、賊軍ってことか?」

「そう言う事じゃ」

 お師匠様、そんなことをあっさりと言っていいのですか?

「ま、薩摩をはじめとする倒幕派のここがよかったんじゃろう」

 ここと言うところで、自分の頭をさしながらお師匠様が言った。

「要するに、討幕派が一枚上手じゃったと言う事だ」

 お師匠様の言葉に、土方さんは絶望したような感じで私たちを見た。

「土方さん、大丈夫ですよ。錦の御旗の一枚や二枚、どうってことないですよ」

 そう言ってなぐさめると、

「お前、錦の御旗がどう言うものか知っているか?」

 と、聞かれてしまった。

「し、知ってますよ」

 し、失礼なっ!

「知っているのに、よくそんなことが言えるよなぁ」

 え、言ったらいけなかったのか?

 気になったので、後で調べてみた。

 錦の御旗と言うのは、簡単に言うと朝廷の旗だ。

 各藩に印を書いた旗があるのと同じようなもので、朝廷や皇族の旗だ。

 ただ違うのは、朝廷が朝敵を倒すために旗を大将に渡す。

 朝敵と言うのは、賊軍と言う事で、簡単に言うと悪になる。

 この時代の場合、政府軍に錦の御旗が渡されたと言う事は、政治軍が善で、私たち幕府軍が悪となるのだ。

 土方さんは、自分たちが一生懸命守っていた幕府が悪となってしまったことがショックだったのだろう。

「俺たちの戦いは何だったんだろうな」

 土方さんはそう言うと、一人で戦場にたたずんでいた。


「お師匠様、錦の御旗をみんなが見る前に何とかできないですかね」

 ここにいるみんなが見る前になんとかなれば、士気も下がらないし、私たちも朝敵、すなわち悪と言うものにならない。

「もう出ちゃっているからなぁ」

 それはわかっていますっ! 

 でも、東寺にかかげてあるだけで、まだここまでは見えていない。

 テレビがあれば、かかげただけでもニュースになって広がるけど、この時代はテレビがないから、みんなが知るまで時間がある。

「わしも、色々やってみたんじゃ」

 そ、そうなのか?

「かがげてある錦の御旗を盗もうと思って忍び込んだんじゃが、守りが頑丈でだめだった」

 それはそうだよね。

 大事な旗だもん。

「それならいっそ燃やそうとも思ったのじゃ」

 ず、ずいぶんと過激なことを……。

「でも、よく考えたら、燃やしてなくしてもきっと予備があるじゃろう」

 うん、予備があるかもしれない。

「なかったとしても、すぐに新しいものを作るじゃろう」

 確かにそうだよね。

「じゃから、あきらめた。もう、何もできん」

 いや、ちょっと待て。

「お師匠様は、確か岩倉具視と知り合いですよね?」

 だって、前に岩倉具視の屋敷に行ったら、

「天野先生」

 って、門を守っていた人たちに言われていたもん。

「おう、知り合いじゃ。薩摩にも何人かいるぞ」

 そ、そうなのか?

「それなら、錦の御旗が作られる前に何とかできなかったのですか?」

「なんとかってなんじゃ」

「例えば、裏に手をまわして、幕府が朝敵となることを阻止することだってできたんじゃないですか?」

 薩摩に知り合いもいるのなら、なおさらそれが出来るだろう。

「例えば、金をにぎらせて寝返らせるとか……」

 しばらくの沈黙の後、お師匠様は私を指さして一言。

「それなっ!」

 と言った。

 ……それなって……。

 今まで気がつかなかったのか?

 思わず脱力してしまった。

「おい、蒼良そら、座り込んどる場合じゃないぞ」

 いや、お師匠様のせいで力が抜けてしまったのですよ。

 と言う事で、あっさりと幕府は賊軍となってしまった。


 一月五日。

 昼過ぎぐらいに錦の御旗を先頭にした政府軍が現れた。

「な、なんだありゃっ!」

 その旗を見た永倉さんがそう言った。

「あの紋は朝廷の……」

 原田さんもそう言って絶句してしまった。

「朝廷の旗を何であいつらが持っているんだ?」

 永倉さんが政府軍を指さして言った。

「そんなこと、俺だってわからん」

 原田さんは永倉さんに言われて困ったような顔をしていた。

「ただ言えることは、俺たちが賊軍になったと言う事だ」

 そう言った原田さんもなんか悲しそうだった。

「幕府のために戦っていた俺たちだぞ。幕府って言えば、将軍様がいて一番偉かったじゃないかっ! それなのに、賊軍だと?」

 永倉さんはまだ信じられないような感じだった。

 そうだよね。

 いいことをしていたと思っていたら、突然、

「あんたたちのしていることは、むしろ悪いことだからね」

 と言われたのと同じだ。

 それより重いかも。

 自分の中にあった正義を全部否定されたような、そんな感じだろう。

「くそっ!」

 永倉さんは悔しかったようで、そう言って地面を蹴った。

 賊軍、官軍って言うけど、この時代、勝てば官軍って言われていた時代だからね。

 そうだ、勝てば官軍なのだ。

「勝てばいいのですよ」

 いつの間にか私は口に出していた。

 驚いた永倉さんと原田さんが私を見た。

「そう、勝てばいいのですよ。勝てば官軍なんですよ。負ければ賊軍。賊軍になりたくなければ、勝てばいいのですよ」

 負けるってわかっている。

 わかっているけど、このまま負けるの悔しいじゃないかっ!

 そもそも、薩摩をはじめとする政府軍だって、悪いところがあったじゃないか。

 江戸に浪士を放って暴れさせて江戸の治安を壊したりしたじゃないか。

 自分たちの政治が出来ないからって、それだけの理由で朝廷に働きかけたりして、卑怯じゃないか。

 そもそも、最初は私たちと一緒に長州を朝敵にしたんだからね。

 それが今度はこれかいっ!

 一人で勝手に怒っていると、ポンッと頭に手がのっかった。

 見上げると土方さんがいた。

「お前、たまにはいいことを言うじゃねぇか」

 たまにはって……。

「そうだよ。勝てば賊軍にならねぇんだよ。俺たちが戦に勝てば、官軍になるんだよ」

 昨日の落ち込みはどこに行ったんだ?と聞きたくなるぐらい、目に闘志がみなぎっていた。

「いいか、この戦に勝たねぇと、俺たちは賊軍になる。賊軍になりたくなければ戦に勝つだけだ。負けられねぇぞっ! わかったかっ!」

 土方さんは、錦の御旗を見て落ち込んでいた隊士たちにそう言って回った。

 さっきまで士気が落ちていたのに、少しずつあがってきているような気がした。

 いや、少しずつだけど、上がってきている。

 この戦、歴史では幕府軍が負けることになっている。

 でも、ただで負けたくない。

 負けたくないっ!

「負けない」

 一人でそうつぶやいて自分にかつを入れた。

 これからまた戦が始まる。

 でも、ただでは負けないぞっ!


 ところで、お師匠様の姿がまた見えなくなっていた。

 これからまた戦が始まって危ないって言うのに、大丈夫なんだろうか?

 お師匠様のことだから、きっとうまくやっているかな?


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