雪だるま
チラッと外を見た。
くもっている。
こんな日の巡察は憂鬱だなぁ。
だって、寒いし、くもっているから。
寒くても晴れていればお日さまの暖かい日ざしで何とか乗り切れるんだけど、くもっていると、日ざしなんてないもんね。
はぁ。
「なにがはぁっだっ!」
土方さんは朝から何を怒っているんだ?
「火鉢をかかえこむなっ! 俺だって寒いんだ。よこせ」
私が火鉢をかかえこんでいたから怒っているらしい。
火鉢ぐらいで怒るなんて、心が狭いぞっ!
「土方さん、私が火鉢をかかえこんでも死ぬわけじゃないのですから、いいじゃないですか」
「何言ってんだっ! 俺だって火鉢にあたりてぇんだ」
仕方ない、半分あたらしてやろう。
私は火鉢をおろした。
すると、土方さんも火鉢に近づいてきた。
「お前、そろそろ巡察の時間じゃねぇのか?」
そうなのか?
火鉢との別れが惜しい。
「巡察って、行かないとだめなんですかね?」
「お前、何言ってんだ?」
「だって、大政奉還をしたじゃないですか。幕府もなくなったじゃないですか。だから、巡察だってなくなってもいいと思うのですよね」
そうなんだよね。
私たちは幕臣だから、幕府が無くなったら幕臣だって存在の意味がなくなるのでは?
新選組がなくなるのはすごく嫌だけど、寒い日と暑い日の巡察がなくなるのは大歓迎だ。
「そうだな。その通りだな」
土方さんは怒るかと思っていた。
同調するなんて、何かあったのか?
あっ!熱でも出たのか?
土方さんのおでこに手をあててみた。
あれ?平熱だな。
「なんだ?」
突然、自分のおでこに手がのったので、驚いたのだろう。
「いや、熱でもあるんじゃないかと思って」
だって、怒らないんだもん。
「お前の言う通りだなと思っただけだが」
本当にそうなのか?
「だから、幕府もなくなったから、給金もいらねぇなと考えてたんだ」
えっ、そうなるのか?
「今まで会津藩やら幕府やら色々な所から報償金やら出ていたが、それもいらねぇと言う事だな。幕府がなくなりゃ、会津藩だってなくなるだろう?」
そ、そうなるけど……いや、それと給金の話は違うだろう。
「ちなみに、お前みたいなことを言ったやつはいねぇから、給金の件は、お前だけでいいか」
えっ、私だけ給金がないのか?
「それって、ひどくないですか?」
「幕府がねぇんだろ? 給金も出ねぇだろうが」
そ、そうなるのね。
私がそんなことを言っても怒らないわけだよね。
「すみません、私が悪うございました」
頭を下げて降参の意思を伝えた。
「わかったら、とっとと巡察に行って来いっ!」
わ、わかりました。
あ、でも、その前に。
再び火鉢をかかえこむ私。
「なんだ?」
「少しだけ火鉢にあたらしてください。あたったらちゃんと行きますから」
少しだけ、ねっ。
「なにやってんだっ! とっとと行って来いっ!」
わ、わかりましたぁっ!
「寒い……」
寒いと自然と姿勢も前のめりになる。
そして、自然と手も袖の中に隠れる。
そんな私の姿を見て笑っている山崎さん。
今日は山崎さんと巡察だ。
「蒼良さん、寒いのはわかりますが、副長がその姿を見たら怒りますよ」
確かに、土方さんが見たら怒るよね。
「でも、土方さんは今頃、火鉢を独り占めしているからこの姿を見ることはないですよ」
そう、土方さんはきっと屯所でお仕事中だ。
「確か、副長は会津藩邸に行くとか言っていたような気がします」
そ、そうなのか?
周りを見回すと、ここって会津藩邸の近くじゃないかっ!
あわてて袖から手を出して背筋を伸ばす。
寒いけど、土方さんに怒られるよりいいや。
そんな私の姿を見てクスクスと笑う山崎さん。
そんなに面白いか?
「蒼良さん、すみません。嘘です」
えっ?
「副長は屯所で仕事しています」
えっ、そうなのか?
「会津藩云々は?」
「嘘です」
ニッコリと笑顔で山崎さんがそう言うので、なぜか怒れず、力が抜けてしまった。
すると、白いものがチラッと見えた。
ん?雪か?
顔をあげると、空からチラチラと白いものが舞い降りてきていた。
「雪だぁっ!」
わーい、雪だぁっ!
今年も雪が降ったぞぉっ!
って、私たちが江戸から京に帰って来た時も降っていたよなぁ。
「蒼良さん、雪が降ったらさらに寒くなりますよ」
「雪は、特別です」
そう、雪の日は特別。
寒いけど、寒さとか感じたことはない。
不思議だなぁ。
それより……。
「これ、積もりますかね?」
「積もってほしいのですか?」
どうせ降るなら積もってほしい。
そしたら雪だるまつくったり、雪合戦したりして遊べるじゃないかっ!
「みんなは積もるのを嫌がっていますが」
そ、そうなのか?
「山崎さんもですか?」
「できれば。巡察が大変ですからね」
そうなんだよね。
雪で道がぐしょぐしょになると、足がぬれて冷たくなるんだよね。
それでも、積もってほしいなぁなんて思ってしまう私。
「山崎さんは雪が嫌いなのですか?」
「あまり好きではないですね」
「それなら、積もったら一緒に雪だるまつくりませんか?」
きっと、雪と戯れたら好きになる!かもしれない。
断られちゃうかなぁと思ったけど、
「いいですよ。楽しみにしています」
と、笑顔で山崎さんは言った。
「積もるといいですね」
山崎さん、さっきと別なことを言っている。
おかしくなってしまい、クスクスと笑うと、山崎さんも笑っていた。
「さっきから雨戸を開けたり閉めたり、寒いだろうが」
雪は夜になっても降り続いていた。
どれぐらい積もったかがとても気になり、さっきから雨戸を開けたり閉めたりしていたら、土方さんに怒られた。
「雪がどれぐらい積もったか気になるじゃないですか」
「そんなもん気にするのはお前だけだ」
そ、そうなのか?
「要するにガキだな」
そ、そう来るかっ!
「じゃあ、雪に興味がない土方さんはおじいさんですね」
「なんだとっ!」
私がガキなら、土方さんはジジィだぞ、どうだっ!
あっ!そう言えばっ!
「土方さん、雪は冬の季語ですよね」
「う、うるせぇっ!」
俳句の話をすると、機嫌が悪くなる土方さん。
豊玉発句集なる俳句集を作ったらしいけど、見せてもくれない。
何のために作ったんだ?と聞きたくなる。
「明日、雪が積もっていたら、雪の俳句を作ったらどうですか?」
「お前みたいに暇じゃあねぇんだよ」
私も暇じゃないんだけど。
雪が積もったら、やりたいことがたくさんあるんだもん。
朝、一番に雨戸を開けた。
「積もっているっ!」
しかも、かなり積もっているぞっ!
これなら雪だるまが作れそうだ。
「お前が一番に雨戸を開ける日は、雪の日だけだな」
土方さんにそう言われてしまった。
そ、そうなのか?
そう言えば、いつも雪が降ると沖田さんも顔を出してくる。
だから外で雪をさわりながら待っていたのだけど、沖田さんが出てくることはなかった。
労咳がひどくなっているのかな?
気になって沖田さんの部屋に行ってみた。
「沖田さん、入ります」
そう言って襖を開けた。
沖田さんは寝ていた。
顔色がますます悪くなっているのは気のせいか?
「あ、蒼良」
あ、起きた。
って言うか、私が起こしたのか?
「すみません、起こしてしまって」
「いや、いいよ。ちょうど起きようとしていたところだから」
いや、寝ていたじゃないか。
「で、何か用があるの?」
雪が積もっているので外に出ませんか?
なんて言おうとしたけど、やめた。
今の沖田さんを外に出せない。
労咳が悪化しそうだ。
「いや、元気かなぁと思って、様子を見に来たのです」
「まだ生きているか見に来たんでしょ」
「そんなことないですよ」
「冗談だよ」
ずいぶんと悪い冗談だな。
沖田さんは起き上がろうとした。
けど、起き上がった時に咳き込んだ。
「大丈夫ですか?」
沖田さんの背中をさする私。
その時に、沖田さんの口にあてた手拭いからチラッと赤いものが見えた。
血だ。
血の量が前と比べると増えているような気がする。
「もう大丈夫だよ」
咳がおさまると、背中をさすっていた私にそう言った。
「外は、雪が積もっているらしいね」
「外を見たのですか?」
こんなに寒いのに、障子をあけて外を見たのか?
「いや、障子の光がいつもより明るいから、雪が積もっているんだなぁと思ったんだけど」
なんだ、障子でわかったのか。
でも、障子でわかると言う事は、毎日障子を見ているってことで、逆に言うと、障子で天気がわかっちゃうぐらい、障子しか見ていないと言う事になる。
「積もっています」
私が言うと、
「あ、そう。いつも蒼良と雪で遊んだけど、今回はちょっと無理そうだな」
まぶしい障子の方を見て沖田さんが言った。
「雪だるま、見たかったなぁ」
見たかったなぁじゃないっ!
「見れますよ。いや、私が見せますっ! 待っていてください」
沖田さんの部屋の前に雪だるまを作ったら、沖田さんだって見ることが出来るだろう。
よし、作るぞ、雪だるまっ!
屯所の玄関に行くと、山崎さんが笑顔で待っていた。
「昨日の約束、覚えていますか?」
山崎さんが笑顔でそう言った。
もちろん、覚えている。
雪だるまを一緒に作る約束をしていたのだ。
「山崎さん、一緒に作りましょうっ!」
と言う事で、山崎さんと一緒に沖田さんの部屋の前に雪だるまを作ることになった。
私は雪をコロコロと転がして大玉を作っていた。
「蒼良さんは雪ころがしをしているのですか?」
えっ、雪ころがし?
山崎さんに詳しく聞いてみると、この時代、雪を転がして大きくしていくこの作業は、雪ころがしと言う遊びになっているらしい。
遊びという点は変わらないんだけど。
「雪ころがしして、大きな玉になったら、どうするのですか?」
もしかして、そのままとか?
「何かするのですか?」
逆に聞かれてしまった。
やっぱりそのままらしい。
山崎さんは雪玉を作らず、ひたすら雪を集めていた。
何を作るんだろう?
「山崎さん、何を作っているのですか?」
「雪だるまですよ」
山崎さんは雪を集めながらそう言った。
相当な労力を使っているらしく、汗をかいていた。
「蒼良さんこそ、雪玉を丸めて何を作るのですか?」
「雪だるまですが……」
二人とも、作る過程は違うけど、同じものを作っているらしい。
私の方は、雪玉が大きくて持ち上がらなかったので、雪玉の上に雪玉をのせるときに山崎さんに手伝ってもらった。
「面白い雪だるまですね」
山崎さんが楽しそうに言った。
そ、そうかな?普通に雪だるまだと思うけど。
せっかくだから、雪玉を三段つんで三段雪だるまにしようかな?
「おっ、なに作ってんだ?」
永倉さんと原田さんがやってきた。
「雪だるまを作っているのです」
私がそう言うと、
「よし、俺も作るぞ、雪だるま。左之、手伝え」
「何言ってんだ、新八。俺は俺で作るぞ」
そう言いながら原田さんも雪を集め始めた。
「蒼良の雪だるま、変だな。なんだ?」
永倉さんが私の雪だるまを見てそう言った。
「雪だるまですよ」
雪玉が三つのって、真ん中に手を付けて、一番上に目と鼻と口をつけた普通の雪だるまだ。
どこかおかしいんだ?
そう思って山崎さんの雪だるまを見ると、本当に雪だるまだった。
と言うのも、よくだるまを見かけると思うのだけど、あれを雪で作りましたという感じだ。
この時代の雪だるまは、こういう雪だるまだったと言う事を思い出した。
しかも、子供が作るものじゃなく、朝起きてきた子供を驚かすために大人が作っていたらしい。
「山崎のが正当な雪だるまだな。でも、蒼良のも面白いぞ」
原田さんが雪だるまをながめながら言った。
「原田さんのは猫になってますね」
「同じものを作ってもつまらんだろう。だから、少し変えてみた」
そう言いながら、得意げに原田さんは笑っていた。
そりゃあ得意げにもなる。
だって、ちゃんと足もあるし、縄のような首輪もつけている。
足と足の間は人が入れるぐらい開いているし。
もうこれは芸術でしょう。
「左之にこういう才能があったとは」
永倉さんも驚いていた。
「永倉さんのは?」
みんなで探したのだけど、見つからない。
どこに作ったんだ?
「左之の作った猫の足元にあるだろう」
永倉さんがそう言ったので、みんなで猫の足元を見た。
あ、あった。
「ちっちぇな」
原田さんがそう一言言った。
原田さんの猫と比べるとかなり小さい。
「わかりませんでした」
困ったような笑顔で言う山崎さんは、猫の足元にかがんで永倉さんが作ったものを見ていた。
「あ、でも、永倉さんらしくなくて、かわいいと思いますよ。こ、これもこれでいいかも」
私は私で、一生懸命フォローをしたけど、
「そんななぐさめはいらん」
と、永倉さんに言われてしまった。
「新八の雪うさぎもなかなかいいぞ。ただ、俺の猫にくわれそうだがな」
原田さんが猫の足元を見てそう言った。
そうなのだ。
永倉さんが作ったのは、小さい雪うさぎだった。
と言うのも、一生懸命雪を集めて大きなものを作っていたのだけど、形を整えるために雪を少しかきだしたところ、ちゃんと固めていなかったようで、ズルズルとなだれのように雪が崩れたらしい。
「だから、雪うさぎになった。文句あるか?」
胸を張ってそう言う永倉さん。
「いや、いいと思いますが……」
山崎さんが困ったような笑顔でそう言った。
「そうだろう? 赤い実を探すのに苦労したのだ」
よく見ると、うさぎの目はちゃんと赤い実が入っていた。
「かわいいっ!」
私がそう言うと、
「そうだろう? 俺が作ったようには見えんだろう?」
永倉さんのその言葉に、みんなでうなずいたのだった。
「そう言えば、ここって総司の部屋の前だよな」
あ、原田さん、気がつきましたか?
「あいつ、起きてるかな? おい、総司」
永倉さんが沖田さんの部屋の障子をあけた。
あ、永倉さん、そんなことをしたら寒いだろう。
そう思いつつ、永倉さんの後ろからのぞくと、沖田さんは起き上がろうとしているところだった。
「あ、寒いので」
私は沖田さんの部屋に縁側からあがり、起き上がった沖田さんに布団をかぶせた。
「起きてたか? って言うか、起こしたか?」
原田さんが心配そうな顔で沖田さんの方を見て言った。
「にぎやかだったからね」
沖田さんは外を見てそう言った。
「すみません」
私が沖田さんの横で謝ると、
「別にいいよ」
と言って沖田さんは外を見た。
「ここからでもよく見えるよ。雪だるま」
私の所からもよく見えます。
「僕のために作ってくれたんでしょ。ありがとう」
チラッと私の方を振り向いて、沖田さんはそう言った。
「誰のが一番うまい?」
永倉さんが外から沖田さんに聞いてきた。
「難しいなぁ」
沖田さんが笑顔で雪だるまをながめながらそう言った。
「あ、でも、新八さんのはないな」
「何言ってんだっ! ここにあるだろう、ここっ!」
一生懸命、原田さんの作った猫の足あたりをさしているんだけど、すみません、私も見えません。
「見えないよ」
クスクスと笑いながら沖田さんは言った。
「総司、元気そうでよかった」
縁側に腰掛けながら原田さんが言った。
「この病気は、療養が一番いい薬なので、療養すれば治りますよ」
山崎さんも縁側に近づいてそう言った。
「総司が戻ってくるまで、一番隊は俺と蒼良が面倒見ているから、心配するな。でも、早く戻って来いよ」
永倉さんは自分の雪うさぎを沖田さんの部屋の近くまで持ってきた。
「これなら見えるだろう?」
「ああ、確かに見えるね。でも、すぐにとけてなくなりそうだね」
「うるさい。雪はとけるもんだ」
そう言いながら永倉さんは、お盆の上にあった湯呑をどかして、雪うさぎを置いた。
「みんな、ありがとう。ちょっと疲れたから横になってもいいかな?」
沖田さんがそう言うと、それが合図だったかのように一言ずつ声をかけてから、沖田さんの部屋の障子を閉めた。
私は、沖田さんを布団の上に寝かせ、起きた時にかぶせた布団を上にかけた。
「早く元気にならないとなぁ」
そう言って沖田さんは寝てしまった。
沖田さんが喜んでくれてよかったなぁ。
雪だるまたちはいつまで残っていてくれるかなぁ。
いつもより少し明るい障子を見ながらそう思ったのだった。




