沖田さんと朝顔
今日は、私の朝顔が五輪と沖田さんの朝顔が三輪だ。
今が朝顔が旬の時期なのか、毎日たくさん花を咲かす。
でも、沖田さんはあまり世話をしないので、朝顔の数が少ない。
自分の朝顔の水やりついでに沖田さんのもあげている。
それでも、同じ数だけ咲かないと言う事は、沖田さんの愛情が足りないからだろう。
植物だって、愛情があれば大きく育つのだ。
「なんで水やりもしないんだろう。朝顔競争に負けたらどうするんだろう?」
御陵衛士になって新選組を出た藤堂さんと一緒に、先月祇園祭で朝顔を買った。
そこから、誰が一番たくさん朝顔をさかせることが出来るか競争することになった。
それなのに、沖田さんは世話しないんだもんなぁ。
そんなことをブツブツ言いながら水をあげていると、
「負けても何もないよ。だって、何も決めてないじゃん」
と、後ろから沖田さんの声が聞こえてきたから驚いた。
「沖田さん、なんでいるのですかっ!」
驚いたじゃないかっ!
「えっ、いたら悪い?」
そ、そんなことは言っていない。
「悪くないですよ。突然、後ろから声が聞こえてきたから驚いたのですよ」
「そうだよね。だって、気配をころしていたからね」
わ、わざとだったのか?
「なんでわざわざそんなことをするのですかっ!」
「蒼良を驚かすと楽しいだろうなぁと思ったからね」
そんなこと、思わなくてもいいっ!
「で、僕の朝顔がどうかしたの?」
どうかしたのもこうもないわっ!
「沖田さん、朝顔を放置しすぎですよ。朝顔だって、愛情を与えて育てればたくさん花をつけるのですよ」
多分……。
「へぇ、そうなんだ」
「だから、たまには愛情と一緒に水もあげたほうがいいと思いますよ」
「そうだね、僕の朝顔はあまり咲かないみたいだからね」
ようやくわかったか。
「肥料もあげないとね」
そう言って、はかまを少しずらした。
この体制は、厠で横目で見る感じに似ているのですが……。
「沖田さん、何をやろうとしていますか?」
「肥料と水だよ」
肥料と水?
この時代、朝顔にいい肥料なんてあるのか?
「どういう肥料をあげるのですか?」
「蒼良、ずうっと見ているの? すけべえだなぁ」
何がスケベだ?
「僕は用を足そうと思っているんだけど。だから、あまり見ないでよ」
用を足そうって……。
「厠は向こうですよ」
屯所が広くなったから、厠もあっちこっちにある。
ここから近い厠はあっちだ。
「厠じゃなくて、ここで用を足すんだよ」
ここでって、もしかして朝顔の上か?
「な、何考えてるんですかっ!」
「何って、朝顔に肥料をあげるんだよ」
「そんなもの、肥料にもなりませんよ。やめてください。ちゃんと用は厠ですましてくださいっ! それにこの朝顔には、もう私がお水をあげましたからねっ!」
「なんだ、そうだったんだ。仕方ないなぁ」
沖田さんはずらした袴を元に戻した。
「せっかく肥料をあげようと思ったのになぁ」
そんな肥料、朝顔の方がお断りしてくるわっ!
さてと……。
「沖田さんが三輪で、私が五輪」
早速、藤堂さんに知らせに行こう。
藤堂さんは、伊東さんから新選組との接触を避けるように言われているので、頻繁に会う事は出来ない。
だから、塀の上に石を置いて数を教えている。
いつのは巡察のついでにやっているのだけど、今日はお休みだから、散歩がてら行ってこようかな。
昼間になると暑くなるから、涼しい朝のうちに。
私が移動しようとすると、沖田さんが私の袖を引っ張ってきた。
「どこにいくの?」
「藤堂さんの所ですよ」
「高台寺かぁ。僕も行こうかな?」
「沖田さんは安静ですよ」
沖田さんは労咳になっている。
最近、暑い日が続いているせいか、顔色も悪く元気がなさそうだ。
「安静なんだけど、良順先生の所にもいかないといけないんだよね」
そうなんだ。
「だから、蒼良が平助の所に行くついでに良順先生の所に行くよ」
普通、反対じゃないか?
良順先生の診察の方が大事じゃないかっ!
なんでついでになっているんだ?
「だから、蒼良も一緒に行こう」
沖田さんの体の状態が気になる。
良順先生の所に一緒に行ったら、沖田さんがどういう状態かわかるだろう。
「わかりました。一緒に行きます」
「平助の所が先ね」
「良順先生の方が先でしょう」
「いいから、いいから」
そうやってごまかされ、藤堂さんの所を先に行くことになった。
「ずいぶんと面倒なことをやっているね。いつもそうやっているの?」
そうですよ。
沖田さんが何もやらないから……って、沖田さんは安静なんだよね。
それにしても、いつも塀に石をのせるのに苦労をするのよね。
この塀、高いんだもん。
一生懸命背伸びをして、何とか一つ石を置いた。
「石を置けばいいの?」
そう言って、沖田さんは背伸びもしないで、石を塀の上に置いた。
沖田さん、背が高いからなぁ。
「これぐらいなら、僕にもできるよ」
そう言いながら、次から次へと石を置いていく。
あれ?
「沖田さん、置きすぎですよ」
今日は八個でいいんだ。
三個と五個、すきまを空けておく。
「そうなの?」
「朝顔の開花した数なので」
「そうなんだ。じゃあ、僕が五個で、蒼良が三個」
ちょっと待て、そりゃ逆だろう。
「違いますよ」
「冗談だよ、冗談。そんな本気にならなくてもいいじゃん。競争に勝っても何もないんだから」
そうなんだよね。
景品かなんかあれば、きっと沖田さんもやる気になってくれるのかな?
「沖田さんなら、競争で勝ったら、何をしたいですか?」
「とりあえず、負けたら切腹とか?」
ち、ちょっと待った。
それは重すぎないか?って言うか……。
「それなら、沖田さんが切腹になりますよ」
このままいけばだけど。
「あ、そうか。それはいけないよなぁ」
普通、負けたぐらいで切腹とかありえないだろう。
「負けた人が勝った人に接待をするって言うのはどう?」
あ、それならいいかもしれない。
「真ん中の人は何もないけど、それもいいですね」
「じゃあ、そうしよう。蒼良、覚悟しておいてね」
それはこっちのセリフだぁ。
沖田さんの朝顔、愛情込めて世話してないから、沖田さんが接待するのは確実ですからね。
「蒼良、油断しているでしょう? 僕は負けないからね」
そう言いながら、沖田さんは石を多く置いた。
「あの……。ここで卑怯なことはやめましょう」
背伸びをして石を落とす。
「あ、ばれた?」
ばれるだろうがっ!
「冗談じゃなくて、僕は蒼良に負けないからね。蒼良、接待の準備してね」
「こちらこそ、同じ言葉をお返ししますよ」
ところで、藤堂さんの朝顔は何輪咲いているのだろうか?
同じことを思ったのか、沖田さんが背伸びをして塀の上から顔を出した。
いいなぁ、背が高くって。
「沖田さん、藤堂さんは何輪咲いていましたか?」
「平助の? たくさんありすぎてわからないよ」
えっ、数え切れないぐらい咲かせているのか?
そう思っていると、沖田さんが塀から離れ、私のおなかに手をまわし、私を持ち上げてくれた。
「これで見える?」
塀から顔が出た私は中の様子が見えた。
確かに、数え切れないぐらい咲いている。
鉢植えじゃなく、地面からたくさんつるが伸びていて、縁側に日陰を作っている。
でも、私たちが競争で買ったのは鉢植えだから、あの朝顔は元から植えてあったものなんだろう。
「あの朝顔じゃないと思いますよ」
「なんだ、残念」
そう言いながら、沖田さんは私を地面におろしてくれた。
残念って……。
ここはホッとするところじゃないのか?
「平助も本気なら、こっちも本気で相手をしてやろうと思ったのになぁ。つまらないなぁ」
そ、そうなのか?
「ここの用は終わったでしょ? あまりここにいても伊東さんに見つかっちゃうだけだし、それは避けたいでしょ?」
確かに。
伊東さんと鉢合わせだけは避けたい。
「それなら、行きましょうか」
「そうだね。今度は僕の用事だよ」
と言う事で、良順先生の所へ行ったのだった。
「食べてないだろう?」
沖田さんを診察した良順先生は最初にそう言った。
「あ、ばれちゃった」
食べていなかったのか?
「最近、暑くて食欲がないんだよね」
そうだったのか?
「それが一番よくない。栄養のあるものを食べないとだめだ。この病気には、それが一番いいことはわかっているだろう? 嫌でも食べなければだめだ」
「そうですよ、沖田さん。暑くても食べれそうなものを食べないと。あ、プリンなんてどうですか?」
卵を使っているし、この時代の食べ物の中でも栄養はあると思うのだけど。
「僕は土方さんじゃないんだからね」
うん、確かにそうだよね。
「とにかく、私が意地でも食べさせますので」
沖田さんの病気が少しでも良くなるというのなら、何でもやるぞ。
「そうむきにならなくてもいい。いやいや食べさせても栄養にならんからな」
そ、そうなのか?
「そのうち、ウナギでも食べに行こう」
良順先生は、診察の道具をしまいながらそう言った。
「で、僕の病気はどうなっているの? 進んでいるの?」
沖田さんは珍しくそう聞いていた。
普段なら、自分のことなのに他人事のように診察されていたのに。
どうしたんだろう?
「進んでいる」
良順先生はそう一言言った。
す、進んでいるのか?
「やっぱりねぇ」
お、沖田さんも、自分の病気が進んでいることが分かったのか?
「この前、咳が止まらないと思ったら、痰が出たんだよ。血の混じった痰がね」
け、血痰ってやつか?
「そ、そんなに進んでいるのですか?」
血を吐くぐらい進んでいるのか?
「それはまだ序の口だ」
良順先生はそう言った。
「最後には血を大量に吐く」
そう、良順先生の言う通りなのだ。
沖田さんは肺が結核菌に感染しているので、血痰が出た。
それが最後に腸に感染し、血を吐くようになる。
そうなると、栄養も補給できないので、やせ細っていく。
そしてやがて亡くなる。
心配になって沖田さんを見ると、目があった。
「大丈夫だよ、蒼良」
沖田さんになぐさめられてしまった。
なぐさめないといけないのに、なぐさめられてどうすんだ?
屯所に帰ってきてから、朝顔の鉢が目に入った。
もう昼なので、朝顔もしぼみ始めている。
「朝顔って、いつか枯れるよね」
朝顔は一年草なので、秋には枯れてしまう。
「はい」
それは沖田さんも分かっていると思うのだけど。
「僕、花が枯れるのとかって、見たくないなぁ」
そう言いながら沖田さんは朝顔を見た。
「自分を見ているような感じになるよ」
ぼそっと一言そう言って、沖田さんは部屋のある方向へ歩いて行った。
そうだったんだ。
枯れるのが見たくないから、世話もしなかったんだ。
私は沖田さんを追いかけた。
「沖田さんっ!」
後ろ姿を見つけたので、近づいて沖田さんの袖をひいた。
「朝顔は枯れてしまいますが、種をつけますから、また来年の春に種をまいたら咲きますよ。だから、大丈夫です」
私がそう言うと、沖田さんはニコッと笑顔で
「ありがとう」
と言った。
「それじゃあ、また来年に種をまこう。そしたらまた朝顔が見れるね」
「その時も競争やりますよ」
「わかっているよ。そして、蒼良が僕を接待するんだよね」
えっ、まだそこまでわからないと思うのだけど、そうなるのか?




