武田さん斬られる
「武田の動きが最近あやしいんだが」
土方さんが突然そんなことを言いだした。
「武田さんって、うちの隊士の武田さんですか?」
私が言ったら、信じられないという顔をされた。
「お前、本気でそう言っているのか?」
え、冗談だと思っているのか?
「冗談では言ってませんよ」
「お前……」
な、何か悪いことを言ったか?
「武田って言ったら、五番隊組長だっただろう」
五番隊組長ねぇ……。
いまいちピンとこないんだけど。
「坊主頭で、自分より下の隊士には威張り散らしているが、近藤さんには気に入られようとして媚びを売っていた奴だ。そのおかげか、近藤さんは一応気に入っていたらしいがな」
近藤さんは、伊東さんだって気に入っていたぞ。
「うーん、思い出せないです」
「お前を襲ったやつだっ! 男色で、襲われかけたことあるだろう」
ああっ!
「思い出しました」
そう、武田さんは男性が好きらしく、男装した私は武田さんに男として惚れられてしまい、襲われかけたことがあったのだ。
その時は原田さんに助けられた。
「それを忘れていたら、どうしようかと思ったぞ」
それは忘れられないでしょう。
「覚えてますよ。忘れるわけないじゃないですか。で、その武田さんがどうかしたのですか?」
「だいぶ前に隊を抜けたんだが」
抜けたのかっ!
「最近見かけないなぁとは思っていたのですが、抜けていたのですね」
「知らなかったのか?」
知りませんでした。
と言うより、興味がないので。
「なんで隊を抜けたのですか? もしかして逃げたとか?」
「逃げはしねぇよ。それらしい理由を述べてきたから、隊を抜けることを許したんだ。理由なく抜けたら切腹だ」
そんな規則があったよなぁ。
「武田は甲州流軍学を学んでいたから、軍師として重宝に使っていたんだが……」
ち、ちょっと待って。
「甲州流軍学って何ですか?」
「お前、知らんのかっ?」
し、知りませんよ。
後で調べたら、甲斐の武田氏の戦術を理想に掲げて江戸時代で出来上がった軍学の一種らしい。
だから、戦の時とか役に立つとして、武田さんを重宝に使っていたのだろう。
「幕府が兵の訓練を様式化したから、うちの隊も様式化にしたら、武田の居場所がなくなったんだろう」
そうなのか?
確かに、自分は頭が良くてなんて威張り散らしていた時期もあったよなぁ。
自分より下の隊士には威張ったりいじめたりしていたけど、上の隊士にはぺこぺこと頭を下げていた。
だから、隊の中でもあまり好かれてはいない。
「武田さんも、素直に様式化を勉強していれば居場所がなくなるなんてなかったのに」
「お前はどっちの味方だ? 俺はお前が武田を嫌っているとばかり思っていたぞ」
いや、嫌ってますよ。
嫌いですから、武田さん。
「で、その武田さんがどうかしたのですか?」
「そうだ、その話だ。お前と話をすると、話が横道にそれるから困る」
そ、そうなのか?
「その武田だが、御陵衛士の伊東さんや薩摩藩と接触しているらしい」
全部新選組の敵じゃないか。
「なんでまた」
新選組に恨みでもあるのか?
「それがわからねぇから、どうしたもんか困ってるんだろう」
そうなんだ。
「ほっとけばいいと思いますよ」
確か、武田さんは斬られると思ったんだけど。
「ほっとけって、新選組の情報が薩摩や御陵衛士に流れるかもしれねぇんだぞ。ほっといて新選組が危機にさらされたらどうするんだ?」
いや、それはないだろう。
だって、武田さんは斬られるんだから。
誰かに。
誰に斬られるんだったっけ?
ああっ!自分の勉強不足を恨みたいっ!
「武田のやつも、隊を抜けた後は大人しくしてればいいものを、コソコソと動きやがって。おい、なんとかいいやがれっ!」
誰に斬られるんだっけ?
思い出せそうで思い出せない、この気持ち悪さっ!
「おいっ! 黙ってねぇでなんとか言えっ!」
ああ、思い出せそうなのに、うるさいなっ!
「なんとかっ!」
私は大きな声でそう言った。
なんとか言えってうるさかったから、言ってやったぞっ!
「お前……」
土方さんは絶句していた。
私のなんとかっ!が効いたのか?
*****
「伊東さん、頼むよ」
伊東さんの前で武田が頭を下げていた。
「だから、新選組の関係者は入れないって、約束してあるから君を入れることは無理だって、前から言っているじゃないか」
伊東さんは困ったような笑顔でそう言った。
この人は、いつも笑顔だな。
「俺はもう新選組を抜けてきたから、新選組とは一切関係ない」
「そう言うわけにはいかないんだよ。前もそれで四人が亡くなる事件があったからね。過去に入っていたとしても、うちとしてはお断りしている」
「そこをなんとかっ! 俺はもう行く場所がないんだ」
「薩摩に頼めばいいじゃないか。薩摩藩邸にも顔出しているって聞いているよ」
「な、なんでそれを」
武田は狼狽していた。
あっちこっちに顔出していれば噂にもなるだろう。
今頃、新選組にもその情報が入っていると思うぞ。
「とにかく、うちはだめだから」
伊東さんは笑顔でそう言うと、中に入って行った。
俺も中に入るかと思っていたら、武田と目があった。
「さ、斎藤君。君からも伊東さんに頼んでよ。一緒に働いていた同志だろう?」
俺は、お前のことを同志と思ったことは一度もない。
「他をあたれ」
俺が中に入ろうとしたら、足をつかまれた。
「頼むよ、なぁ、そう言わずに」
こういうときだけ頭を下げてきて、嫌なやつだ。
新選組で軍師として近藤さんからもてはやされていた時は、いばり散らしていたくせに。
俺は捕まれた方の足を蹴りあげた。
すると、武田の手はあっさりと離れた。
「ここにはもう来るな」
俺はそう言って中に入った。
お前の顔を見るだけで腹が立ってくる。
「武田君は帰ったかい?」
中に入ると、伊東さんがそう聞いてきた。
「一応、追い返しましたが」
帰ったかと言われると、俺も腹が立って途中で中に入ったから、わからない。
「よりによって武田君が来るとはなぁ。彼はお断りだよ。斎藤君も彼の性格を知っているだろう? 私も彼に対しては色々あったからな」
伊東さんが隊に入った時、武田より地位が下だった。
自分より下の人間に対しては威張り散らしたりしていたから、伊東さんにも威張り散らしていたのだろう。
俺が気がついた時には、武田は伊東さんに媚を売っていたが。
「武田君じゃなくて、蒼良君なら大歓迎だつたんだけどなぁ」
思いかけず、あいつの名前が出て驚いた。
「蒼良君は新選組に置いておくにはもったいない人間だ。考え方はどちらかというと我々と似ているんだがな」
そう言えば、あいつは伊東さんの勉強会で文句言った時があったよな。
確か、今は国内で争っている場合じゃない。
協力し合って国の力を強くして異国に立ち向かっていかないとだめだって、すごいことを言っていたよな。
いいことや鋭いことを言うときがあるが、たまにばかなんじゃないか?と思う事を言うときもある。
訳が分からない人間だが、それもあいつの魅力の一つなんだろう。
「あいつは無理ですよ。新選組を愛してますから」
俺は一言そう言った。
あいつはここに来ることはないだろう。
「そうなんだよなぁ。考え方は我々と変わらないのに、蒼良君は新選組一筋だからなぁ。そこがまたいいと思ったりするんだけどね」
伊東さんはそう言って部屋に入って行った。
武田が帰ったか隠れて様子を見に行ったら、すでに姿はなかった。
武田は、いつか斬られるな。
そんな予感だけが残っていた。
*****
「武田を酔いつぶせ」
土方さんがまた突然そんなことを言ってきた。
「酔いつぶしてどうするのですか?」
「酔いつぶして斬る」
それって……。
「ずいぶんとまた……」
卑怯なやり方だと言いそうになってしまった。
「武田も剣豪だぞ。こっちが傷をつかずに完璧にやるなら、酔いつぶして斬るしかねぇだろう」
確かにそうだ。
でも……。
「卑怯なのはわかっているさ」
私が言いたかったことを先に言われ、驚いた。
「でも、このまま武田をほっとくわけにはいかねぇだろう。あいつが薩摩や御陵衛士に行って、新選組の情報を流して新選組が危機におちいるのを黙って見ているわけにもいかねぇだろう」
それもそうだ。
「それに、新選組を出てから薩摩や御陵衛士に所に行くという根性が気にくわねぇ」
本心はそっちか?
「悪いが、協力してくれ。俺は酒が飲めねぇから奴を酔いつぶすことは出来ねぇ」
確かに、酔いつぶすのは私の得意技だ。
「わかりました。新選組を守るために、私も協力しますっ! 喜んで武田さんを酔いつぶしますっ!」
そして、私も美味しいお酒をいただくのだ。
「お前は飲むなよ」
えっ?
「飲まないと、酔いつぶせないじゃないですかっ!」
「大酒のみの女って評判がよくねぇぞ」
そ、そうなのか?でも……。
「新選組の為なら、喜んで大酒のみになりますっ!」
「もうなっているだろうがっ!」
そ、そうなのか?
送別会をしていなかったから、少し遅れた送別会をしてやる。
そう言う理由で武田さんを呼び出した。
土方さんや近藤さんの姿を見て少し狼狽した武田さん。
頭の悪い人じゃないから、自分がどんな状態に置かれているかわかったのだろう。
「私のために時間をつぶさなくてもいいのですよ」
いつもの媚びた笑顔で近藤さんに言った。
「遠慮するな。今日は武田君の送別会なんだから」
近藤さんが笑顔でそう言った。
私は武田さんを酔いつぶすためにお酒をそそいだ。
「そう言えば武田君は、薩摩や御陵衛士と仲良くなりたいらしいな」
土方さんが意地の悪い笑顔でそう言った。
今ここでそう言うか?
武田さんはぶーっと酒を吹き出した。
き、汚いじゃないかっ!
「そ、そんなことはないですよ。隊を抜けても新選組のために情報を得ようと思って働いているのですよ」
すごい言い訳だなぁ。
そう思いつつも酔いつぶすためにお酒をそそぐ。
「それは、ありがたいな、歳」
近藤さん、本当にそう思っているのか?
裏のない近藤さんの笑顔を見ると心配になってしまう。
「ああ、ありがてぇな」
そう言った土方さんの顔が怖いのだけどっ!
武田さんも気がついたのか、ふるえていた。
「今はとりあえず飲みましょう」
武田さんにお酌をしながら私もお酒をいただいた。
武田さんは間もなく酔いつぶれた。
「お前、つぶしすぎだろう。誰が歩けなくなるまで酔いつぶせと言った?」
酔いつぶせと言ったのは土方さんじゃないかっ!
「そう言うな、歳。蒼良はよくやってくれたさ」
近藤さんは笑顔でほめてくれた。
「まったく、近藤さんは簡単にそう言うがな。こいつを外に出さねぇと、ここで斬れねぇだろう」
お店でそんなことをした日には、出入り禁止になるぞ。
「それもそうだな。とりあえず外に運び出すか」
近藤さんが武田さんを持ち上げようとした。
「近藤さんはやらなくていい。近藤さんがやるべき仕事でもねぇしな」
近藤さんがやらなければ誰がやるんだ?
「おい、お前っ!」
やっぱり私かっ!
一応、か弱い女の子なんですがっ!
「手伝え。お前が酔いつぶしたんだからな」
だって、そうしろって言ったじゃないかっ!
そう思いながら武田さんを持ち上げようと手を出した時、
「今日は、ありがとうございました」
突然、武田さんが起きて頭をついてそう言った。
「ひ、一人で帰れるので大丈夫です」
でも、口調は酔っ払い特有のレロレロ口調だった。
「では、失礼します」
よろよろと立ち上がり、武田さんは出て行った。
「気づかれたか?」
土方さんが武田さんの去っていた方を見てどういった。
「武田も頭がいいし、勘も鋭いからな。気がつかれたかもな」
近藤さんは土方さんにそう言った。
「お前、もっと酔いつぶさねぇとだめだろうがっ!」
さっきは酔いつぶしすぎだって言ったじゃないかっ!
「作戦は失敗だな。他の作戦を考える」
土方さんはそう言った。
*****
篠原と飲んだ。
篠原も一緒に新選組を抜けて御陵衛士になった人間だ。
「今日は飲んだな。それにしても、斎藤君は強いな」
篠原は酔って機嫌がいいのだろう。
「俺より強い人間を知っている」
「斎藤君より酒が強い人間がいるのか?」
俺より強い人間は、あいつだけだろう。
あいつの顔が浮かんできたとき、ドンと、背中に何かがぶつかってきた。
「武田君じゃないか」
篠原がそう言って振り返っていた。
俺も見て見ると、酔っ払った武田がいた。
「お前らが俺のことを御陵衛士に入れないから、俺が新選組に目をつけられたじゃないかっ! どうしてくれるっ!」
勝手なことを言う奴だ。
しかも、酔っ払っているから手におえない。
「どうしてくれるっ! 俺は殺されるぞ」
武田はそう言って大きな声で泣き出した。
「うるさいな」
篠原がそう言った。
だまらせてやる。
そう思い、俺は無言で刀を出し、武田を斬っていた。
篠原もそう思ったようで、俺と同時に刀を出して斬った。
「行くか」
武田が倒れた後、俺は篠原にそう言った。
「ああ。刀が汚れたな。手入れしないと。面倒だな」
篠原は何事もなかったかのようにそう言った。
そして俺たちはその場を去った。
*****
思い出したっ!
斎藤さんと篠原さんに斬られるんだよね、武田さん。
でも、斎藤さんも篠原さんも御陵衛士だぞ。
どうやって斬るんだ?
確か、歴史では武田さんの送別会をやって、それで土方さんが斎藤さんと篠原さんに武田さんを送っていくように言うのだ。
そこで武田さんは斬られることになっている。
でも実際は、送別会まであっているけど、それ以降は違うものになっている。
御陵衛士の斎藤さんと篠原さんに新選組の土方さんが送っていけと言うのもおかしいと思うし、一緒にお酒を飲むなんてこともあり得ないだろう。
どうなっているんだ?
歴史が変わっているのか?もともとその歴史が間違っていたのか?
「おい、武田が死んだぞ」
土方さんが部屋に入ってきてそう言った。
「え、斬られたのですか?」
「ああ、誰だかわからんが、酔ってからんだんじゃねぇのか?」
そ、そうなのか?
「一応、作戦成功ですかね?」
「俺は納得できねぇがな」
そうなのか?
何がどうなっているんだ?
その後、武田さんと同調者とされた加藤さんと言う人が隊から逃げたため、捕まえて切腹になった。
そして、同じくお坊さんも松原通で斬られた。
ところで、誰が武田さんを斬ったのだろう?




