最後の宵山
新しい屯所に住み始め、だいぶ慣れてきた今日この頃。
なんだけど……。
「土方さんっ! 沖田さんの部屋はどこですかっ!」
沖田さんに色々と報告しようと思い、部屋を探したのだけど、ないのだ。
この前なんか、間違えて永倉さんの部屋を開けてしまい、しかも、永倉さんは着替えの最中だったのだ。
「あっ!」
お互いの目があって、お互いがそんな声を出していた。
「蒼良、俺にはそう言う気持ちがないからな」
そ、それはどういう意味なんだ?
首をかしげていると、
「俺が興味があるのは女だからな。男は残念ながら興味はない。蒼良にその気があっても俺はだめだ」
なっ、何を勘違いしているんだっ!
「ち、違いますよっ! 沖田さんの部屋へ行こうとして間違えたのですよ」
すごい変な勘違いをするよなぁ。
「総司の部屋なら、そこの角を曲がったところだ」
「ありがとうございます。失礼しました」
そう言って、永倉さんの部屋のふすまを閉めた。
永倉さんの言う通り、角を曲がってすぐの部屋に行った。
「沖田さん、入りますよ」
と言って襖を開けると、今度は……。
「蒼良、ちょうどよかった。今、歳の部屋に行こうとしていたんだ。今日はみたらし団子が手に入ったから、持って行こうと思っていた」
源さんがみたらし団子をもってニコニコしていた。
「わあい、ありがとうございます」
私も嬉しくなって源さんの部屋に入った。
「歳の部屋に行くと、歳の分まで持って行かないといけないだろう? 蒼良がこうやって来てくれたら、歳の分も二人で食べれるぞ」
「それはいいことですね」
いつの間にかお茶まであって、源さんと土方さんの分まで団子を食べた。
あれ?私、なんでここにいるんだ?
あっ!沖田さんの部屋に行くんだった。
「源さん、沖田さんの部屋知ってますか?」
「ああ、総司か。この廊下をまっすぐ行った突き当りの部屋だ」
団子をごちそうになった後、源さんに言われた突き当りの部屋に行ってみた。
「沖田さん開けますよ」
と、声をかけて開けたら……。
「あれ? 沖田さんいない」
それにしても、立派な文机が置いてあるなぁ。
しかも、他の人たちの部屋より広いぞ。
「局長に何か用ですか?」
後ろから声をかけられたので振り向くと、近藤さんの小姓がいた。
と言う事は……。
「もしかして、ここは近藤さんの部屋?」
「はい。何か用ですか?」
「いえ、何でもないです」
私は逃げるように立ち去ったのだった。
「というわけで、沖田さんの部屋が見つからないのですよっ!」
今までのいきさつを話した。
屯所が広くなって確かに嬉しいけど、部屋が見つからないとはなんて不便なんだ。
「お前、源さんと俺の団子を食ったんだな?」
い、今その話か?
「団子なんて、後で私が買ってきますよっ!」
今は団子より沖田さんの部屋だ。
「団子より、ぷりんがいいな」
おいっ!
「わかりました、買ってきますっ! で、沖田さんの部屋はどこですか?」
「俺にもわからん」
はあ?あんた、副長だろう。
「副長の俺にもわからんことがあるんだ。それよりぷりん買って来い。今、無性に食べたい」
そ、そうなのか?
「わ、わかりました、買ってきます」
土方さんからお金をもらい、部屋を出た。
私、何か忘れているよな?
プリンを買いに行こうと思い屯所の広い玄関にいたら、沖田さんの姿を外に見つけた。
急いで草鞋を履いて追いかけた。
「沖田さんっ! どこへ行くのですかっ!」
安静にしていないといけないのに、またどこへ行こうとしているのだ?
沖田さんが気だるげに振り返った。
なんか、調子悪そうだな。
大丈夫なのか?
「蒼良、知らないの?」
な、何がだ?
「今日は祇園祭の宵山だよ」
そ、そうだったか?
現代では七月だけど、この時代はまだ旧暦の時代なので、六月に行われていた。
そして宵山とは、祇園祭のクライマックスだ。
山鉾という名前の大きな山車がたくさん出るのだ。
「今日でしたか?」
「うん、今日だよ。蒼良も一緒に行く?」
「行きますっ!」
きっと、この時代で見る最後の宵山になりそうだ。
祇園祭は八坂神社で見れる。
八坂神社へ行く途中、なんと、藤堂さんに会った。
「あれ、平助」
「やあ。屯所が不動堂に移ったんだってね」
そう言いながら、藤堂さんは私たちに近づいてきた。
「そうなんですよ。綺麗になったのはいいのですが、広すぎて迷ってます」
「蒼良らしいね」
藤堂さんはそう言いながら笑った。
うっ、笑われた。
「ところで、平助はなんでここにいるの?」
「今日は宵山でしょう? だから一緒に行こうかなと思って」
そうだったんだ。
「いいですよ、行きましょう」
「せっかく蒼良と二人で行けると思ったのになぁ」
お、沖田さんは何を言い出すんだ。
「そう簡単に二人で行かせないよ」
藤堂さんもフフフと言う感じで笑いながら言った。
「二人とも何言っているのですか。お祭りは大勢で言った方が楽しいじゃないですか。さぁ、仲良く行きますよ」
なんか、喧嘩しそうな感じだったから、そう言った。
「大勢でねぇ」
沖田さんが藤堂さんを横目で見てそう言った。
「二人より大勢でねぇ」
藤堂さんも、沖田さんを横目で見てそう言った。
「さあさあ、行きますよ」
このままだと喧嘩になりそうだ。
だから、二人の手を引っ張って八坂神社へ行った。
八坂神社に着くと、すでに人でいっぱいだった。
「もうすぐ山鉾が来るみたいだよ」
藤堂さんが教えてくれた。
そうなんだ。
禁門の変の時に大火事になり、山鉾もほとんど焼けてしまった。
その時の祇園祭に行ったけど、本当に粗末なものだった。
その原因の一つが私たちのせいだと思うととっても肩身が狭かった。
あれから数年がたち、少しづつだけど山鉾も増えてきている。
ただ、現代でも復活していない山鉾もあるらしい。
それは悲しいことだ。
「あ、蒼良、見えたよ」
沖田さんに言われた方を見ると、大きな山鉾がこちらへ向かってくるところだった。
山鉾を堪能した後は、祭りの出店を見てまわった。
出店で水あめが売っていたので三人で食べた。
かき氷が食べたくなるような暑さだったけど、この時代のかき氷はとっても高級なものになっている。
かき氷を食べたかったけど、なぜか天ぷらをかじっていた。
現代では唐揚げの屋台は見かけるけど、天ぷらは初めてだ。
「蒼良は、暑いのによくそんな熱い物を食べるよね」
「あ、沖田さんも食べますか?」
「僕は遠慮しておくよ。食欲がないんだ」
沖田さんのその言葉に、藤堂さんも私も動きが止まってしまった。
「総司、病は重いの?」
「平助、知っていたんだ。隊のみんなにばれるのも時間の問題だよね」
「それより、最近体調が悪いの?」
藤堂さんが心配そうに聞いていた。
「平助は僕の心配より、自分の心配をしなよ。御陵衛士も色々大変そうだけど、大丈夫なの?」
「私の方は大丈夫だよ。それより総司は……」
どうなの?
と、私に聞いてきた。
暑い夏が来たせいで夏バテをしているのかちょっと元気なさそうだけど……。
「沖田さん、大丈夫ですか?」
「ほら、蒼良まで心配しちゃったじゃん。僕は大丈夫だよ。ただ、天ぷらが食べたくないだけ。そばなら食べれそうだなぁ」
沖田さんはそう言ってそばの出店を探した。
京ではどちらかというとうどんの方が多い。
「江戸はそばが多いけど、京でそば屋ってあまり見ないね」
沖田さんが出店を探しながらそう言った。
どちらかというと、関西だからうどんが多いのだろう。
それでも、そば屋が一店だけあった。
なんか、醤油のつゆが濃くて黒く見えるのだけど、藤堂さんと沖田さんは美味しいと言って食べていた。
この時代、濃い味の方が好まれたのか?
でも、そんな濃いものを食べていると、高血圧になるぞ。
「あ、蒼良、つゆ飲まないの?」
藤堂さんが、私のそばの器を見てそう言った。
とてもじゃないけど、濃くて飲めそうにない。
「僕がいただくよ」
沖田さんがニコッと笑って私の残していたつゆを全部飲んだ。
「久々のそば、美味しかった」
藤堂さんと沖田さんが笑顔でそう言った。
沖田さんが少しだけ元気になったような感じに見えて、ホッとした。
再び出店巡りに戻った。
朝顔の鉢植えが売っている店の前で藤堂さんが止まった。
「これを三人で買わない?」
涼しげな青い色の蕾がついた朝顔を指さして藤堂さんが言った。
「なんで?」
沖田さんが藤堂さんに聞いた。
「三人で競争しようよ。誰の朝顔が一番たくさん咲いたか」
競争かぁ。
「面白そうですね。買いましょう」
私はお財布からお金を出した。
思っていたより多くお金が入っていた。
なんでだろう?でも、お金が多いことはいいことだ。
「それって、なんかめんどくさそうだなぁ」
沖田さんは朝顔を見てそう言った。
「総司はこの競争から抜けるんだ。もしかして、自信ないとか?」
「そんなことはないよ。めんどくさいなぁと思っただけだよ。競争をさせたら僕が一番強いからね」
「じゃあ、それを見せてよ」
「しかたないなぁ。平助がそこまで言うのなら、その競争に参加するよ」
藤堂さん、沖田さんを誘うのがうまいなぁ。
三人で朝顔の鉢をもって帰り道を歩いていた。
「今年も宵山楽しかったね。僕は来年も見れるかわからないけどね」
沖田さんは冗談を言うようにそう言った。
「な、何言っているのですかっ! 来年も見れますよ」
実は、見れないのだけどね。
でも、沖田さんが
「僕は労咳でいなくなっていると思うけど」
って言っているような気がしたのだ。
「本当に?」
沖田さんがそう言ってきたので、
「私は見せますっ!」
と言ってしまった。
来年の今頃は京にいないのだけど……。
「私は、これで最後だね」
藤堂さんが寂しそうにそう言ってきた。
思わず沖田さんと一緒に藤堂さんの顔を見てしまった。
「今日が最後と言った方がいいかな?」
な、何があったんだっ!
「平助、何かあったの?」
沖田さんが、藤堂さんの顔をのぞき込むように言った。
「最近、御陵衛士に入りたかったという隊士が、会津藩邸で命を落とすということがあったでしょう?」
沖田さんは知らなかったみたいで、驚いた顔で私の顔を見た。
そうだった。
それを報告に行こうと思っていたのだけど、迷子になっていたのだ。
「確かにそう言う事件がありましたけど、それがどう関係してくるのですか?」
「伊東先生に言われたんだ。新選組ににらまれたくないから、接触は避けたほうがいいって。今はまだ御陵衛士も軌道に乗ってないからね。それまでは新選組ににらまれたくないらしいんだ」
また伊東さんは勝手なことを言いやがって。
「だから、僕たちとももう会えないってこと?」
沖田さんがそう聞いたら、藤堂さんはコクンとうなずいた。
「そ、そんなっ!」
同じ京にいるのに、町であっても知らんぷりしないといけないのか?
文句を言おうと思い、体を乗り出したら、沖田さんが手を出してきて止めてきた。
「平助、わかったよ」
そう一言言った。
「でも、朝顔の競争はやるよ。毎日、みんなのことを考えながら水やってたくさん咲かせて勝つから、覚悟しててね」
そう言うと、藤堂さんは走って行ってしまった。
ここからなのかな?
最初の方は、御陵衛士と新選組がそんなに仲が悪く見えなかったけど、最終的には伊東さんが近藤さんの暗殺を計画するまでに悪くなってしまう。
「蒼良、僕たちも帰ろう」
沖田さんに言われ、私たちも朝顔を持ったまま屯所に帰った。
「お前、ぷりん買うのにどんだけ時間かかってんだ?」
あっ!
「しかも、朝顔の鉢植えまで買ってきやがって」
ど、どうしよう?プリンのことをすっかり忘れてたよ。
そうだよ、財布に入っていたいつもより多いお金は、土方さんからもらったプリン代だ。
「で、ぷりんは?」
「す、すみませんっ!」
「忘れてきたか」
「あ、でも、朝顔を買ってきたので、それで許してください。朝顔は確か夏の季語だと……」
私が途中で止めたのは、土方さんの顔がだんだん怖くなってきたからだ。
もう夜だし、プリンを売っているお店は締まっているよね?
この時代、コンビニなんて便利な物はない。
「あ、明日必ず買ってきますのでっ!」
「期待しないで待っている」
うっ、そう来たか。
「それにしても、綺麗な色の朝顔だな」
「これからその朝顔の花を大量に咲かせますので」
と、私が言ったら、土方さんは不思議そうな顔をしたのだった。
朝顔競争、負けないぞ。




