見合いをする?
近藤さんに呼ばれたので、近藤さんの部屋へ行った。
「失礼します」
そう言って中に入ると、いつも通り土方さんもいて、一緒にお茶を飲んでいた。
「何の用だ? 団子はねぇぞ」
土方さんがお茶を飲みながらそう言った。
いつも団子を食べたいと思ってないですよ。
お茶を飲んでいるときにたまに思うだけですよっ!たぶん……。
「わしが呼んだんだ。わざわざ来てもらって悪いな」
近藤さんがそう言いながら座布団を出してきた。
その座布団に座ると、近藤さんつきの小姓がお茶を持ってきた。
近藤さんの小姓も気がきくなぁ。
そんなことを思いながらお茶をすすった。
「蒼良を呼んだ理由は、楓に頼まれたんだ」
楓ちゃんに何を頼まれたんだ?
「蒼良が女であることはわかっている。で、楓が、いつまでもこうやって男装させていたら、女の幸せ逃してしまうから、早く何とかしてやれって、毎日のように言われてな」
楓ちゃん、そんなに私のことを心配してくれたんだ。
それが嬉しいやら、申し訳ないやら、複雑な気分になってしまった。
「わしも色々考えたんだ。考えた結果何だが、見合いをしたらどうだと思うんだが……」
近藤さんがそう言ったとたん、なぜか土方さんがお茶を吹き出した。
汚いじゃないかっ!
「何言ってんだ、近藤さん。別に見合いさせなくてもいいだろう」
私もあまり見合いと言うものにのり気じゃない。
「歳、考えてみろ。蒼良も22才だぞ。隊の仕事をしているから行き遅れるのも仕方ないが、いくらなんでも行き遅れすぎだろう」
こ、近藤さん、この時代ではそうかもしれないけど、私の時代では全然行き遅れじゃありませんからね。
「確かになぁ」
土方さんまでそう言うことを言うのか?
「でも、見合いしなくても相手はいくらでもいるだろう。新選組には男がだくさんいるからな」
え、この隊の中から探せってか?
うーん、どうなんだろう?
そんなこと考えたこともなかったからなぁ。
「実は、見合いの話を進めてしまったんだ」
えっ、なんだって?
「蒼良、頼む。わしの顔を立てると思って、見合いをしてくれないか?」
そ、そうなるのか?
思わず土方さんの顔を見てしまった。
「な、なんでそんなことを勝手にしちまったんだ?」
土方さんは近藤さんを責めるようにそう言った。
「すまん。会津藩の方でいい女がいないか? と聞かれたから、蒼良のことを話したんだ。綺麗で性格も申し分ないが、行き遅れてるってな」
どうせ、この時代では行き遅れですよ。
「それでもいいからと言う事になって、話が進んでしまって、わしでも止められなくなってしまった」
そんなことになっていたのか?
「わかりました」
私がそう言ったら、近藤さんも土方さんも私の顔を見た。
「会うだけならいいですよ」
近藤さんの顔を立てるつもりで、会うだけ会って断ればいいだろう。
「お前っ! 本気か?」
土方さんはそう怒鳴っていたけど、
「蒼良、ありがとうっ!」
と、近藤さんは、私の両手を握って一生懸命お礼を言っていた。
断ればいいんだし、適当にやろう。
「勇はんに蒼良はんのことを頼んでてよかったわ」
見合いの日、近藤さんの妾宅である楓ちゃんのいるところに行き、楓ちゃんが着物を着つけてくれて、お化粧までしてくれた。
「相手は会津藩のお人なんやって?」
そうらしい。
私はよく知らないんだけどね。
他人事のようにうなずいたら、
「蒼良はん、自分のことやないの。もっと気合を入れんとあかんよ」
気合も入れるも入れないも……。
「お見合いを断ると、近藤さんの顔をつぶすみたいになりそうだったので」
「勇はんの顔をつぶしたら、怒るでっ!」
そ、そりゃそうだよね。
楓ちゃんは、今は近藤さん一筋だもんね。
「だから、お見合いをするんだけど、会って断ろうと思っているから」
私がそう話したら楓ちゃんはえっ?という顔をした。
何か変なことを言ったか?
「蒼良はん、お見合い初めてなん?」
初めてだけど……。
「話とか聞いたことない?」
聞いたことはあるけど……。
「でも、わかっとらんみたいやね。お見合いは、女は断れんのよ」
えっ?
「断ったりできるのは、男だけなんよ」
そ、そうなのか?
それって、男尊女卑じゃないかっ!男女平等じゃないぞっ!
って、この時代が男女平等の時代じゃなかった。
「だから、相手が蒼良はんを気に入ったら、めでたく婚約や。蒼良はんもこれで女の幸せを手に入れることが出来るんよ」
そ、それは非常に困るのですがっ!
どうしよう?逃げるか?でもどこに?
ああ、どうしよう?
「できたで」
私が悩んでいる間にも準備ができたらしい。
本当に、どうしよう?
「できたか?」
土方さんが部屋に入ってきた。
「これなら相手にも気に入られるで」
楓ちゃんが嬉しそうにそう言った。
「気に入られると困るんだがな」
ボソッと土方さんがそう言った。
土方さんも私と同じ意見か?
私も、気に入られるとすごく、すごく困るのですがっ!
「行くぞ」
土方さんは機嫌が悪いらしい。
不機嫌な顔をしたまま、私を外に連れ出した。
そして、ずうっと無言で歩いていた。
「ど、どこへ行くのですか?」
恐る恐る聞いてみた。
「どこって、見合いの場所に決まってんだろう」
そ、そうなのかっ!
それは非常に困るのですがっ!
本当に、本当にどうすればいいんだっ!
「はあ? 断れると思っていたのか?」
一人で悩んでいも仕方ないから、土方さんに相談したら、そう言われた。
この時代の見合いって、女の意思の尊重と言うものがないのか?
「で、お見合いはいつ始まるのですか?」
料亭みたいなところに入ったけど、相手が来る気配が全くなかった。
もしかして、早く着すぎたとか?
「もう始まってるよ」
えっ?
土方さんが窓際に座って外を指さした。
相手がきたのか?
土方さんの横から外を見た。
「どこを見てる? 向こうだ」
そう言われて向かい側にある建物を見た。
向かいがわもここと同じ料亭になっていた。
そこには、男の人が二人いた。
そして、こっちを見ていた。
なんでこっちを見ているんだ?
「お前、見合いしたくなければ、引っ込んでろ」
土方さんにそう言われたので、あわてて窓から遠のいた。
土方さんはにらむようにして窓の外を見ていた。
なんでそんな怖い顔をして外を見ているんだ?
「お前が引っ込むのが遅かったから」
えっ?それが何かあるのか?
「相手がお前を見ちまったかもな。見合い成立か?」
ええっ!
「だって、まだ見合いをしていないですよ。相手がいないじゃないですか」
「相手なら、向こう側にいるだろう」
いたよ、男の人が二人……。
もしかして……。
「こうやって、遠くで見合っているのが見合いとか……」
これが見合いだって言わないよね?
「そうだ。知らなかったのか?」
ええっ!本当にそうなのか?
本当に遠くから見合っているだけじゃないかっ!
もう一回、窓の近くに立ち、向こう側を見た。
男の人が二人。
一人は年配の人。
これは見合いの相手じゃないだろう。
と言う事は、もう一人の若い人が相手なのか?
がっちりとした体形をしていて、首がない。
「だから、お前は出るなって言っているだろう」
「土方さん、あの首のない人が私の相手ですか?」
「どうやらそうらしいな。だから、お前を見せないようにしていたんだが……」
思いっきり見られてますから。
こうしている間にもばっちりと。
「もう手遅れだな」
そ、そうなのか?
あわてて部屋の中に引っ込んだのだけど、もう遅かったらしい。
ああ、どうすればいいんだ?
「後は、相手がお前を気に入らなければ、見合いは流れる」
「そうなれば婚約とかしなくてもいいのですねっ!」
「そうだ」
相手が嫌うようなことをすればいいんだ。
どうすればいいんだ?
「お酒の一気飲みでもして見せますか?」
大酒飲みの女なんてもらいたくないだろう。
「お前が飲みてぇだけだろうがっ!」
そ、それもあるっ!
「もう遅い。相手は帰ったぞ」
そ、そうなのか?
恐る恐る窓の外をのぞくと、向かい側にいた人たちはいなくなっていた。
この話、どうなるんだ?
「蒼良、喜べっ! 相手は気に入ったらしいぞ」
次の日、さっそく近藤さんに呼ばれた。
ドキドキしながら近藤さんの部屋に行ったら、近藤さんがまんべんの笑顔でそう言った。
き、気に入ったのか?
「さっそく、婚約の日をいつにするか相談があったぞ」
そ、そこに私の意思はあるのかいっ?
全然ないじゃないかっ!
この時代、見合い話は女は断れないって本当なんだ。
改めて実感したのだった。
って、実感している場合じゃないよ。
「すみません。私はまだ婚約できないです」
近藤さんの顔をつぶしてしまうかもしれないけど、だからってこんな形で婚約なんてできない。
しかも、相手のこともよくわからないのに。
首がない人としかわからないぞ。
首がない人と結婚なんて、嫌だぁっ!
「蒼良、ただでさえ行き遅れてんだから、ここで話を決めたほうがいいぞ」
行き遅れていることは十分わかっています。
でも、こんな簡単に結婚なんてできないっ!
近藤さんの隣に座っている土方さんを見た。
これなら、土方さんと結婚した方が全然いいぞっ!
って言うか、結婚を考えるなら、土方さんがいいっ!
「こ、近藤さん。実は私は人には言えない病気が……」
病気の嫁をもらうもの好きはいないだろう。
「どういう病気だ?」
病名まで考えてなかった……。
どうしよう?
「杉の花粉を吸うと、くしゃみと鼻水が止まらない病気です」
か、花粉症だっ!どうだっ!
ちなみに、私は花粉症と無縁なんだけどね。
「そんな変わった病気があるのか?」
「はいっ! 杉の花が咲く季節になると、もうだめです」
「そうは見えんが、そう言う病気なのか? 命にかかわるのか?」
「命にはかかわりませんが……」
「それなら大丈夫だ」
そ、そうなのか?
なんか、話がまとまっちゃいそうだぞ。
どうしよう?
オロオロしていると、
「近藤さん」
と、近藤さんの隣に座っていた土方さんが口を開いた。
「こいつは、女だが武士になりたくてここに来たんだ。こいつがまだ結婚したくないと言う事は、その志が途中だと言う事なんだろう? どうなんだ?」
志とかなんだか難しい話になっているけど、コクコクとうなずいた。
そうなんですよっ!その志が途中なのですよっ!
もう、この婚約話が飛ぶのならなんだっていいわっ!
「そうか、そうだったのか。蒼良は、隊の中で一番男らしいな」
そう言われてしまった。
これっていいことなのか?
恐る恐る土方さんを見たけど、無表情だった。
「わかった。相手にはわしから断っておく。蒼良の志を大事にしたいからな」
もしかして、婚約話が無くなったのか?
土方さんを見たら、うなずいてくれた。
よかったぁ、無くなったよぉっ!
「お前が安易に見合いなんてするからこうなるんだ」
部屋に帰ったら、土方さんにそう言われた。
「まさか、拒否権がないなんて思わなかったので……」
「わけわからねぇこと言ってんじゃねぇよ」
もう、話が無くなっただけで嬉しいから、今は何を言われてもいいわ。
「土方さんなら、結婚してもいいと思いますが、あんな首のない人は嫌ですよ」
私のその一言に、土方さんの動きが止まった。
「俺なら結婚していいと言ったな?」
そう言ったような?
「よし、今からするか? 近藤さんも喜んでくれるぞ」
ち、ちょっと待て。
そんな簡単に結婚なんてしていいのか?
でも、土方さんなら別にいいかな?
そう思いながらチラッと土方さんを見ると、ニヤリと笑っていた。
もしかして……
「冗談とか……」
「そんな簡単に出来るわけねぇだろう」
やっぱり冗談だったのかっ!
少しでも、結婚していいかな?なんて思った私がばかだった。
「土方さんのばかぁっ!」
座布団を土方さんに投げつけ、私は部屋を出た。
もう二度と見合いなんてしないぞっ!
ちなみに、結婚話もしないからねっ!
それなりの年齢になるまでっ!




