近藤さんのお引越し
「これもしおれてきたな」
沖田さんにもらい、竹の筒にさしておいた沈丁花を見て土方さんがそう言った。
「せっかくもらったのに……」
「仕方ねぇだろう。花はいつかしおれるものだ」
それはわかっているのだけど、でも、せっかくもらったものだから、しおれていくのを見ると悲しくなってしまう。
「さっさと捨てちまえ」
な、なんてもったいないことを。
しおれた沈丁花を見て、何とかできないか色々考えてみた。
ドライフラワーはだめかなぁ?
「干したらどうなると思いますか?」
土方さんに聞いてみた。
「そりゃ、枯れるだろう」
そうだよね。
そもそも、沈丁花って木だからドライフラワーにするには無理があるよね。
「何とかできないですかね?」
「無理だ。生あるものはいつかは無くなるんだからな」
その通りなんだけど。
「あきらめて捨てちまえ」
そう言われたけど、あきらめきれない私。
「そんなにその花が好きなら、埋めておけばいいだろう」
土方さんのその一言で気がついた。
そうだ、沖田さんが挿し木をしてたくさん植えてあったよな?
それはきっと見れないと思うけど、でも、沖田さんが植えたものが残っているからいいか。
「わかりました。捨てますね」
「ずいぶんとあっさりと言ったな。何か思いついたのか?」
「思いついたも何もないですよ。沈丁花の挿し木をたくさんしてあったのですよ」
「なんだ、そうだったのか。それなら来年にはまた花が咲くだろう」
咲いてくれるといいなぁ。
その姿を見るのは百五十数年後になりそうだけど。
「巡察に行ってきますね」
そろそろ巡察の時間になる。
「お前は、今日は巡察に行かなくていい」
えっ、なんでだ?
もしかして……
「また西本願寺の掃除をしろとかって言わないですよね?」
先日、巡察に行かなくていいと言われたけど、お坊さんに怒られた云々で、私が西本願寺のお掃除をすることになった。
「そんなことじゃねぇよ。今日は近藤さんが引越しをする」
えっ、引っ越し?屯所を出るのか?
って、局長が屯所を出るのか?そんな話は聞いたことないが。
「正確に言うと、近藤さんの新しい妾が新居に引っ越す」
なんだ、新しい妾さんか。
って!
「楓ちゃんじゃないですかっ!」
「そうだ。正式に身請けしたから、新しい家を近藤さんが借りて、そこに楓が引っ越してくることになった」
そうなんだぁ。
楓ちゃん、幸せいっぱいだな。
「その引越しを手伝ってほしいと言われた」
「わかりました。喜んで手伝ってきますよ」
そう言うたのみなら、喜んでしますよ。
「で、終わった後は打ち上げとかってあるのですかね」
「お前は、終わったら一杯飲めるかもって考えているだろう?」
いや、考えていない。
少しは考えたけど。
土方さんに場所を教わった後、近藤さんの新しい家に行った。
「うわぁ、本当に新築だよ」
てっきり借家か長屋だと思っていたら、新しい庭付きの家だった。
この大きさなら、部屋が三部屋ぐらいありそうだな。
近藤さんも、ずいぶんと奮発したなぁ。
「お、新築じゃないか」
私の後ろから声がしたので振り向くと、原田さんがいた。
「蒼良も手伝いに来たのか?」
原田さんが私の横に来た。
「はい。今日は楓ちゃんがこの家に越してくるから、手伝ってほしいと言われました」
「とうとう、楓が来るのか。まさか本当にこの日が来るとは思わなかったよな」
確かに。
一時は失恋したって騒いでいたのに。
「素敵な家ですよね」
この時代にしては、いい家だと思う。
普通は長屋暮らしだもんね。
「近藤さんが、楓にはいい家に住まわせるぞってはりきっていたからなぁ」
そうなんだ。
「お、早いな、お前たち」
原田さんと家を見ていると近藤さんと楓ちゃんもやってきた。
見ると、楓ちゃんが近藤さんの腕に自分の腕を巻きつかせている。
「いい家や」
「楓のために奮発したんだぞ」
「ほんまに? 勇さん好きやわ」
「わしも楓が好きだぞ」
そんなことをお互い言い合い、二人の世界に入って行った。
「原田さん、あの二人、どうしますか?」
「早く引っ越しを終わらせたいなら、ほっといたほうがいいだろう」
原田さんも、二人のイチャイチャを見てあきれていた。
原田さんの言う通りだ。
二人のイチャイチャにつきあっていたら、夜になってしまう。
と言うわけで、近藤さんと楓ちゃんが外でイチャイチャしている間に、私たちは家の中に入った。
家の中はまだ何もなかった。
「あれ? まだ荷がきてないのか?」
「そうみたいですね」
この時代だと、引っ越しの荷物って何で来るんだろう?
まさかトラックと言う事はないよね。
そう思って外に再び出て見ると、遠くから砂埃が見えた。
その砂埃は段々と近づいてきた。
え、何?
近づいてくると、その砂埃の正体が明らかになった。
なんと、大八車が大きな荷物を積んで数台連なってこちらに向かってきていたのだ。
「は、原田さん、荷物がきそうです」
あわてて原田さんを呼ぶと、
「え?」
と言いながらも原田さんは家の中から出てきた。
「すごい荷物だな」
その大八車たちは家の前で止まった。
「ここでええんか?」
私たちに大八車をひいていた人たちが聞いてきた。
「近藤さん、この荷物はそうなのか?」
原田さんが近藤さんに聞いたら、
「そうだ。中に入れてもらえ」
と言ってきたので、中に入れてもらうことになった。
「全部新品やないの」
運ばれてきた家具を見て楓ちゃんがそう言った。
「楓のために新しいものをそろえたんだ」
「そうなん? 勇さんますます好きになりそうやわ」
再びイチャイチャが始まりそうだ。
「蒼良、ほっとけ」
原田さんはそう言うと中に入って行った。
ほっとこう。
私も中に入って引っ越しの荷物の整理をすることにした。
「たくさん持ってきたんだね」
楓ちゃんが持ってきた着物が多かったので、思わずそう言った。
近藤さんと長いことイチャイチャとやっていたのだけど、二人ともイチャイチャしていても引っ越しが終わらないことに気が付いたのか、中に入って引っ越しの荷物を整理し始めた。
新しくきた家具も多かったけど、楓ちゃんが置屋から持ってきた着物の量も多かった。
「旦那はんたちからたくさんもろうたから」
島原に来たお客さんのことを芸妓さんたちは旦那さんと言う。
「せっかくもろうたものを捨てるのももったいないやろ?」
確かに。
「これでも、牡丹はんたちにあげてきたんやけどな」
そ、そうなのか?どんだけ着物があったんだ?
「あ、そうや。蒼良はんも着物持って行き」
楓ちゃんは、私が女だと知っている。
「えっ、それは悪いよ」
楓ちゃんの着物、みんな高そうなんだもん。
「もらいものやさかい、遠慮はいらんよ」
遠慮もしているけど、いらない理由はそれだけじゃない。
「私が持っていても、きっと着ないと思うし」
そうなのだ。
普段男装をしているから、女ものの着物はほとんど着ない。
「蒼良はん。普段男の格好しているからとかやない。女なら、着物は多く持っといても損はないで。だから、持って行き」
楓ちゃんは着物を私に押し付けてきた。
「それに、男の格好しているけど、中身は女やろ? 綺麗な着物とか見ると心がときめくやろ?」
それは、確かにある。
現に楓ちゃんの着物を色々見ているだけでも楽しくなっている私がいる。
「それなら、持って行き。あ、これもええで」
ええっ、二着も?
「こんなにあってもたんすに収まるかわからんもんな」
そ、そんなにあるのか?
着物を再び見る。
うん、たくさんあるから、収まらないだろうなぁ。
「それじゃあ、遠慮なくいただきます」
「なんなら、これもええで」
いや、三着もいらないと思うから、それは丁重にお断りした。
引っ越しも何とか終わり、夕方になった。
「ご苦労だったな。帰っていいぞ」
近藤さんにそう言われたから、素直に屯所に向かった。
「あれは、早く二人っきりになりたいから、俺たちを追い出したんだぞ」
原田さんが帰り道にそう言った。
そ、そうなのか?
「確かに、二人とも仲がいいですからね。私たちがいて邪魔になってもいけませんよね」
「あれは仲がいいとかと言う問題じゃない」
え、そうなのか?どういう問題なんだ?
現代で言うと……
「バカップルってやつか?」
思わず口に出してしまった。
「なんだ、そのばかっぷるって」
「ところかまわずイチャイチャとしている男女のことと言うのでしょうか?」
と思うのだけど。
「へぇ、面白い言葉だな。近藤さんと楓のためにある言葉かもしれないな」
いや、原田さん、そこまで言ったらだめですよ。
「それにしても、いい着物もらったな」
風呂敷からはみ出た着物の柄を見て、原田さんがそう言った。
「楓ちゃんがくれたのですよ。女なら着物を持っといたほうがいいって」
「楓も知っているのか?」
原田さんが驚いた様子で聞いてきた。
「だいぶ前にすっかりばれてました。一緒の置屋で着替えたりしてましたからね」
「そうか。そりゃばれるよな」
原田さんはそう言いながら、風呂敷から出た着物を中にしまってくれた。
「楓の言う通り。蒼良は女なんだから、こういう着物の一着や二着持っていても罰は当たらないさ」
そうなのか?
「この着物を着た蒼良を見てみたいな。きっと綺麗だぞ」
そ、そんなことはないと思うけど。
その時、あの香りがただよってきた。
この香りは……。
「沈丁花」
私が言うと、原田さんも
「どこかに咲いているらしいな」
と言ってキョロキョロし始めた。
「見つけたぞ」
しばらくすると、原田さんがそう言って沈丁花の方へ行った。
私も原田さんの後について行くと、長屋の奥に咲いている沈丁花を見つけた。
「蒼良はこの花が好きらしいな」
原田さんまで知っていたのか?
どこまで話が行っているのだろう?
そう思っていると、原田さんは沈丁花の枝をぽきりと折った。
「えっ、そ、そんなことをしていいのですか?」
勝手にとったらだめだろう。
見つかったら怒られるぞ。
「長屋に咲いている物だから、誰の物と言うわけでもなさそうだぞ。大丈夫だろう」
長屋とは、一つの屋根の下で数家族が暮らしている、この時代の一般庶民の普通の家だ。
現代で言うと、団地の中に沈丁花が咲いていると言う状態になるのだろう。
でも、本当に大丈夫なのか?
「部屋に飾ると言い。きっといい香りがするぞ」
そう言って折った沈丁花の枝を私にくれた。
「あ、ありがとうございます」
せっかく折ってくれたものだから、ここは素直に受け取ろう。
「あれ? この前しおれて捨てたと思ったが、生き返ったわけじゃねぇよな」
原田さんからもらった沈丁花を竹の筒にさした。
それを見た土方さんがそう言った。
「ああ、原田さんが、折ってくれたのですよ」
「な、なんだとっ!」
「い、いや、よそ様の家から勝手に折ったわけではないですよ。長屋の中にあった物を折ってくれたのですよ」
だから、大丈夫だと思ったのだけど……。
「あ、いや、そんなことじゃねぇ」
そ、そうなのか?じゃあなんで怒鳴ったんだ?
私がなんで怒鳴ったんだろうと考えていると、
「左之まで……」
と、ブツブツ文句を言っていた。
やっぱり、折って持ってきたのがいけなかったのか?




