近藤さんの心変わり
伊東さんが旅立ってから数日がたった。
「お前、伊東さんの宴会に行っただろう?」
土方さんに突然そう言われた。
もう数日前の話だぞ、いまさら何を?
「行きましたよ」
「お前は行かねぇって言っていただろう?」
そう言っていたような感じもしますよ。
「証拠はあるのですか?」
私は胸を張って聞いてみた。
「はあ?」
「私が行かないって言った証拠があるのですか?」
「そんなものはねぇがな、俺のこの耳がそう聞いたんだ」
土方さんは、自分の両耳を指さして言った。
「それじゃあ証拠になりませんよ」
「なんなら逆に聞くが、人が言ったことを残せる物があるのか?」
「この時代にはないですね」
「お前がいた未来にはあるってことか? このやろう」
ボイスレコーダーと言うものもあるし、私は持ってないけどスマホだって録音機能がある。
ガラゲーだって録音できるぞ。
「色々とあるのですよ」
ふんっと再び胸を張って言ってみた。
「ほう、お前はそれを使わなかったと言う事だな」
使うも使わないも、この時代にはないんだから仕方ないじゃないか。
「と言う事は、それを使って証拠を残せなかったお前が悪い」
え、そうなるのか?
「ずいぶんと堂々と嘘を言うようになったじゃねぇか、ええ?」
土方さんがそう言いながらにらみつけてきた。
こ、怖いのですがっ!
「で、行ったんだろ?」
「い、行きましたよっ! 何か文句でもあるのですか?」
「今度は開き直りやがったな」
だって、開き直るしかないじゃないか。
「どうせ、酒目当てなんだろう?」
「ち、違いますよ。島原で稽古やっている友達が失恋したばかりだったので、様子を見に行ったのですよ」
「で、そのついでに飲んだと言う事だな。お前のことだから、友人の様子を見に行く方がついでだったんじゃねぇのか?」
そうかもしれない……って、これを認めたらだめよ。
「そ、そんなことないですよ。ちゃんと様子を見てきましたから」
「そうかい、そりゃよかったな」
私が胸を張って言ったら、土方さんも胸を張ってそう言っていた。
そこに、
「歳、ちょっといいか?」
と、近藤さんが入ってきた。
胸を張っている私たちの姿を見て、近藤さんの動作が止まった。
「どうした、近藤さん」
動作の止まった近藤さんを見て土方さんがそう言った。
すると、近藤さんも胸を張りだした。
「今、隊でこうやって話すのがはやっているのか? なかなか面白いな」
近藤さんはまんべんの笑顔でそう言った。
いや、流行ってませんから。
「ところで近藤さん、なんの用だい?」
土方さん、そこは否定しましょうよ。
近藤さんがみんなの前で胸張って話しはじめたらどうするのですかっ!
でも、近藤さんはえらい人だから、みんなの前で胸を張って話すのは普通のことなのか?
私がいたら話できないだろうと思い、部屋を出た。
近藤さんと土方さんで話をした後、道場へ集合するようにと言われた。
なんだろう?
道場へ行くとほとんど集合していた。
前で近藤さんが胸を張って、
「このたび、孝明天皇の埋葬に伴い御車を、幕府歩兵と桑名藩と会津藩とともに警護することになった」
と言った。
内容が胸を張って言えることだったからよかったけど、土方さん、否定し忘れているのか?
近藤さんは絶対に、これが隊ではやっていると勘違いしているぞ。
ところで……
「みくるまって、何ですかね?」
隣にいる源さんに聞いてみた。
「蒼良は見たことないか。俺は和宮様が江戸に来た時にチラッと見たがな」
そ、そうなのか?
和宮様とは、前の将軍である家茂公の奥さんで、孝明天皇の異母妹にあたる。
公武合体策と言う政策のため、公家から将軍家へ嫁いだ人だ。
「どう言うものですか?」
「こういう感じでな」
源さんが手で形を示してくれたのだけど、よくわからなかった。
「ま、見ればわかるさ」
うん、見ればわかるかもしれない……。
で、その当日に御車を見た。
ひな人形の段飾りに使われているようなものかな?
そう言う感じなものだった。
「見たことあるだろう?」
と、源さんに言われ、
「はいっ!」
と言った。
これの縮小したものならあります。
この孝明天皇のご遺体を乗せた御車を、埋葬地である泉涌寺まで警護をする。
「厳粛なものだから、私語は慎め」
源さんと話していたら、土方さんにそう言われた。
「かわいい蒼良が俺に質問してきたから、教えてやっていただけだろう。そんな怖い顔をするな」
源さん、かわいいは余計ですから。
「ところで、最近、勇さんが話をするときに胸を張っているが、あれはなんか意味があるのか?」
「土方さん、まだ近藤さんに話していないのですか?」
そんなことは隊でははやっていないって。
「色々忙しかったからな」
それは理由にならんだろう。
「あれ、治してやらんと、おかしいぞ」
源さんの言う通りだ。
「そのうち話すさ」
そのうちって、いつだいっ!
そして、無事に埋葬の警護は終わった。
泉涌寺についた後は、朝廷側の行事になるので、幕府側にいる私たちはそこで返されたのだった。
それは仕方ないことなのかもしれないけど、これからこんなことがしょっちゅう起こることを考えると、不安になってくる。
屯所に帰ると、なぜか土方さんが私を待っていた。
「お前、島原に友達がいるよな?」
「ああ、牡丹ちゃんですか?」
「もう一人の方だ」
ん?楓ちゃんか?
楓ちゃんがどうかしたのか?
「ここじゃなあなんだから、部屋へ行くぞ」
ここじゃできない話なのか?
すごく気になるのがけど……。
部屋について土方さんが言った言葉は、
「その楓と言う女は、確か近藤さんが好きだったよな」
と言う事だった。
なんだ、そんなことか。
「安心してください。近藤さんにお子さんが出来たのを見て、楓ちゃんは近藤さんをあきらめて新たなる恋に走っています」
「な、なんだとっ!」
私の話を聞いた土方さんは、怒鳴るようにそう言った。
えっ、なんか、言ったらいけないことを言ったか?
「新たなる恋って、他に好きなやつが出来たと言う事か?」
それ以外になにがあるんだ?
「相手は誰だ?」
そんなことを土方さんが知ってどうするんだ?
「伊東さんです」
「な、なんだとっ!」
そんな、驚くことないじゃないか。
「楓って言う女も、ずいぶん趣味が悪いな」
「やっぱり、あまりいい趣味じゃないですよね。好きになる人が近藤さんや伊東さんって、どうなんでしょうかね」
「近藤さんを伊東さんと一緒にするなっ! 近藤さんの方がいい男に決まってんだろ」
あまり変わりないような感じがするけど。
「で、楓ちゃんがどうかしたのですか?」
「そうだ、その話だ。実は先日、近藤さんが久しぶりに島原に行って、楓にあったんだ」
そうなんだぁ。
「で、近藤さんが楓を見た後、最近綺麗になったよなぁって何回も言っていたんだ」
恋する女は綺麗になるって言うから、それなんじゃないの?
「問題はそこからだ。近藤さんがその楓を気に入ったらしくて、身請けをすると言い出したんだが」
ええっ!そうなのか?
もう少し早ければ、伊東さんを好きにならなくてよかったのにね。
「手遅れでしたね」
「お前、嬉しそうじゃないか?」
そりゃ、数ある近藤さんのお妾さんの一人に楓ちゃんがならなくてよかったなぁって思ったのですよ。
だって、自分だけを愛してもらいたいもんね。
「と言う事で、近藤さんが楓ちゃんのことを見るのが遅かったのですね。あきらめてください」
「そんなんであきらめられるかっ!」
そ、そうなのか?
「お前、何とかしろ」
ええっ、私なのか?
「人の心なんて、動かせませんよ」
「いいか、よく考えてみろ。楓が近藤さんと一緒になるのと、伊東さんと一緒になるのとどっちがいい?」
「どっちも遠慮したいです」
「お前っ! それは近藤さんに失礼だろうがっ!」
そう言う質問をする土方さんが失礼だと思いますが……。
「歳、入るぞ」
タイミングよく、近藤さんが部屋に入ってきた。
「で、どうだ?」
近藤さんがにこにこして私たちに聞いてきた。
「大丈夫だそうだ」
「そうか、蒼良、悪いな」
近藤さんが私の方を見てそう言った。
ちょっと待て、大丈夫って、何が大丈夫なんだ?
それって、私が関係する話じゃなかったのか?
「楓があまりにいい女になっていたからな」
え、楓ちゃんのことだったのか?
「いや、大丈夫じゃ……」
「いや、大丈夫だっ!」
私の、大丈夫じゃないと言う言葉をさえぎるように、土方さんがそう言った。
いや、大丈夫じゃないからねっ!
「楓ちゃんは伊東さんが好きなのですよ」
土方さんの肘をツンツンと肘で突っついて小さな声でそう言った。
「それはお前が何とかしろ」
な、何言ってんだっ!
「人の心を変えさせるなんて無理ですって」
「人の心じゃない、楓の心だ。しかも、近藤さんのことを好きだったんだろ?」
「それは過去のことですからね。今は伊東さんですから」
「あきらめさせろ。お前も伊東さんと一緒になるのは嫌だろ?」
そりゃ嫌だけど、近藤さんと一緒になるのもどうかと思いますよ。
「ん? 伊東君がどうかしたのか?」
小さい声で話していたのに、伊東さんのところだけ聞こえてしまったらしい。
「いや、何でもないです」
「何でもない」
土方さんと一緒にそう言っていた。
「そうか。じゃあ頼んだぞ」
えっ、そ、そうなのか?
「おう、まかせておけ」
えっ、土方さん、そう言っちゃうのか?
近藤さんが笑顔で部屋を出た。
「そう言う事だから、頼んだぞ」
ええっ!
「私、了解してませんよ」
「こうなったら、了解したも一緒だろう」
そうなのか?
「あんな笑顔の近藤さんをがっかりさせたいか?」
そ、それは……。
「あの笑顔を消せねぇだろう」
確かに……。
「わ、わかりました。とりあえず楓ちゃんに聞いてみるけど、うまくいかなくても怒らないでくださいよ」
「うまくいくようにするのはお前の役目だろう」
そ、そうなのか?
ずいぶん難しい役目だぞ。
と言うわけで、この日は堂々と島原に飲みに行った。
しかし、一人ではない。
「お前は飲むなよっ!」
「土方さん、島原に来て飲まないって、つまらないじゃないですか」
「俺は飲まんがな」
土方さんの場合は飲まないじゃなくて、飲めないだろう。
そんな話をしていると、
「おおきに。楓です」
と言って、楓ちゃんが入ってきた。
私たちが真顔でいるので、入ってきた楓ちゃんは一瞬驚いていた。
しかし、さすが芸妓さん。
その後笑顔になって私にお酒をつぎはじめた。
「酒はいい」
土方さんが楓ちゃんを止めた。
「な、なんでですかっ!」
思わずそう言ってしまった。
「酒を飲みに来たわけじゃねぇだろう」
「島原に酒以外何があるのですかっ!」
「女がいるだろうっ!」
「私に女がいても仕方ないじゃないですかっ!」
「俺に酒があっても仕方ないじゃないかっ!」
「あの、お二人はん、喧嘩は……」
楓ちゃんが止めてくれた。
そうだ、喧嘩している場合じゃない。
「土方さんが話があるらしくて」
「え、お前が話があるんだろ?」
ええっ?そうなのか?
「土方さんから話をするんじゃないのですか?」
私は土方さんの肘をつっつき、小さな声で言った。
「お前からしたほうがいいだろう」
「いや、副長である土方さんからの方が……」
「女同士で話したほうがいいだろう?」
「いや、私は見かけは男ですからね」
楓ちゃんは、私が女だって知っているからいいけど。
「なんか話があるんどすか?」
楓ちゃんのその一言で私たちは黙り込んだ。
無言で、お互いの肘をつっつきあっていた。
ああもう、めんどくさいっ!
「あのですね、近藤さんが……」
「お前に惚れたらしい。身請けしたいと言っているが……」
「楓ちゃんの気持ちはどうなのかなぁと思って」
結局、二人で言った。
それを聞いた楓ちゃんは驚いた顔をしていた。
そりゃ驚くよね。
失恋したと思っていたんだもんね。
「それ、ほんまどすか?」
楓ちゃんのその言葉に、土方さんと一緒にコクコクとうなずいた。
「でも、楓ちゃんは伊東さんなんだよね?」
私がそう言うと、土方さんににらまれた。
「お前、余計なことを言うな」
「だって、本当のことじゃないですかっ」
再び、二人でこそこそとはじまった。
「ほんまなん?」
楓ちゃんのその一言で、私たちのコソコソ話は終わった。
楓ちゃんを見ると、驚いたような嬉しいようなそんな顔をしていた。
えっ、これって?
「身請け、待っとりますと、お伝えください」
楓ちゃんがそう言って頭を下げた。
ええっ!そうなのか?
「楓ちゃん、考え直した方がいいよ」
「おいっ! 今それをここで言うかっ!」
「今だから言うのですよ。考え直すなら今だよ」
「いや、楓の思いは近藤さんに伝えておく。きっと喜ぶぞ」
そう、喜ぶよね。
私がうなずくと、楓ちゃんも笑顔になった。
島原からの帰り道に色々考えた。
歴史では、楓ちゃんが妾になる話はない。
これって、もしかして歴史を変えたってことだよね。
これから先も少しずつ変わるかもしれない。
もしかしたら、未来は明るいかもしれないぞ。




