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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応2年12月
310/506

大掃除と餅つき

 いつも通り、土方さんが雨戸を開けた。

「今日はなんかあるのか?」

 雨戸を開けた土方さんが、西本願寺の方を見て言った。

「西本願寺ですか? 何かの行事か何かですかね」

 私も、土方さんの下に潜り込んで、一緒に見てみた。

 確かに、いつもと違ってにぎやかだ。

 騒々しいと言うのか?

 西本願寺にしては珍しい。

 いつも読経の声しか聞こえてこないから。

 西本願寺の方を気にしつつ、いつも通り朝食を食べて巡察に出ようと思い、外に出た。

 西本願寺との仕切りがあるところで一緒に巡察をする斎藤さんを待っていた。

「新選組は、大掃除もせんのか?」

 私の待っていた場所が悪かったのか、西本願寺の庭を掃除していたお坊さんたちはコソコソとそう言ってきた。

 内緒話のつもりなんだろうけど、思いっきり聞こえているからね。

 わざと聞こえるように言っているのか?

「大掃除もせんのは不潔やなぁ。不潔がうつるわ」

 うつるわけないだろう。

 大掃除、大掃除って、いったい何なのさ。

 西本願寺で何か大きな行事があって、それで新選組も掃除しろって言っているのか?

 しばらく待っている間も、大掃除、大掃除とつぶやきつつ悪口言っているので、一言文句言ってやろうかと思った。

 最後に、付け加えるように、

「ほんまに大掃除せんつもりやで」

 と言ってきたので、私もブチ切れた。

「さっきから聞こえるように言っていますが、文句があるなら、堂々と言ったらどうですかっ! 全部聞こえてますよっ! 大掃除、大掃除って、なんの行事があるのですかっ!」

 私が怒鳴ったから驚いたのか、お坊さんたちはあぜんとした顔で私を見ていた。

「新選組には、お正月いうもんがないらしいで」

 お坊さんたちはそう言うと、向こうへ行ってしまった。

 え、お正月?

 ああっ!年末じゃないかっ!

 それで大掃除とか騒いでいたんだな。

 大変だっ!大掃除やらなければ新年がむかえられないじゃないかっ!

 と言う事で、急いで土方さんのところに行った。


「そんなもん、やらなくてもいいだろう。昨年もやってねぇぞ」

 そ、そうだったか?

「でも、西本願寺のお坊さんたちにばかにされたのですよ。悔しくないのですか?」

「別に、言わせとけばいいだろう」

 そう言われると、何も言えなくなってくるのですが……。

「大変だ、歳っ!」

 土方さんとそんな話をしていると、近藤さんがやってきた。

「近藤さん、どうしたんだ?」

「新年がもうすぐ来ると言うのに、大掃除をするのを忘れていた」

 近藤さんも、私と同じことを思っていたのか?

「近藤さんまで。誰かに言われたのか?」

「朝、ここに来る前にお孝が大掃除をしていたから、思い出したのだ」

 お孝とは、近藤さんのお妾さんだ。

 お孝さんの前のお妾さんがお雪さんと言って、元深雪太夫と呼ばれていた人だ。

 その妹のお孝さんに手を出した近藤さんは、今はお孝さんと一緒に暮らしている。

 近藤さんは女性付き合いが派手なんだから……って、今そんなこと思っている場合じゃないわ。

「なんだ、くだらねぇな」

「歳、くだらなくなんかないぞ。来年をいい年にしたいのなら、大掃除をやるべきだ。今日は大掃除をするぞ」

 来年の年末は戦前で大掃除とかしている場合じゃないから、今のうちにやっといたほうがいいだろう。

「と言う事で、頼んだぞ、歳」

 と言って、近藤さんは部屋を出て行った。

「仕方ねぇな。各組長を呼んでこい」

 土方さんに言われて、私は組長を呼びに行ったのだった。


 各隊の組長が呼ばれ、そこから他の隊士たちに今日は大掃除をやることが伝わり、屯所が大掃除で賑やかになった。

「ここも掃除するか。いつも掃除してんだけどな」

 土方さんが部屋を見回して言った。

「押入れとか普段できないところをやりましょう」

 そう言いながら、私は押入れを開けた。

 押入れの中に見慣れない箱が入っていた。

 なんだろう?

「あ、それは開けるな」

 と、土方さんが言ったけど、そう言った時はすでに私は箱に手をかけていて開けていた。

 手紙の束が入っていた。

「な、何ですか、これは……」

 出し忘れた手紙とか?

「俺が島原や祇園の芸妓からもらったものだ」

 要は、ラブレターってやつか。

「なんでそんな物を箱に入れてとっといてあるのですか?」

 なんかイライラしてきたぞ。

「どう処分していいかわからないから、そのままにしておいた」

 処分に困るって、普通に処分すればいいだろうがっ!

「お前、適当に処分しといてくれ」

「な、なんで私が処分しないといけないのですか?」

「じゃあ、とっとくか」

「それって、もてない男性が恋文をもらった記念にとっておくみたいな感じですね」

「お前、そう言ういい方はねぇだろうが」

 確かに言い過ぎたかなぁと思うんだけど、イライラして歯止めがきかないのよ。

 なんでだろう?

「そこまで言うなら、処分しろっ! 俺は別に記念にとっといているわけじゃねぇんだからな」

「わかりました。私が処分しますよっ!」

 売り言葉に買い言葉ってやつだろう。

 私はその箱をもって部屋を出た。

 で、どう処分すればいいんだ?


 外に出たら、斎藤さんがごみを燃やしていた。

 燃やしちゃえばいいか。

「斎藤さん、これもお願いします」

 そう言って、箱の中身を火の上に出した。

 大量の恋文が火の中に落ちて行った。

「なんだ? 文のようだったが」

 火がいきわたるように、恋文の山を棒で平らにした斎藤さん。

「恋文ですよ」

「お前に来たやつか?」

「土方さんに来たやつですよ」

「それをお前が捨てに来たのか?」

 なぜかそうなったのですよ。

「女が女の文を捨てるとはな。何もなければいいが」

 え、何かあるのか?

「お前の無事を祈っているよ」

 ニヤリ笑って斎藤さんが言った。

「な、何かあるのですか?」

「わからないのか?」

 まったく、全然わかりませんが。

「わからないほうがいいこともあるさ」

 いや、それってものすごく気になるじゃないですかっ!

「なんですか? 教えてくださいよ」

 私が言うと、もったいぶった感じで斎藤さんが話し始めた。

「女から土方さんの文ってことは、恋文だろう?」

 そう言われたので、私はうなずいた。

「それを女であるお前が捨てたと言う事は、恋文を書いた女の怨念にお前が取りつかれることがあるってことだ」

 えっ?どういう事なんでしょう?

「恋文を出した女たちが、恋文を捨てたお前にやきもちを妬いて、それが怨霊となって取りつくってことだ。お祓いしてもらったほうがいいぞ」

 そ、そうなのか?

「ど、どこでお祓いを?」

「西本願寺でもやってるんじゃないのか?」

 思わず西本願寺の方を見てしまった。

 近いのはいいけど、近すぎるってどうなの?

 文句言われちゃいそうだし。

「他のお寺はありますか?」

「寺でも、神社でもどこでもやってくれるだろう。早く行った方がいいぞ」

 そ、そうだよね。

 怨霊で何かあったら大変だもんなぁ。

 土方さんも、変な仕事を私に頼んでくるからこんなことになっちゃったじゃないかっ!

「す、すぐに行ってきます。教えていただいてありがとうございます」

「礼はいらん。全部冗談だからな」

 え、冗談?

 斎藤さんを見ると、おなかを抱えて笑っていた。

 本気にしたじゃないかっ!一瞬、怨霊に取りつかれた自分を想像しちゃったんだからねっ!

「こんなにあっさりとだまされるとは思わなかった」

 と言いながらも、斎藤さんはまだ笑っていた。


 空になった箱を持って部屋に向かって歩いていると、大部屋の前から恐ろしい言葉が聞こえてきた。

「この布団、かびてるぞ」

 布団がかびた?

 信じられないその言葉に思わず立ち止まってしまった。

 すると、大部屋から布団を持った藤堂さんが出てきた。

「あ、蒼良そら。布団にかびが生えているみたいでさ」

 ふ、布団にかびが生えるのか?

 ダニはいると聞いたことはあるけど……。

「ずうっと押入れに入っていたからかな」

 藤堂さんが持っている布団から、かび臭い匂いがした。

 よく見ると、ところどころ黒くなっているし、本当にかびてるわ。

「干してもはえたかびは消えないですよね」

 藤堂さんが持っている布団を見ながら言った。

 ところどころに黒いかびがついている。

「それで消えたらいいのだけどね」

 藤堂さんも困ったように言った、

 この時代、布団クリーニング屋さんなんてないし、かびを落とす強い洗剤もないし。

「捨てるしかないのかな」

 それしかないかも。

「大部屋の布団はみんなの分はあるのですか?」

「たぶんあると思うよ。半分は敷きっぱなしだけどね」

 そ、そうなのか?

 夜の巡察があったりするから、たたまなくても、すぐにそこに寝る人がいるから敷きっぱなしなんだろうなぁ。

 本当は、ちゃんと布団をたたんだほうがいいんだけどね。

「斎藤さんが、外でごみを燃やしていたので、そこで燃やしてもらうしかないですね」

「うん、そうするよ」

 藤堂さんはかびた布団を抱えて去っていった。


 部屋に帰ると、私たちの部屋はすでに綺麗になっていた。

「遅いぞ。全部掃除が終わったぞ」

 はたきを握ったまま土方さんが言った。

「似合ってますね」

 と言ったら、

「うるせぇ」

 と言われてしまった。

「歳っ! 大変だっ!」

 再び近藤さんが入ってきた。

「今度はどうした?」

「八木さんの家から使いが来て、今年は餅いらんのかっ! と言われたんだがな」

 年末だから、餅つきもやるよね。

 屯所の大掃除と八木さんの餅つきが重なったのか?

「餅、いらんと言っておけ。一年ぐらい餅が無くても死にやしねぇよ」

 ええ、そうなのか?

「土方さん、餅は必要ですっ! 一年の始まりはお雑煮を食べたいじゃないですか」

 私が言うと、

「蒼良の言う通りだ。一年の始まりは雑煮から始めないとな。正月と言ったら餅だしな」

 と、近藤さんも同調してくれた。

「わかった、わかった。隊から誰か八木さんの家に行かすよ。お前と……」

 土方さんが私を指さした後、顔をキョロキョロさせていた。

「お前以外に誰も思いつかねぇぞ。こっちも大掃除だしな。人手がほしいぐらいだからな」

 そうなんだよね。

 って、私以外にって、私はもう決定なのね。

「歳は掃除終ったのか?」

「俺か? 今終わったところだ」

「それなら歳が行けばいいだろう」

「え、俺か?」

「え、土方さんですか?」

「おい、俺が言ったらなんか不満でもあるのか?」

 私の言葉が聞こえたみたいで、土方さんにそう言われてしまった。

 ほぼ一緒に言ったから、聞こえてないと思ったんだけど。

「いや、別にないですよ」

「よし、なら決まりだ。歳と蒼良、頼んだぞ」

 結局私たちが行くことになった。


「今年は、あんたがきたんか」

 八木さんは土方さんの姿を見るとそう言った。

「俺じゃあ不満か?」

「いや、副長直々に来るとは、うちもえろうなったなぁと思うとったんや」

 八木さんの笑顔は引きつっていた。

 もしかして、土方さんじゃ役に立たないとかって思われているのかなぁ。

「土方さん、お餅つきってしたことありますよね」

「あたりめぇだろうがっ!」

 それなら大丈夫そうだけど……。

「よし、やるぞ」

 土方さんのその一言でお餅つきが始まった。


 お餅つきは無事に終わったのだけど、お餅を丸くするところを土方さんは四角にした。

「うちは丸餅なんや」

 それを見つけた八木さんは土方さんにそう言った。

「俺のところは角餅だ。前から言おうと思っていたが、なんで正月は丸餅なんだ? 普通は角餅だろう」

「そんな勝手なこと言うて。うちは正月いうたら丸餅なんや」

「いや、角餅だ」

 しばらく二人で言い合いをしていた。

「二人とも、お正月の餅が丸でも四角でもそんなに変わりないですよ。だから、言い合いはやめてお餅の形を整えてくださいよ」

 お餅が固くなってしまうだろう。

「餅の形は大事だっ!」

 土方さんと八木さんで声をそろえて言ってきた。

「わかりましたっ! 間をとって、三角にしましょうっ!」

 私が言うと、しばらく沈黙があった。

「角餅も作ってええで。でも、丸餅も作ってや」

「そう言ってもらえるとありがたい」

 話が解決しているのだけど……。

「あの、三角はどうしますか?」

「そんな餅、食えるわけないだろうがっ!」

「正月から三角なんて縁起悪いわ」

 そ、そうなのか?

 二人が喧嘩しているから、間をとって三角って言ったのだけど。


 それから、お餅をごちそうになって、お正月に食べるお餅をもらって帰った。

 今年は、丸餅と角餅が半分ずつあった。

「お前は丸餅か?」

 お餅を持った土方さんに聞かれた。

「うちも角餅ですよ。これって、西と東で別れるらしいですよ」

「へぇ、初めて知った」

 そうなんだ。

「だから、京は丸餅なんだな。最初は俺も驚いた。でも、やっぱり正月は角餅だろう」

「人それぞれだと思いますよ」

 出身地によって違うと思うし。

「今度の正月は選べるからいいな。お前には三角の餅をやるから心配するな」

 えっ、そうなるのか? 

「できれば私も四角い餅がいいのですが」

「三角って言っていただろう」

 それは、八木さんと土方さんで言い合いしていたからそう言ったのだろう。

 そう思っていたら、クックックと、土方さんが笑い出した。

 じ、冗談だったのか?

「本当にお前は面白いやつだな」

 面白いって……。

 私はおもちゃじゃないですからねっ!

 みんなで私に冗談を言いやがって。

「そう怒るな。お前も四角い餅にしてやるから」

「本当ですか? わかりました」

「これで機嫌が治るお前って……」

 そう言いながら、また土方さんが笑い始めたのだった。

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