制札事件の恩賞金
土方さんに近藤さんの部屋に来るように言われたので行ったら、原田さんとかもいた。
このメンバーは、制札事件の時のメンバーじゃないのか?
と言う事は、もしかして……。
「お、来たな。座れ」
私の顔を見た土方さんがそう言ってきたので、原田さんの隣に座った。
「これって、恩賞金か何かもらえるのですかね?」
原田さんに小さな声で聞いた。
「なんの恩賞金だ?」
え、このメンバーを見ても思い出せないのか?
「三条であった制札事件の恩賞金ですよ」
私がそう言うと思い出したのか、
「ああ、あれか」
と思い出したらしい。
「あれは、俺たちはたいして働いてないぞ。恩賞金じゃなくて、怒られるんじゃないのか?」
え、今更怒られるのか?
確かに、今までの事件と比べると、逃がした人数が多かった。
と言うのも、どこからともなくお酒が出てきて、それをみんな飲んでしまったものだから、いざと言うときは酔っ払っていた。
それと、見張っていた人が大石さんを呼びに行くことになっていたのだけど、怖くなったのか、呼びに行くのが遅れてしまった。
結果的に新選組は大勢待機していたのにもかかわらず、八人中五人も逃がしてしまうと言うお粗末な結果になってしまった。
「これで全員そろったな」
土方さんがそう言った。
あ、私待ちだったのね。
ゴホンと近藤さんが咳ばらいをした。
「先日の三条大橋での制札事件、よく解決してくれた。その働きに対し、会津藩から恩賞金が出た。こちらで分けておいたから受け取るといい」
わーい、恩賞金だぁ。
でも、私のはないかも。
だって、隊士として登録されていないから。
みんなが受け取り、恩賞金がひとやま残った。
「受け取ってねぇやついるだろう?」
誰が受け取ってないんだ?
「おい、お前ももらっていいんだぞ」
土方さんにそう言われた。
「え、いいのですか?」
思わず腰を浮かせてしまった。
「蒼良だっておおいに働いたじゃないか。だから、大きな顔をして受け取るといい」
近藤さんがそう言うと、土方さんがその横でうなずいていた。
え、本当にいいのか?わーい。
「ありがとうございます」
遠慮なく受け取った。
何に使おうかなぁ。
「たいした活躍をしてないんだけどなぁ」
私の横で原田さんがそうつぶやいていた。
「くれると言っているのですから、もらいましょうよ」
私がそう言うと、
「そうだな」
と言って受け取っていた。
「蒼良は恩賞金を何に使うんだ?」
一緒に歩いていた原田さんにそう聞かれた。
恩賞金を受け取ってから、みんな町に繰り出して行ったので、流れるように私たちも町にでた。
それからあっちこっちへと散っていき、最後には原田さんと二人になった。
「原田さんは何に使うのですか?」
「俺も特に考えてないな」
そうなんだ。
「とりあえず、貯金しようかな?」
「え、ちょきん?」
え、この時代にはそう言う言葉がなかったか?
「とりあえず、使わないでとっておこうかなぁ」
貯金と言う言葉を言い直した。
「いや、せっかくもらったのに、使わないのもおかしいだろう」
え、そうなのか?
そう言えば、江戸っ子って、宵越しの金は持たないって言うよね。
あれ?原田さんは江戸っ子じゃないぞ。
伊予の人だって聞いたことあるし。
「でも、何に使えばいいのですかね?」
何も思いつかない。
「ほしいものとか無いのか?」
この時代にほしい物ってないんだよねぇ。
現代に帰ったら、きっとほしいものがいっぱい出てくると思うのだけど。
「ないですね」
「蒼良は欲がないなぁ。酒とかたくさん買うとかないのか?」
「ああ、いいですね。思い切って樽で買えそうですね」
屯所に帰ると、私が買った樽に入ったお酒が置いてある。
わーいと思って、それを飲み始めると、他の隊士の人たちも気がつき始めて酒宴が始まる。
そして酔っ払いが大量に生産されて、土方さんに怒られる……。
これって、あまりいいことじゃないなぁ。
「やっぱり、やめときます」
「そうか? いい案だと思ったんだけどなぁ。でも、屯所で飲んでも楽しくないな」
そうなのか?
「俺は、蒼良に何か買ってやろうと思ったけど、ほしいのが無ければ仕方ないな」
「いや、私はいいですよ。原田さんの好きな物を買ってください」
「でも、俺は恩賞金をもらうほど活躍はしてなかったからなぁ」
それを言ってしまうとそうなんだけどなぁ。
そう言えば、原田さんみたいに誰かにプレゼントするのもいいかもしれない。
クリスマスも近いし、それっていいかも。
プレゼントするなら土方さんかな。
色々お世話になっているしなぁ。
「原田さん、買いたい物を見つかりましたっ!」
原田さんに報告すると、
「お、見つかったか?」
と、原田さんが嬉しそうに言ってきた。
「俺が買ってやるよ」
いや、それじゃあ意味がない。
「いいですよ。初めてもらったお金なので、私が自分で買いたいのです」
それでこそ意味があるのだ。
「そうか。で、なんだ? 買いたいものは?」
そう言われて気がついた。
買いたいもの……何だろう?
土方さんって何がほしいんだ?
それからしばらく町をフラフラした。
「買いたいものがあるけどわからないって初めてだな」
原田さんがそう言いながら、お店を見て歩いていた。
私もこんなこと初めてですよ。
「でも、たまには見て歩くのも楽しいですね」
この時代でも色々なものが売っている。
「人の買い物って疲れるが、蒼良の買い物は楽しいよ」
そうなのか?
「ただ見ているだけですよ。突き合わせてしまって申し訳ないです」
「いや、謝らなくていいさ。蒼良と一緒だから楽しいのかもな」
そ、そうなのか?
確かに、珍しいものがあると飛びついて見に行ったりしていたからなぁ。
それを見ておかしく思ったのかもしれない。
そんななか、綺麗なトンボ玉がたくさん置いてある出店を見つけた。
「わぁ、綺麗っ!」
例のごとく、飛びつくようにその出店に向かって行った。
そのお店は、トンボ玉でできた根付けを売っていた。
ちなみに根付けとは、巾着とか財布とかを持って歩くのに、それにひも状の物をつけ、帯にはさむようにしてつけるのだけど、落ちないようにひっかけておく物だ。
現代で言うと、携帯のストラップのような感じ。
これでおしゃれを楽しむのもこの時代の人たちらしい。
そのお店にも、たくさんの根付けが売っていた。
どれが土方さんらしいかな?
丸いトンボ玉の中にだるまが入ったものがあった。
だるまは縁起ものだったはず。
「これにしようかな」
そのトンボ玉でできただるまの根付けを持ってみた。
「蒼良にしては、渋いなぁ。もっと女らしいものを買ったらどうだ? この花のやつなんていいだろう?」
原田さんは桜のような花がたくさん書いてある綺麗な根付けを出してきた。
あ、それ、綺麗。
「でも、普段こんな格好しているので、そんな綺麗なものをつけたらおかしくないですか?」
それに、表向きには男になっているからね。
「そうか。なら、女に戻った時につければいい」
それもいいかも。
「それなら、この二つの根付けをください」
と、お店の人に出した。
「え、二つ?」
原田さんが驚いてそう言った。
あれ?二つ買ったらいけなかったか?
「二つも買うのか?」
「こっちは土方さんに買ったのですが……」
私は、だるまの根付けを出してそう言った。
「え、土方さん?」
「はい。いつもお世話になっているので」
「あ、なんだ、そうか、そうだよな」
原田さんががっかりしたように見えたのは、気のせいか?
「もしかして、原田さんもほしかったですか? 根付け」
もう一つぐらい余裕で買えそうだから、原田さんのも買おうかな。
「いや、女に買ってもらうのもなんだから、俺が蒼良に買ってやる」
え、そうなのか?
原田さんは、自分が選んだ綺麗な方の根付けを私から取ってお店の人に出した。
結局、私の根付けは原田さんが買ってくれた。
「なんか、すみません。何もお返しが出来なくて」
「気にするな。俺にとっては、蒼良の笑顔がお返しになるから」
お返しがそんなものでいいのか?
そして、今度は原田さんがお金を使う番になったのだけど、やっぱりこれが一番いいだろうと言う事で、なぜか永倉さんと藤堂さんも誘って一緒に島原に来た。
「俺がおごるから、遠慮するな」
原田さんはそう言うと、お酒と料理をたくさん頼んだ。
「じゃあ遠慮なく」
永倉さんは本当に遠慮なく食べたり飲んだりしていた。
「みんなでこうやって飲むの、久しぶりだね」
藤堂さんも嬉しそうに飲んでいた。
「原田さん、物買わなくてよかったのですか?」
これって本当に消えてなくなっちゃうよ。
「今回の恩賞金は、俺はたいして働いてないのにもらったから、持っているのがきついんだ」
そんなことがあるのか?
お金もらえたらうれしいけどなぁ。
「そんな金はぱあっと使って消すのがいい」
そ、そうなのか?
原田さんがそう言うのなら、そうなんだろう。
「蒼良も遠慮なく飲め」
「本当ですか? じゃあ遠慮なく」
「蒼良は本当に遠慮がないぞ」
永倉さんにそう言われてしまった。
「そんなことはわかっているさ」
原田さんも笑いながらそう言った。
そんなに遠慮なく飲んでいるのかなぁ、私。
そう思いつつ、徳利を空にした。
それを自分で見て、確かに遠慮ないかもって思ってしまった。
帰りは案の定永倉さんが酔っ払い、原田さんと藤堂さんで抱えて帰ることになった。
「左之、出世したなぁっ!」
大きな声でレロレロと怒鳴る永倉さん。
「うるせぇ、近所迷惑だ」
と言いながらも笑顔で言っていた原田さん。
「こういう金になる仕事をしないとなっ!」
「新八さん、仕事は金で選べないからね」
藤堂さんがそうつっこんでいた。
確かに、お金になる仕事ってあまりないよなぁ、新選組って。
「蒼良、急に落ち込んでどうした?」
原田さんに言われてしまった。
「新選組も、もっとお金儲けしたほうがいいですよね」
「お、蒼良も言うようになったなっ!」
「うるせぇよ、新八っ!」
パコッと原田さんが永倉さんの頭を殴っていた。
「蒼良、それって隊の規則に違反するよ」
藤堂さんに言われてしまった。
え、そうだったか?
「勝手に金策するなっていうやつだな」
原田さんがそう言った。
そう言えば、そんな規則もあったよなぁ。
「規則を破りましょうっ!」
私がそう言うと、
「蒼良も、酔ったか?」
と、原田さんと藤堂さんに言われてしまった。
永倉さんだけが、
「いいぞっ!」
と、言ってくれたけど、酔っているから、きっと明日にはその記憶も消えているだろう。
「金は、たくさんあっても困るし、少なくても困る物なんだ。それに、人の心も奪われることもあるからな。そんなものはたくさんは持っていないほうがいい」
確かに、原田さんの言う通りだなぁ。
「左之さん、たまには深いことを言うね」
藤堂さんが原田さんをちゃかした。
「たまにじゃねぇよ。いつもと言え」
原田さんは笑顔で藤堂さんにそう言っていた。
「左之ぉっ! 俺は猛烈にうれしいぞっ!」
永倉さんが再び叫んで、原田さんに殴られていた。
「恩賞金でさっそく飲んできたか」
屯所に帰り部屋に行くと、土方さんがまだ起きていた。
「まだ起きていたのですか?」
寝ているところを忍び込めば、飲んだことがばれないと思ったのに。
「コッソリと忍び込めばとかって思ってたんだろう?」
しかも、こっちの思いもばれてるし。
「原田さんが今日もらった恩賞金でごちそうしてくれたのですよ」
「へぇ、そうか。お前も何か買ったのか?」
土方さんのその一言で自分が何を買ったか思い出した。
「これ、土方さんに。だるまは縁起物らしいですよ」
昼間買った根付けを土方さんに渡した。
「これを俺に買ったのか?」
土方さんは驚いていた。
「はい。気に入りませんか?」
なんか、驚いているし、ひょっとして趣味に合わなかったかなぁ。
「俺がもらっていいのか?」
土方さんに買ったんだから、遠慮なくもらってもらえれば嬉しいんだけどなぁ。
「嫌でしたか?」
「いや、そんなことはない。ありがたくいただくさ。明日さっそくつけよう」
気に入ってくれたみたいだ、よかった。
「せっかくの恩賞金、俺にじゃなくて、自分に何か買えばよかっただろう」
「せっかくの恩賞金だから、土方さんに買ったのですよ。いつも色々お世話になっているし、それにクリスマスも近いですしね」
「え、くりすます? ああ、いつか総司と近藤さんがやっていたあれかっ!」
そ、そんなことがあったか?
あったような気がする。
「なんにせよ、お前が買ってくれたものだからな。大事に使うさ」
よかったぁ。
「で、そのくりすますってなんだ?」
「ああ、それですね。イエス・キリストが生まれた日をお祝いするのですよ」
「お、お前っ! 異教徒だったのかっ!」
え、そ、そうなるのか?
鎖国が終わったばかりとはいえ、長く鎖国をしてキリスト教を禁教にしていた時代だったから、キリストと言う名前を聞くとそうなるのかもしれない。
「いや、異教徒でも何でもないですよ。私の時代ではみんな普通にクリスマスを楽しんでますから」
「お前の時代は異教徒だらけなんだな」
そ、そうなるのか?
土方さんから見たら、そうなってしまうのか?
「いや、違います。これには深いわけがあるのですよ」
説明してもわからないだろうなぁ。
私の時代に来て見てくれればわかるかもしれないのだけど。
その言い合いがひと段落つくと、土方さんが、
「お前は、自分のほしい物がなかったのか?」
と聞いてきた。
「ありましたよ」
ありましたけど……。
「それを買えばよかっただろう」
ええ、買ってよかったのか?
「いいのですか?」
「お前の金だから、遠慮なく買えばいいだろう」
「わかりました。明日さっそく買いますね。酒樽を」
なんだ、土方さんに怒られるからと思って遠慮したけど、遠慮することなかったじゃん。
「おい、今なんて言った?」
「酒樽、買ってきますね」
「ばかやろうっ! そんなことをした日には、屯所に酔っ払いが増えるだけだろうがっ!」
やっぱり怒られたのだった。




