土方さんにやきもち?
慶喜公が十五代将軍に即位した。
「蒼良の勘はあたるな」
夜の巡察中に永倉さんに言われた。
えっ?と思っていたら、
「言っていただろう。次は一橋慶喜公が将軍になるって」
と言われた。
ああ、確かに言っていたような気がする。
「あの人は、ここがいいらしいから、幕府も安泰だな」
ここと言うところで、自分の頭を指さした永倉さん。
「安泰でもないですよ」
とうとう、最後の将軍が即位したかと言う感じだ。
「なんだ、また蒼良の勘か?」
「そうですね、勘です」
永倉さんは、私が未来から来たことも女だと言う事も知らないので、勘でごまかしておいた。
相変わらず進化のない私。
「で、その勘によると、安泰じゃないと言う事は何かがあるんだろ?」
「おおありですよ」
あんなことやこんなことがあるのですよ。
「なにがあるんだ?」
「まず、戦がありますね」
来年の今頃は戦の前と言う感じでピリピリしているだろう。
そんなことを思っていると、背中にドンッ!と言う衝撃があった。
永倉さんが力いっぱい私の背中を叩いていた。
「いくらなんでもそれはないだろう」
あははっ!と、永倉さんは豪快に笑っていた。
私は、背中を突然たたかれたので、ゴホゴホとむせていた。
「長州征伐でもう精一杯って感じだったぞ。そんなすぐに次の戦があるわけないだろう」
それがあるんだよなぁ。
「なんなら、何か賭けるか?」
えっ、賭け?
「戦があったら、俺が蒼良の言う事を何でも聞く。その代わり、戦が無ければ、蒼良が俺の言うことを聞く。どうだ?」
え、いいのか?私、勝つ自信満々なんだけど。
「いいのですか?」
「その言い方は、蒼良が勝つ自信があると言う事だな」
「ありますよ」
胸を張って私は言った。
だって、未来を少し知っているんだもん。
「俺も自信あるぞ。蒼良が俺の言うことを聞く日を楽しみにしているからな」
私の方こそ、楽しみにしているぞ。
「さて、蒼良に何をしてもらおうかな。裸で三条大橋を逆立ちして渡ってもらおうかな」
えっ、言うことを聞くって、そう言う事をするってことなのか?
「永倉さん、裸は勘弁してもらいたいのですが……」
ばれてしまうだろう。
いや、ばれるばれない以前の問題だ。
「一つだけやらなくてもいい方法があるぞ」
そんな方法があるのか?
「蒼良が賭けで勝てばいいんだ」
あ、なるほど。
それなら大丈夫だ。
「わかりました。大丈夫そうです」
と、笑顔で言うと、
「本当に自信があるんだなぁ」
と、永倉さんに言われてしまった。
私は、永倉さんに何をしてもらおうかなぁ。
しばらく歩いていると、島原に入った。
「おい、あれ、土方さんじゃないのか?」
永倉さんが、私の肩を叩いてから指をさした。
指をさした方を見ると、土方さんが建物から出てきたところだった。
「あそこは、揚屋だぞ」
揚屋とは、芸妓さんを呼んで飲んだりするところだ。
と言う事は、芸妓さんがいると言う事か?
「土方さんも、馴染みの芸妓とかいるんだろうなぁ」
そ、そうなのか?
「そんなこと、聞いたことないのですが……」
恋文をたくさんもらって、その処理に困って実家のあるところに送りつけたことはあるが、馴染みの芸妓がいてなんて話は聞いたことがない。
「蒼良、土方さんも男なんだ。お前も男なら、土方さんじゃなく、女を追いかけないとな」
いや、私は女なんだけど。
それに……。
「別に、土方さんを追いかけてませんよ」
「そうむすっとした顔で言うなよ」
わしわしと乱暴に永倉さんに頭をなでられた。
「おい、女が出てきたぞ」
永倉さんのその言葉と同時に、なぜか物陰にに隠れた私たち。
「なんで隠れたのですか?」
別に隠れなくてもいいと思うのだけど。
「ほら、雰囲気を壊したら悪いだろう」
そ、そうなのか?
「おお、女の方が積極的だぞ」
永倉さんのその言葉で土方さんの方を見た。
女の人が、土方さんの腕に両腕を巻き付けてひっついている。
それが美男美女でものすごく絵になっていて、なぜか悔しかった。
土方さんたちはそのまま夜の町に消えていった。
それを見送ってから、私たちは物陰から出た。
「どこに消えていったんだろうな?」
永倉さんが、土方さんたちが消えて言った方を見て言った。
「どこでしょうね。そんなものどこだっていいじゃないですか」
「蒼良、怒っていないか?」
私が怒ってる?
「別に、怒っていないですよ。普通です」
イライラはするけど。
なんでこんなにイライラするんだろう?
「土方さんだって男なんだから、女に興味があるのは当たり前だ。そう怒るな」
「だから、怒ってませんよっ!」
私がそう言ったら、
「怒っていると思うんだけどなぁ」
と、ブツブツと永倉さんがつぶやいていた。
夜の巡察を終え屯所に帰ると土方さんがいた。
「あ、いたのですか?」
土方さんは、何事もなかったかのように書き物をしていた。
「なんだ、いたら悪いか?」
「いや、悪くないですよ」
やっぱり、イライラしている私。
そして、そんなイライラしている私が自分自身でいやになっている。
「何かあったのか?」
土方さんが、書き物をしていた手を止めて、私の方を向いた。
「いや、別に。何もないですよ。土方さんこそ、何かあったんじゃないですか?」
聞きたくなかったんだけど、聞いてしまった。
「別に何もないぞ」
嘘だ。
「女の人と一緒にいたの見ましたよ。土方さん、人気があるから」
「なんだ、見ていたのか? どこで見た?」
「島原で永倉さんと見ました」
「声をかければよかっただろう」
声をかけれたら、かけてましたよ。
そんな雰囲気じゃなかったんじゃないですか。
ああ、何イライラしてんだろう、私。
このまま土方さんと話していると、喧嘩しちゃいそうだ。
別な部屋に行こう。
「今日は、沖田さんの部屋に行きます」
そう言って、私が立ち上がると、
「はあ? お前、何言っているんだ?」
と、土方さんもそう言って立ち上がった。
「土方さんと喧嘩したくないので」
「なんで俺と喧嘩するんだ?」
「イライラするのですよ。だから、部屋を出ます」
「おい、ちょっと待てっ!」
と呼び止める土方さんを部屋に残し、私は勢いよく襖を閉めた。
「僕は別にかまわないけど」
沖田さんの部屋に行ったら、そう言って中に入れてくれた。
「ただ、布団が一つしかないんだよね。一つの布団で一緒に寝る?」
え、そうなのか?
「布団、持ってきます」
大部屋に行ったら、布団の一つや二つ余っているだろう。
「僕も一緒に行くよ」
普段なら、
「行ってらっしゃい」
と言って見送りそうなんだけど、この日はなぜか一緒についてきてくれた。
布団を持って戻ってくると、
「蒼良、何かあったの?」
と、聞かれた。
「別に、何もないですよ。土方さんと一緒にいたら、イライラして喧嘩しそうだったので、部屋を出たのです」
「あ、そう」
沖田さんは、一瞬、何か聞きたそうな顔をしたけど、そう言って聞いてこなかった。
「僕は別にかまわないよ。蒼良がいたいだけいればいいよ」
「すみません。お邪魔します」
「うん、いいよ」
沖田さんが、私の頭を優しくなでてくれた。
なんか、その優しさに泣きそうになってしまった。
今日は、イライラしたり、泣きそうになったり、一体なんて言う日なんだ。
それから、しばらくは沖田さんの部屋で暮らしていた。
そのせいか、土方さんにあまり会うことが無かった。
部屋が違うだけでも、こんなに会わないもんなんだなぁと、少し寂しいような、ホッとしたような感じがした。
沖田さんは、あれからも私が沖田さんの部屋に来た理由を聞いてこなかった。
ただ、
「このままずうっと一緒の部屋でもいいかな。二人だと寂しくないから。それに、蒼良は労咳にならないから安心できるし」
「そう言われると、本当にずうっとここにいますよ」
ちょっと冗談交じりでそう言ったら、
「いいよ。いなよ」
と、沖田さんが真面目な顔をして言った。
「僕は、蒼良が好きだから、いつまでもいていいよ」
真面目な顔をしたと思ったら、今度はいつもの楽しそうな顔をしてそう言ってくれた。
甘えちゃって、すみません、沖田さん。
同じ屯所の中にいて、こんなに土方さんに会わないなんて、すごいなぁと思っていると、廊下の向こうから、土方さんの姿が見えた。
思わず身を隠してしまった。
なんで隠れないといけないんだ?と思いつつ隠れてしまう私。
「おい、何かくれてんだ?」
私の耳の横で土方さんん声がした。
「うわああっ!」
見たら土方さんがあまりに近くにいたので、驚いてしまった。
「俺は化け物かばかやろう」
だって、こんな近くにいるとは思わなかったのですよ。
「それに、お前、俺を避けてるだろう?」
「避けてませんよ」
と言いながら、さっき土方さんの姿を見かけら隠れたけど。
「こんなにお前に会えないのはおかしいだろう」
それは私も思っていたけど、別に避けてなんかないぞ。
「よし、捕まえた」
土方さんは、私の腕を強くつかんだ。
え?捕まえた?
「よし、行くぞ」
え?行く?
どこに行くんだ?
そう聞く間もなく、つかまえられたまま連れ出されたのだった。
着いたところは、嵐山だった。
やっぱりなぁ、少し予感はしていた。
「雪が降っていない冬の嵐山は初めてですね」
周りの木は、すっかり葉が落ちて木の枝だけになっている。
それが少し寂しげな感じがした。
「もう話しても逃げねぇな」
あ、土方さんに捕獲されたままだった。
やっと土方さんが私の腕を離した。
「お前が怒っている理由は、新八から話を聞いてだいたいわかった」
「別に、怒っていませんよ」
イライラはしたけど、怒っていないからね。
そう言ったものの、土方さんはなぜか嬉しそうな顔をしていた。
なんでそんなに嬉しそうな顔をしているんだ?
「わかった、怒ってねぇんだな。お前がそう言うなら、それでいいさ」
「土方さんは、嬉しそうな顔をしていますね」
ちょっとムッとしながらそう言った。
「別に、そんな顔してねぇぞ」
自分の顔は鏡がないと見れないから、わからないよね。
「あの女は、今回初めて会った女で、これからも会いたいとは思わねぇよ」
突然、そう説明し始めた。
あの女と言うのは、この前の芸妓さんのことか?
「俺は、芸妓を呼んで遊ぶが、同じ人間を呼んだことはねぇよ。芸妓に興味はねぇからな」
そ、そうなのか?
「仲よさそうな感じで夜の闇に消えて行きましたが」
「お前、夜の闇って、よく言えるよなぁ」
変なことを言ったか?
「芸妓だって、あれで稼いでいるんだ。お前だってわかるだろう?」
そう言われると、確かにそうだよなぁ。
「それに、何かあったら、お前らが屯所に帰って来る時に俺がいるわけねぇだろう」
あの日は、私たちが巡察から帰ってきたら、すでに土方さんがいて書き物をしていたから、あの後すぐに帰って来たのだろう。
「なんだ、何もなかったのですね」
それを聞いて、なぜかホッとした私。
「あるわけねぇだろう。やっと機嫌が直ったようだな」
ん?そうなのか?
「別に、変わりないですよ」
と、私は思うのだけど……。
「わかった、わかった。屯所に帰ったら、総司の部屋から引き揚げて来い。わかったな」
そうだよね、いつまでもいたら、沖田さんにも迷惑かけちゃう。
「わかりました」
「せっかく、嵐山に来たんだから、泊まるぞ」
「はいっ!」
土方さんと宿へ移動した。
その間、この前芸妓さんがからみついていた土方さんの腕が気になった。
この腕にからみついていたんだよなぁ。
「どうした?」
私の視線が気になったのか、土方さんがそう聞いてきた。
「いや、何でもないです」
「歩き疲れたなら、俺の腕につかまってもいいぞ」
土方さんは、ちょっとニヤッとして言ってきた。
「別に、疲れてませんよ」
思わずそう言ってしまった。
「遠慮するな」
土方さんの腕が私の目の前に差し出された。
「別に、遠慮はしてないですよ。でも、どうしてもと言うなら」
と、ブツブツ言いながら、土方さんの腕にからみついてみた。
そんな私を見て、土方さんは笑っていた。
この腕は私以外の女の人にさわってほしくないなぁ。
なんて変なことを思ってしまった。




