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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応2年12月
307/506

土方さんにやきもち?

 慶喜公が十五代将軍に即位した。

蒼良そらの勘はあたるな」

 夜の巡察中に永倉さんに言われた。

 えっ?と思っていたら、

「言っていただろう。次は一橋慶喜公が将軍になるって」

 と言われた。

 ああ、確かに言っていたような気がする。

「あの人は、ここがいいらしいから、幕府も安泰だな」

 ここと言うところで、自分の頭を指さした永倉さん。

「安泰でもないですよ」

 とうとう、最後の将軍が即位したかと言う感じだ。

「なんだ、また蒼良の勘か?」

「そうですね、勘です」

 永倉さんは、私が未来から来たことも女だと言う事も知らないので、勘でごまかしておいた。

 相変わらず進化のない私。

「で、その勘によると、安泰じゃないと言う事は何かがあるんだろ?」

「おおありですよ」

 あんなことやこんなことがあるのですよ。

「なにがあるんだ?」

「まず、戦がありますね」

 来年の今頃は戦の前と言う感じでピリピリしているだろう。

 そんなことを思っていると、背中にドンッ!と言う衝撃があった。

 永倉さんが力いっぱい私の背中を叩いていた。

「いくらなんでもそれはないだろう」

 あははっ!と、永倉さんは豪快に笑っていた。

 私は、背中を突然たたかれたので、ゴホゴホとむせていた。

「長州征伐でもう精一杯って感じだったぞ。そんなすぐに次の戦があるわけないだろう」

 それがあるんだよなぁ。

「なんなら、何か賭けるか?」

 えっ、賭け?

「戦があったら、俺が蒼良の言う事を何でも聞く。その代わり、戦が無ければ、蒼良が俺の言うことを聞く。どうだ?」

 え、いいのか?私、勝つ自信満々なんだけど。

「いいのですか?」

「その言い方は、蒼良が勝つ自信があると言う事だな」

「ありますよ」

 胸を張って私は言った。

 だって、未来を少し知っているんだもん。

「俺も自信あるぞ。蒼良が俺の言うことを聞く日を楽しみにしているからな」

 私の方こそ、楽しみにしているぞ。

「さて、蒼良に何をしてもらおうかな。裸で三条大橋を逆立ちして渡ってもらおうかな」

 えっ、言うことを聞くって、そう言う事をするってことなのか?

「永倉さん、裸は勘弁してもらいたいのですが……」

 ばれてしまうだろう。

 いや、ばれるばれない以前の問題だ。

「一つだけやらなくてもいい方法があるぞ」

 そんな方法があるのか?

「蒼良が賭けで勝てばいいんだ」

 あ、なるほど。

 それなら大丈夫だ。

「わかりました。大丈夫そうです」

 と、笑顔で言うと、

「本当に自信があるんだなぁ」

 と、永倉さんに言われてしまった。

 私は、永倉さんに何をしてもらおうかなぁ。


 しばらく歩いていると、島原に入った。

「おい、あれ、土方さんじゃないのか?」

 永倉さんが、私の肩を叩いてから指をさした。

 指をさした方を見ると、土方さんが建物から出てきたところだった。

「あそこは、揚屋だぞ」

 揚屋とは、芸妓さんを呼んで飲んだりするところだ。

 と言う事は、芸妓さんがいると言う事か?

「土方さんも、馴染みの芸妓とかいるんだろうなぁ」

 そ、そうなのか?

「そんなこと、聞いたことないのですが……」

 恋文をたくさんもらって、その処理に困って実家のあるところに送りつけたことはあるが、馴染みの芸妓がいてなんて話は聞いたことがない。

「蒼良、土方さんも男なんだ。お前も男なら、土方さんじゃなく、女を追いかけないとな」

 いや、私は女なんだけど。

 それに……。

「別に、土方さんを追いかけてませんよ」

「そうむすっとした顔で言うなよ」

 わしわしと乱暴に永倉さんに頭をなでられた。

「おい、女が出てきたぞ」

 永倉さんのその言葉と同時に、なぜか物陰にに隠れた私たち。

「なんで隠れたのですか?」

 別に隠れなくてもいいと思うのだけど。

「ほら、雰囲気を壊したら悪いだろう」

 そ、そうなのか? 

「おお、女の方が積極的だぞ」

 永倉さんのその言葉で土方さんの方を見た。

 女の人が、土方さんの腕に両腕を巻き付けてひっついている。

 それが美男美女でものすごく絵になっていて、なぜか悔しかった。

 土方さんたちはそのまま夜の町に消えていった。

 それを見送ってから、私たちは物陰から出た。

「どこに消えていったんだろうな?」

 永倉さんが、土方さんたちが消えて言った方を見て言った。

「どこでしょうね。そんなものどこだっていいじゃないですか」

「蒼良、怒っていないか?」

 私が怒ってる?

「別に、怒っていないですよ。普通です」

 イライラはするけど。

 なんでこんなにイライラするんだろう?

「土方さんだって男なんだから、女に興味があるのは当たり前だ。そう怒るな」

「だから、怒ってませんよっ!」

 私がそう言ったら、

「怒っていると思うんだけどなぁ」

 と、ブツブツと永倉さんがつぶやいていた。


 夜の巡察を終え屯所に帰ると土方さんがいた。

「あ、いたのですか?」

 土方さんは、何事もなかったかのように書き物をしていた。

「なんだ、いたら悪いか?」

「いや、悪くないですよ」

 やっぱり、イライラしている私。

 そして、そんなイライラしている私が自分自身でいやになっている。

「何かあったのか?」

 土方さんが、書き物をしていた手を止めて、私の方を向いた。

「いや、別に。何もないですよ。土方さんこそ、何かあったんじゃないですか?」

 聞きたくなかったんだけど、聞いてしまった。

「別に何もないぞ」

 嘘だ。

「女の人と一緒にいたの見ましたよ。土方さん、人気があるから」

「なんだ、見ていたのか? どこで見た?」

「島原で永倉さんと見ました」

「声をかければよかっただろう」

 声をかけれたら、かけてましたよ。

 そんな雰囲気じゃなかったんじゃないですか。

 ああ、何イライラしてんだろう、私。

 このまま土方さんと話していると、喧嘩しちゃいそうだ。

 別な部屋に行こう。

「今日は、沖田さんの部屋に行きます」

 そう言って、私が立ち上がると、

「はあ? お前、何言っているんだ?」

 と、土方さんもそう言って立ち上がった。

「土方さんと喧嘩したくないので」

「なんで俺と喧嘩するんだ?」

「イライラするのですよ。だから、部屋を出ます」

「おい、ちょっと待てっ!」

 と呼び止める土方さんを部屋に残し、私は勢いよく襖を閉めた。


「僕は別にかまわないけど」

 沖田さんの部屋に行ったら、そう言って中に入れてくれた。

「ただ、布団が一つしかないんだよね。一つの布団で一緒に寝る?」

 え、そうなのか?

「布団、持ってきます」

 大部屋に行ったら、布団の一つや二つ余っているだろう。

「僕も一緒に行くよ」

 普段なら、

「行ってらっしゃい」

 と言って見送りそうなんだけど、この日はなぜか一緒についてきてくれた。

 布団を持って戻ってくると、

「蒼良、何かあったの?」

 と、聞かれた。

「別に、何もないですよ。土方さんと一緒にいたら、イライラして喧嘩しそうだったので、部屋を出たのです」

「あ、そう」

 沖田さんは、一瞬、何か聞きたそうな顔をしたけど、そう言って聞いてこなかった。

「僕は別にかまわないよ。蒼良がいたいだけいればいいよ」

「すみません。お邪魔します」

「うん、いいよ」

 沖田さんが、私の頭を優しくなでてくれた。

 なんか、その優しさに泣きそうになってしまった。

 今日は、イライラしたり、泣きそうになったり、一体なんて言う日なんだ。


 それから、しばらくは沖田さんの部屋で暮らしていた。

 そのせいか、土方さんにあまり会うことが無かった。

 部屋が違うだけでも、こんなに会わないもんなんだなぁと、少し寂しいような、ホッとしたような感じがした。

 沖田さんは、あれからも私が沖田さんの部屋に来た理由を聞いてこなかった。

 ただ、

「このままずうっと一緒の部屋でもいいかな。二人だと寂しくないから。それに、蒼良は労咳にならないから安心できるし」

「そう言われると、本当にずうっとここにいますよ」

 ちょっと冗談交じりでそう言ったら、

「いいよ。いなよ」

 と、沖田さんが真面目な顔をして言った。

「僕は、蒼良が好きだから、いつまでもいていいよ」

 真面目な顔をしたと思ったら、今度はいつもの楽しそうな顔をしてそう言ってくれた。

 甘えちゃって、すみません、沖田さん。


 同じ屯所の中にいて、こんなに土方さんに会わないなんて、すごいなぁと思っていると、廊下の向こうから、土方さんの姿が見えた。

 思わず身を隠してしまった。

 なんで隠れないといけないんだ?と思いつつ隠れてしまう私。

「おい、何かくれてんだ?」

 私の耳の横で土方さんん声がした。

「うわああっ!」

 見たら土方さんがあまりに近くにいたので、驚いてしまった。

「俺は化け物かばかやろう」

 だって、こんな近くにいるとは思わなかったのですよ。

「それに、お前、俺を避けてるだろう?」

「避けてませんよ」

 と言いながら、さっき土方さんの姿を見かけら隠れたけど。

「こんなにお前に会えないのはおかしいだろう」

 それは私も思っていたけど、別に避けてなんかないぞ。

「よし、捕まえた」

 土方さんは、私の腕を強くつかんだ。

 え?捕まえた?

「よし、行くぞ」

 え?行く?

 どこに行くんだ?

 そう聞く間もなく、つかまえられたまま連れ出されたのだった。


 着いたところは、嵐山だった。

 やっぱりなぁ、少し予感はしていた。

「雪が降っていない冬の嵐山は初めてですね」

 周りの木は、すっかり葉が落ちて木の枝だけになっている。

 それが少し寂しげな感じがした。

「もう話しても逃げねぇな」

 あ、土方さんに捕獲されたままだった。

 やっと土方さんが私の腕を離した。

「お前が怒っている理由は、新八から話を聞いてだいたいわかった」

「別に、怒っていませんよ」

 イライラはしたけど、怒っていないからね。

 そう言ったものの、土方さんはなぜか嬉しそうな顔をしていた。

 なんでそんなに嬉しそうな顔をしているんだ?

「わかった、怒ってねぇんだな。お前がそう言うなら、それでいいさ」

「土方さんは、嬉しそうな顔をしていますね」

 ちょっとムッとしながらそう言った。

「別に、そんな顔してねぇぞ」

 自分の顔は鏡がないと見れないから、わからないよね。

「あの女は、今回初めて会った女で、これからも会いたいとは思わねぇよ」

 突然、そう説明し始めた。

 あの女と言うのは、この前の芸妓さんのことか?

「俺は、芸妓を呼んで遊ぶが、同じ人間を呼んだことはねぇよ。芸妓に興味はねぇからな」

 そ、そうなのか?

「仲よさそうな感じで夜の闇に消えて行きましたが」

「お前、夜の闇って、よく言えるよなぁ」

 変なことを言ったか?

「芸妓だって、あれで稼いでいるんだ。お前だってわかるだろう?」

 そう言われると、確かにそうだよなぁ。

「それに、何かあったら、お前らが屯所に帰って来る時に俺がいるわけねぇだろう」

 あの日は、私たちが巡察から帰ってきたら、すでに土方さんがいて書き物をしていたから、あの後すぐに帰って来たのだろう。

「なんだ、何もなかったのですね」

 それを聞いて、なぜかホッとした私。

「あるわけねぇだろう。やっと機嫌が直ったようだな」

 ん?そうなのか?

「別に、変わりないですよ」

 と、私は思うのだけど……。

「わかった、わかった。屯所に帰ったら、総司の部屋から引き揚げて来い。わかったな」

 そうだよね、いつまでもいたら、沖田さんにも迷惑かけちゃう。

「わかりました」

「せっかく、嵐山に来たんだから、泊まるぞ」

「はいっ!」

 土方さんと宿へ移動した。

 その間、この前芸妓さんがからみついていた土方さんの腕が気になった。

 この腕にからみついていたんだよなぁ。

「どうした?」

 私の視線が気になったのか、土方さんがそう聞いてきた。

「いや、何でもないです」

「歩き疲れたなら、俺の腕につかまってもいいぞ」

 土方さんは、ちょっとニヤッとして言ってきた。

「別に、疲れてませんよ」

 思わずそう言ってしまった。

「遠慮するな」

 土方さんの腕が私の目の前に差し出された。

「別に、遠慮はしてないですよ。でも、どうしてもと言うなら」

 と、ブツブツ言いながら、土方さんの腕にからみついてみた。

 そんな私を見て、土方さんは笑っていた。

 この腕は私以外の女の人にさわってほしくないなぁ。

 なんて変なことを思ってしまった。


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