ずいき祭り
十月になった。
現代になおすと十一月初旬から中旬ぐらいにあたる。
京の町の紅葉が始まってきた。
「嵐山も、紅葉が始まっているだろう」
土方さんが外を見ながらそう言った。
「今年も行きますか? 嵐山」
ここ数年、嵐山に紅葉を見に行っているような感じがする。
「そうだな。暇を見ていくか」
わーい、やった。
「土方さんも、いい俳句が出来るといいですね」
最近、土方さんが俳句作っているところを見たことがない。
これを機会にいい俳句が出来るといいんだけどね。
しかし、久しぶりに俳句の話をしたのが悪かったのか、土方さんの動作が止まった。
「お前、今何言った?」
えっ、なんか悪いことでも言ったか?
「いい俳句が……」
「俳句を作りに行くわけじゃねぇぞっ!」
えっ、そうなのか?
「どうしてですか? せっかく紅葉を見に行くのですよ。紅葉は秋の季語じゃないですか」
「季語ぐらいわかってるっ!」
じゃあなんで俳句作らないんだ?
あ、もしかして……。
「スランプですか?」
「すらんぷ?」
あ、この時代になかった言葉だ。
「あのですね、一流の人が急に調子が悪くなり、今まで上手にできていたことが出来なくなることです」
しかし、自分で言っていて気がついた。
「土方さんは、特に一流じゃないから、大丈夫ですね」
「お前、ばかにしてんのか?」
「な、なんてことを言うのですか」
そんな命知らずなことをするわけないだろう。
「確かに、俺は一流じゃねぇよ」
あ、自分で認めた。
「別に俳句で一流になろうと思ってねぇからな」
「それもそうですよね。あの俳句じゃ有名に……」
「あの俳句って、お前見たのか?」
急に土方さんが大きな声で言ってきた。
「見たも何も、見せてきたんじゃないですか」
何年のお正月か忘れたけど、お酒を飲んで酔っ払って見せていたけど。
「覚えてねぇぞ」
そりゃそうだろう。
「酔ってましたから」
「覚えてねぇな」
だから、酔ってましたから。
「ん? ちょっと待て。お前、俺の俳句をばかにしたな?」
えっ、いつばかにした?
「あの俳句じゃあ有名に……の後は何を言おうとした?」
あ、それを今言うか?
「いや、べ、別に有名にならないとかそう言う事を言おうとしたんじゃ……」
「言っているじゃねぇか」
えっ、言っていたか?
「俺は俳句で有名になろうとか思っちゃいねぇよっ!」
って言っている割に、怒っているじゃないかっ!
「怒ってます?」
「怒ってねぇぞ」
と言いながら、硯を持っているのは気のせいか?
この硯が飛んでこないうちに部屋を出たほうがいいな。
「き、急に用事が出来たので、出かけてきます」
私は逃げるように部屋を出た。
屯所を歩いていると、沖田さんに会った。
なんか出かけるかっこうをしているんだけど。
「もしかして、沖田さん、出かけるつもりじゃあ?」
私が後ろから声をかけると、沖田さんがドキッと驚いたのか、ピクッと動いた。
「あれ? 蒼良。どこから出てきたの?」
どこからって……
「そこから出てきたのですよ」
土方さんの部屋の方角を指さした。
「なんだ。下からはえてきたかと思った」
私はなんかの植物かいっ!
「と言う事で、行ってくるね」
沖田さんは手を振って去っていこうとしたので、あわてて沖田さんの着物の袖を引っ張った。
「どこに出かけるのですか?」
「ちょっとそこまでだよ」
ちょっとそこまでとか言って、この前一時間ぐらい歩いたからね。
「だめですよ。安静にしていないと」
「蒼良は、僕の顔を見るとすぐに安静って言うね。僕は安静と言う名前じゃないんだよ」
沖田さんが悲しい顔をしてそう言った。
なんか、申し訳なくなってきた。
「沖田さんのことが心配なんですよ。すみません、言い過ぎました」
「自分が悪いって認めてる?」
はい、認めてますよ。
「それなら蒼良も一緒に行こう」
えっ、一緒に?
「どこに行くのですか?」
「いいから、いいから」
沖田さんはそう言うと、私の手をひいて外に出た。
着いたところは、北野天満宮だった。
「数日前からずいき祭りというお祭りをやっているんだ。今日は出御祭と言って、祭礼の行列が見れるんだよ」
まさに、今日がクライマックスと言う事か。
後で色々調べてみると、秋の収穫物をお供えして、たくさん収穫できたこと感謝すると言うお祭りらしい。
まさに、秋祭りらしいお祭りだ。
そして、名前となったずいきという言葉も里芋の茎という意味で、それでおみこしの屋根をおおうらしい。
そのほかにも、乾燥物や穀物で装飾されるらしい。
「昨日は、甲御供法饌という事をやっていたらしいよ」
これは、明治六年から一時やっていなかったらしいんだけど、明治四十年に復活したらしい。
この時は、まだやっていた時期だったんだね。
将軍の足利義晴が戦に負けた時、朝倉敏景と言う人が西ノ京の神人と協力して、足利義晴の敵を追い落したらしい。
その神人に感謝をすると言う事で、甲をお供えしたのが始まりらしい。
「一昨日は、お茶をやっていたよ」
ちょっと待て。
「なんで沖田さんがそこまで知っているのですか?」
もしかして、数日前からここに通っていたとか?
「ああ、毎日来ていたからね」
やっぱりそうだったのか?
「あのですね、沖田さんは病人なんだから、安静にしていないといけないって……」
「あ、蒼良、神輿がきたよ」
沖田さんに指さされた方を見ると、豪華なおみこしが見えた。
「うわぁ、列になってますね」
そう、神輿行列と言うのか?お神輿も一つじゃなくてたくさんあるし、そのほかにも太鼓を持っている人とかたくさんいた。
そう言えば、私、沖田さんに何か言いかけていたような……。
「おい、人が足りないんだ」
突然そう言う声が聞こえてきた。
「どうしたのですか?」
私がその人に聞いてみた。
話によると、お神輿を担ぐ人が足りないらしい。
「それなら、僕が行くよ」
沖田さんは楽しそうに手をあげた。
「沖田さんっ!」
一応、病人なんだからっ!
止めようとしたけど、
「蒼良は、京の人が困っているのに、放っておけないでしょ」
それは確かにそうだけど。
「でも、沖田さんが行くことはないじゃないですか」
誰か他の人が行ってもいい。
「なんなら、沖田さんの代わりに私が行きますよ」
「それはだめだよ」
私が行こうとしたら、沖田さんに止められた。
「なんでですか?」
そう聞いたら、沖田さんの顔が耳元に近づいてきた。
「蒼良は女だから」
小さい声でそう言った。
女だと何かあるのか?
「女は神輿をかつげないんだよ」
えっ、そうなのか?
「一応これは神事だし、女人は穢れがあると言われているからね」
そうなんだ。
って、今時女人禁制なんて流行ってないぞ。
今は男女平等時代なんだからねっ!
と、勢いよく思ったけど、自分がいる時代が江戸時代という古い時代だったことを思い出した。
男女平等時代とかそう言う時代じゃないよ。
「と言う事だから、行ってくるね」
私が止める間もなく、沖田さんは行ってしまった。
沖田さん、大丈夫だろうか?
そう思いながら、お神輿の行列が来るのを待っていた。
あれかな?と思うお神輿が来るんだけど、沖田さんがいなかった。
今度こそいそうだなぁと思っていると、やっぱりいなかったり。
もしかして、具合悪くなって倒れているんじゃないのか?と、心配し始めたら、向こうから、大きなお神輿がやってきた。
その中に沖田さんがいた。
「沖田さんっ!」
大丈夫ですか?と聞こうと思ったけど、楽しそうにかついでいたので、聞けなかった。
その代わり、手を振ったら、笑顔で答えてくれた。
楽しそうだな。
本当なら、安静なんてしたくないんだろうなぁ。
一緒に外に出てこうやって楽しんだり、巡察したりしたいんだろうなぁ。
でも、安静が一番の薬って言われているし。
でも、たまには外に出たいんじゃないのかな?
でも、安静が……。
ああ、今日一日ぐらいいいか。
いや、数日前からここにきているらしいけど……。
楽しそうにしているからいいか。
「ああ、楽しかった」
そう言って戻ってきた沖田さんは、涼しい秋なのにたくさん汗をかいていた。
「大丈夫ですか? 激しかったんじゃないですか?」
「神輿をかつぐのは、激しいのに決まっているじゃん」
えっ、そうなのか?
「大丈夫ですか? 具合とか悪くなってないですか?」
「蒼良はすぐそれなんだから。大丈夫だよ」
ああ、でも、汗ふかないと。
私は手拭いを出して沖田さんの汗を拭いた。
「本当に大丈夫ですか」
汗を拭きながら聞くと、
「大丈夫、大丈夫」
と、沖田さんは軽くそう言った。
「ところで、せっかく来たんだから、紅葉を見て帰ろうよ」
沖田さんに誘われた。
そろそろ屯所に帰らないと、具合が悪くなったらどうするんだ?
「きっと見ごろだよ」
たまには、いいか。
「今日だけですよ」
沖田さんにそう言うと、
「わかった、わかった」
と、軽く言われた。
全然わかってないだろう?
そう思っている間にも、もう沖田さんに手を引かれていたのだった。
「うわぁ、本当に見頃ですね」
北野天満宮の紅葉はとっても綺麗だった。
「ここでこれだけ紅葉が始まっていると言う事は、嵐山はもう見頃すぎちゃいますね」
「嵐山?」
沖田さんが怪訝な顔でそう言ってきた。
「土方さんと嵐山に行く約束をしたのです」
「ずるいなぁ。僕も行きたい」
だから、あんたは安静だろうがっ!
「ところで何をしに行くの? 俳句でも作りに行くの?」
誰でもそう思うだろう。
「でも、土方さんは俳句を作りに行かないって言ってましたよ」
「それじゃあ遊びに行くんだ。ずるいなぁ」
ずるいって……。
「それなら、沖田さんが土方さんと一緒に行きますか?」
「ええ、土方さんと二人っきりは嫌だなぁ」
なんだそりゃ。
「男二人で行くところじゃないでしょ。嵐山は」
そ、そうなのか?
「でも、私は一緒に行ってますよ」
「だって、蒼良は女じゃん」
あ、忘れてた。
たまに、女を忘れるんだよなぁ。
これじゃあいかんよな。
「蒼良、自分が女だって忘れる時があるでしょ?」
な、なんでわかったんだ?
「そう言うときは、これを見て思い出しなよ」
沖田さんが私の手を取り、私の手の平に何か置いた。
何だろう?
沖田さんの手が、私の手から離れた時にそれが見えた。
「櫛ですね」
「そう、お祭りで出店がたくさん出ていたから、買ってきた」
その櫛は、北野天満宮の紅葉の色をした櫛だった。
櫛を見るたびに今日のことを思い出すんだろうなぁ。
「ありがとうございます」
「これで、少しは女らしくなんなよ」
沖田さんはそう言ったけど、私が女らしくなったら、みんなにばれちゃうじゃないか。
だから、
「今は無理ですよ。そのうちに」
と言ってにごしておいた。




