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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応2年9月
292/506

伊東さんの考え

 伊東さんたちが名古屋から帰ってきた。

「伊東さんから、近藤さんに話があるらしいんだが」

 土方さんがそう言った。

 まだ隊を抜ける時期じゃないよなぁ。

 でも、名古屋に出張に行ったりして何か企んでいるのは確かだ。

「お前も一緒に来るか?」

 えー。

「そう露骨に嫌な顔することねぇだろう」

 あら、顔に出ていたか?

「だって、伊東さんのこと好きじゃないので」

「それは、お前の態度を見ればわかる」

 そんなに態度に出ているのか?

「俺も好きではない。だから誘ったんだが」

 えっ?

「普通は、誘わないですよ」

 そこは一人で背負おうよ。

 私も伊東さんが嫌いだからって、巻き添えにしないでほしい。

「俺も気が進まねぇから、お前もどうだと思ったんだ」

 いや、そこは気が進まないから、お前は来なくていいぞだろう。

「どうだ、一緒に」

「いや、遠慮します」

「いや、遠慮はいらないぞ」

 遠慮させてください。

「どうだ、一緒に」

 そう言った土方さんの目が、断ったらどうなるかわかってんだろうなという目をしていた。

 なんて怖い目なんだ。

「わかりました。行きますよ」

 渋々とそう言った。

「そうか、よかった」

 いや、よくないですから。

 その時は、急にお腹痛くなろうかなぁ。

「じゃあ、行こうか」

 土方さんがそう言ってスッと立ち上がった。

 えっ、今か?

「すぐですか?」

「そうだ」

 そ、そうなのか?

「あ、あの……」

「なんだ?」

 お腹痛くなるなら、今だな。

「お腹痛いので、土方さん一人で行ってください」

「待ってるぞ」 

 私がそう言うと、土方さんが即答で返してきた。

「時間がかかるので、待ってなくてもいいですよ」

「いや、待っている。早くかわやに行って来い」

 ええ、そうなるのか?

 別な病気を考えた方がいいのか?

「あ、急に頭も痛くなってきました。熱があるかも」

 そう言いながら、ちょっとふらついてみた。

「熱はねぇようだぞ」

 土方さんが私のおでこに手をあててきた。

「いや、あるかもしれないですっ!」

 体温計と言うものが無くてよかった。

「それなら石田散薬でも飲め」

 石田散薬とは、土方さんが京に来る前に行商をやっていて、その時に売って歩いていた薬が石田散薬だ。

 でもそれって……

「石田散薬は、打ち身捻挫の薬じゃなかったですか?」

「細かいことは気にするな」

 いや、それは気にしないといけないところでしょう?

「とにかく飲め」

 土方さんが粉薬を持ってきた。

「いや、遠慮します」

 何もないのに、薬なんて飲めないでしょう。

「お前、仮病だろう?」

 えっ?

「な、何言っているのですかっ! 本当に頭が痛くてお腹も痛いのですよ」

「それなら、良順先生を呼ぼうか。確か今日は総司のところに来ていたな」

 えっ、そうなのか?

「お前が苦しそうなら、すぐ呼んでこよう」

 そんなっ!良順先生が来たら、仮病だってばれちゃうじゃないか。

 あわてて土方さんの袖を引っ張って止めた。

「遠慮することないぞ」

「遠慮してませんって」

「仮病だな?」

「はい、すみませんでした」

 これ以上は嘘つけない。

 というわけで、私も伊東さんの話とやらを一緒に聞くことになった


 行った場所は、近藤さんの別宅であり、妾さんがいる家だ。

 あれ?お孝さんと暮らしている家と少し違うような?

 お酒と料理を出してきてくれた人も、お孝さんだと思っていたら、違う人だった。

「土方さん、あの人、お孝さんじゃないですよね」

 ツンツンと、みんなに見えないように土方さんを突っついて聞いてみた。

「駒野って言う元芸妓らしい」

 えっ、そうなのか?

「もしかして、また落籍らくせきをしたのですか?」

 落籍とは、気に行った遊女とか芸妓を置いているところにお金を払って、自分のところに連れて来たり、仕事をやめさせたりすることだ。

 近藤さんは、深雪太夫を落籍して引取り、その妹のお孝さんにも手を出し、お孝さんと暮らしていた。

 近藤さんって、女性関係が派手だったとは聞いていたが、実際に見てみるとこれって無茶苦茶だよな。

「近藤さんには近藤さんの事情があるんだから、そんな顔するな」

 え、変な顔していたか?

「別に、変な顔していませんよ。生まれつきこの顔です」

「わかった、わかった」

 土方さんはそう言うと、近藤さんと伊東さんの方を向いた。

 近藤さんと伊東さんは何をしているかというと、一方的に伊東さんが話をして、近藤さんがそれを聞いている。

「だから、もう幕府の時代は終わったのですよ。新選組も早く幕府と手を切ったほうがいい」

 伊東さんが得意そうな顔でそう話していた。

「いや、でも、我々は会津藩の世話になっている。会津藩が幕府側の人間だから我々も会津藩とともにしないとな」

 近藤さんは、伊東さんにしつこく言われて困っていたのか、そんな顔をしていた。

「そんなこと、今は時代遅れですよ」

 伊東さんはそう言いながらあははと笑っていた。

「今時、一人の人間にすうっと仕えるなんて、時代遅れですよ。時代の波に乗るには、使える人間をさっと乗り換えないと」

 伊東さんは、さらに得意げになってそう言った。

 伊東さんは、近藤さんを勤王派にして、新選組全体を幕府から手をひかせて薩摩かどこかに持って行って、自分が局長になろうとしているのだろう。

 魂胆が見え見えだ。

「伊東さんは、薩摩に行くのですか?」

 見え見えの魂胆に腹が立ち、思わずそう言ってしまった。

「蒼良君は、なんでそんなこと言うんだい? 薩摩は幕府側についているだろう」

 表向きはそうなっている。

「でも、薩摩は長州と同盟を結びましたよ」

 これは有名な話だけど、この時は内緒ですすめられた話みたいで、知っている人は少ない。

 土方さんたちは、間者などの情報で知っているけど。

「あ、蒼良君、薩摩と長州が同盟を結ぶわけないじゃないか」

 薩摩と長州の人たちは、幕府側の人間にそのことを知られたくないらしい。

「じゃあ、なんで長州征伐の時、薩摩は兵を出さなかったのですか?」

 表向きは知らん顔していたのに、水面下では長州を助けていたじゃないか。

「薩摩には薩摩の理由があったんだ」

「それはどんな理由ですか?」

「私はよくわからないが、禁門の変の時に薩摩は素晴らしい武器を使っていたらしいね。その武器を買うのだってお金がかかるだろう。禁門の変の時にお金をかけたから、薩摩藩の財政は切迫していたのだろう。それで出なかったのだ」

 伊東さんは、ずいぶんと嘘ばかり言うもんだな。

「長州と同盟を結んだからじゃないのですか?」

「だから、結ぶわけないと言っているでしょう?」

 ここまで来てまだ嘘をつく伊東さん。

「伊東さん、話しているところ悪いが、薩摩が長州と同盟を結んでいることは、俺も近藤さんも知っているんだ。まさか、伊東さんまで知らないってことはないだろう?」

 土方さんがそう言ってくれた。

「いや、そんなことはない。まだおおやけにしていないことだから、蒼良君が知らないと思っていたんだ。変なことを言ってすまなかったね」

 伊東さんは嘘ついていたことをばらされているのにもかかわらず、そんなこと気にしていないみたいで、さわやかな笑顔を浮かべて謝ってきた。

「それなら、なおさら薩摩についたほうがいい。長州征伐だって山崎君たちの話を聞いたでしょう? 幕府は長州に負けたのですよ。たったの一つの藩に負けたのですよ。そんな幕府より、薩摩や長州についたほうが有利だってわかっているでしょう?」

 伊東さんは、さらにヒートアップして、近藤さんを説得し始めた。

「蒼良君や土方君だってそう思うだろう?」

 伊東さんは、私たちにも意見を求めてきた。

「俺はそうは思わんがな」

 土方さんは腕を組んだまま、怖い顔をしてそう言った。

「蒼良君は?」

 えっ、私の意見か?

 土方さんの方を恐る恐る見てみると、土方さんからも、お前の意見を言えって首をふってうながされた。

 そ、そうなのか?

「た、確かに、今は薩摩や長州についたほうがいいと思います」

 私がそう言うと、

「蒼良君もそう思うか」

 と、嬉しそうに伊東さんは言い、土方さんは、

「お前っ!」

 と、怒っているように言ったあと絶句していた。

「でも、有利だからという理由で薩長についた人間より、どんなに不利な状態になっても幕府に仕え、忠誠を誓い続ける新選組が好きです」

 私は近藤さんの顔をまっすぐに見て言った。

 近藤さんは少しだけ嬉しそうな顔をした。

「好きとか嫌いとかの問題じゃない。新選組の将来がかかっているんだ」

 伊東さんがそう言ってきた。

「この先、新選組にとって厳しい状態になるかもしれない。でも、どんなに厳しい状態になっても、一人の君主に忠誠を捧げる新選組が私は好きなんです」

 薩摩や長州に鞍替えしようと思ったら、いくらでもできただろう。

 でも、新選組はかたくなにそれをしなかった。

 どんなに負け戦が続いても、最後は蝦夷まで行って戦った。

 そんな新選組だから、私もお師匠様も助けたいと思うぐらい好きなのだ。

 薩摩や長州に今つけば助けることはできる。

 でも、その助け方じゃあ意味がないと思う。

 そんな助け方したら、私やお師匠様が好きな新選組じゃなくなってしまう。

「蒼良君、新選組が負けてもいいと言うのですか?」

 そう言った伊東さんの顔はこわばっていた。

「負けていいとは言ってないです」

 私も必死で抵抗した。

「でも、蒼良君の言葉の意味を解釈すると、そうなるけど」

 伊東さんのこわばった顔が笑顔になった。

 うっ、どうやって反撃してやろうか?

 そう考えていると、

「今日は、ここまでにしてもらえないか、伊東さん」

 と、土方さんが私たちの会話をさえぎるようにそう言った。

「近藤さんも、今日はここまででいいだろう? 続きはまた今度と言う事で」

 土方さんがそう言うと、近藤さんは

「ああ、わかった」

 と言った。

 というわけで、ここでお開きとなった。

 

 土方さんと一緒に屯所に帰り、部屋に入ったら、

「お前に武士の心得があったとは思わなかった」

 と、土方さんに言われた。

 えっ、武士の心得?

「お前も言っていただろう? なにがあってもずうっと一人の人間に仕える。これが武士ってもんだ」

 そ、そうなのか?

「今日のお前はよかったぞ」

 そう言いながら土方さんは私の頭をワシャワシャとなでた。

 そんなによかったかな?

「それなら、もうちょっと伊東さんに言ってやればよかったですね」

 色々と言いたいことはあったのよ。

「いや、調子にのらなくていい」

 そ、そうなのか?

「これから色々と大変だぞ。まずは伊東さんを……」

 と土方さんが言うと、そのまま自分の世界に入ってしまった。

 伊東さんをどうするんだ?

 斬るのか?いや、まだ早いな。

 どうするんだろう?すごく気になるんだけど、自分の世界に入って考え込んでいる土方さんを見ると、声をかけちゃいけないような感じがするし。

 いったい伊東さんをどうするんだ?

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