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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応2年8月
283/506

秋の柿

「もうちょっとだぞ。もうちょっとのばせ」

 永倉さんと原田さんが、屯所の柵のところで何かやっていた。

 何をやっているんだろう?

「なにをしているのですか?」

 後ろから声をかけたら、

「うわぁっ!」

 と、二人は驚いて、柵の上に倒れた。

 そ、そんなに驚かなくても。

 お化けじゃないんだから。

「なんだ、蒼良そらか。いきなり声をかけるなよ」

 永倉さんが起き上がりながらそう言った。

 えっ、そうなのか?

「はあ、ばれたかと思った」

 原田さんも立ち上がってそう言った。

「何かあったのですぁ?」

 私の一言でそんなに驚くなんて、普通じゃないよね。

「柿を取っているんだ」

 原田さんが指さした方を見ると、柿の木があった。

 その柿の木は、美味しそうなオレンジ色の柿をつけていた。

 しかし、その柿の木のある場所が問題だった。

「柵の向こう側なんだよな」

 永倉さんの言う通り、柵の向こう側なのだ。

 西本願寺では、新選組は相当嫌われているので、敷地内に柵が置いてある。

 柵からこちらがわは新選組の領地になる。

 新選組が好きに使っている。

 しかし、柵から向こう側は西本願寺の領地で、勝手に入ったところを見つかると怒られる。

 柿の木は、柵の向こう側、西本願寺の領地なので、柿が取れないのだ。

「さっきから、左之の槍を伸ばしてとろうとしているんだけど、届かないんだ。あとちょっとなんだけどな。おい、左之、槍をもっと長くしろ」

 そんな無茶苦茶な。

「槍の長さを変えたら、使いずらいだろうが」

「柿が見えるのに、とれないなんて悔しいな」

 永倉さんの言う通り、見えるのに取れないのは悔しいよね。

「思い切って柵を動かすか?」

 永倉さんが柵を持ち上げてそう言った。

「そんな急に動かしたらばれてしまいますよ。こう言う物は一日に少しずつ動かすのですよ。そうするとわかりずらいですよ」

「蒼良、少しずつ動かしていたら、その間に柿は無くなるぞ。一気に動かしてしまえっ!」

 永倉さんは柵を持ち上げて、柿の木の前まで動かした。

「これならとれるぞ。左之、心おきなくとれ」

「こんなに近ければ、槍じゃなくても取れるだろう」

 そう言いながらも原田さんは槍で柿を取っていた。

「そうだな。俺もとるか」

 永倉さんはそう言うと、木に登り始めた。

「だ、大丈夫なのですか?」

 折れたりしたら大変じゃないか。

「蒼良、心配するな。ガキの頃はしょっちゅう柿の木に登ってとっていたからな」

 永倉さんはそう言いながら、あっという間に柿の木に登ってしまった。

 ガキの頃って言うけど、ガキの時は体も体重も軽かったからね。

「とったぞ!」

 永倉さんは柿の木の上でたくさんの柿をもって叫んでいた。

「な、永倉さん。そんなことしたら、危ないですよ」

 両手を木から離すなんてっ!

「大丈夫だ」

 と永倉さんが言ったとたん、柿の木がミシミシと鳴りだして、バキンッ!という派手な音を立てて折れた。

 永倉さんが乗っていた枝が折れたので、当然、永倉さんも派手な音をたてて落ちてきた。

「なんや、今の音はっ!」

 西本願寺の境内の方がにぎやかになってきた。

「おい、新八っ! 早く起きろっ! 坊主たちが来るぞ」

「急いでください」

 原田さんと一緒に永倉さんの手を引っ張って起こしたけど、永倉さんは重かったので、なかなか持ち上がらなかった。

 というわけで、お坊さんたちに見つかったのだった。

「またあんたらかっ!」

 またって……。

「前も何かしたのですか?」

 原田さんをひじで突っつきながら小さい声でそう聞いた。

「俺は何もやってないが、大みそかに除夜の鐘を無断でついた奴がいたらしいぞ」

 それって、私たちじゃないかっ!

「後、桜を見に来た奴もいたらしいぞ」

 すみません、それも私です。

 何かやったのは、私だけなのか?

「あ、あんたら無断で柿とっとる」

 永倉さんが持っている大量の柿が見つかった。

「何言ってんだ。これは新選組の柿だろうが」

 な、永倉さん、何を言い出すんだ?

「おい、新八っ!」

 原田さんも私と同じことを思ったみたいで、永倉さんの袖を引っ張っていた。

「柵は、ここにあったんだっ! だから、この柿は新選組の物だ」

 そ、そうくるか。

「あんたらが移動したんやろうが」

 ばれてるし。

「柵は、この木のところにあったんや」

 お坊さんたちは柿の木から少し離れたところにある木を指さした。

 柵のあった場所まで覚えているとは。

「これは逃げるしかないぞ。いいか、合図をしたら逃げるぞ」

 原田さんがそう言ってきた。

 合図ってどういう合図なんだ?

「逃げろっ!」

 原田さんがそう叫んで走り始めた。

 普通の合図だった。

 というわけで、永倉さんと原田さんと一緒に猛ダッシュで逃げたのだった。


「こんなおいしい柿を独り占めするなんて、西本願寺め」

 永倉さんは原田さんが脇差しで器用に向いてくれた柿を食べながらそう言った。

「柵を乗り越えて食べる私たちも悪いと思いますよ」

 そう言いながら、私も柿を口に入れる。

 あ、美味しい。

「甘みがあってうまいな」

 原田さんも皮をむきながら口に入れた。

「こんなうまい柿をいつまでもとらないでいたら、鳥に食われるぞ。鳥に食われる前に俺たちが食べてやったんだ。感謝しろってぇんだっ!」

 永倉さんが、柿をもう一口入れながらそう言った。

 そう言う考え方もあるんだ。

「でも、ばれたからな。怒られるぞ」

 原田さんがそう言った。

 そうなんだよね。

 ばれなきゃいいんだけど。

「私なんて、今回で三回目ですから、今度はどう怒られるか怖いですよ」

「え、あれは全部蒼良だったのか?」

 永倉さんと原田さんが口をそろえてそう言った。

「三回もやったのか。よく大丈夫だったな」

 原田さんが、私の顔をのぞきこんでそう言った。

「ははは、蒼良らしいや」

 永倉さんが勢いよく私の背中を叩いたので、ゴホゴホとむせてしまった。

 そんな私の背中を原田さんがさすってくれた。

「ところで、金木犀きんもくせいが香ってきたな」

 永倉さんが鼻の穴をピクピク動かしながらそう言った。

「秋らしくなってきましたよね」

 永倉さんって、意外と風流な人なんだなぁ。

「昨日、雨が降ったな」

 永倉さんの言う通り、昨日は雨が降った。

「きのこか?」

 原田さんが永倉さんにそう言った。

 えっ、キノコ?

「雨が降った次の日、金木犀が香っているとキノコが出るんだ」

 そうなんだ。

 でも、過去に原田さんとキノコを採りに行ったら、みんな毒キノコだったよな。

「とりにいくか?」

 永倉さんが楽しそうに声をかけてきた。

「マツタケが出ているかもしれないぞ」

 原田さんも楽しそうだ。

 でも、毒キノコだったらいやだなぁ。

 それに……。

「マツタケって、香りだけであまりおいしくないのですよね。それならマイタケとかエリンギとかの方がおいしいですよ」

 私がそう言うと、

「マイタケだとっ!」

 と、二人が声をそろえて言った。

「あれは、めったにお目にかかれない高級品だぞ」

 永倉さんが信じられないと言う感じでそう言った。

 えっ、そうなのか?

 私からすれば、マツタケの方が高級品だと思うけど。

「ところで、エリンギってなんだ?」

 今度は原田さんに聞かれた。

 エリンギって、この時代になかったのか?

 結局、この日はキノコを採りに行くことはなかった。


 数日後、藤堂さんと巡察に行った。

「あんたら、新選組の人やな」

 一人の女の人が家から顔を出してきた。

「何かあったのですか?」

 藤堂さんが女の人に聞いた。

「ちょっと来てやっ!」

 そう言われて連れてこられたのは、大きなお屋敷だった。

 そのお屋敷の庭にある立派な柿の木の前に立った。

「この柿の木の柿が盗まれるんや」

 ああ、なんか、頭が痛い話だなぁ。

「誰に盗まれるのですか?」

 恐る恐る聞いた。

 原田さんとかの名前が出てきたらいやだなぁ。

 その時に、塀から細い棒が出てきた。

「あ、来たでっ!」

 女の人はダッシュで門から外に出て、

「こらっ! 柿とるんやないっ!」

 と、塀の外から大きな声が聞こえてきた。

「さっきの女の人の声ですかね」

 藤堂さんに聞いた。

 だって、そんな大きな声を出すような人に見えなかったんだもの。

 品のいい奥様って感じだったぞ。

「声がそうだから、多分そうだよ」

 藤堂さんも、塀を見ながらそう言った。

「すんまへんな」

 品のいい奥様は、何事もなかったかのように戻ってきた。

「子供たちにとられるのですか?」

 私が聞くと、

「それだけじゃないんや。大人もとっていくんやで」

 そ、そうなのか?ますます頭が痛い話だ。

「で、私たちに何の用ですか?」

 藤堂さんが私が一番聞きたかったことを聞いてくれた。

「見張っといてや」

 えっ?

 思わず、藤堂さんと顔を見合わせてしまった。

「あんたら、京を守るためにおるんやろ? だから、守ってや」

 確かに、京を守るためにいるんだど、柿を守るためにいるわけじゃないと思うのですが。

「柿をですか?」

 藤堂さんが恐る恐る聞いた。

「他になにがあるんやっ!」

 ええっ!

「そんな、柿を守るなんて無理ですよ」

 私は必死で抵抗をした。

 忙しいのに、冗談じゃない。

 確か、新選組が制札を守るって話もこの後にあったような気がしたけど。

「これもあんたらの仕事なんやろっ!」

 いや、違うから。

「ところで、こんなにたくさん柿がなっているのですが、使用人の人たちと一緒に食べるのですか?」

 藤堂さんが、柿を見ながらそう言った。

「みんなで食べる? うちは旦那と二人暮らしや」

 えっ、そうなのか?

「食べきれないじゃないですか」

 思わず言ってしまった。

 少しぐらいみんなにおすそ分けしたって十分余る量だぞ。

「そんなもったいないこと出来んわ」

 そ、そうなのか?これは、ケチって言うやつか?

「一つや二つぐらい、とられてもいいじゃないですか。たいして減るわけじゃないのだから」

 藤堂さんもそう言った。

「嫌やっ! そんなん、許せん」

 究極のケチってやつだ。

 だって、二人だけで食べきれる量をはるかに超えてるぞ。

「頼んだで」

 奥様はそう言い残して行こうとした。

 なんなんだ、この奥さんはっ!

 そうだっ!

 私はとってもいいことをもい着いた。

「おの、ありますか?」

 奥様の背中に向かって聞いた。

「蔵にあると思うけど、何するん?」

「柿の木を切ります」

「ええっ!」

 藤堂さんと奥様が声をそろえて言った。

「柿の木があるから、とられるか心配になったり気になるのでしょ。だから、切ってしまえあいいのですよ。無くなればそんなこと心配しなくて済むし、私たちが守らなくても大丈夫でしょう? おの、借りますよっ!」

 蔵に向かって歩き始めると、

「あかんっ! それはあかんってっ!」

「あかんって言われても、私たちも柿の木は守れませんからねっ! 私だって、守りながら柿取って食べますよっ!」

 私のその言葉に、藤堂さんがふきだして笑っていた。

 笑いごとじゃないからっ!

「わかった。あんたらには頼まんわ」

 奥様はそう言って屋敷の中に入って行った。

「蒼良、行こうか」

 藤堂さんに言われて、お屋敷を後にした。

 去る前に柿の木を見た。

 数え切れないぐらいの柿がなっていた。

 一つぐらいとってもばれなそうだけど、やめておこう。

「蒼良、とったらだめだよ」

 藤堂さんは笑顔でそう言った。

「なんか、楽しそうですね」

「蒼良の言葉がおかしくておかしくて」

 藤堂さんはそう言いながらまた吹き出して笑っていた。

 だから、笑いごとじゃないんだってばっ!

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