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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応2年7月
280/506

七月の長州征伐

 長州との戦いの中で、小倉口での戦いがあり、そこで士気が高かったのは、小倉藩だけだった。

 というのも、自分の領地が長州にとられてしまうという危機があったからだろう。

 それ以外の藩の士気はとてつもなく低かった。

 各藩が兵を出すことを拒否する中、肥後藩と久留米藩が出兵してきた。

 しかし、その肥後藩の指揮官は、この長州征伐に反対していたため、幕府で総督という、戦を指揮する人間に命じられていた人間と対立。

 幕府軍は団結してこの危機にあたらなければならないのに、団結どころではないと言う状態になってしまう。

 当然、そう言う状態で戦をしても負けるだけだ。

 戦の結果は見るまでもなくわかっていた。

 もう私には見えていた。

 しかし、戦を捨てるわけにはいかない。

 負けるとわかっていても、命をかけて君主のために戦うのが武士なのだ。

 

 七月になり、長州軍は相変わらず、ほどよく攻撃をしては素早く引くと言う作戦があるのか、そう言う戦い方をしていた。

 私と吉村は、小倉藩兵と一緒にいた。

 この日の戦はいつもの戦より大きなものとなった。

 いつも通り攻撃しては素早く引く長州軍を追い、長州軍は船で引こうとした時、停泊していた幕府の軍艦で攻撃をした。

 陸の上だけでなく、海上でも戦が繰り広げられた。

 幕府軍は、二万近い兵がいるのにもかかわらず、まともに戦っているのは、小倉藩兵だけだった。

 彼らは、自分の領土がかかっている。

「もう、だめかもしれないな」

 疲れ切った小倉藩兵たちの顔には、疲労感が漂っていた。

 こういう時、蒼良そらさんだったら、なんていうのだろう。

 たまにそう考えてしまう。

 きっと蒼良さんなら、負けるとわかっていても、一生懸命励ますのだろう。

「大丈夫です。兵はこちらの方が多いのだから」

 私は小倉藩兵の一人にそう言った。

「確かに、兵は多いが、みんな使い物にならない」

 一人がそう言うと、

「そうだよな」

「多ければいいってもんじゃないんだ」

 という声があっちこっちから聞こえてきた。

 みんな、戦で疲れ切った小倉藩兵の声だった。

 肥後藩兵や久留米藩兵がいるはずなのに、小倉藩兵しか見ない。

「山崎、ここはだめかもしれない」

 一緒にいた吉村が私の肩に手をのせてそう言った。

 それは私もわかっている。

「しかし、だめだからって、ほっておくわけにもいかないだろう」

 少しでも機会があるなら、それを生かしたい。

 まだあきらめたくない。

 蒼良さんなら、あきらめないはずだ。

「もう一息だ。もう一息、頑張ろう。家族を守るために」

 私は、みんなを奮起させるためにそう言った。

 最初はその言葉で士気が上がった。

 ただし、小倉藩だけ。

「俺たちがここを捨てるわけにはいかないもんな」

 私の言葉で、一人、また一人と立ち上がってくれた。

 負けるかもしれない戦だが、あきらめたくない。

 そして、笑顔で京に帰りたい。

 蒼良さんの待つ京へ。


 小倉口の総督が陣中見舞いに来た。

 今まで城の奥深くにこもって、指示だけ出していた総督が、今更何の用なんだ?

「よく戦ってくれた。ここからは、俺も戦線に出て指揮をとるからな」

 その言葉に、いまさら何を言っているんだ?と言う藩兵が大勢いた。

 小倉藩兵が戦っているときは、援軍も出さずに見守っていただけだったのに。

 そんな中、石州口の方が新たな動きがあったという情報が入ってきた。


 石州口では、幕府軍は約三万人。

 長州軍は約千人。

 人数では桁違いの激突。

 あっという間に石州口の最前線である大麻山を長州軍が占拠してしまった。

 しかも、援軍に駆け付けた紀州藩の本陣も崩してしまった。

 長州軍の勢いは全く崩れず、あっという間に石州口は敗れ、紀州藩兵は大森というところまで逃げた。

 幕府軍は最初から逃げ腰で、石州口のある浜田藩が占拠されると、

「浜田城は、早く放棄したほうがいい」

 という始末だ。

 そして、石州口の戦に参加していた鳥取藩兵も撤退し、残された松江藩兵も撤退してしまった。

 こうして浜田城は、残された藩士たちによって火を放たれ、あっさりと長州軍に落ちたのだった。

 火を放たれた浜田城を見た幕府軍の士気は落ち、松江まで逃げ落ちたらしい。


 小倉口は、肥後藩が援護で入ってきたが、幕府軍の総督と意見があわない状態だった。

 こんな状態で戦なんて、勝つわけがない。

 ここにきて、私も幕府の士気の低さに嫌気がさしてきた。

 今度、高杉晋作に奇兵隊へって言われたら、喜んで行ってしまうかもしれない。

 それをとどめているのは、蒼良さんとした

「必ず京へ帰ってくる」

 という約束だった。

 その約束が無ければ、とっくに長州軍に寝返っていたかもしれない。

 しかし、負けると思っていた戦いに幕府軍は勝った。

 肥後藩は長州と同じような最新の武器を持っていた。

 海上からは幕府の軍艦が攻撃をし、初めて長州に勝ったのだった。

 高杉晋作がこの場所で率いていた長州兵は、いそいそと撤退して行った。

 それを、どこか信じられない思いで見ていた。

 こんなにあっさりと長州軍は負けたのか?

 高杉晋作は、なんであっさりと撤退をしたのだ?

「やっぱり、幕府軍の方が兵の数も多いからな。勝つのはあたり前だ。今まで勝てなかったのがおかしかったのだ」

 撤退して行く長州兵を見て、吉村はそう言ったのだった。


「この勢いで、長州を占拠しろ」

 という命令がきた。

 その通りだろう。

 しかし、実行されたのは、兵の交代だった。

 せっかく長州に勝っていい状態なのに、ここで交代なのか?

 幕府の行動が信じられなかった。

 肥後藩は撤退。

 その代わりを幕府軍がすることになったが、その幕府軍はなかなか来なかった。

 それどこか、小倉藩へ撤退してしまった。

 勝っていたのになぜだ?

 それを見た他の藩も、続々と撤退して行った。

 残されたのは、領土をかけて守っている小倉藩だけだった。

「幕府はいったい何を考えてんだ? 勝っていたのに、次々と撤退してしまったじゃないか」

 小倉藩の人間が私にそう言ってきた。

 私は、新選組の命令で動いており、局長から長州征伐を見守れと言う命令を受けていていたので、幕府軍とともに撤退することはなかった。

「交代の兵は来ていないのか?」

 私はそう聞いたが、その答えはわかっていた。

 来ないだろう。

 こんなことになるなら、長州征伐なんてしなければよかったのに。

「ちょっと文句を言いに行く」

 小倉藩兵はそう言うと、幕府の総督へ面会を求めたが、なかなか会えなかった。

 小倉藩兵たちの怒りも頂点に達した。

 ある日、総督の部屋へ無理やり入って行った。

 しかし、部屋の中はもぬけの殻だった。

「なんで、誰もいないんだ?」

 総督の部屋へ行った帰りに、小倉藩兵は私のところに来た。

「お前は新選組だから、何か知っているだろう?」

 そう聞かれたが、新選組も、もともと幕府から嫌われている組織だ。

 私は静かに首をふった。

「お前に聞いてもわからないってことか」

 小倉藩兵はため息をついて行ってしまった。

 その後、小倉藩で会議があり、城に火を放って撤退することになった。


 私の仕事も無くなった。

 これからどうすればいいのか?いつ京へ帰れるんだろうか?

 とりあえず、広島藩へ戻った方がいいのか?

 山の上から、燃える小倉城を見てそう思った。

「よっ! 久しぶりだな」

 後ろから見覚えのある声が聞こえてきた。

「高杉か?」

 私がそう言って振り返ると、案の定、高杉晋作がいた。

 その顔は、以前会った時と比べるとやつれていて、顔色も悪かった。

 病気なのか?

 でも、小倉口では長州軍の指揮をとっていたはずだ。

「斬りたければ、斬ってもいい。私は、戦に負けたのだから」

 戦に負け、敵に見つかれば、首を斬られる。

 それが武士だ。

「お前の首を斬っても何も変わらないだろう」

 高杉晋作はそう言ってニヤッと笑った。

 その通りだ。

「どうだ? うちに来ないか?」

 その言葉を心のどこかで臨んでいた自分がいた。

 まだ、その言葉を言ってくれるのか。

 嬉しく思っていた。

 しかし、私は首をふった。

「そうだろうな。好きな女が待っているんだろ?」

 ひじで私を突っつきながら、高杉晋作はそう言った。

「帰ってやれ。女はお前を待っているんだろ?」

 待っていてくれている。

 それはわかっている。

 しかし、それに恋愛感情があるのかと言われると。わからなかった。

 蒼良さんのことだから、私のことを仲間と思い、無事に帰ってきてほしいと言ったのだろう。

「残念ながら、こちらの一方的な思いだ」

 高杉晋作が思っているような関係だったら、どんなにいいか。

 何回もそう思った。

 夫婦役で潜入しても、あくまで夫婦役であり、本当の夫婦ではない。

 それだけでも満足だった。

 しかし、私の思いはどんどん大きくなってしまう。

 本当に、本当に夫婦のような関係だったら、どんなによかっただろう。

「入ろうかな」

 気がつくと私はそうつぶやいていた。

 新選組に戻っても、蒼良さんに会えると言うだけで、仲間以上の関係になることがあるのかわからない。

 それならいっそ、奇兵隊に入ってしまおうか。

「何言ってんだ。お前には帰る場所があるだろ」

 なんだよ、お前が最初に来るかと言ったんだろう?

「惚れている女を捨てれないだろう? 今は一時的に捨てれても、きっとそのことを後悔する日が来るだろ。そんなお前を見たくないからな。さっさと消え失せろ」

 高杉晋作は、そう言って私に背中を向けた。

 敵同士なのだ。

 ここで語っている場合じゃないのだ。

 私も意を決して背中を向けた時、背後から激しく咳き込む声が聞こえた。

 最初はすぐに止まるだろうと思った。

 しかし、その咳が止まることが無かった。

 グワッと何か吐き出したような音が聞こえた。

 気になって振り向くと、高杉晋作が座り込んでいた。

「どうした?」

 私はあわてて高杉晋作に近づいた。

「来るな」

 ゼイゼイと息を切らせながら、高杉晋作はそう言った。

 座り込んで苦しんでいる人間を、無視できないだろう。

 ただの敵なら無視できるが、ただの敵ではない。

 一時的だが、心を動かされた敵だ。

「大丈夫か?」

 咳き込む背中をさすった。

「来るなと言っているだろう。ゴホゴホ」

 そう言った高杉晋作の口からは血が出ていた。

「話すなっ!」

 私はそう叫び、必死で背中をさすった。

 過去に蒼良さんと会って、高杉晋作がその病になっていると知ってから、かなり悪化している。

「ずいぶんと、無理をしたのか?」

 背中をさすりながらそう聞いた。

「桁違いの兵と戦をするんだからな。そりゃ無理はするだろう?」

 こんな男は、幕府軍にはいなかった。

 命をかけて戦をする人間は、幕府軍にはいなかった。

 みんな逃げ去っていった。

 勝っていた時でさえ、逃げて行ったのだ。

「そんな顔をするな。俺は、これが本望だ。幕府に勝ったのだからな。多少の無理したかいがあった」

 高杉晋作は、背中をさすっていた私の腕を振り払うように立ち上がった。

「次はいつ会えるかわからんが、またな」

 よろよろと高杉晋作は去っていった。

 その去っていく後姿をいつまでも眺めていた。


 数日後、なんで幕府軍は消えるように撤退したのかがわかった。

 将軍である家茂公が亡くなったからだった。

  

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