家橘さん島原へ
「蒼良はん、ええ話があるんよ」
藤堂さんと島原を巡査していると、牡丹ちゃんが話しかけてきた。
「いい話?」
いい話って何だろう?
「今度、家橘はんが来るんよ」
「ええっ! 家橘さんが来るの?」
家橘さんとは、歌舞伎役者の人。
この時代で言うとアイドルになる。
その人が島原に来るのか?
現代で言うと、テレビに出ている自分の好きな人が、食事をしに知り合いの店に来ると言う感じになる。
「牡丹ちゃんは、そのお座敷に行くの?」
「行くで。誰が何と言おうと、うちは行くっ!」
そ、そうなのか?えらい気合が入っているなぁ。
って言うか、会えるなんてうらやましいぞ。
「いいなぁ。牡丹ちゃんは家橘さんに会えるんだ」
「蒼良はんやって、この前護衛したって言うてたやないの」
そうなのだ。
家橘さんは人気者なので、それで何か騒動が起きたら大変だと言う事で、一度だけ護衛をしたことがある。
しかし、逆に裏方の人に襲われかけて家橘さんに助けられたんだけど。
その時にものすごくかっこよかったので、私もファンになってしまった。
「こういう人には、何回も会いたいじゃん」
会える機会があれば、それを最大限に生かして何回でも会いたい。
そう言うものだろう。
「それはそうやな」
そうでしょ、そうでしょ。
「蒼良、家橘さんって誰?」
隣にいた藤堂さんに聞かれた。
「えっ、家橘はんを知らんの?」
牡丹ちゃんが藤堂さんに信じられないと言う顔をして言った。
「知らないけど……」
家橘さんを知らないなんてっ!
「素敵な人なんや」
「そう、さわやかでかっこいいんだよね」
私と牡丹ちゃんで話が盛り上がり、その話についていけない藤堂さん。
「この人や」
楓ちゃんがさりげなく浮世絵を出してきた。
「ああ、歌舞伎役者かぁ。って、蒼良は歌舞伎役者に惚れてるの?」
「な、何言っているのですかっ!」
惚れてるって、恥ずかしいじゃないかっ!
思わず、藤堂さんの肩をバシバシたたいてしまった。
「蒼良、痛い」
「あ、すみません。あのですね、惚れていると言うのとちょっと違うと思うのですが」
「そうなん? うちは家橘はん一筋やでっ!」
牡丹ちゃんはそうなのか?
「でも、惚れても遠い人だとわかっているから、惚れられないと言うか……」
なんて言ったらいいんだろう?
「憧れの人やろ?」
楓ちゃんがそう言った。
「そう、それっ!」
楓ちゃんのピッタリな言い方に、思わず指をさして言ってしまった。
「憧れかぁ。惚れているのとあまり変わりないような気がするんだけどね」
藤堂さんが心配そうな顔をしてそう言った。
何か心配事があるのか?
「大丈夫や。蒼良はんは家橘はんには惚れとらんようやから」
楓ちゃんが藤堂さんに言った。
何が大丈夫なんだかよくわからないんだけど、藤堂さんは、
「蒼良が惚れてなければいいか」
と、納得していた。
「うちは惚れとるでっ!」
牡丹ちゃんはむきになってそう言った。
「ところで、どこまで話したんだっけ?」
なんか、話が見えなくなってきたぞ。
「家橘はんが島原に来るって事や」
楓ちゃんが冷静にそう言った。
「あ、そうそう。そうやった。蒼良はんも会いたいなら、方法があるで」
会える方法があるのか?
「どうすればいいの?」
牡丹ちゃんのその言葉に飛びついてしまった。
「芸妓になればええんや」
あ、なるほど。
過去に何回か芸妓に変身したことがあるから、それなら大丈夫そうだ。
「土方さんに無断でそう言うことして大丈夫なの?」
藤堂さんが不安そうに言った。
「ばれなければ大丈夫ですよ」
ばれることはまずないだろう、多分。
「そうや、ばれなければええんや。お座敷が一緒になることはまずないから大丈夫やろう」
うん、まずないと思う、多分。
「大丈夫かなぁ」
藤堂さんは相変わらず不安そうな顔をしていた。
「大丈夫ですよ。そんな不安そうな顔をしないでくださいよ」
「私は、心配なんだよ。蒼良が家橘さんとかって人に惚れないか」
「あ、それはないですよ」
多分。
だって、私の中で家橘さんはアイドルだから。
「それならいいけど」
私が家橘さんに惚れると、藤堂さんが何かあるのか?
「ところで、あなたは家橘さんのこと好きじゃないの?」
藤堂さんが楓ちゃんにそう聞いた。
「うちは近藤はん一筋やから」
その言葉に、藤堂さんと私はシーンとなってしまったのだった。
「今日、家橘はんが来るで」
と、牡丹ちゃんから教えてもらった日に、私は牡丹ちゃんたちがいる置屋に喜び勇みながら行った。
あっという間に私は芸妓さんに変身した。
あまりに完璧な変身だから、絶対にばれないだろう。
うん、大丈夫。
知っている人が来ても、ばれない自身はある。
「そろそろ来るで」
牡丹ちゃんに言われ、
「よし、行こう」
私は気合を入れて置屋から揚屋に移動をした。
揚屋に着くと、家橘さんたちはすでに着いていて宴会が始まっていた。
お座敷の襖が悪と同時に、芸妓さんたちの席取り合戦が始まった。
と言うのも、家橘さんのことを好きな芸妓さんは私たちだけではなかった。
ここに来たほとんどの芸妓さんは家橘さん目当てだったのだ。
私でさえ、芸妓に化けでここに来ているんだ。
そう言う事に早く気がつくべきだったのだ。
気がついたら、他の芸妓さんに押され、家橘さんの両隣はすぐにうまってしまった。
牡丹ちゃんも家橘さんの隣をゲットできなかったみたいで、私と顔を見合わせてしまった。
「蒼良はん、まだ大丈夫やで。同じ部屋にいることが出来るんやからな」
牡丹ちゃんは自分に言い聞かせるようにそう言った。
そうだよね。
一緒の部屋にいるだけでも、感謝しなければいけないよね。
家橘さんはものすごく気づかいをしてくれる人だった。
私たちが家橘さんを楽しめないといけないのに、家橘さんが私たちを楽しませてくれた。
だから、家橘さんの隣に座れなくても、特別なファンイベントに来たような感じだった。
そんな中、家橘さんと目があった。
「あ、あなたは……」
えっ、私?
思わず両隣を見てしまったけど、やっぱり私に向けられた言葉らしい。
「えっ?」
驚くやら嬉しいやらで、思わずそう聞き返してしまった。
「どこかで会ったことがあると思っていたら、し……」
新選組の人じゃないかって言いそうだったので、思わず立ち上がって家橘さんのそばに行き、
「シイッ!」
と言って、家橘さんの口の前に人差し指を出した。
「すみません。女性を口説く時のようなことを言ってしまって。私の知り合いに似ていたようなので、つい声をかけてしまいました」
そう言いながら、私が出した人差し指にふれ、優しく私のもとに戻してくれた。
それだけでも、特別なことをされたような感じになり、ドキドキしてしまった。
さすが、家橘さん。
私が言わないでほしいと思ったことがすぐわかったのだろう。
すぐに話題を変えてくれた。
ああ、なんていい人なんだ。
横からの強い視線を感じ見てみると、牡丹ちゃんと目があった。
この視線は、牡丹ちゃんだったのね。
「どうしたの?」
何かあったのか?
「蒼良はん、いつの間に家橘はんに顔を覚えられたん?」
そう言った牡丹ちゃんの顔が怖かった。
な、なんか誤解してないか?
「うちの方が家橘はんのことを知ったの速かったのに、なんで蒼良はんは知り合いになっとるん?」
ち、ちょっと待って。
「い、いや、全然知り合いじゃないと思うんだけど……」
危ないところを助けてもらっただけだし。
「でも、あの家橘はんの反応は知っとる人に会った反応や」
「知り合いっていうか、たまたま護衛をしていたら、襲われそうになって、そこを助けてもらったのですよ」
「助けてもらったやって?」
なんか、さっきより怖い顔になっているんだけど。
「たまたまだよ、たまたま」
そう、たまたまだよ。
「あの時は、新選組の用事だったから、今みたいな綺麗な着物じゃないし、男装しているから、きっと男だと思われているよ」
うん、そう、男だと思われているって。
「そう言われれば、そうやな。安心したわ」
うん、私も一瞬、牡丹ちゃんを敵に回しそうな感じがしたから、これでよかったよ。
安心していると、私の後ろの襖がスッとあいた。
「旦那はんから逢状来とるから、あんさん、頼むわ」
番頭さんらしい人が、一番近くにいた私にそう言った。
えっ、私に逢状?
それはないだろう。
だって、私はにわか芸妓だから。
「逢状が来た芸妓は、ここにおるから。取り込み中やろ?」
えっ、取り込み中なのか?
番頭さんが指さした方を見ると、逢状が来た芸妓さんは家橘さんの隣にどっかり座って、楽しんでいた。
確かに、取り込み中だわ。
あれを呼びさしたら、一生恨まれそうだよね。
「わかりました。私が行きます」
私が立ち上がると、
「うちも行くよ」
と、牡丹ちゃんも一緒に立ち上がってくれた。
ありがとう、牡丹ちゃん。
番頭さんに案内された部屋のふすまが開いた時、
「げっ」
と思わずつぶやいてしまった。
「蒼良はん、大丈夫?」
「だ、大丈夫」
多分。
私たちを待っていたのは、なんと……。
「おう、来たか」
そう言った人の横には、ぴったりと寄り添うように楓ちゃんがいた。
こ、近藤さんだぁ。
ば、ばれないよね。
「蒼良はん、芸妓になっとるさかい大丈夫や。自信もちな」
牡丹ちゃんがこっそりとそう言ってくれた。
うん、大丈夫だよね、多分。
酔いつぶしてやろうかなぁ。
「酔いつぶそうなんて考えとらんよね?」
鋭い楓ちゃんの視線とともに、小さい声でそう言われた。
なんでばれたんだ?
近藤さんにお酌しようとしたら、楓ちゃんが目で、
「私がお酌するから」
と訴えてきた。
じゃあ、その隣の人と思って視線をうつした時、動きが止まってしまった。
い、伊東さんじゃないかっ!
な、なんでここにいるんだ?
「うちがやるからええよ」
牡丹ちゃんが素早く伊東さんの隣に座った。
ありがとう牡丹ちゃん。
もう一人いるみたいなので、じゃあその人に。
そう思ってその人を見ると、その人は嬉しそうに微笑んでいた。
その人は……
「藤堂さん」
私が小さい声で名前を言うとニッコリと笑ってくれた。
藤堂さんは、近藤さんたちにばれないように気を使ってくれたのか、ずうっと私を隣に置いてくれた。
「どうして、近藤さんと伊東さんが一緒にいるのですか?」
「気に食わない?」
いや、気に食わないとかそう言う事はないんだけど。
「近藤さんは、伊東さんを気に入っているからね」
うん、それは知っていた。
でも、長州に伊東さんと行ったときは、近藤さんはほっとかれたみたいだから、それで仲も壊れたかと思ってた。
でも、壊れてなかったんだ。
「近藤さんも、少しは伊東さんを見習ってほしいんだけどね」
そ、そうなのか?私はそこまで思わないけど。
これが伊東派と近藤派の違いなのか?
「飲みますか?」
藤堂さんにお酒を注ぐと、
「あまり飲ませないでね。蒼良と飲むと飲みすぎるから」
いや、今日は飲ませる側で全然飲んでませんから。
「大丈夫ですよ」
にっこり笑って、お酒を注いだら、
「だから、だめだって」
と言われてしまった。
なんとか無事にばれずにすんだ。
最後はにっこり笑ってお見送りをした。
その後、急いで置屋に戻って男装をして、屯所に戻った。
「お帰り。家橘さんには会えたの?」
出迎えてくれたのは、藤堂さんだった。
「あ、ただいま帰りました。家橘さんは、会えたと言うか、見たって感じですかね」
そんな感じだったよなぁ。
「人気者の人らしいから、芸妓さんに囲まれていたでしょ?」
「はい、私なんて入るすきなかったですよ」
でも、見れたからいいか。
あんなに近くで見れたんだし。
「それでも、満足そうな感じだね」
「はいっ! 近くで見れましたから」
「えっ、見ただけなの?」
藤堂さんにそう言われて、コクンとうなずいた。
「なんだ、蒼良が惚れたらどうしようかとか考えちゃった」
なんだ、そんなこと考えていたのか。
「それはないですよ」
生きる世界の違う人って感じだから、惚れたはれたはありえない。
「よかった」
何がよかったんだかわからないけど、よかったんなら、よかったんだろうなぁと思うことにした。




