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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応2年7月
277/506

家茂公の主治医

 沖田さんは、いつ良順先生のところに診察に行くのかな?

 少し前からそのことが気になっていた。

 沖田さんの部屋の前に立ち、少し襖をあけてのぞいてみると、沖田さんが横になっていた。

「お、沖田さんっ! 具合が悪いのですかっ!」

 横になっている姿を見て、嫌な予感しかしなかった私は、バンッと襖をあけて中に入った。

「うわっ! びっくりしたなぁ」

 驚いている場合じゃないだろう。

「大丈夫ですか?」

蒼良そら、突然入ってきたら驚くでしょ。入る前に声か何かかけてよ」

 あ、すっかり忘れてた。

「やり直しますか?」

 沖田さんのことだから、やり直せとかって言いそう。

「いいよ、別に」

 そう言った沖田さんがかったるそうだった。

 そうだ、沖田さんが具合悪そうだから、あわてて中に入ったんだ。

「具合わるそうですが、大丈夫ですか?」

 沖田さんが寝ているそばに座った。

 布団を敷いて寝ているわけではないので、そんなに重体には見えないのだけど、動きがだるそうに見える。

「大丈夫だよ。今年の夏は暑くて、涼しくなった今になって調子悪くなっちゃったみたい」

 いや、それは夏のせいだけじゃないだろう。

「熱はどうなのですか?」

 沖田さんのおでこに手をあててみた。

 なんかいまいちよくわからないなぁ。

 体温計と言うものがないこの時代、熱を測るもの手とかしかない。

 でも、手で測ってもわから仲い場合は、直接おでこをあてて測るのが手っ取り早いのか?

 沖田さんのおでこに私のおでこをつけた。

 ちょっとだけ熱いような感じがする。

 微熱ってやつか?

「蒼良、ずいぶんと大胆なことをするね」

 えっ、そうなのか?

「僕が口をつきだしたら、接吻になるよ」

 あっ!気がついたら、顔が近かった。

 うわぁっ!と思って慌てて顔をはなした。

「残念だな。もう少しで接吻できそうだったのに」

 こっちは残念でも何でもないですからね。

「沖田さん、キ……接吻と言うものは、好きな人とするものなのですよ」

「僕は蒼良が好きだから、別にかまわないけど」

 いや、私がかまうからっ!

「で、蒼良は僕に用事があってここにいるんじゃないの?」

 あっ、そうだった。

「沖田さん、良順先生のところにはいつ行きますか?」

 私が言うと、だるそうな感じで起き上がった。

「そろそろ行こうとは思っていたんだ」

 そろそろって……。

「行く日とか決まっていないのですか?」

 普通は何日にとかって決まっていると思うのですが。

「決まっていたけど」

 決まっていたのかいっ!

「僕が行ったり行かなかったりしたから、暇なときに来いって言う事になったんだ」

 そ、そうなのか?それって……

「見捨てられたとか、そう言うことじゃないですよね」

 いっきに不安になってしまった。

「それはないと思うけど、見捨てられてるのかもしれないね」

 沖田さんが楽しそうにそう言った。

 いや、全然楽しくないからね。

「蒼良も一緒に行く?」

 沖田さんは立ち上がりながら私にそう言った。

「ぜひ、ご一緒させてください」

 と言うわけで、沖田さんと一緒に良順先生の所に行くことになった。


 良順先生も忙しい人なので、居たりいなかったりする。

 いなかったらどうしよう?と不安になったけど、今回は良順先生がいた。

「いつも一緒に来るな。まるで沖田君の保護者だな」

 良順先生にそう言われてしまった。

 いや、保護者でもないんだけど……。

「ずいぶんと久々にきたな」

 良順先生は沖田さんに言った。

 えっ、全然ここに行ってなかったのか?

「沖田さん、前回はいつ来たのですか?」

 恐る恐る沖田さんに聞いてみた。

「蒼良と一緒に来たのが最後だったと思うよ」

 ちょっと待て、それはいつの話だ?

 過去を一生懸命さかのぼっていった。

「かなり前じゃないですかっ!」

 ものすごく前のような感じがするぞ。

 確か、桜が咲いていなかったか?

「うん、だいぶ前だね」

 沖田さん、楽しそうにそう言っているけど、全然楽しいことじゃないからね。

「そんな前に来たっきりで大丈夫なんですか?」

 今度は良順先生に聞いてみた。

「特に変化はなかったのだろ?」

 良順先生は沖田さんに聞いた。

「はい。ちょっとだるいぐらいかな」

 やっぱりだるいのか?

「それならこっちも特に用はないな」

 良順先生がきっぱりとそう言った。

 えっ、そう言うものなのか?

「労咳になると、体が重く感じるようになる。熱が少し出るからな。血痰は出るか?」

「それはまだ大丈夫」

 まだ血痰が出ていないと言う事は、病状は安定していると言う事なのか?

「引き続き安静にしていることだな」

「安静にしていないと、ものすごい勢いで怒る人がいるから、それは大丈夫ですよ」

 そう言う人がいるのか?誰だ?

 沖田さんが笑顔で私を見ていた。

 私かいっ!

「それは心強いな。引き続き監視を頼むぞ」

 えっ、監視?

「沖田君は、すきあれば安静から抜け出そうとするからな」

 良順先生の言う通りですよ。

「そうなんですよ。近いと言って遠くまで散歩に行ったりするのですよ。それって大丈夫なんですか?」

 これは前から聞きたかった。

「少しぐらいなら大丈夫だろ。刀を振り回すとかしなければ」

「ああ、それは大丈夫だよ。たまにしかしていないから」

 えっ、たまに振り回しているのか?

「問題ない」

 良順先生がきっぱりとそう言ったけど、本当に大丈夫なのか?

「ところで、蒼良は良順先生に用があったんじゃなの?」

 あれ?なんで沖田さんが知っているんだ?

「だって、僕の部屋にいつ良順先生のところに行くかって来たじゃん」

 それはそうだけど。

「なんだ、用があるのか? どんな用だ?」

 私は座りなおした。

「良順先生、家茂公の様子はどうですか?」

 良順先生は、将軍の侍医だ。

 簡単に言うと、家茂公の主治医になる。

 家茂公は、確か今月中に亡くなる。

 これを阻止できれば新選組の歴史も変わるかもしれない。

 そう思って家茂公の主治医である良順先生に会いたかったのだ。

「どうしてそれを知っている?」

 そう言う事を言うってことは、あまりよくないと言う事なのか?

「だって、蒼良は未来から来たから、そう言う事は知っているんじゃないの?」

 沖田さんも良順先生も私が未来から来たことを知っている。

 お師匠様が結核の薬を持ってきたことがあるからだ。

 この時代では作れないものなので、すぐにばれた。

「そうなのか?」

 良順先生は私の方を見てそう言った。

「家茂公は、今月中に亡くなります」

 私の言ったその一言で二人とも驚いてしばらく沈黙が流れた。

「死因はなんだ?」

 しばらくの沈黙のあと、良順先生がそう言った。

脚気かっけです」

「脚気か」

 つぶやくように良順先生が言った。

「蒼良、脚気って言うけど、どういう病気か知っているの?」

「どういう病気なのですか?」

 現代ではあまりよく聞かない病気だ。

「言っていて知らなかったんだ」

 沖田さんに言われてしまった。

 だって、あまり聞いたことがない病気なんだもん。

「脚気とは、足がむくんできて、そのうち心臓も止まる病気だ」

 良順先生が説明してくれた。

 詳しい説明によると、足がむくんだりしびれたりするらしい。

 つま先を針でチクチク刺されるような痛みもあるらしい。

 心臓の方は、心拍数が上がり、皮膚は暖かく湿った感じになるらしい。

「身分が高い人たちがなる病気だよ」

 沖田さんが吐き出すようにそう言った。

 それはチラッと聞いたことがある。

 身分の高い人たちは白米を食べ、しかも副食はあまり食べないので栄養がかたよりそれで脚気になる。

 確か……。

「ビタミンB1」

 気がついたらそうつぶやいていた。

「びたみんびぃわん?」

 沖田さんと良順先生が声をそろえて聞いてきた。

 この時代にはない名前だよね。

「栄養の名前です。ビタミンB1が不足するとなる病気なのです」

「未来は、そこまでわかっているのか」

 良順先生が驚いたようにそう言った。

「で、そのびたみんびぃわんってなに?」

 沖田さんがそう聞いてきた。

 それが重要なのよ。

「主に、肉とかに入っている栄養です」

「えいよう?」

 再び良順先生と沖田さんが声をそろえて聞いてきた。

 栄養って言葉がまだないのか?いや、あるだろう?

「簡単に言えば、肉をたくさん食べるとビタミンB1をとることが出来るのですよ。と言う事は、脚気にもならなくて済むと言う事なのですよ」

 今から家茂公に肉をたくさん食べさせたら、死なないかもしれない。

 歴史を変えれるかもしれない。

「それは、無理そうだな」

 良順先生が残念そうな顔でそう言った。

 そ、そうなのか?

「家茂公は、一汁二菜で、我々が思っているよりかなり質素だ」

 いちじるにさい?

「もしかして、蒼良は一汁二菜の意味が分からないとか?」

 沖田さんの言う通りだ。

「汁一品、おかず一品って言う所かな。僕たちより質素な食事だね、将軍様は」

「だから、脚気になるのかもしれないな。それにたまに焼き魚がつくぐらいだ。肉なんてとんでもない」

 そんなんじゃあ、脚気の予防にならないじゃないか。

「肉以外の物はあるのか?」

 良順先生に聞かれて、家庭科の授業を必死で思い出した。

「ウナギかな……」

 たぶん……。

「今は時期じゃないから無いね」

 沖田さんが残念そうに言った。

 この時代、保存する物がないので、時期の者はその時期に食べてしまわないといけない。

 時期が外れるとお目にかかれないものなのだ。

「他には?」

 良順先生に再び聞かれた。

「後は、玄米です」

 それなら大丈夫だろう。

 良順先生も

「それなら大丈夫そうだ。早速玄米を食べてもらうとしよう」

 と言ってくれた。

 よかった。

 これで家茂公が脚気にならなければなおいいんだけど。


「本当に死んじゃうの?」

 帰り道、沖田さんに聞かれた。

「はい。信じられないですよね。私も信じられないです」

「でも、死んじゃうんでしょ」

 沖田さんの言葉にコクンとうなずいた。

「家茂公が死んじゃったら、どうなるの?」

 沖田さんに聞かれ、歴史の授業を思い出した。

「家茂公の後は、慶喜公が将軍になります」

「慶喜って、一ツ橋慶喜公?」

 私はコクンとうなずいた。

「あの人が次の将軍かぁ」

 沖田さんは他人事のように言った。

「ずいぶんと、他人事ですね」

「うん。だって、僕にあまり関係ない話だからね」

 確かに、身分の下の方にいる私たちには関係ないのかもしれない。

 でも、これから先に起こることを考えたら、関係ないなんて言ってられない。

「沖田さん……」

 そんなこと言ってられないですよって言おうとしたら、

「僕だって、いつまで生きていられるかわからないからね」

 と、沖田さんが悲しい顔でそう言った。

「な、何言っているのですかっ!」

 その言葉に思わず怒鳴ってしまった私。

「何回も言っているじゃないですかっ! 私がいる限り、沖田さんを死なせませんよっ!」

 以前、不安になると私にその言葉を言わせたくて、そう言ってしまうと言っていた沖田さん。

 もしかして、不安になっているのかな。

 そう思って沖田さんの顔を見ると、

「蒼良のその言葉、心強いよ」

 と、笑顔になっていた。

「ありがとう」

 沖田さんが自然な動作で私の頭を自分の胸に押し付けてきた。

 私の耳は沖田さんの胸にあった。

 そこから、喘息のようなヒューヒューと言う音がかすかに聞こえてきた。

 その音を聞いて不安になったけど、私が不安になってはいけない。

 沖田さんは絶対に死なせないんだからねっ!

 ヒューヒューと言う音に負けないぐらい、心の中で大きな声でそう思った。

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