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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応2年6月
271/506

柴田さんの脱走

 約一カ月ぶりぐらいに京に帰ってきた。

 屯所の姿が目に入った時は、ああ、帰ってきたんだなぁと感情的になった。

「帰って来ましたね」

「あたりめぇだろうが。屯所に向かって歩いていれば屯所に着くだろう」

 土方さんが不機嫌にそう言った。

「あのですね、私は久しぶりの屯所なのですよ」

「ああ、そうだったな」

 もしかして、夜中に顔を落書きしたことをまだ怒っているのか?

「もしかして、怒ってます?」

 恐る恐る聞いてみた。

「いや、怒ってないぞ。顔があんなことになっているとは思わずに厠へ行き、俺の顔を見るなり吹き出した奴がいて、そいつを斬りそうになったなんてことがあったなんて、話す気にもなれねぇや」

 いや、思いっきり話してますからね。

 そんなことがあったのか。

「悪気はなかったのですよ。厠に行くとは思わなかったもので」

 普通は、起きたら身だしなみを整えるために鏡を見るだろうから、すぐに気がつくと思っていたのだ。

「人間だからな。厠の方が用はなくても、俺の方が用があるから行くだろう」

 はい、その通りです。

 やっぱり怒っているよ。

「すみません」

「いや、怒ってねぇぞ」

 いや、怒っているだろう。

 そんな話をしながらも、屯所が近づいてきた。

 すると、屯所から人がたくさん出てきた。

 いくら一か月ぶりだからって、そんなに歓迎してくれなくてもいいのに。

 あ、でも、嬉しいな。

「ただいま帰って来ました」

 笑顔でみんなにそう言った。

「お前ら、いくら俺が出かけたからって、そんな総出で迎えるのは大げさだろう」

 そう言っているけど、土方さんも嬉しそうだ。

 しかし、そのたくさんの隊士たちは私たちの前を素通りして走り去っていった。

「えっ?」

 二人でそう言って、隊士たちが走り去っていた方を呆然と見つめていた。

「何かあったなっ!」

 土方さんは急いで屯所の中に入って行った。

 なにがあったんだ?大事件か?

 歴史に残る大事件があったっけ?

 それを考えながら、私も土方さんの後をついていった。


「柴田が逃げた」

 屯所に入るなり近藤さんの部屋に走って言った土方さん。

 襖をあけて近藤さんの部屋に入るなり、近藤さんがそう言った。

「なに、柴田が逃げただと?」

 どうやら、脱走らしい。

 なんだ、脱走か。

 あんなにたくさんの隊士たちが出てきたから、てっきり出迎え……じゃなかった。

 大きな事件があったかと思った。

「それがただの脱走じゃないんだ」

 近藤さんがそう言った。

 えっ、ただの脱走じゃない?

「一橋家の家臣と一緒に金策をして脱走した」

 うわぁ、隊の規則を二つも破っているじゃないか。

「切腹二回分だ」

 思わずつぶやいてしまった。

「切腹は一回しか出来ねぇだろうがっ! 何言ってやがる」

 つぶやきが聞こえてしまったらしい。

「おい、柴田を捕まえて来い」

 えっ?

「あの……。私、柴田さんの顔をよく知らないのですが……」

 人数も百人を超えているし、そんな一人一人の顔と名前なんて覚えてられない。

「それなら、勘で探して来い」

 えっ、そうなのか?

「歳、それは無茶苦茶だろう」

 近藤さんもそう思いましたか?実は私もそう思っていました。

「いいから捜して来い」

 ああ、探すしかなさそうだ。

「わかりました」

 そう言って、私は立ち上がった。

「帰ってきたばかりで悪いな」

 そんな私の背中をポンッとさするように優しくたたいてきた。

 驚いて顔を見ると、さっきの不機嫌な顔は消えていた。

 

「顔もわからない人間を探すなんて、無理だろう」

 私は、廊下を歩きながら独り言を言った。

 だって、そうだろう。

 江戸時代と言ったって、人間はたくさんいるぞ。

 その中で顔の知らない人間を探すなんて困難だ。

 それを探せと言うんだから、すごいよなぁ。

 しかも、探しに行く人間もいるんだから、すごい。

 この時代に写真があったなら、この顔見たら新選組なんてポスターが作れそうなんだけどなぁ。

「あ、蒼良そら。帰ってきたんだ」

 ブツブツ言いながら歩いていると、藤堂さんが出てきた。

「今日、今さっき帰って来ました」

 帰ってきたばかりなのに、仕事している私って……。

「蒼良がいない間は寂しかったよ。長州はどうだった?」

「楽しかったですよ」

 私がそう言うと、藤堂さんは楽しそうに笑った。

「さすが蒼良。きっと仕事なのに楽しんで満喫しているんだろうなぁと思っていたけど、その通りだった」

 え、そうなのか?

「長州の話を聞かせて。何が楽しかった?」

 キラキラと目を輝かせて藤堂さんに聞かれたけど、今はそれどころじゃないんだよね。

「すみません。土方さんから仕事を言いつけられたので……。話は後でいいですか?」

「ええっ! 帰ってきたばかりなのに?」

 そう思うだろう?私もそう思うわ。

 こんな時期に脱走する柴田さんが悪いわ。

 もっと暇なときに脱走してくれ。

 って、ちょっと違うか。

「脱走した隊士がいるから、その隊士の探せと言われまして。あ、藤堂さんは柴田さんって隊士を知っていますか?」

 顔を知っているなら、ちょっと特徴的なものを聞けたらなぁと思った。

「うーん、なんとなく知っているかな?」

 そうなのか?

 それなら、藤堂さんに顔の特徴とかを聞いて、それを絵にすれば、顔がわからないと言う問題はすぐ解決しそうだぞ。

「絵にするので協力してもらえますか?」

「うん、いいよ」

 と言うわけで、私は筆と紙を用意した。


 藤堂さんの言う通りに顔を書いてみた。

 うん、どこかで見た顔だ。

 きっと、屯所内で会っていたのだろう。

「うん、こんな感じだったよ。さすが蒼良。絵が上手だね」

 藤堂さんもそう言ってくれたので、これで間違いないだろう。

 早速、土方さんに言って、この絵をたくさんうつしてもらって、たくさんの人に配ればすぐに捕まえられるだろう。

 よし、善は急げだっ!

「藤堂さん、ありがとうございます」

 御礼を言って、部屋を出ようと思い襖を開けると、そこにはなんと、柴田さんがいた。

「あ、いた」

 思わず指をさしてしまった。

「おう、蒼良。帰って来てたのか」

 あれ?私、柴田さんとそんなに親しくないと思うのだけど。

 何で、私のことを知っているんだ?

 そんなことより、捕まえろって言われているんだよね。

「捕まえたっ!」

「おい蒼良、どうした?」

 柴田さんの胴に手をまわして必死にしがみついたら、柴田さんに驚かれてそう言われた。 

 だから、私はあなたとそんなに親しくないんだって。

 なんで呼び捨てで、しかも親しそうに呼ぶかな?

「悪いが、蒼良にその気があっても、俺はやっぱり女が好きだからな。お前の気持ちは受け取れないな」

 柴田さんに力強く胴に回した手をはがされてしまった。

 うっ、強い。

 しかも、なんか勘違いしていないか?

 なんで私が柴田さんを好きにならないといけないんだ?しかも、勝手に誤解して勝手に振ってるし。

「藤堂さん、見ていないで手伝ってくださいよ」

 ぼーっと見ていた藤堂さんにそうった。

「えっ?」

 えっ?じゃないだろうっ!

「この人、柴田さんでしょ? 脱走の罪は許されても、金策の罪はどうなるかわかりませんからね。一応捕縛しないと」

「えっ?」

 だから、えっ?じゃないってっ!

「蒼良、その人は、新八さんだよ」

 えっ?

 一歩後ずさってから、よく顔を見てみた。

「俺を忘れてたのか? ひどいな蒼良は。俺が何回も蒼良の世話をしてやっているのに」

 いや、飲みに行ったときは、ほとんど私がお世話をしていますからね。

 あ、永倉さんだ。

 あれ?でも、私が書いた似顔絵と同じ顔をしているぞ。

 似顔絵を描いた紙を広げてみた。

「あ、俺だ」

 永倉さんが横からのぞきこんでそう言った。

 本当だ、永倉さんだ。

「あ、ごめん。蒼良」

 藤堂さんが突然謝ってきた。

「昨日、新八さんと飲みに行って二日酔いなんだよ。だから、気がついたら新八さんの顔を教えてたかも」

 えっ?まだ酔っているのか?

「どういうことだ?」

 事情を知らない永倉さんに聞かれたので、今までの事をすべて話すと、

「俺、柴田を知ってるよ」

 と言ってくれた。

 と言うわけで、再び似顔絵を描くことになった。


 今度出来た顔は、最初の顔と全然違っていた。

「本当に、ごめん、蒼良」

 藤堂さんが似顔絵が出来上がってくるたびにそう言っていた。

「気にしなくていいですよ。人間、間違いは誰にでもありますから」

「これは許せない間違いだろう。危うく俺が捕まるところだったんだぞ」

「新八さんなら、捕縛されても暴れて逃げるでしょ」

「ま、そうだ。そんな簡単に捕まってたまるかってんだっ! っておい、俺はまだ悪いことはしてないぞ」

 永倉さん、まだって……これからするつもりなのか?

「とにかく、土方さんに確認してもらってきますね」

「俺の記憶の方があてになるってことだな」

 永倉さんは得意そうに笑った。

「昨日、新八さんに飲まされなければ私だって、大丈夫なんですよ。少なくても、新八さんより記憶力はいいですから」

「いや、俺だろう」

 藤堂さんと永倉さん、どちらが頭よさそうか?と聞かれたら、藤堂さんなんだろうなぁ。

「あ、蒼良も、平助の方が記憶力がいいと思っただろう?」

 えっ、なんでわかったんだ?

「確認してもらってきます」

 私は笑顔でそう言って部屋を出た。


「おお、こいつだ」

 さすが土方さん。

 百人以上隊士がいるのに、顔と名前が一致している。

「さっそくこれをうつさせよう。帰ってきたばかりだったのにご苦労だったな。休んでいいぞ。荷物整理とか、やることたくさんあるだろう」

 荷物整理で思い出した。

 土方さんにお土産があったんだ。

「どうした?」

 いそいそと荷物の方へ行った私に、土方さんが声をかけてきた。

 私は木でできた箱を持ってきた。

「お土産です」

 そう言って渡した。

「俺にか? 仕事で行っているのだから、そんな気をつかうな」

 と言いつつ嬉しそうだ。

 木の箱を空けると出てきたのは、萩焼の器だ。

「おい、俺はこれを同じものを鴻池さんのところで見たが」

 そりゃそうだろう。

 鴻池さんと同じものを買ったんだから。

 でも、鴻池さんは私に譲ってくれた。

「まさか、つけで買ったのか?」

 な、なんでばれてんだ?

「鴻池家でつけで買ったって、自分で言っていただろうがっ!」

 あ、そうだったか?

 うん、そう言った感じがする。

「すみません」

 怒られているので謝ったら、

「謝らなくてもいいぞ」

 と言う声が聞こえた。

 恐る恐る下げた頭をあげると、優しい顔をした土方さんがいた。

「ありがとな。忙しかったんだろうに、その合間を見て買ってきたんだろ?」

 いや、暇でしたから。

 でも、それを言ったら怒られるだろうと思ったので、黙っていた。

「で、お前が鴻池さんに買ってきた器はどうするんだ?」

「どうしましょうかね?」

 茶道なんてやらないしなぁ。

「俺と一緒に使えばいいだろう」

「えっ、土方さんと一緒に茶道をやるのですか?」

「ばかやろう、なんで俺は茶道をやるんだ?」

「そうですよね。一番無縁そうですから」

「おいっ!」

 あれ?なんか怒っているが、悪いことを言ったか?

「茶道じゃなくて、普段のお茶をこれで一緒に飲めばいいだろう」

 ああ、なるほど。

「そうですね。そうしましょう」

 なんていい考えなんだろう。

 さすが土方さん。

「あのですね、この器でお茶を飲んでいると、七化けと言って色が変わってくるのですよ」

「そりゃ楽しみだな。お前とそれが見ることが出来るのが嬉しいな」

 土方さんは優しく笑ってくれた。

「私も嬉しいです」

 どのくらいの期間で色が変わるのだろう?

 すごく楽しみだ。

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