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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応2年6月
270/506

大坂に到着

 長州から船に乗って二日ぐらいで大坂に着いた。

 さすが、船は早い。

 しかし、ただ乗っているだけなので、二日間は暇だった。

「君は、体調はいいのか?」

 甲板に出て、外の空気を吸いつつ景色を見ていると、永井殿が近づいてきた。

「はい、大丈夫です」

 なんでそんなことを聞いてくるんだろう?

「わしは、気持ち悪くて、かなわん」

 永井殿は、青白い顔をしていた。

「船は楽でいいんだが、この気持ち悪くなるのが好かん」

 そう言うと、ウッと口元を手で押さえて中に入って行った。

 あ、船酔いか。

 現代の船のように揺れないように工夫されてないから、波が来たら、下からフワッと持ち上げられるような感じがする。

 人によっては、その揺れで船酔いになってしまうのだろう。

 で、なんで私は平気なんだ?

 もともと乗り物系は強い方だけど、ここまで揺れて酔わないって言うのもどうなんだ?いいことなのか?

 再び、青白い顔の永井殿が出てきた。

 それを見て、酔わないってことはいいことなんだと実感した。


 そんな中、船は大坂に入港した。

 船から港を見ると、土方さんの姿を見つけた。

 甲板から手を振ると、土方さんも手を振りかえしてくれた。

 ああ、帰ってきたんだなぁと、実感した。


 船酔いした永井殿とそのお供の人たちは、一番最初に逃げるように船から降りて去って行った。

 その後で私は船から降りた。

「元気そうだな」

 土方さんは、笑顔でそう言った。

「ただいま帰って来ました」

 挨拶をすると、

「よく帰ってきた」

 と、まんべんの笑顔で、私の頭をグシャグシャとなでてくれた。

「で、長州はどうだった?」

 長州は、どうだったかと言うと……。

「海が綺麗でした」

 あの海は綺麗だったなぁ。

「特に、夕方が綺麗なんですよ。海に夕日が沈むのですが、その間に海の色が赤から紫に変わっていって、とっても綺麗なんですよ」

「はあ? 長州に行ってきた感想はそれだけか?」

 なんか土方さん、機嫌悪そうな顔になっているのだけど。

「まさか、これだけじゃないですよ」

「そうだろうな。で、他には?」

 他になにがあったっけ?

「ああ、温泉っ! 長州の萩城からはちょっと距離があるのですが、湯本温泉と言う温泉があったのですよ」

 身分によって、浴場が違うのは驚いた。

 そこでお師匠様に会ったんだよな。

 そう言えば、お師匠様に何も言わないで帰って来ちゃったな。

 いなかったから仕方ないか。

 あの人のことだから、今頃どこかの温泉地でのんびりやっているだろうとは思うけど。

「そこに、音信おとずれと言う名前の川があったのですが、その伝説が恋愛に関するもので、切なくなってしまいまして。あ、もちろん、川も綺麗でしたよ」

「川の伝説なんかどうでもいい」

 そうなのか?

 確かに、湯本温泉は長州だけどちょっと離れていたからなぁ。

「他に報告することはあるのか?」

 土方さん、さっきより機嫌悪そうな顔をしているぞ。

 なんでだろう?

 他に何かあったかなぁ……。

「あ、そうだっ!」

「なんだ、やっぱりあるのか? そりゃあるだろう」

 土方さんが身を乗り出してきた。

 そんなに色々なことを聞きたいのか?

「瀬付きアジをお刺身で食べました」

 あんなに身を乗り出してきたのに、その話を聞いた途端、ガクッと土方さんの首が下に下がった。

 あんな美味しいものが食べれなかったからって、そんなにがっくりすることないだろう。

「冷蔵庫とかあったなら、土方さんにも持ってこれたのですが、冷やすものがないので、持ってくると腐っちゃいますもんね。でも、大丈夫です。味は私が教えてあげますから。他のアジと比べると、餌がいいらしくて脂がのっているのですよ。だから美味しかったですよ。あれがあれば、何杯でもお酒が進みそうです」

「お前、まさか、飲んだのか?」

「飲みませんでした」

 だって、私が飲んで、山崎さんに変な噂が流れてもって思ったから、最大限の忍耐力を使って我慢したんだ。

「俺は、別にそんな物食いたいと思わねぇよ」

 また、意地はっちゃって。

「いつか、土方さんにも機会があれば食べることが出来ますよ」

 現代に連れて帰って来た時には、食べさせてあげよう。

「お前、長州に何しに行ってきたんだ?」

 突然、土方さんがプルプルとふるえながらそう言った。

 もしかして、怒ってる?なんか怒らせるようなことを言ったか?

「海行って、温泉言って、刺身食って。まるで旅行じゃねぇか。俺は、山崎の手伝いをさせるつもりでお前を長州にやったんだが」

 あ、そうだった。

「なにもしなかったのですが……」

「なんだとっ!」

 ドカンッ!と、土方さんが噴火したかと思った。

「遊んでいたわけじゃないですよ。ちゃんと毎日萩城に行ってましたし」

 たまに遊んでいたけど……いや、しょっちゅうか?いや、毎日……。

 これを言ったら怒られそうだな。

「で、その萩城と長州はどうだったんだ? と、聞いてんだろうがっ! こっちはお前の遊んで来た話を聞きてぇんじゃねぇんだよっ!」

 はい、すみません。

「長州は、士気が高まっていました。特に幕府が軍を長州へ向かわせたと話を聞いてからの長州の士気は、幕府とは比べ物にならないぐらい高かったです」

 この話が聞きたかったのか、私が話すと、うんうんとうなずきながら聞いてくれた。

「近藤さんの言う通りだな。でも、幕府は十五万だぞ。それに対抗できると思うか?」

「思います」

 私はきっぱりと言った。

「なんでだ?」

「まず、武器が違います。長州の武器は、最新です。亀山社中と言う会社を介して異国から武器を買っていたので、幕府軍の武器とは比べ物にならないぐらいのものがそろっています」

「それは、山崎からの報告通りだな」

 なんだ、山崎さんからも報告があったのか。

 それもそうだよな。

 新選組から潜入捜査をしているんだから、副長である土方さんに文を出して報告していたのだろう。

「それと、高杉晋作と言う人が、奇兵隊と言う隊を作り、幕府軍が攻撃してきたときの訓練をしていました。彼が長州の士気をあげているのではないかと思いました」

 高杉晋作のことはまだ聞いていないだろうと思ったので、報告した。

「そうか。それは初めて聞く話だ。高杉は、京に潜伏しているときにこいつを見つけたら捕縛しろって言われていたから、名前は知っていたが」

 そうだったのか?確かに、長州藩士だもんね。

 それだけの理由で捕縛するにあたいするよね。

「そうか、奴がな」

 そう言った土方さんは、しばらく黙ってしまった。

 何かを考えているのだろう。

 私が乗っていた船はとっくに去っていった。

 軍艦だったので、これから長州に行くのだろう。

 そんなことを思って海を見ていたら、土方さんが突然口を開いた。

「お前は知っているんだろ? だから聞く。この戦は、どっちが勝つ?」

 本当にずばり聞いてきたな。

「長州です」

 私もそう答えた。

「やっぱりな。幕府が負けるわけねぇと思うんだが、お前たちの報告を聞いていると、どうもそう思えなくなってきた」

 そうだったのか。

「仕方ねぇさ。幕府の士気がねぇんだから。ただ、俺たちが長州征伐に行けねぇのが悔しいがな」

 新選組は、長州征伐には参加しない。

 京を守るためにお留守番になっている。

 この日に備えて行軍録まで作った土方さんは、さぞかし悔しいんだろうなぁ。

「行くぞ」

 土方さんはそう言って歩き始めた。

 歩き始めた方向が、宿がある京屋の方向じゃなかった。

「どこへ行くのですか?」

「決まってんだろうが。鴻池家だ。ずいぶんとお世話になったからな」

 そう言えば、本当にお世話になってしまった。

 挨拶をしておかないと。


蒼良そらはんと土方はん、よう来てくれた」

 鴻池家に行くと、鴻池さんが出て来て歓迎してくれた。

 そしていつも通り、奥に案内してくれた。

 お茶菓子にかき氷を出してくれた。

 冷凍庫と言うものがないこの時代は、かき氷と言えば高級品になるのだ。

「美味しいです」

 私が食べながらそう言うと、

「それはよかった」

 と、鴻池さんも満足そうだった。

「長州は、どうやった?」

 かき氷を食べ終えると、鴻池さんに聞かれた。

 あ、あの話をして謝らないとだめだよね。

「すみません、鴻池さん」

「どないしたんや」

「お前、何かやらかしたのか?」

 心配そうな顔で私を見る鴻池さん。

 それとは反対に、青筋を立てて私を見る土方さん。

 う、怖い。

 鴻池さんより、土方さんが怖い。

「あのですね、色々とつけで買ってしまったのです」

 でも、買ったのは私じゃなくて山崎さんだからね。

 私も楽しんじゃったから、同罪なんだけど。

「お前っ! 勝手に人の金を。何に使ったんだ?」

 やっぱり、土方さんが怒ってきたよ。

「瀬付きアジのお刺身を食べました」

「ああっ! そう言えな、刺身を食ったとか何とか言ってたな」

「だって、みんなお金を持っていなかったのですよ」

 食べに行くって話になっていたんだから、お金を持って行くのがすじだろう。

 私も持って行かなかったんだけどね。

「あれはうまいからな。蒼良はんも満喫したんやろ?」

 鴻池さんは笑顔でそう言った。

「はい、美味しかったです」

「それならええよ。うちは、そんな小さいことでとやかく言わんよ」

 鴻池さんならそう言うだろうとは思っていた。

「すみません」

 でも、その言葉に甘えるのもどうかなと思ったので、頭を下げた。

「ええよ、ええよ」

「そのお詫びと言っては何ですが、萩焼を買ってきました」

 そう言って、私は木箱を風呂敷から出した。

「金がねぇのに、よく買ってきたなぁ」

 土方さん、鋭いことを言う。

「すみません、これもつけで……」

「お前、全然お詫びじゃねぇだろ」

 そうですよね、私もそう思いますよ。

「ええよ、ええよ。それにうちは萩焼持っとるんや。これは蒼良はんが持っとき」

 え、いいのか?

「じゃあ遠慮なく」

「いや、少しは遠慮しろ」

 土方さんにそう言われてしまった。


「この飲み物は知らんやろ?」

 鴻池さんは湯呑を出して来た。

 その中には薄茶色の飲物が入っていた。

 鴻池さんは、私が知らないだろうと思う珍しいものを出してくる。

 しかし、そのほとんどが、現代では当たり前にあるものなので、当然知っているわけで。

 だから、鴻池さんは私の知らないものを出してやる!と、やっきになっている。 今のところ、私の全勝なんだけど。

 でも、この飲み物は……何だろう?

 匂いをかいでみた。

 あ、これはかいだことがあるぞ。

 確か、お師匠様の飾り棚の中に入っている瓶に入っていた匂いだ。

 勝手に開けて怒られたんだよなぁ。

 あれはなんだっけ?

 あ、そうだ。

「ウイスキーですか?」

 私がそう言うと、

「また当てられてしもうたわ」

 と、ガックリする鴻池さん。

「なんだ、そのういすきいってもんは?」

 湯呑の中を見て不思議な顔をする土方さん。

「ま、飲んでみ」

 そう言われて二人でそろって飲んでみた。

「うわっ! これは酒が強いな。のどがかっかするぞ」

 土方さんがのどをおさえてそう言った。

 そこまでは覚えているけど、そこからの記憶がなかった。

 気がついたら、京屋の天井と、心配そうな顔をしてのぞきこむ土方さんの顔があった。

「大丈夫か?」

 土方さんにそう聞かれた。

「すみません、水をもらえますか?」

 のどがカラカラだった。

 土方さんはすぐに出してきた。

 布団のそばに水が置いてあった。

「たまに起きて、水くれって言っていたから、そばに置いておいたのだ」

 そうなんだ。

 全然覚えてないや。

「で、大丈夫か?」

 起き上がって水を飲むと、頭が少し痛かった。

「頭が痛いですが、大丈夫です」

「そうか。でも、無理はいかんな。帰るのは明日でいいか。今日はゆっくり休んでろ。旅の疲れでも出たんだろ。丸一日寝てたぞ」

 えっ、そうなのか?暦を見ようとして首を動かしたら、ズキッと頭の片側に痛みが走った。

「二日酔いだ。頭を急に動かすと痛いぞ」

 そう言えば、お師匠様が日本酒以外のお酒は弱いって言っていたよな。

 ウイスキーってよく考えたらお酒じゃないか。

 私としたことが。

 鴻池家でウイスキーを飲んだ私は、酔いつぶれてしまったんだろう。

 京屋にいると言う事は、土方さんが運んできてくれたってことだ。

「すみません」

 悪いことしちゃったな。

「謝ることはない。お前でも酔いつぶれることがあるんだなと、嬉しく思っていた」

 それって、嬉しがることなのか?

「いつも、俺の方が先に酔いつぶれるからな」

 土方さんは優しい顔で私の頭をなでてくれた。

 たまに私が先に酔いつぶれると嬉しいのか?

 なんかわけわからんが。


 それから、旅の疲れもあったのか、さらに半日寝てしまった。

 気がついたら夜で土方さんが布団に入っていた。

「あれ? もう寝るのですか?」

 布団に入っていた土方さんに声をかけた。

「あたりめぇだろう。明日は早く出るぞ。屯所で近藤さんが帰りが遅いって心配していると思うからな」

 そうだ、みんなに心配をかけさせてしまったらいけないよね。

「そうですね。おやすみなさい」

 そう言って、再び眠りにつこうと思って目を閉じたけど、変な時間に寝て変な時間に目が覚めたせいか、眠れなかった。

 暇だったから、土方さんを突っついて遊んでいたら、

「なんだっ! 俺は眠いんだっ!」

 と、怒られてしまった。

 私は全然眠くないのだけど……。

 眠れないときに、隣で気持ちよく寝ている人がいるとなんかイライラするわけで。

 だから、たまに土方さんを突っついたりした。

 しかし、土方さんも最初は相手にしてくれたけど、何回もやっていると無視してきた。

 こうなったらっ!

 そう思い、矢立を出して土方さんの顔に落書きをしてやった。

 寝ているのに起きているような感じで目を書いて、ほっぺに渦巻きを書いて……。

 ああ、カメラがあれば、写真撮っちゃうんだけどなぁ。

 一人で書いて、一人で笑っていたら眠くなったので、そのまま寝てしまった。


 気がついたら明るくなっていた。

「おい、いつまで寝てんだ。行くぞっ!」

 と言った土方さんの顔は、私が落書きしたままの顔だった。

 着物はちゃんとした着物を着ているのに、顔があの顔なので、思わずふいてしまった。

「今日は、みんな俺の顔を見て笑うんだよな。俺の顔に何かついているのか?」

 えっ、その顔で外に出たのか?

「もしかして、外に?」

「厠だ」

 ああ、厠に行ってしまったのか。

 私は、吹き出しそうになるのをこらえながら、土方さんに鏡を出した。

「ああっ!」

 そう叫ぶと、顔を洗いに外に飛び出していった。

 さて、絶対に怒られると思うから、怒られないように言い訳を考えなくては。

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