長州観光
なんとか女装をして無事に長州に入ることが出来た。
鴻池さんのお店は、大坂より小さいけど、それでも普通のお店と比べたら大きな方だ。
鴻池さん、長州にこんな支店を持っていたんだなぁ。
それにしても、鴻池さんって、何屋だ?
「え、蒼良さん知らなかったのですか?」
山崎さんに思い切って聞いてみたら、そう言われてしまった。
本当に、いまさらって感じだよね。
「両替商ですよ」
えっ、両替商?
「もしかして、知らないとか……」
すみません、知らないです。
まさか、大きなお金を細かくする商売じゃないよね。
それじゃあ商売にならないか。
山崎さんの話でわかったことは、現代で言うところの銀行のようなところだ。
そうだったのか。
だから鴻池さんはお金持ちなのか?って、それはあまり関係ないか。
「鴻池さんは、長州で何をやっていたのですか?」
やっぱり、両替をしていたのか?
「長州藩へ、借金の取り立てに行ってましたね」
えっ?
「借金の取り立てですか?」
そう聞こえたんだけど、気のせいか?
「はい。今はどこの藩も借金だらけですよ」
どこの藩も財政難とは聞いていたけど、長州藩もそうだったのか。
「表向きは、幕府と戦にでもなったら、いつ返してもらえるかわからないから、取り立てを強化していると言う事になっています」
山崎さんの言う通りだなぁ。
早く取り立てないと、踏み倒されるぞ。
ま、廃藩置県ですべての藩の借金は帳消しにされるのだけどね。
だからこそ、早く取り立てないといけないのか?
「ないものを返せと言っても返せないと思うのですが」
どうやって、取り立てすればいいんだ?
「蒼良さん、そんな深刻にならなくても大丈夫ですよ」
山崎さんは優しい笑顔でそう言った。
「表向きの理由で、長州藩の人間の話を聞くためのものなので、真剣に取立てしなくてもいいのですよ」
そ、そうなのか?
「でも、取り立てないと、鴻池さんが困りませんか?」
返してもらわないとこまるだろう。
「それはわからないですが、鴻池さんのことだから大丈夫でしょう」
お金持ちだから、少しぐらい大丈夫なのか?
「それより、食事をしましょう」
そうだ、朝ご飯をまだ作ってなかった。
「急いで作りますね」
って、私かまどは使えないのよ。
「大丈夫ですよ」
山崎さんはさっきと同じ笑顔でそう言った。
えっ?大丈夫って?
と思っていたら、奥から女の人が朝食を運んできた。
ええっ?どうなっているんだ?
「食事を作ってくれる人がいるのですよ」
さすが、鴻池家っ!
「さぁ、食べましょう」
気がついたらすっかり朝食の準備が出来上がっていた。
今回は、かまどを使って食事の準備をすることがなさそうなので、ホッとしたのと同時に、料理の美味しさにとっても満足したのだった。
「さて、仕事に行きましょう」
山崎さんがそう言ったので、唐傘を山崎さんに出した。
長州も梅雨の最中だったので、霧雨のような雨が降っていた。
「蒼良さんも一緒に行きましょう」
山崎さんが傘をさしながら誘ってきた。
「私が一緒に行ってもいいのですか?」
この時代は、女性が男性の仕事について行ったりしたらいけないんじゃないのか?
ほら、男尊女卑って言うじゃないか。
「かまわないですよ。藩の人間への紹介もかねて行きましょう」
山崎さんがそう言って手を出してきてくれたので、ためらわずにその手をにぎってしまった。
すると、スッと引っ張られて、山崎さんの傘の中に入った。
「私も傘を持って行きますよ」
「いや、止んだら荷物になるから、一つの傘で行きましょう」
って言うか、梅雨だから止まないんじゃないか?
空を見ると、やっぱり止みそうには見えない。
「私が同じ傘で行きたいのですよ」
山崎さんがそう言うと、私の肩を抱き寄せて、傘の中に入れてくれた。
こうしていると本当に夫婦みたいだ。
はたから見ると、仲良し夫婦に見えるんだろうなぁと思いつつ、山崎さんと同じ傘に入って長州の城に向かった。
長州の城は萩城と言うらしい。
海に突き出たお城で、現代は石垣だけしかない。
だから、この時代で見れたのは、貴重な体験と言う事になる。
城の周りには、大砲とか置いてあった。
もう戦の準備は大丈夫って感じだなぁ。
「驚きましたか?」
大砲を見て言葉をなくしていた私に、山崎さんがそう言ってきた。
「戦、やる気満々って感じですね」
幕府はそこまで準備できていないと思うけど。
「蒼良さんは、戦をしたら、どちらが勝つと思いますか?」
「長州です」
長州が勝つって知っていたので、即答だ。
「やっぱり、蒼良さんもそう思いますか。私もそう思っていたのです」
そうなのか?
「長州は幕府を倒すと言う意欲がものすごくあるのですよ。だから、亀山社中と言う所から武器も大量に仕入れているのですよ」
亀山社中と言えば。
「坂本龍馬のですね」
「蒼良さん、知っていたのですか?」
歴史で習ったから知っているのだけど、知らないことにした方がいいのか?
でも、言っちゃったしなぁ。
だから、素直にうなずいた。
「坂本龍馬が作った会社ですよね。薩摩の名義で武器を買って、それを長州に流しているのですよ」
「そこまで知っていたのですね」
山崎さんに感心されてしまった。
たまたま授業で習ったから知っているだけだ。
「いつ調べたのですか?」
「授業で習いました」
「えっ、じゅぎょう?」
思わず言ってしまった。
「あ、お師匠様から聞いたのですよ」
何かあった時のお師匠様だ。
お師匠様のせいにしてしまえ。
「ああ、天野先生なら知ってそうですね」
お師匠様でごまかせてしまうのがまたすごい。
萩城の中に入った。
私たちの前に出てきた藩の人は、また来たかという顔をした。
「そんなに取り立てに来ても、無い物は出せん」
山崎さんたちはそんなにたくさんここにきていたのか?
そう言えば、藤堂さんと会津藩邸に行ったときは、頭を下げて、合図があるまでそのままでとかって言われたけど、ここではそれをしなくてもいいのかな?
山崎さんを見ていると、普通にしているので私も普通にしていた。
「なんだ、今日は女連れか?」
藩の人に言われてしまった。
「私の妻ではなと申します」
おっ、初めて偽名を使ったぞ。
テレビでよく見た時代劇のシーンを思いながら、
「おはなと申します」
と言って、頭を下げた。
「綺麗なかみさんだな」
藩の人にそう言われてしまった。
綺麗と言われて、嬉しくなってしまった。
女だもん、御世辞でも嬉しいわ。
「最近は、どうなんだい? 城下に大砲が増えたようだけど」
山崎さん、そこまで見ていたのか?
「ああ、見たか。幕府がいつ来ても大丈夫なように、ああむすとろんぐ砲と言うのか? それをまた増やしたんだ」
アームストロング砲か?
新選組は、壬生まで行って大砲を打つ練習をしているけど、ずいぶん昔の大砲だぞ。
アームストロング砲って、この時代で言えば最新鋭の武器じゃないか。
「そんな大砲を買う金があれば、少しはこちらに回せるでしょう?」
山崎さん、鋭いつっこみだ。
「これだって、亀山社中から借金で買ったんだ」
借金に借金を重ねたってことか。
それから世間話をして、城を後にした。
城を出ると、雨は止んでいた。
山崎さんの言う通りになっている。
もしかして、山崎さんは天気予報士か?
「どうでしたか?」
山崎さんに突然聞かれた。
城の中で話を聞いた感想って事だろう。
「アームストロング砲を増やしたと言ってますが、最新の武器ですよ。幕府にはそんな武器はないですよ」
今度行われる長州征伐は、幕府軍の方が人数が多いのに負けてしまう。
その理由に、武器も関係してくるんだろう。
「ここに来るたびに、長州に負けるかもって思ってしまうのですよ」
山崎さんは城下に備えてある大砲を見ながらそう言った。
そりゃそう思うよね。
私もその大砲を見た。
やっぱり、新選組で使っているのとは全然違う。
「せっかく蒼良さんが来てくれたのに、暗くなってしまいましたね。雨も止んだことだし、ちょっと歩きませんか?」
山崎さんは優しくそう言ってくれた。
せっかく長州に来たのだから、色々見てみよう。
そう思いながら、私はうなずいた。
山崎さんに連れて来られたのは、東光寺と言うお寺だった。
このお寺には石灯篭がたくさん置いてあった。
石灯篭は家臣が寄進したものらしい。
左右対称にたくさんの石灯篭が並んでいた。
それと同時にお墓のようなものもあった。
ここは、毛利家の奇数代の藩主とその家族と関係者が葬られているらしい。
「なんで、奇数代なのですか? 偶数代の人たちはどこに葬られているのですか?」
疑問に思って、山崎さんを質問攻めにしてしまった。
「春秋時代の埋葬法に則って埋葬しているのですよ。昭穆制と言うらしいですよ」
山崎さんの話によると、中国の春秋時代の時に、正面に太祖を埋葬し、向かって右に偶数代を埋葬する。
これを昭と呼ぶ。
そして、奇数代は左側に埋葬する。
これを穆と呼ぶ。
毛利家はそれに則って埋葬していたので、この東光寺が奇数代の穆にあたるらしい。
ちなみに偶数代の昭は、大照院と言うところにあたり、ここと同じように石灯篭がたくさんあるらしい。
「山崎さんは詳しく知っているのですね」
山崎さんの知識の深さに感心してしまった。
こんなこと、全然知らなかったもの。
「敵を見るには、敵を知らなければならないので。私もこちらに来てから色々見たりして知ったのですよ」
さすが山崎さんだ。
そんな話をしていると、なんと空に晴れ間が少し見えた。
「梅雨なのに、晴れましたね」
空を見て嬉しくなってそう言った。
「梅雨の晴れ間ですね。でも、夜にはまた雨が降ると思いますよ」
本当に気象予報士のようなことを言うなぁ。
「蒼良さん。あなたに見せたいものがあるのですよ。今日みたいな日は見れると思いますよ。行きましょう」
山崎さんに手を引かれ、東光寺を後にした。
山崎さんに連れてこられたのは、海だった。
ちょうど夕方で、雲もたくさんあったけど、海に近いところにある空は雲が無く、赤色に染まっていた。
そして、海も赤色と紫色が混じったような、神秘的な色をしていた。
「綺麗」
海と空が同じ色をしていて、すべてが夕焼け色に染まっていた。
あまりに綺麗だったので見とれてしまった。
「綺麗でしょう。蒼良さんに見せたかったのですよ。まさか、本当に一緒に見れるとは思いませんでした」
山崎さんも、夕焼けの海を見ながら言った。
「私も、まさか長州に来てこんなきれいな夕焼けが見れるとは思いませんでした」
長州は日本海側にあるから、海に沈む夕日が見れるのは知っていた。
でも、こんなに綺麗だとは思わなかった。
しかも、昼間は梅雨空だったのに、夕日が沈むのに合わせて晴れてくれるなんて、もう奇跡だろう。
夕日がゆっくりと海に沈んでいった。
それから海の色は赤から紫に変化して行った。
「そろそろ暗くなるから帰りましょう」
山崎さんに手をにぎられた。
「綺麗な景色を見せてくれて、ありがとうございます」
こんな素敵な景色が見れてよかった。
「また一緒に来ましょう」
「はいっ!」
長州にいる限り、晴れた夕方には絶対に海に行こう。
日が沈んで暗くなったら怖いから、山崎さんがついてきてくれるなら嬉しい。
この時代、電灯なんてものはないので、夜道は暗くて怖いのだ。
長州も色々あって楽しいなぁと思った一日だった。




