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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応2年5月
264/506

長州へ行く前に

 土方さんに呼ばれたので、近藤さんの部屋に行った。

 土方さんも、近藤さんの部屋にいるらしい。

 いったい何の用なんだろう?

「失礼します」

 近藤さんの部屋のふすまを開けると、表情がこわばっている土方さんと、笑顔の近藤さんがいた。

 なんだ?この表情の違いは。

蒼良そら、よく来てくれた。そこに座りたまえ」

 近藤さんが座布団をすすめてくれたので、遠慮なく座った。

「蒼良に話がある」

 あらたまって近藤さんがそう言った。

 用があると言われたからここに来たのだけど。

「はい、何でしょうか?」

 私も座りなおした。

「長州に行ってもらいたい」

「はい、わかりました」

 と返事をしたけど、今、長州って言わなかったか?

「お前、ずいぶん簡単に了解したよな?」

 土方さんが不機嫌な顔でそう言った。

 あれ?長州?

「よかった。蒼良しか頼める人間がいなかったから、助かったよ。いやーよかった、よかった」

 近藤さんが私の目の前に来て、ボンボンと肩をたたかれた。

 あの、痛いのですが。

 で、長州って?

「じゃあ、頼んだぞ。出発は五日後ぐらいになると思うから、準備があるならしておいたほうがいいぞ。じゃあ、頼んだぞ」

 近藤さんは、最後に私の肩を力いっぱいたたくと、部屋から出て行った。

 って、本当に痛いのですが。

「俺は、断ると思っていたが」

 土方さんは、機嫌が悪い表情のままそう言った。

「え、断れるのですか?」

「いや、断れんがな」

 なんだよ。

 で……

「長州って言ってましたよね」

 あらたまって土方さんに聞いた。

「そうだ、長州だ」

「長州って、今、何かと話題になっているあの場所ですよね」

「話題になっているかわからんが、長州って言ったら、一つしかねぇだろう」

「長州と言う名前の飲み屋じゃないですよね」

「ばかやろう。昼間から飲むことばかり考えやがって」

 やっぱり、山口県のあの長州らしい。

「で、なんで長州なのですか?」

 しかも、いきなり。

「実は、長州にいる山崎に、前日、文を出したのだ」

 土方さんの話によると、山崎さんは四月に京へ帰ってくる予定だったらしいのだけど、もうちょっと長州のことを知りたいから、京へ帰ってくるのを延期してほしいと、鴻池家を介して文を送ったらしい。

 しかし、一緒にいる鴻池さんは、大坂の本店が気になるので、これ以上は長州にいられないと言う事になった。

 山崎さん一人で長州にいて色々探るより、隊士を送って女装させて、夫婦役で潜入して探った方が色々探りやすいだろうと言う事になったらしい。

 女装できる隊士と言えば、やっぱり私と言う事になり、近藤さんに呼ばれて長州行きを言い渡されたのだ。

「というわけだから、頼んだぞ」

 土方さんまで、私の肩をたたいて部屋を出ようとした。

「ち、ちょっと待ってください。もしかして、一人で長州まで行くのですか?」

 一人で行く自信は全くないぞ。

 途中で道に迷って力尽きる自身ならあるけど。

「安心しろ。幕府の永井殿が一緒に行く」

 幕府の永井殿と言えば、前回、近藤さんが長州に行ったときに一緒に行った人じゃないか。

「幕府の人と一緒に行って大丈夫なんですか?」

 身分制度がない時代から来た私が言うのもなんだけど、身分が違いすぎるだろう。

「大丈夫だろう。女だってばれなければな」

 それが一番心配だったりするのですが。

 私が心配な顔をしていたのだろう。

 ポンッと土方さんの手が私の頭にのった。

「時間があるか? ちょっと付き合え」

 土方さんは、優しい顔になっていた。


 土方さんに付き合って着いたところは、首途かどで八幡宮だった。

 以前、江戸に行くことになった時に土方さんに連れてこられたことがある。

 ここは、旅の神様が祀らてている。

「俺は、お前の長州行きに反対だったんだぞ。それなのに、あっさり返事しやがって」

 でも、土方さんだって、これは断れない仕事だって言ったじゃないか。

「いいか、これから長州と戦をしようというときに、その敵地へ行くんだ。無事に帰れるようにしっかりと拝んどけ」

 そうなんだよね。

 敵地に単身で乗り込むんだよね。

 こんなことは初めてのことなので、一体どうなるのか全然わからない。

 だから、不安でいっぱいだ。

 だから、必死で無事に帰れますようにと拝んだ。

 拝んでから、お守りも買おうかなぁと思い、お守りが売っている方へ行こうとしたら、

「お守りはいらんだろう」

 と言われた。

「どうしてですか?」

「お前には最強のお守りを渡してあるだろう」

 あ、そう言えば……。

 江戸から帰って来た時に、土方さんとここにお礼参りをして、それからお守りをもらったんだよなぁ。

 首から下げてあるお守り袋の中を見ようとしたら、

「お守りの中も見るんじゃねぇ。ばちが当たったらどうすんだ?」

 と言われてしまった。

 最強のお守りだから、ばちも最強なものになりそうだなぁと思い、見るのをやめた。

「今日は、珍しく雨が降ってねぇから、ちょっと遠出するか?」

 土方さんがそう言ってきた。

 そう言えば、今日は曇り空だけど雨が降っていない。

「いいですよ」

 五日後には長州へ向けて旅立つから、今の京を満喫しとかないと。

 そう思いながら、歩き始めた土方さんの後についていった。


 着いたところは、嵐山だった。

 土方さんが向かうところだから、なんとなく嵐山かなぁとは思っていた。

 私の勘は当たった。

 紫陽花は今が旬だから、綺麗な青色や赤みかかった青色の色とりどりの紫陽花が咲き乱れていた。

「やっぱり、この季節は紫陽花が綺麗だな」

 土方さんも紫陽花をながめながら言った。

「だって、梅雨の季節の花ですから。紫陽花って梅雨の季語ですよね?」

「そうだが」

 しばらくしーんとした空気が流れた。

「俳句は……」

 浮かびましたか?と聞こうとしたら、

「うるさいっ!」

 と、先に言われてしまった。

「お前は、人が季節を堪能しているときに俳句俳句って、うるさいぞ」

 そんなにうるさいか?

「季節と言えば、季語で、季語と言えば俳句じゃないですか」

「だから、俳句俳句ってうるせぇっ!」

 はい、すみません。

 それからしばらくシーンとなっていた。

 しばらくすると、霧雨が降ってきた。

「降って来やがった」

 そう言って、土方さんは傘をさした。

「持ってきたのですか?」

 準備の良さの驚いてしまった私。

「当たり前だろう。この時期の必需品だ」

 確かにそうだけど。

 この時代の傘って重くてできれば持ち歩きたくないんだよね。

 そう思っていると、私のところの雨がやんだ。

 と思ったら、土方さんが、私の上に傘をさしてくれていた。

「いいですよ。ぬれますよ」

「そう言うわけにはいかねぇだろう」

 そう言ってくれたので、

「すみません。持ってこなくて」

 と言って、傘に入れてもらった。

「お前のことだから、持っては来ねぇだろうとは思っていたさ」

 はい、持ってきませんでした。

 すみません。


 しばらく雨の中紫陽花を見ていた。

 ぬれるから、帰りましょうと言ったのだけど、

「紫陽花は、雨の中見るのが一番綺麗だろうが」

 と言われたので、そのまま紫陽花を見ていた。

 確かに、霧雨の中で咲いている紫陽花は綺麗だった。

「紫陽花って、なんで場所によって色が違うんだ?」

 土方さんが紫陽花を見ながらそう言った。

 それって、だいぶ前に誰かに聞かれたなぁ。

 確か、藤堂さんだったか?

「土の質で違うのですよ」

「なるほど、土か」

 そう言いながら、土方さんは紫陽花の咲いている土を見た。

「同じく見えるがな」

 いや、色じゃなくて、成分ですから。

 そしてまたしばらく紫陽花の花を見て歩いていた。


「本当に、お前を長州に行かせたくない。今からでも、近藤さんに別な人間を送るように言いたいんだ」

 突然、紫陽花の花を見ながら土方さんが言った。

「私なら、大丈夫ですよ」

 なんとかなるだろう。

「そう言う問題じゃない。これは、俺の問題だ。俺がお前を長州にやりたくねぇんだよ」

 そうなのか?

「できれば、俺も一緒に行きたいぐらいだ」

 私も一緒についてきてもらいたいけど、土方さんは副長で忙しい人だ。

 新選組にも必要な人だ。

 その人を私の一存で連れて歩くことはできない。

「大丈夫です」

 だから、笑顔で私はそう言った。

 心配かけさせたくないから。

「だから、俺の問題だって言っているだろう」

 それがよくわからないのだが……。

「行くなとは言えねぇな」

 ため息をつくような感じで土方さんはポツリと言った。

 近藤さんが決めたことらしいから、それは言えないだろう。

「いいか、絶対に帰ってこい」

「ちゃんと帰って来ますから、大丈夫ですよ」

 心配性なんだから。

 そんなことを持っていると、突然傘がバサッと落ちた。

 気がついたら、土方さんの腕の中にいた。

 土方さんが強く私を抱きしめていたのだ。

「頼むから、絶対に帰って来てくれ」

 土方さんの胸に耳が押し付けられているので、胸からくぐもって声が聞こえてきた。

「待っている。ずうっと、待っている」

 そう言いながら、土方さんの腕にさらに力が入った。

 私は力強く抱きしめられていた。

「無事に帰ってこい」

 最後にそう言われてから、その後は無言だった。

 しばらく土方さんに抱きしめられていた。

 雨にぬれちゃうとか、そういうことを考える余裕もなく、ただ、胸をドキドキさせてされるがままになっていた。

 霧雨が音もなく降りそそいでいた。


 その後も雨は降っていた。

 雨の中帰るのも大変なので、宿をとってくれた。

 嵐山で一泊して帰ることになったのだった。

「ところで、長州って何かあるのですか?」

 宿でお風呂もいただき、夕食も食べてゆっくり過ごしているときにふと思い立って土方さんに聞いてみた。

「なにかって、なんだ? 場所的に言うと、海はあるな」

 そうか、海があるんだ。

「他にはなにがあるのですか?」

「他にはか?」

 長州、長州って追いかけて騒いでいる割には、私たちは長州のことを何も知らなかった。

「温泉とか、美味しいお酒とかあるのですかね?」

 それがあれば、敵地でも天国なんだけどなぁ。

「はあ?」

 土方さんの顔が一瞬で怖い顔になった。

「お前、長州に遊びに行くつもりでいるのか?」

 ま、まさか。

「ち、ちゃんと仕事はしますよ。でも、お休みの日はそう言うところに出かけたいじゃないですか」

「ばかやろう」

 な、何か悪いことを言ったか?

「敵地に行くのに、何が温泉だっ! お前の任務は潜入捜査をしている山崎を助けることだ。休みなんてないぞっ!」

 えっ、そうなのか?

「それって、労働基準法に引っかかると思うのですが……」

「はあ? なんだと?」

 あ、この時代にはないか。

 ないと言う事は、死ぬほどこき使われても文句を言われないと言う事か?

 それって、無茶苦茶じゃないかっ!

「仕事で私を死なす気ですか?」

「お前は、死ぬほど忙しい思いをして仕事をしているのか?」

 すみません、そこまでしていませんでした。

「ったく、心配して損した」

 えっ?心配していたのか?

「いいか、とにかくお前の任務は山崎の手伝いをし、無事にここに帰ってくることだ。わかったか?」

「はい、わかりました」

「お前がここに帰ってくるまで、俺は待っているからな」

 最後にそう言った土方さんの顔は優しかった。

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