うちの猫知りませんか?
最近、屯所に猫が遊びに来る。
黒いブチ模様のはいっている猫だ。
それが、人間に慣れているみたいで、私の足元にすりすりと自分の顔を押し付けてくる。
それがとってもかわいい。
頭をなでてやると、ゴロゴロとのどを鳴らしてきた。
あまりにかわいいので、この猫が来ると、台所から食べ物を持ってきてあげていた。
美味しそうにムシャムシャと食べた後は、再び私の足にすり寄ってきて、のどを鳴らしてどこかへ行ってしまう。
けど、いつも同じような時間に来るので、
「またね」
と言いながらなでて、猫を見送っていた。
数日こんな日が続いたので、勝手に名前を付けてしまった。
ブチ模様があるので、ブチという名前だ。
ブチを見つけて名前を呼んだら、
「にゃ」
と、返事をしたから、もうこの子の名前はブチで決定。
ブチって、飼い猫なのかなぁ?それとも捨て猫か?
首輪と言うものがないので、どちらかわからない。
「お前は、飼い主さんがいるの?」
ある日、ご飯を食べているブチに聞いたら、
「にゃ」
と返事をした。
でも、
「飼い主さんはいないのかな?」
と聞いても、同じように
「にゃ」
と言ったので、どっちなんだかわからないままだった。
こっそり後をつけてみようかなぁと思い、実際にこっそり後をつけてみたのだけど、塀の上に登ったり、屋根の上を歩いたりしていたので、すぐに断念した。
私が猫と一緒に屋根の上歩いていたらおかしいだろう。
って言うか、塀の上とかあるけないからね。
猫って平気で、屋根の上から降りたりするけど、それもできないからね。
飼い主とかわからないままブチとの交流は続いた。
私の毎日は、ブチによっていやされていたのだった。
なんてね。
しかし、ある日からブチが来なくなった。
「どうしたんだろう?」
もしかしたら、屯所で誰かに追いかけられて来るのが怖くなったとか?
追いかける人間って、一人しかいないよなぁ……。
「で、俺のところに来たと」
土方さんが怖い顔をしてそう言った。
「俺が猫を追い返すように見えるか?」
見えるから来たんじゃないか。
うなずくと、
「お前っ!」
と、げんこつが飛んできそうになったので、あわててよけた。
「俺はな、猫の手を借りたいぐらい忙しいんだ」
そうなのか。
「もしかして、それでブチの手を借りようとして追いかけたとか……」
「ブチって言うのか? その猫は」
「はい。ブチ模様があったので、ブチと名前を付けました」
「趣味が悪いな」
えっ?
「猫の名前は、たまとかみけとかだろう」
それって、なんか古くないか?
あ、この時代は古い時代だった。
「で、ブチがどうしたんだ?」
そうだ、話題はそれだった。
「最近来なくなっちゃって」
「猫は気紛れだから、そう言う事もあるだろう?」
「でも、毎日来ていたのですよ」
「そのうち来るだろ」
そう言うものなのかなぁ。
「それより、巡察に行って来い」
あ、そうだった。
「行ってきます」
と言う事で、巡察に出た。
巡察しながらブチを捜すか。
この日は原田さんと巡察だった。
ブチに似た猫を見つけては、足が止まってしまい、その猫に近づいていた。
「蒼良猫を捜しているのか?」
原田さんが、猫を見るたびに立ち止っていた私を見て、原田さんが言った。
「あ、わかりました?」
「猫を見かけると、そばに行っているから、すぐわかった。そう言えば、俺も猫を捜しているんだよ」
え、そうだったのか?
「人懐っこくてかわいい猫なんだ」
あ、ブチと同じような?でも、猫っていっぱいいるからなぁ。
「エサあげたりしていたんだが、急に来なくなったから、どうしたんだかなぁ」
原田さんも、私と同じなんだ。
もしかして……
「私たちの猫は、誰かにいじめられてたりとか、虐待されてたりとか、してないですよね」
それが一番心配なんだ。
「まさか、それはないと思うが……。よその家で魚を盗んで食ったら、その可能性はあるよな」
やっぱりそうなのか?
ああ、巡察をしている気分じゃなくなってきた。
「原田さん、猫を捜しましょうっ!」
「そうだな、捜そう」
と言う事で、巡察をほったらかして猫を探すことになった。
今日も京は平和だから、巡察しなくても大丈夫だろう。
うん、きっと大丈夫。
たぶん。
私たちは、猫の集まっている所を見つけては、その中に入り込んで言った。
大体の猫は逃げて行った。
だから、ブチがいないと言う事はすぐわかった。
「原田さんの捜している猫はいましたか?」
「人懐っこいから、逃げないと思うんだけどなぁ」
原田さんの猫もいないらしい。
どこに行っちゃったんだろう。
私のブチちゃん。
「蒼良、疲れないか?」
一生懸命探していると、原田さんに声をかけられた。
そう言われると、疲れてきているような……。
巡察と違って、ずうっと下の方ばかり向いて歩いているもんなぁ。
「そう言えば、首が痛いです」
舌をずうっと見ていたので、首の後ろが痛い。
「ちょっと休憩しないか?」
原田さんが親指で指さした方向を見たら、甘味処があった。
「休憩しましょうっ!」
私は、いそいそと甘味処に向かった。
その姿を見て、原田さんが笑っていた。
甘味処に入り、お品書きにくず切りが出ていた。
「もうくず切りが出ているのですね」
京のくず切りは、関東のくず切りと違う。
透明なゼリーのようなものに、黒蜜をかけて食べる。
これが、関東のくず切りとはまた違う意味でおいしい。
「もうそう言う季節になるんだな」
原田さんもそう言いながらお品書きを見ていた。
「くず切りでいいか?」
「はいっ!」
新物だぁ。
原田さんが、くず切り二つ頼んだ。
「猫を探すって言うのも、巡察とは違う意味で大変だな」
原田さんもそう思っていたらしい。
「無事でいてくれるならいいのですが……」
「ところで、蒼良が探している猫は、オスか? メスか?」
あ……、それすらもわからなかった。
エサあげて、頭なでてたぐらいだからなぁ。
「原田さんの猫はどっちですか?」
「実は、俺もわからなかったんだよなぁ。そこまで見なかったしなぁ」
ここも、私と同じらしい。
「京には猫がどれぐらいいるのですかね」
いつも猫を見て歩いているわけではないので、猫に注目して歩いている今日は、猫の数が多いような感じがする。
「さあなぁ」
原田さんもそこはわからないらしい。
そりゃわからないよね。
京で、一匹の猫を見つけるのって、難しいかも……。
落ち込みそうになったときに、頼んでいたくず切りが来た。
「わーい、いただきます」
美味しそうだ。
そんな様子を見て、原田さんが笑っていた。
「さっきまで落ち込みそうになっていたから、どうやってなぐさめてやろうかと考えていたが、その必要なかったな」
そう言って、原田さんもくず切りを食べ始めた。
甘味処を出てから、再び猫探しを始めた。
気がつくと、壬生に来ていたらしい。
「あんたら、何やっとるんや」
と、八木さんに会った。
「あ、八木さん。こんにちわ」
八木さんは、古くなった着物をかかえていた。
「そんな汚い着物持って、どこ行くんだ?」
原田さんが八木さんに聞くと、よくぞ聞いてくれたっ!と言うばかりに八木さんが話し始めた。
「猫がな、うちの縁の下で子供産んだんや」
えっ?そうなのか?
「子猫ですか? わぁ、かわいいんだろうなぁ」
「あんた、のんきなこと言うとるなぁ。猫の子供やで。五匹もおるんやで。かわいいって言うとる場合やないんやでっ!」
はい、わかりました。
「どこで産んだんだ?」
原田さんが聞くと、
「ここや」
と言って、縁の下を指さした。
縁の下を見てみると、そこにいたのは……。
「あ、ブチ」
間違いなく、ブチがいた。
「あ、ウシ」
原田さんがブチを見てそう言った。
えっ、ウシ?
なんと、ブチはお母さんになっていた。
だから最近来なかったんだ。
原田さん捜している猫も、ブチだったことが分かった。
原田さんは、猫にウシと言う名前を付けていた。
なんでだ?と思って聞い見ると、
「模様が牛に似ているだろう?」
そ、そうなのか?
そう言われると、ブチの模様が牛に見えるような、見えないような……。
「あんたらの猫なんやな?」
ブチを見ていると、後ろから八木さんの殺気が……。
「いや、私たちの猫って言うか、遊びに来ていたので、エサあげたりしていたのですが……」
「で、あんたらの猫なんやな?」
「屯所では、猫は飼えないぞ」
えっ、そうだったのか?
原田さんの一言で初めて知ったが。
「でも、豚や鶏飼っとるやろうが」
あれは、飼っているって言うのか?
「あれは、食糧ですよ」
食べられちゃうものであって、飼っているとは言えないかも。
「で、この猫は、あんたらの……」
「知り合いですっ!」
思わずそう言ってしまった。
なんていい言い訳なんだ。
自分で思ってしまった。
「そう、知り合い。お前、こんなところで子供産んでいたのか」
原田さんが手を伸ばして頭をなでると、
「にゃ」
と言って、のどを鳴らした。
「八木さんのところは、猫は飼わないのですか?」
八木さんのところで飼ってくれると一番いいのだけど。
「実はな、うちの子供らが気に行ってしもうて、飼い猫やったら、どないしようかと思うとったんや。あんたら、飼っているんやろ?」
八木さんに言われて、二人そろって首をふった。
「そうなん? てっきり飼っとるかと思ったわ」
そうか?そう思われてたか?
「八木さんが飼えばいいじゃないですか」
「ああ、それがいいよ。子供らも気に入っているんだろ? それはもう飼うべきだよ」
原田さんと一緒に、猫を飼う事をすすめた。
どうか、八木さんが飼ってくれますように。
「でも、こんなにいらんわ」
確かに。
子猫五匹と母猫だもんね。
「それなら、引き取ってくれる人を捜せばいいんじゃないか?」
なるほど、原田さんの言う通りだな。
「はり紙を作りましょうっ!」
と言う事で、子猫あげますと言うはり紙をつくることになった。
この時代、印刷なんて言うものがない。
だから、八木さんの子供たちも巻き込んで、みんなではり紙を書いた。
もちろん印刷じゃないので、どれもこれも、みんな違うはり紙だ。
でも、心がこもっていればいいのさっ!
その後、そのはり紙を原田さんと一緒にはりに行った。
数日後、原田さんと八木さんの所に行くと、ブチだけがいた。
「子猫たちは?」
「みんなもらわれてったよ」
そうなんだ。
寂しいような、よかったような。
でも、きっとよかったんだよ。
新しい家族にかわいがられるといいなぁ。
「で、こいつだけ残ったのか」
「親猫やからね。子猫は貰い手があったけど、これは残ってしもうてな」
そうなんだ。
「でも、子供たちが気にいっとるさかい、うちで飼うわ」
ありがとうございますっ!八木さん。
「よかったな」
原田さんが、ブチの頭をなでてそう言った。
「名前は付けたのですか?」
ぜひブチでお願いしますと言おうとしたけど、
「つけたで」
と言われたので、言うのをやめた。
「そんな名前を付けたんだ? やっぱり、ウシだろ?」
いや、ウシはないだろう。
「猫やから、ネコってつけたわ」
えっ、それって、名前なの?
名前じゃないだろうって、言おうとしたけど、そんなことを言って、八木さんの機嫌を損ねてブチを飼ってもらえなくなっても困るので、何も言わなかった。
と言う事で、ブチはこの日からネコになった。




