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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応2年2月
246/506

河合さんの悲劇

 これは、数日前の話。

 土方さんが難しい顔をして帳簿を見ていた。

「どうしたのですか? 眉間にしわが寄っていますよ」

 ずうっとそう言う顔をしていたら、本当にそう言う顔になりますよ。

 と言いたかったのだけど、難しい顔のまま私の方を見たので、やめた。

 なんか怒られそうだしなぁ。

「合わねぇんだ」

「な、何がですか?」

「五十両足りねぇんだよ。何回計算しても足りねぇんだよなぁ」

 あ、なんかいやな予感がする。

「五十両ぐらいでブツブツ言っていたら、ケチだなぁって思われてもてませんよ」

「お前っ! 五十両がどれほどの大金かわかってんのか?」

 た、大金なのか?

 五千円ぐらいだと思っていたけど……。

 後で調べてわかったのだけど、五十両は江戸時代のいつ頃かによっても価値が変わってくるのだけど、現代に直すとだいたい百万円から一千万ぐらいの価値があるらしい。

 そ、そんなに大金だったのね。

 しかし、この時の私はその価値がわからなかったので、わかりませんと首をふった。

「そうだよな。お前に聞いた俺がばかだった」

 いや、そんなに落ち込まなくてもいいだろう。

「勘定方を呼んで聞いたほうがいいな。おい、河合を呼んでこい」

「わかりました」

 部屋を出た時に、河合さんのことで思い出したことがあった。

 それは、この五十両足りなかった責任を取って切腹すると言う事。

 しかも、実家が裕福だから、五十両送ってくれと文を出すのだけど、実家も取り込み中だったみたいで、文が戻ってきてしまう。

 両親が気がついて五十両を屯所に持ってきたときは、河合さんが切腹して三日ぐらいたっていたとのこと。

 嫌な予感がしていたのは、これか。

 とにかく、土方さんに呼んで来いと言われたから、呼んでこよう。


 大部屋に河合さんがいたので呼んだ。

 土方さんの近くにいる私が呼びに来たと言う事で、河合さんの方も何か察することがあったのだろう。

 私の顔を見て表情が固まった。

 そして、固まった表情のまま私のところに来た。

「な、何ですか?」

 大部屋の前でする話じゃないと思い、場所を近藤さんの部屋の前に移動した。

 近藤さんは、長州に行っていていないし、代理局長の土方さんは、自分の部屋で仕事をしているので、誰もいない。

「河合さん、なんで呼ばれたかわかっていますね」

 私は河合さんに聞いた。

「五十両ですね」

 河合さんは覚悟を決めたのか、あっさりとそう言った。

「やっぱりわかっていたのですね。もう実家の方に文は出したのですか?」

「はい、そろそろ着いているころだと思うので、五十両の不足金も解決します」

 いつ出したのかわからないけど、河合さんの言う通り、そろそろ着いているだろう。

 ただ、送り返されてしまうのだ。

「それを土方さんに言わないほうがいいです」

 私がそう言ったら、河合さんは

「どうしてですか? 自分が処理中だと言っておかないと、責任を取って切腹になってしまう」

 いや、歴史通りだと切腹になるから。

「これから送ると言えばいいのです。それなら大丈夫でしょう? 日にちも十日ではなく、二十日ぐらい待ってくれって言えばいいのです」

 それなら、両親が五十両持ってくる日に間に合うだろう。

 飛脚を気にしつつ切腹なんて、もう悲劇だろう。

「副長がそれで納得してくれますか?」

「納得させますっ!」

 納得しなければ、納得させるしかないだろう。

 そもそも、五十両足りないとわかった時点で、誰かに相談していたらこういう大きなことにならなかったのだと思うのだけど。

「とにかく、それでお願いします」

 私がそう言うと、私の思いが通じたのか、

「わかりました。お願いします」

 と、頭を下げてきた。

「私も出来る限り手をつくしますが、必ず助けると言う約束はできないです。すみません」

 歴史を変えると言う事は、簡単にはいかない。

 大きな川の流れのはやいところに立って、立ち向かうような感じだ。

 立ち向かった力の方が大きければ、変えることが出来る。

 でも、小さいことがほとんどだ。

 だから、約束はできない。

 でも、最大限やってみようと思う。

「その気持ちだけで、私も気が楽になります。私に何かあっても、誰も恨みません」

 河合さんも覚悟が出来たみたいだ。

 覚悟が出来ているうちに土方さんの所に行ってしまおう。


「はあ? わからんだと?」

 そう言って河合さんをにらんだ土方さんの顔は、やっぱり怖かった。

 河合さんがあまりの怖さに、小さな声でヒイッ!と言っていた。

 そりゃヒイッ!と言いたくもなるよね。

「土方さん、これだけの大所帯だし、お金の出し入れだってしょっちゅうあると思いますよ。帳簿と五十両が合わないと言う事だってあると思いますよ」

「五十両の価値がわからんくせに、そんなことを言うなっ!」

 はい、すみませんでしたっ!

 だから、そんな怖い顔して怒らないでよぉ。

「今、実……」

 実家に文を出してって、言おうとしただろう?

 そう思った私は、

「実は、私が持っていたりなんかして……」

 って、阻止をするために言ってみた。

 それは言うなって言ったじゃないかっ!

「お前がそう言うか?」

 そう言いながら、土方さんがにらんできた。

「五十両の価値がわからんくせに、お前が言うか?」

「すみません、嘘です」

「わかってる」

 わかっていたのか。

 私が口を出したことで、前もって言っておいたことを思い出したのか、

「い、今から実家に文を出して、五十両送ってもらいます。それでなんとかしますから、もうちょっと待ってください」

 と、河合さんが恐る恐る言った。

「どれぐらい待てばいい?」

「に……二十日ぐらい……」

 私の顔をチラッと見ながら河合さんが言った。

「十日だ」

 土方さんは、一言そう言った。

 やっぱりそう来たか。

「わかりました。間を取って十五日にしましょうっ!」 

 十日と言ってくることはわかっていた。

 だから、河合さんに二十日と言わせた。

 それで私がこの一言を言えばいいだろうとおもった。

 十五日でもなんとか間に合うだろう。

「なんでお前が口を出してくるんだ?」

「だって、私だって帳簿と合わないって知ってしまったわけだし、河合さんをここに連れてきたのも私ですから」

 出来るだけすました顔をして私は言った。

「十日っ!」

「いや、十五日」

「十日だって言っているだろうっ!」

「十日も十五日も大して変りないですよ」

「五日も違うだろうっ!」

「五日しか違いませんからっ! それぐらい待ちましょうよ。短気は損気だって言いますよ」

「うるせぇっ! 十日」

「いや、十五日っ!」

 しばらく土方さんと私で言い合いをしていた。

 途中で河合さんが

「十日でも大丈夫ですから」

 と、止めてきたけど、無視した。

 十日でだめだったから、十五日だと言っているんだっ!

 そして、土方さんが根負けをしたのか、

「わかったっ! 十五日だけ待ってやるっ! それでもだめだったら、その時はわかっているな?」

 怖い顔をして土方さんが河合さんをにらんだ。

「わ、わかりました」

 河合さんも真っ青な顔をしてそう言った。

 土方さんがそんなに怖い顔をするから、河合さんだって怖がっているじゃないか。

 今度そう言う顔をしたら、絶対に豆投げてやるっ!


「十日でもよかったのですよ。数日たてば実家から送ってくるのですから」

 その考えが甘いんだっ!

「もし、届かなかったらどうするのですか? そう言うこと考えたことありますか?」

 思わず聞いてしまった。

「そう言われると、ないなぁ」

 えっ、そうなのか?

 実家がお金持ちだって聞いていたから、河合さんってやっぱりお坊ちゃんなのか?

「もうちょっと、そう言う危機感を持ったほうがいいですよ。もしかしたら、文が送り返されてくるってことだってあるかもしれないじゃないですか」

 私がこういうことを言うのもどうだと思うのだけど。

「送り返されるなんて、そんなことないよ」

 河合さんは笑顔でそう言ったのだった。


 しかし、数日後。

 ちゃんと送り返されてきたのだった。

 まさに歴史通りだ。

 十五日と言っていてよかった。

 河合さんは、送り返されてきた文を見て、真っ青な顔をしていた。

 そりゃそうだよね、自分の命がかかっているんだもの。

「まさか、送り返されてくるなんて……」

 河合さんが文を見てそう言った。

「もう一回送ってみましょう。まだ日にちはありますから。きっと実家の方も何かあって立て込んでいたのでしょう」

「もちろん、もう一回送るよ。最速の飛脚で」

 後はもう運に頼るしかないだろう。

 無事に着いて両親が間に合うか、それとも間に合わないか。

 十五日と日にちは伸ばすことはできたけど、私にできることはそれだけだろう。

 後は、待つのみ。


 歴史なら十三日目に来ることになっていた。

 しかし、十五日目の今日になっても来る気配はなかった。

 文は返ってこなかったので、たぶん着いていると思う。

 この時代は確認する方法がない。

 携帯とまではいわない、せめて普通に電話があればすぐにすむ話なのに。

「飛脚はまだ来ませんか?」

 心配する河合さん。

 そりゃ心配するよね、自分の命がかかっているのだもん。

「来ません」

 私はそう言った。

 その間にも、切腹の準備は着々と進む。

 やっぱり、だめだったのか?

「すみません。私の力が足りなくて」

「いや、私も状況を甘く見すぎていたよ。まさか、本当に文が送り返されるとは思わなかった。蒼良そらさんは何も悪くない。むしろ、日にちを伸ばしてくれて感謝している」

 そう言われると、私も救われる。

 でも、出来れば、やっぱり、河合さんの命を助けたい。

 五十両って、バイトして稼げる額でもないし、新選組はバイト禁止だしなぁ。

 隊の規則で勝手に金策してはいけないってあるし。

 本当に何もできないのか?

「時間だ」

 切腹の時に首を切る人、介錯人と言う係になっている隊士がそう言った。

「飛脚は来ませんか?」

 そう言う河合さん。

 歴史にも、切腹の直前までそう言っていたって、なっていたよなぁ。

 まさに、その状況だよ。

 切腹を見るのは嫌だったので、そおっと外に出た。

 もちろん、小さい声で、

「河合さん、すみません」

 と言った。

 河合さんは、ニッコリと笑って、うなずいてくれた。

 気にするなと言う事なんだろう。

 本当にすみません。


 いたたまれなくなって、外に出た。

 二十日にしとけばよかったか?でも、日にちを伸ばせばいいと言うものでもなかったのか?

「すみません」

 屯所の門の前でため息をつきつつ河合さんのことを考えていたら、男の人の声が聞こえた。

「はい、何でしょう?」

 声のした方を見ると、夫婦なのか、年配の男女が旅装束で並んで立っていた。

河合耆三郎かわいきさぶろうという者がここにいると思うのですが」

 もしかしてっ!

「河合さんのご両親ですか?」

 私が聞くと、その二人はうなずいた。

 間に合ったっ!……のか?

 私は猛ダッシュで屯所の中に入った。

 そして、河合さんが切腹をする部屋へ。

 間に合ってほしいっ!

 襖を開けた。

 まさに、河合さんがおなかに短剣をさすところだった。

「ま、待ったぁっ!」

 大きな声でそう言うと、そこにいた人たちが一斉に私の方を見た。

「河合さんのご両親が見えてます」

 よかった、間に合ったぁっ!

 

 というわけで、無事に無くなった五十両は元に戻り、河合さんの命も助かった。

 しかし、ご両親は私の後をついてきていたみたいで、我が子の切腹するかもしれないと言う姿を見てものすごいショックを受けたらしい。

 そりゃそうだろう。

 誰だってあんなものを見たらショックだよ。

 それで、

「もうこんなところに息子を置いておけない」

 という話になった。

 新選組は、脱隊は禁止しているけど、家の事情とかでやむなく隊を抜けた人も何人かいる。

 もちろん、その人たちは円満に抜けたので、見つけ次第切腹とかって言う事はない。

 どうやら河合さんも円満脱隊になりそうだ。


「お前、知っていたのだな?」

 河合さんがご両親と一緒に屯所を旅立った日に土方さんに聞かれた。

「はい。私が知っている歴史では、河合さんが切腹して三日後に両親が五十両持って見えました」

「そうだったのか。それでお前はあんなに必死になって十五日と言ったのだな」

「人の命がかかっていますからね」

 一時はもう間に合わないと思ったけど。

 その時、ポンッと私の頭に土方さんの手がのった。

「よくやった」

 土方さんはそう一言言った。

 本当によかった。

「ところで、もし間に合わなかったら、どうなっていたんだ?」

 歴史通りに事が運んでいたらどうなっていた?と言う事なんだろう。

 確か……

「河合さんのご両親が、壬生寺に立派なお墓を建てたと思いましたが」

「そうか、危なかったな」

 確かに、今回は危なかった。

 間に合ってよかったよ。

「ところで、なんで急に五十両合わないって騒いだのですか?」

 これは現代でも謎になっているので、思い切って聞いてみた。

「なんでお前に言わねぇといけねぇんだ?」

 そう言った土方さん。

 やっぱり、近藤さんのお気に入りの妾さんの身請けのためのお金なのか?

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