薩長同盟と寺田屋事件
近藤さんの部屋に呼ばれた。
なんだろう?
近藤さんの部屋に行くと、なんと私のよく知った顔がいた。
「お、お師匠様っ!」
なんでここにいるんだ?
「蒼良、元気だったか?」
お師匠様の顔色はものすごくよさそうだ。
つやつやしている。
きっと温泉三昧な毎日だったのだろう。
江戸時代温泉巡りをしているはずなのに、ここにいると言う事は終わったのか?
「こちらの話は終わった。久々の対面だろう。ゆっくりしてくるといい」
近藤さんに笑顔で言われた。
「蒼良、久々に一杯どうだ?」
お師匠様が機嫌よくそう言ってきた。
一杯……いいなぁ。
「はいっ!」
と言う事で、お師匠様と久々に一杯行くことになった。
「一杯って、お酒じゃないのですか?」
甘味処でお茶をすすりながら私は言った。
てっきり酒だと思ったぞ。
「まだ昼間だぞ。昼間から飲むやつもいないだろう」
いや、たくさんいると思うけど。
「わしは、お前を昼間から酒を飲むような娘に育てた覚えはないぞ」
手ぬぐいを出してきて、自分の目をふいていた。
な、泣いているのか?
「わ、私だって、いつも昼間から飲んでいるわけではないのですよ」
「冗談じゃ」
このク……お師匠様めっ!殴ってやろうか?
「今はそんな話をしている場合じゃない」
急に真顔になってお師匠様が言った。
「何かあったのですか?」
「ここの団子はうまいな」
お師匠様は団子をもぐもぐと食べ始めた。
なんだよっ! また冗談なのか?
「お師匠様、一体何があったのですか? なんでここにいるのですか?」
「質問は、一つずつ頼む」
一つずつしたいけど、たくさん疑問がわいてくる。
「まず、なんでここにいるのですか?」
「おお、それじゃ」
そう言いながら、再びお団子を食べる。
食べるか話すかどちらかにしてほしいのですが……。
「もうすぐ薩長同盟が結ばれるぞ」
そうなのだ。
もう数日後に迫っている。
「薩長同盟が結ばれるのを、指加えて見ているだけって言うわけにもいかんだろう」
そ、そうなのか?
私はほっとこうと思ったけど。
「もしかして、それで帰ってきたのですか?」
「わしにとっては重要なことだからな」
温泉より重要なことがあったのか。
「薩長同盟を阻止するっ!」
えっ?
「そんなことが出来るのですか?」
できればそりゃあそれでいいと思うのだけど。
阻止できれば、鳥羽伏見の戦いも違ったものになるかもしれない。
歴史が大きく変わるかもしれない。
しかし、大きく変わるからこそ、簡単に阻止できるものではないと思ったりもする。
「できるかわからんが、やってみるしかないじゃろう。わしは何もしないで見ているのが嫌なのじゃ」
確かに、それは私も嫌だ。
「わかりました。出来るかわかりませんが、阻止してみましょうっ!」
「さすが、蒼良じゃ」
そう言ってまた団子をもぐもぐと食べるお師匠様。
団子がのっていた皿の上を見ると……
「ああっ! 私のお団子は?」
「わしの腹の中じゃ」
そ、そうなのか?
私の分を残しておこうとか、そう言う気持ちがないのか?
お師匠様に連れられて行ったのは、小松帯刀という人のお屋敷だった。
「ここで、薩長同盟が結ばれる」
さすがお師匠様。
そこまで知っていたのか。
そのお屋敷の門が見えるところを見つけて、隠れて見ていると……。
「あ、桂小五郎っ!」
その姿を見て、思わず指さして言ってしまった。
「蒼良、あいつを知っているのか?」
知っているも何も、昨年の年末に一緒にお餅をついたけど。
あの人、自分は追われているという自覚がないんだもんなぁ。
「桂が入って行ったと言う事は、間違いないな。よし、行くぞ」
お師匠様のことだから、きっと何か考えていて、作戦があるに違いない。
もしかしたら、顔が広いお師匠様だから、長州や薩摩の人たちを知っているのかもしれない。
そう思って、お師匠様についていった。
ゴンッ!と音がして、頭に衝撃があった。
い、痛いっ!またぶつけた。
今度は顔に何かかぶったぞ。
顔に被ったものを取ると、くもの巣だった。
「お、お師匠様。なんでこんなところに入っているのですか?」
私たちが入っているところは、なんと、小松帯刀と言う人の屋敷の軒下だ。
軒下に入り、話し声がしないか、耳をすませながら四つんばいになって進んでいる。
私の目の前をネズミが横切った。
「お、お師匠様っ! ネ、ネズミがっ!」
「見なかったことにしておけ」
見なかったことって……見ちゃったのですが。
「蒼良っ!」
「何ですか?」
と言いながら手を前に持って行ったとき、手にぐにゃと言う感触があった。
「そこに猫の死体があるから気をつけろと言おうとしたが、遅かったな」
えっ……ええっ!
「悲鳴を上げるなよ。気づかれるからな」
ひいいいいいっ!
心の中で悲鳴をあげつつ、再び手と足を動かして前進する。
先を行くお師匠様が止まった。
「どうやら、ここらしいぞ」
そう言いながら、上を見上げた。
この上で、薩長同盟が結ばれようとしているのだろう。
しかし、ミシッとも音がしない。
「本当にここなのですか?」
「間違いない。さっき咳をする音がした」
お師匠様はそう言うけど、全然静かで、人のいる気配がしない。
「やっぱり、別な所じゃ……」
ないのですか?と言おうとした時、人の歩く音が聞こえてきた。
軒下にいると、人の足音が大きく聞こえる。
そして部屋のふすまを開ける音がした。
「ちっくと近くを通ったから、顔出した。どがな様子じゃ?」
この土佐弁は……。
「坂本龍馬っ!」
「龍馬が来たか。いよいよ結ばれるな」
そ、そうなのか?
「まだ何も話をしていない」
男の人の声が聞こえてきた。
「木戸さん、西郷さんの言う通りか?」
木戸さん?ああ、桂小五郎のことか。
改名でもしたのか?
後で調べたら、桂小五郎は33歳から木戸姓を名乗っている。
「西郷さんが何も話さないから、もう十日以上この状態だ」
声は桂小五郎の声だった。
十日以上も何も話さないで顔を合わせているのか?かなりストレスがたまるよなぁ。
「今は、国の中で戦をしちゅう場合やない。協力し合って国難を打開するときだっ! 藩同士の小さなことを気にしちゅう場合やないっ! ほがなこんまい事を気にしちゅうのは、小心もんのすることだっ!」
坂本龍馬の大きな声が聞こえてきた。
さすが、龍馬っ!その通りよっ!
その後、坂本龍馬の言葉が会合の流れを変えたようで、話はスムーズに進んで行った。
そして、薩長同盟は結ばれた。
紙かなんかに署名をするのかなぁと思っていたのだけど、そう言う事はなかった。
後で知ったのだけど、薩長同盟が結ばれた時は、署名でのやり取りはなく、後日、桂小五郎が会談の様子をまとめて書いたらしい。
「しまったっ!」
お師匠様の声が聞こえてきた。
「どうしたのですか?」
「失敗をした。二人でここにいたら、薩長同盟を阻止できんじゃろう」
あれ?軒下から阻止するんじゃなかったのか?
「一人を軒下に潜入させて、坂本龍馬が来た時に軒下から携帯で連絡をとり、外に待機している一人が阻止する計画じゃったんだがな」
お師匠様、その計画、初めから無理がありますから。
「お師匠様、この時代、携帯の電波が無いので、連絡なんて取れませんよ」
「おお、そうじゃった。なんて不便な時代なんじゃっ!」
今頃気がついたのかいっ!
最後のあがきという感じで、軒下から上をたたいたり足で蹴ったりしてみた。
「今日は、軒下の猫がにぎやかだな」
という一言で終わった。
結局、薩長同盟は無事に結ばれ、私たちは阻止するのではなく、軒下でその歴史的な現場を聞くことが出来たと言う事だけで終わった。
しかし、お師匠様の企みと言うか、計画はまだ終わっていなかった。
「この後、寺田屋事件がある」
確か、薩長同盟が結ばれた後、坂本龍馬は伏見にある寺田屋と言う旅館で泊まっていると、伏見奉行所の人が捕縛するために坂本龍馬を襲うと言う事件だ。
坂本龍馬も怪我をしてしまうと言う事件だ。
「寺田屋事件を阻止したい」
お師匠様、あなたの考えに一貫性と言うものがないような感じだするのですが。
薩長同盟を阻止するのはわかる。
それによって、幕府派である新選組が優位に立つ可能性があるからだ。
しかし、寺田屋事件は別に阻止してもしなくてもそんなに意味がないと思うのだけど。
「坂本龍馬に怪我をさせたくないのじゃ」
要するに、新選組も好きだけど、坂本龍馬も好きなのだな。
「でも、無理ですよ。私も隊務がありますので」
伏見に行っている暇なんてないぞ。
しかし、屯所に帰ると、お師匠様の喜びそうな話の展開が待っていた。
「伏見に出張だ」
土方さんがそう言った。
「なんでですか?」
「なんでって、幕府がそう言ってきたんだから、仕方ねぇだろう」
そうなのか?
また幕府もタイミングがいい時にそんなことを言うよなぁ。
こんなことをしたら、新選組が坂本龍馬を暗殺したって勘違いされるのも当たり前だよなぁ。
お師匠様はこういう展開になることを知っていたのか、まんべんの笑顔で待っていた。
「蒼良、作戦開始じゃっ!」
その作戦をまだ聞いていないのですがっ!
「龍馬はんを助けるためなら、何でもやるでっ!」
鼻息を荒くして、楓ちゃんがいた。
お師匠様の作戦は、坂本龍馬を早く逃がすこと。
実際の寺田屋事件の時は、敵に包囲された時に、後日妻になるお龍さんが坂本龍馬に危機を知らせたので助かった。
しかし、怪我をしてしまった。
怪我をさせたくないと思っているお師匠様の作戦は、お師匠様と楓ちゃんは寺田屋に泊まり、敵に包囲される前に知らせると言うもの。
敵に包囲される時間を知っている私たちならではの作戦だ。
その知らせる役目に選ばれたのは、坂本龍馬に惚れている島原の芸妓である楓ちゃんが選ばれた。
「わしがええと言ったら、龍馬に知らせるのだぞ」
「わかりましたっ!」
楓ちゃんははりきっていた。
「今回は、私の出番はなさそうですね」
よかった。
「いや、あるぞ」
えっ、あるのか?
「伏見奉行所を探っていてくれ。時間通りに出るならいいが、万が一と言うときがある。何かあった時は、電話をしてくれ」
だからお師匠様、この時代は電波なんてものがありませんからっ!
もしかして、温泉巡りをすると言って、現代にこっそり帰っているんじゃないのか?
伏見では、警護を言いつけられた私たちだけど、特に仕事はなかった。
だから、伏見奉行所も監視することが出来た。
お師匠様に言われた時間通りに動き出したので、特に連絡もしなかった。
そして、楓ちゃんが言われた時間通りに動いたので、お龍さんが坂本龍馬に知らせに走った時は、すでに逃げた後だった。
よって、怪我をすることもなく、お師匠様の作戦は成功したのだった。
この事件がきっかけとなり、坂本龍馬とお龍さんは結婚し、怪我の療養のために薩摩に行き、それが日本で最初の新婚旅行となったのだけど、歴史が変わったから、どうなるのだろう?
ま、まさか、楓ちゃんと結ばれちゃうとか?
「龍馬はんは、伏見にある薩摩藩邸に行ってしもうたわ」
それは歴史通りだな。
「楓ちゃんは? 一緒に行かなかったの?」
「うちは、仕事があるさかい。島原を留守にするわけにはいかんやろ」
そうなんだ。
と言う事で、楓ちゃんと結ばれることはなかった。
その代わり、ちゃんと予定通り、坂本龍馬はお龍さんと結ばれて、ちゃんと日本で最初の新婚旅行も行くことになった。
というのも、薩摩藩邸にかくまわれた坂本龍馬のもとに、お龍さんは毎日さしいれを持って通ったらしい。
それが坂本龍馬のハートをゲットすることになったのだった。
楓ちゃん、そこで島原に帰らなければよかったのに。
そして、薩長同盟は阻止できなかったけど、坂本龍馬が怪我をすることを阻止したお師匠様は、意気揚々と温泉巡りの旅に旅立ったのだった。
「もしかして、現代にこっそり帰ってないですよね」
旅立つ前に聞いたら、
「そんなに帰ってないぞ。温泉巡りも楽しいからな」
と、笑顔でそう言った。
「そうじゃな、一日一回ぐらいだぞ」
かなり頻繁に帰っているじゃないかっ!




