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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応元年12月
236/506

近藤さん帰京

「近藤さんが帰ってくるぞ」

 読んでいた文から顔をあげて、土方さんが言った。

「ほら、年末あたりに帰ってくるって言ったじゃないですか」

 もう十二月も下旬に差し掛かろうとしている。

 まさに年末だ。

「そう言えば、そんなことを言っていたな。すっかり忘れてたが」

 忘れてたのかっ!ま、いいけど。

「長州には入ることが出来なかったらしいぞ」

 やっぱりなぁ。

「そんな簡単に入れませんよ。向こうだって入れないと思いますよ」

「なんでそう思うんだ?」

「当たり前じゃないですかっ! 幕府と喧嘩をしようとしているのに、幕府の人間を入れるわけないじゃないですか」

「まだ戦はしてねぇぞ。今回は、長州藩主が京に出てくるつもりがあるのかどうかを聞きに行っただけだからな」

「でも、入れなかったと言うことは、京に出てくるつもりはないと言う事ですね」

「そうだな。戦になりそうだな」

 なるだろう。

 しかも半年後ぐらいか?

 ずいぶんとゆっくりしているよな、幕府も。

「俺たちも長州に行くことになりそうだな」

 いや、それはない。

「大丈夫ですよ。私達には京の治安を守ると言う職務があるので、長州に行くことはないですよ」

「なんでお前がそんなことわかるんだ?」

 そ、そうだよね、そうなるよね。

「か、勘ですよ」

 いつもの勘でごまかす成長のない私。

「お前の勘ははずれそうであたるからな」

 はずれそうでって、どう意味だっ!

「そうだ、お前とこんな話をしている場合じゃねぇんだ」

 こんな話って、土方さんから始めたような感じがするんだけど。

「お前、近藤さんを大坂まで迎えに行け」

「えっ、もう帰ってくるのですか?」

「今、帰ってくるって言っただろう」

「いつですか?」

「知らん」

 知らんって……

「いつ帰ってくるかわからない人を、帰ってくるまでずうっと待っているのですか?」

「当たり前だろう」

 そうだ、この時代の連絡手段はいつ着くかわからない文しかない。

 それに交通手段も、現代のように時間がきちんとしたものはない。

 だから、帰ってくるまでずうっと待っているのは当たり前のことなのだ。

 私たちが江戸から帰って来た時、永倉さんが出迎えてくれたけど、あれもそうとう待っていたと思う。

「お前だけじゃ不安だから、もう一人つけてやる。誰がいいかな」

 私に選ぶ権利がないのか?ま、誰でもいいのだけど。

 土方さんが私に誰をつけるか悩んでいた時、斎藤さんが襖を開けて入ってきた。

「斎藤っ!」

「斎藤さんっ!」

 土方さんと一緒に指さして言ってしまった。

「な、なんだっ!」

 斎藤さんは襖をあけたままそう言い、驚いて固まっていた。

「こいつと一緒に大坂まで近藤さんたちを迎えに行ってほしい」

 土方さんが私の方をチラッと見てから斎藤さんに言った。

 斎藤さんは、無言でうなずいた。

「ところで、何か用があってここに来たんじゃないのですか?」

 私がそう言うと、斎藤さんは無言で文の束を出してきた。

「な、何ですか? この文の束は?」

「土方さんに文だ」

「なんだ、また着たのか。さっきも着てやっと全部の文に目を通し終わったところなのにな」

「土方さんも忙しいのですね」

 こんな文の束、読むだけでも時間がかかるし疲れるだろう。

「この文のほとんどは、俺あての恋文なんだがな」

 土方さんは自慢するように言ったのだった。

 なんだ、そうなのかいっ!

 なんかイライラするのだけど、なんでだろう?

「恋文の処理もちゃんとしないと、相手がストーカーになんてなったら大変ですからねっ!」

「なんだ、そのすとおかあって」

 あっ、イライラして思わず言ってしまった。

「ストーカーは、ストーカーですよっ! とにかく、大坂に行ってきますっ!」

 説明もせず、ごまかしもせず、そう言い放った私は、斎藤さんと一緒に部屋を出て大坂に向かったのだった。


 いつ来るかわからない人を待つなんて、暇なんだろうなぁ。

 出かけることもできないし。

 それにしても、どこで待つんだ?

 行くときは徒歩で行ったから、帰りも徒歩なのかな?

 それなら、行くときに別れたところで待っていればいいのか?

 でも、そこで一日中ずうっと立っていないといけないのか?

 ああ、考えるだけでそんなこと出来るのか不安になってくる。

 これなら京で悪い奴を追いかけていた方がいくらか楽だぞ。

「機嫌が悪そうな顔をしているな」

 大坂に向かって歩いていると、斎藤さんがそう言って声をかけてきた。

「斎藤さん、いつ来るかわからない人間をいつまでも待つことが出来ますか?」

 思わず聞いてしまった。

 土方さんはそれが普通だと言っていたけど、私は耐えられないわ。

「それが普通だと思うがな。逆に、文を見ただけでいつ帰ってくるかわかる人間がいるのか?」

「い、いませんね」

 現代でも、手紙を見ただけでわかる人間はいないわ。

「それなら、待つしかないだろう」

 やっぱりそうなのか?

「そんな嫌な顔をするな。俺が退屈させないから安心しろ」

 えっ?退屈させないって……

「なにをするのですか?」

 私が聞いたら、

「それは、その時のお楽しみだ」

 と言われてしまった。

 よけいに気になるじゃないかっ!


 しかし大坂に着き、大坂に行くといつも宿泊する船宿の京屋に着くと、近藤さんたちがすでにいた。

 出迎えるはずが、出迎えられてしまったのだった。

「な、なんでもういるのですか?」

 文が着いたのは、今日の午前中だったぞ。

 文がつくのが遅かったのか?それとも、近藤さんたちが猛ダッシュで帰ってきたのか?

「驚いたか?」

 驚いた私を見て、近藤さんは嬉しそうだった。

「もういるのですかとは、局長に失礼だろうがっ!」

 そう言っているのは、近藤さんにひっついている武田さんだ。

「武田、せっかく迎えに来てくれたのだから、そう怒るな」

 近藤さんがそう言うと、

「そうですね、局長の言う通りです。ご苦労だったな」

 あんたに言われたくないわっ!

「とにかく、いつまでも玄関に立ってないで、中に入れ」

 近藤さんにそう言われた私と斎藤さんは、中に入ったのだった。


「実はな、船で帰ってきたのだ」

 船で?この時代は、船の方が早いのか?

「お前のことだから、行くときも船で行けばよかったのにとかって思っているだろう?」

 斎藤さんにそう言われた。

 確かに、一瞬そう思ったぞ。

「船で行き来するのは大変なんだぞ。俺たちのような人間が船に乗るのはまず無理だな」

 そ、そうなのか?確かに、この時代でこんなに楽に行き来できるなら高価な乗り物になるのだろう。

「今回は、たまたま幕府の永井殿が一緒だったから、それに便乗して乗せてもらえたのだ」

 近藤さんは嬉しそうにそう言った。

「ところで、船でどれぐらい日数がかかるのですか? そもそも近藤さんはいつ長州を出たのですか?」

「お前、そんなことも知らんのか?」

 斎藤さんにそう言われてしまった。

「ふ、船に乗ったことがないのだから、わかりませんよ」

 この時代の船には乗ったことがない。

 だから、そんなことはわかるわけがない。

「長州に入ることが出来なかったから、岩国から乗ったのだが、昨日乗って今日にはこの通りつくことが出来た」

「そ、そんなに早いのですか?」

 二、三日ぐらいかかるかと思っていた。

「蒼良も驚いただろう。わしもこんなに早く着くとは思わなかったからな。ただ、揺れるのだ。早くても歩いたほうがいいものだぞ」

 船酔いをしたのだろう。

 確かに、揺れが大きいと船酔いをするし、船酔いすると気持ち悪いし、もう一刻も早く降りたいって思うよなぁ。

「船酔いをしたのですか?」

「なんだ、船を知らなかったくせに、船酔いは知っているのだな」

 斎藤さん、船は知っていますから。

 この時代の船を知らなかっただけです。

「昨日はもう大変だったが、大坂の町に着いたらこの通り元気になったぞ」

 近藤さんが元気そうだったので、よかった。

「ところで、長州は?」

 斎藤さんが近藤さんにそう聞くと、近藤さんは難しい顔になった。

「もしかしたら、この戦は負けるかもしれんぞ」

 近藤さんは、わかったのか?長州が勝つと言う事が。

「まず、士気が我々と全然違う。長州の方が士気が高かった」

 やっぱりそうだろう。

 幕府の士気のなさはもう誰もが知っていることだ。

 長州征伐すると宣言をしてもう半年以上たつが、何一つ進展がない。

 幕府には従うけど、兵は出したくないと言う藩が大量にいる。

 そこからしてもう士気がないことが明らかだろう。

「後は、京に帰ってからだ。明日にはここをたって京に入るからな」

 近藤さんは、京に帰れるのが嬉しいのか、再び笑顔になってそう言ったのだった。

「そう言えば、山崎さんが見えないのですが……」

 さっきから、武田さんとかの姿は見えるのだけど、山崎さんの姿はなかった。

「山崎はな、長州に残してきた。情報収集を頼んできたのだ」

 そうだったんだ。

「蒼良、そう心配そうな顔をするな。山崎がいる場所は安全な所だから大丈夫だ」

 そうか、それなら安心だ。

「他の男の心配までするとは、お前も忙しい奴だな」

 小さい声で斎藤さんに言われてしまった。

「だって、同じ隊の仲間ですから、心配じゃないですか」

「俺が山崎の立場でもか?」

「当たり前じゃないですか」

「できれば一人の男として心配してもらいたいがな。お前のことだから、仲間として心配してくれるのだろう?」

 当たり前じゃないか。

 それ以外の心配の仕方があるなら逆に聞きたいぞっ!


 次の日には、もう京についていた。

「ずいぶんと早かったな」

 土方さんも私と同じ反応をした。

 まさか、昨日迎えを送ったのに、次の日に帰ってくるとは思わないだろう。

 それから近藤さんと土方さんは部屋で話をしていた。

 その話で色々と分かった。

 まず、山崎さんは長州への潜入に成功をし、今は鴻池さんと一緒に長州にいること。

 そして、長州の裏には薩摩がいると言う事。

 これが今回の一番の収穫なんじゃないのかな。

「なるほどな。信じられねぇ話だが、山崎の報告なら間違いねぇだろう」

「間違いないですよ。長州と薩摩はそのうち同盟を結びますよ」

「そうだな、そんな勢いだな。お前にしてはずいぶんと頭が回るな」

 そ、その言い方は私に失礼だろう。

「長州に入れなかったのは残念だが、いい収穫になった。また機会があれば生きたいと思っている」

 近藤さんは本当に悔しそうに言ったので、

「大丈夫ですよ。来年早々にまた長州に行ける機会がありますよ」

 と、私は言ってしまった。

「なんでそんなことをおまえがわかるんだ? お前は占い師か何かか?」

 土方さんにそう言われてしまった。

「最近、占いに凝っていて……。よく当たりますよ、私の占い」

 そう言ってごまかしておいた。

「一番外れそうだがな」

 だから、土方さん、それは私に失礼だからねっ!


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