火事と初雪
「お前、もしかしたら、平助のことが好きなのか?」
ある日、突然土方さんがそんなことを言い出した。
「好きですよ」
私がそう言ったら、なぜか落ち込み始めた。
「そうか。やっぱり、女になって一緒に出かけてぇぐらい好きなんだな」
えっ、ちょっと待て。
なんか誤解していないか?
「別に、そんなふうに思ったことないですよ」
女に戻ってまで一緒に出かけたいとは思ったことないぞ。
「でも、この前女になって出かけてただろう」
「ああ、あれは、ダブルデートですよ」
「はぁ? だぶるでぇと?」
しまった、これは内緒だったか。
「そう言う名前の作戦です。押し借り疑惑のある隊士の調査をするのにつけた名前です」
そう言ってごまかした。
なんか、ごまかし方がめちゃくちゃだなぁ。
「てことは、あくまで捜査の一環だったんだな?」
見つかった時もそう話したと思うのですが。
「別に、平助と付き合っているとか、好き合っているとかっていう事はねぇんだな」
「ありませんよ。友達として好きですが、今はそれ以上は考えられないです」
考えている余裕がない。
「そうか。そうなんだな」
土方さんが、なぜかホッとしたかのように見えた。
「よし、わかった」
何がわかったんだかよくわからないが……。
ま、これでよかったのだろう。
この日は斎藤さんと巡察だった。
空を見上げれば、どんよりと雲がおおっていた。
この時期、お日様が顔を出さなければ、とっても寒く感じる。
「今日は、寒いですね」
斎藤さんにそう言った時、私の息が白くなっていた。
もうそんな季節なのか?
まだ10月なのに。
「雪が降るかもな」
斎藤さんは、空を見上げて言った。
えっ、雪?
でも、降ってもいい時期かもしれない。
10月と言っても、現代に直すと12月の初めあたりになる。
今年は、閏月と言うものがあり、一年が13カ月あるという特別な年なのだ。
雪かぁ。
「急に元気になったな」
「寒いのは嫌ですが、雪は好きですよ。一面白くなって、いつもと違う景色が見れるし、色々と遊べるし」
想像しているだけでも楽しくなってきたぞ。
「子供だな」
斎藤さんは、私の方を見てそう言うと、フッと笑った。
どうせ子供ですよ。
「斎藤さんは、雪は嫌いですか?」
「あまり好きではないな。寒いし、冷たいし、いいことはないだろう」
「まるで、年寄みたいなことを言いますね」
さっきの仕返しだっ!
「言うようになったな」
仕返しのつもりだったけど、斎藤さんは表情を変えずにそう言った。
斎藤さんには仕返しが無理そうだ。
そんなとき、今日の町の中から黒い煙が上がるのが見えた。
私たちの間にあった空気が一瞬で緊張したものになる。
「火事ですかね」
「行くぞ」
私が聞くと、斎藤さんがそう言って走り出したので、私の後について行った。
この時代の建物は、木と紙でできているので、火が出れば一瞬で大火事になってしまう。
急がなければ。
現場に着くと、3件ぐらい燃えていた。
これ以上燃え広がらないように、火消しの人たちが周りの家を壊しはじめていた。
水をかけても火が広がる方が早いので、この時代の消火法として、これ以上燃える物を増やさないようにという考えなのか、周りの家を壊して、燃え広がるのを予防するという方法がとられていた。
まだ3件しか燃えていないけど、これから燃え広がる可能性が高い。
「あんなかに子供がおるんやっ!」
火事を見ていると、私の前にいる女の人はそう言いながら火の中に入ろうとしていた。
「だめですっ! 今火の中に入ったら死んでしまいます」
私は、その女の人の手を引っ張って止めた。
気持ちはものすごくわかる。
でも今、火の中にこの人を入れるわけにはいかない。
「止めんといてっ!」
女の人は、叫ぶようにそう言った。
助けてあげたいけど、どうしようもできないときってある。
悔しいけど、仕方ないんだ。
そう自分に言い聞かせていた。
「わかった。俺が行く」
私の横を通り過ぎる影があった。
斎藤さんだった。
「斎藤さん、危ないですよ」
「建物が崩れる前に戻ってくれば大丈夫だろう」
簡単に言うけど、もう今にも崩れそうだぞ。
「すぐ戻る」
そう言うと、桶にくんであった水を頭からかぶり、火の中へ入って行った。
斎藤さんが入るのと同時に、火の粉が飛び、建物の一部が崩れた。
斎藤さん、大丈夫か?
その場にいた人たちも、一言も発することなく火の中を見つめていた。
私は、女の人を抱きかかえるような感じになっていた。
女の人も、斎藤さんが中に入ってから大人しくなっていた。
斎藤さん、本当に大丈夫なのか?
歴史では、斎藤さんはかなり長生きするから、ここでは死なないと思うのだけど、でも、歴史通りにいくとは、限らない。
現に少しずつだけど、歴史が変わっているところもある。
だから、ここで死んでしまうこともあり得るわけで。
って、なに不吉なことを考えてんだ、私はっ!
また火の粉が上がって、建物が崩れる。
斎藤さんはまだ戻ってこない。
「斎藤さんっ!」
思わず火に向かって叫んだ時、火の中から影が見えた。
「おお、戻ってきたぞ」
そう言う他の人たちの声が聞こえてきた。
よく見てみると、斎藤さんが火の中から小さい女の子を抱いて出てきた。
よかったぁ。
ホッとして全身の力が抜けて座り込んでしまった。
座り込んだと同時に女の人が斎藤さんにかけて行った。
「ありがとうございますっ!」
女の人は、泣きながら斎藤さんから女の子を受け取っていた。
女の子の方も、母親の姿を見ると泣き出した。
よかったぁ、本当によかったぁ。
「なにお前が座り込んでいるんだ?」
斎藤さんが私の目の前に来た。
座り込んでいるって……。
「心配したのですよ。もう帰ってこないかもしれないって」
この時代に来て、こんなことを思ったのは初めてだ。
この先、少しだけ何が起こるかわかっているから、こんなところで死にはしないと言う考えの方が先に来ていたからだ。
「だからって、泣くことはないだろう」
えっ、泣いている?私が?
目をさわると、ぬれていた。
「用は終わった。行くぞ」
斎藤さんに手を引っ張られたけど、足に力が入らなかった。
「仕方ないな」
斎藤さんはそう一言言うと、私を肩にかつぎあげた。
さっきまで火の中にいた人とは思えない。
けど、斎藤さんの方のところが少し熱く感じた。
人ごみから離れ、ようやく下におろされた。
私も足に力が入り、自分の足で歩けるようになった。
そうなってからすぐにしたことは、
「斎藤さん、どこかやけどとかしていないですか?」
と言いながら、斎藤さんの体を着物の上からさわりまくった。
「大丈夫だ」
斎藤さんはそう言ったけど、右腕が少し赤くなっていた。
「やけどしているじゃないですか」
「こんなもの、やけどのうちに入らない」
いや、赤くなっているから、やけどはやけどだ。
「とにかく、冷やしますよ」
近くに長屋があったので、そこの井戸を借りて水をくみ、手拭いをぬらして、斎藤さんの腕に当てた。
「おおげさだ。右腕だし、大丈夫だ」
左利きの斎藤さんは、右腕だからと言いたいのだろう。
けど、やけどはやけどだからね。
「だめです。止めたのに、無視して入って行くから」
でも、そのおかげで女の子が助かったんだよな。
しかし、一歩間違えたら、命が二つ落ちていたんだぞ。
「本当に、出てくるまで心配だったんですからね」
ブツブツと文句を言いつつ、私は手当てを続けた。
「もういいだろう。十分冷えたぞ」
「何言っているんですかっ! やけどは30分以上冷やさないとだめなんですからね」
「さんじゅぷん?」
あ、この時代は、分という時間の単位が無かった。
「半刻ですよ、半刻」
私は慌てて言い直した。
「酒でもかけとけば治るだろう」
「何言っているんですか。こうやって冷やすのが一番なのですよ」
本当にっ!かけかけて治るなら、私が全部飲んでやるぞって、ちょっと話が違うよね。
しばらく井戸から水をいただいては手拭いをぬらし、斎藤さんの腕を冷やした。
「もういいんじゃないのか?」
かなり時間がたった。
「腕はどうですか? 痛いですか?」
斎藤さんは軽く腕を動かした。
「痛くない」
「よかった。ほら、やけどは冷やすのが一番でしょ?」
私がそう言うと、突然、ひらひらと白いものが上から落ちてきた。
桜の花びら?
いや、今桜は咲いていないだろう。
と言う事は……
「雪だぁっ!」
空を見上げると、上からパラパラと落ちてくる。
「斎藤さん、雪が降ってきましたよ。寒いわけですよね」
「お前は、嬉しそうだな」
「そりゃ嬉しいですよ。雪好きですから」
「でも、これは積もらんぞ」
そ、そうなのか?
「こういう粒が大きい雪は積もらん」
そうなんだ。
「そうがっかりするな」
積もらないと聞いて、ちょっと落ち込んでしまった。
でも、初雪が見れたからいいか。
そう思っていると、突然斎藤さんに抱きしめられた。
な、何?
「お前は、本当にいい女になったな」
耳元でそう言われた。
そ、そうか?って、抱きしめられているときにそんなこと考えている場合じゃないよね。
「このまま、二人だけでどこかへ行きたいな」
そ、そうなのか?
「だめですよ。屯所でみんな待っていますから」
「お前、空気が読めない女だな。こういう時は、黙って言う事を聞くもんだ」
だって、黙って言う事を聞いたら、屯所に帰れないじゃないかっ!
私は、まだ抱きしめられたままだ。
しかも、さっきより強く抱きしめられている。
「あ、あの、斎藤さん。く、苦しいのですが」
強く抱きしめられているから苦しいのだ。
「離したくない」
いや、そう言われても、ずうっとこのままってわけにもいかないからね。
「土方さんのもとに返したくないな。ずうっと俺のところにいろ」
耳元で聞こえた斎藤さんの声は、少しハスキーな声になっていた。
「大丈夫ですよ。私はずうっと新選組にいますから」
私がそう言うと、突然斎藤さんが離れた。
離れた斎藤さんは笑っていた。
何かおかしいことでも言ったか?
「お前はわかっていないな」
な、何がだ?
「わかった。新選組にずうっといるのだな。それなら俺もずうっと新選組にいるからな」
そりゃそうだろう。
斎藤さんは新選組が会津に行くまでずうっと新選組にいる。
ずうっといるのは当たり前だろう。
「さ、帰るぞ」
斎藤さんはそう言うと歩き始めた。
ところで、何がおかしかったんだろう?
「なんで笑ったのですか?」
と私が聞いたら、
「自分で考えろ」
と言われてしまった。
考えても、全然わからないのですがっ!




