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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応元年10月
224/506

鬼のかく乱

「と言う事だったのですよ、土方さん」

 この前の藤堂さんの件を、話した。

「ああ、そうか」

 そう言った土方さん、なんか元気がなさそうだ。

「大丈夫ですか? なんか、疲れていませんか?」

 けだるそうに見えるのだけど。

「大丈夫だ」

 土方さんはそう言った。

「今日も色々と忙しいからな。のんきに寝てられねぇんだ」

 寝てられねぇって、やっぱり具合が悪いのか?

「土方さん」

 立ち上がった土方さんを呼び止めた時、土方さんの体がグラッと横に動き、そのまま倒れこんでしまった。

「大丈夫ですか?」

 あわてて土方さんにところにかけて行った。

 倒れこんでいる土方さんを起こすため体にさわると、体の芯が熱いような感じがした。

 これは、熱がある。

 しかもかなり高い熱だ。

「大丈夫だ」

 私を振り払って立とうとしたけど、やっぱり体がフラフラしているらしい。

 再び膝をついてしまった。

「大丈夫じゃないです。寝なきゃだめですよ。今、布団しきますから」

 私は、急いで押入れからお布団を出した。

「大丈夫だ。こんなもの、すぐ治る」

 土方さんはまた立ち上がろうとした。

「今無理すると、なかなか治らなくなりますよ。さっさと寝てさっさと治した方が利口ですよ。さ、早く布団に入ってください」

 話しながら布団をしいたので、話し終わるときには、布団はしき終っていた。

「さ、早く入ってください」

 掛け布団をまくっていうと、

「たいしたことじゃねぇのに」

 と言いながらも、布団に入ってくれたので、そのまま掛け布団をかぶせた。

 おでこに手をのせると、熱くなっていた。

「手ぬぐい濡らして持ってきますからね。大人しく寝ててくださいね」

「わかった。さっさと行って来い」

「いない間に逃げたら、怒りますからね」

「体が動かねぇのに、逃げれるわけねぇだろう」

 体が動かないぐらい体調が悪いのか?

 私は、急いで井戸に行って水をくみに行った。


「あ、蒼良そら。急いでいるみたいだけど、どうしたの?」

 井戸に水をくんでから帰る途中で沖田さんに会った。

「土方さんがすごい熱が出て寝込んでしまって」

「まさに、鬼のかく乱だね」

 と、沖田さんは嬉しそうに言った。

 いや、そんなに楽しいことじゃないからね。

「鬼の土方さんがまさに鬼のかく乱って、ピッタリだね」

 ピッタリじゃないからね。

 そんなことばかり言って。

「今日は、ちょうど良順先生が来てくれるから、帰りに土方さんのところに寄ってほしいと頼んでおくよ」

 なんやかんや言いつつも、沖田さんは土方さんが心配なんだよね。

「お願いします」

「で、蒼良が看病しているの?」

「はい」

「ずるいなぁ、蒼良に看病してもらって」

 そ、そうなのか?

「僕も看病してよ」

 沖田さんのことも十分心配して看病しているつもりなのですが。

「あ、もちろん、土方さんが治ってからでいいよ」

 沖田さんは、片手をあげて去っていった。

 なんか、勝手に決まってしまったけど……。


 部屋に戻ると、土方さんは寝息を立てて寝ていた。

 おでこにそろぉっとぬれた手拭いをのせる。

 起きちゃうかなぁと思ったけど、起きなかった。

 相当疲れているのか、具合が悪いのかだよなぁ。

「あ、土方さん?」

 襖が突然開いて、原田さんが入ってきた。

「あれ?」

 寝ている土方さんを原田さんが見て驚いていた。

「何かあったのか?」

 原田さんは、土方さんの顔を見てから私の顔を見た。

「熱が高くて寝込んでしまったのです」

「ええっ!」

 私が話すと、原田さんはものすごく驚いていた。

 そんなに驚くことなのか?

「土方さんが寝込んじゃっているなら、どうしようかなぁ」

「何かあったのですか?」

「稽古していたら、他の隊士が打撲しちゃって、石田散薬があればもらおうかなぁと思ったんだけど」

 石田散薬とは、土方さんが京に来る前に売っていた薬の名前で、打ち身ねんざに効くらしい。

「効くんですか?」

 思わず言ってしまった。

「蒼良、土方さんが起きてたら、その言葉聞いて怒ってたぞ」

 確かに。

「しまってあるところを知っているか?」

 原田さんに聞かれたけど、うーん、どこにしまってあるのかなぁ?

 押入れをあさってみると、木の箱が置いてあり、そのふたを開けると、薬のようなものがはいっていた。

「これですかね?」

 原田さんに見せると、

「ああ、これだ、これ。持って行っていいかな?」

「いいと思いますよ。効くといいですね」

「酒を一緒に飲むといいらしいから、飲ましてみるよ。ありがとな」

 原田さんは、そう言って薬を持って出て行った。

 お酒と一緒に飲むといいと言っていたな?それはぜひ飲んでみたいな。

 効かなくてもいいから。

 ……それじゃあ意味ないか。


「蒼良連れてきたよ」

 沖田さんが良順先生を連れてきてくれた。

 その間、土方さんはたまに薄目を開けて様子を聞いてくるんだけど、それ以外は寝ていた。

 良順先生が来た時も寝ていた。

「ああ、風邪だね」

 診察を終えた良順先生が、一言そう言った。

「よかったね、変な病気じゃなくて」

 沖田さんがそう言った。

「変な病気って何ですか?」

「例えば、ころりとかね」

 えっ、ころり?

「症状が違う。あっちはひどい下痢が症状になっているからな」

 良順先生がそう言った。

 ころりって、もしかして、コレラのことらしい。

「単なる風邪だって、よかったね、蒼良」

「はい、よかったです」

 でも、熱が高そうなんだよなぁ。

 それが気になるが、熱が高いのは、体の中で風邪の菌と戦っている証拠だから、大丈夫なのかな。

「また、何かあったら、呼ぶように」

 良順先生は一言そう言うと、行ってしまった。


「副長……あれ?」

 今度は山崎さんがはいってきた。

「風邪で寝込んでいます」

 土方さんのおでこにのせていた手拭いが温かくなっていたので、再びぬらして取り替えた。

「そうですか。いや、報告したいことがあったのですが、回復してからにします」

「報告したいことって何ですか?」

 私が聞くと、

「内緒です」

 と、優しく笑って言われてしまった。

 内緒のことなら、私が聞くわけにはいかなそうだなぁ。

「また出直して来ます」

 山崎さんはそう言うと行ってしまった。


「副長、大変です」

 再び襖があいた。

「あれ?」

 襖の向こう煮たのは、島田さんだった。

「風邪で寝ています」

 私が言うと、島田さんは困った顔をした。

「何かあったのですか?」

「いや、隊士が怪我をしてしまって。山崎君に治療を頼もうかと思ったのだけど、山崎君がいなかったのもで、どうしようかなぁと思って副長のところに来たのですが」

 そうだったのか。

「怪我はどんな感じですか? 私でよければ簡単に処置しますが」

 山崎さんと、良順先生のところで勉強したので、少しは役に立つだろう。

「あ、それじゃあお願いします」

 私は、島田さんと一緒に怪我をした隊士の所に行った。


 隊士の怪我は、刀による切り傷だったけど、傷が浅かったので、簡単に包帯を巻いて一応止血の処置をしておいた。

 それにしても、土方さんのところに色々な人がやってくる。

 毎日、こんなに忙しい思いをしていたのか?それなら、体をこわすのも無理ないよなぁ。

 私なんて、たった一日だけど、もう疲れてきたぞ。


「あ、蒼良? 土方さんは?」

 もう何人目になるんだ?そんなことを思いつつ、藤堂さんを見た。

「寝ています」

 私も疲れてきているので、対応が悪くなる。

「困ったなぁ。伊東さんから、集会の許可をもらってくるように言われたのだけど」

 勉強会の許可か?

「ちゃんと許可を取っていたのですね」

 そのことに驚いてしまった。

 絶対に勝手に隊士を集めてやっていたと思っていたから。

「うん。屯所の中で大勢を集めることだから、副長である土方さんに許可を取った方がいいと言われているから」

 それもあるんだろうけど、遠回しに、勉強会をやるから、土方君もどうかね?って誘いもあるんだろうなぁ。

「でも、寝ていたら許可とれないよね。どうしようかなぁ」

 こんなことの許可を出す仕事も土方さんがやっていたのか?

 本当に忙しい人なんだなぁ。

「土方さんも寝ていることだし、勝手にやっちゃっていいんじゃないですか?」

 疲れているところに、伊東さんの集会許可なんて、やってられないわ。

「え、いいの?」

「どうせ、だめって言っても、伊東さんのことだから色々考えてやるでしょう? だから、適当にやってください」

「蒼良が許可を出していいの?」

「なんなら、土方さんを起こしますか?」

 起こしたくないから、こうやって私が独断で許可を出しているのだけど。

「いや、いいよ。わかった。伊東さんには、土方さんが寝込んでいるからと言っておくよ」

 最初からそう言えばいいのよ。

 まったく、どいつもこいつも、ちょっと考えれば自分で解決できそうなことを土方さんのところに持ってくるんだから。


「土方さんっ! あれ?」

 藤堂さんが来てから、また数人やってきてそれから永倉さんが来た。

 今度はなんだっ!

 思わずきつい目つきになっていたのだろう。

「蒼良、なんで怒ってるんだ?」

 と、永倉さんに言われてしまった。

「土方さんは、風邪ひいて寝ています。あと、私は怒っていません」

 本当は、怒っているんだけどね。

「まいったなぁ。いやあ、俺の隊にいる隊士が脱走を企てていたみたいで」

「ああ、そりゃ切腹ですね」

 私がそう言うと、永倉さんが驚いていた。

「切腹って……。まだ脱走していないんだぞ」

「それなら、切腹じゃないですね。って、永倉さんの隊のことなんだから、永倉さんが対処したらいいと思いますよ」

 そんなことで、いちいち土方さんに相談していたら、土方さんだってまいってしまうだろう。

 現にまいっているし。

「え、いいのか?」

「なんなら、土方さん起こして聞きますか?」

 大体の人はそう言うと、

「あ、いいよ」

 と言って出て行く。

 永倉さんもそうで、

「そこまでしなくてもいいよ。わかった。俺が対処するよ」

 と言って、部屋を出て行った。


「おい、蒼良」

 再び襖があいた。

 今度は源さんがいた。

「何ですかっ!」

 もう、どいつもこいつもっ!自分で解決ってものが出来ねぇのかっ!

 そう思って顔をあげると、

「そ、そんなに怒るなよぉ。蒼良が歳を看病していると聞いて、蒼良に饅頭の差し入れに来たんだから」

 と、源さんが饅頭をもって入ってきた。

「あ、すみません」

 なんだ、そう言う事なのか。

 それなら大歓迎だ。

「歳の看病は大変なのはわかるが、これで機嫌治してくれよ。なっ」

 土方さんの看病より、健康な隊士の面倒を見る方が大変なんだけど、気のせいか?


 カサカサッという音がして目が覚めた。

 あ、私、いつのまにか寝ていたわ。

 布団を見ると、寝ていたはずの土方さんがいなかった。

 どこに行ったんだ?

 思わず立ち上がると、

「ああ、着替えてた」

 と言って、布団の脇に置いてあった浴衣を着た土方さんがいた。

「汗かいてぬれたから、着替えてた」

 なんだ、そうだったのか。

「具合はどうですか?」

 見た感じ、すっかり元気そうなんだけど。

「体がまだだるいかな」

 そう言いながら、土方さんは布団に入った。

 おでこに手をあてると、さっきより下がったかな?

「お前の手、冷たいな」

 私の手が冷たいから、正確に熱が測れていないかなぁ。

 手を引っ込めようとしたら、そのまま土方さんの手が上にのってきた。

「冷たくて気持ちいいから、そのままでいてくれ」

 土方さんはそう言うと、目を閉じた。

 まだ熱があるのかな?

 土方さんのおでこに手をのせたまま様子を見ていると、寝息が聞こえてきた。

 私は起こさないように手をどかした。


 朝になり、気がつくと土方さんの寝ている布団に倒れこんで寝ていた。

 あ、寝ちゃった。

 土方さんの具合はどうかな?

 おでこに手をあてると、パチッと土方さんの目が開いたから、びっくりした。

「腹が減った」

 そう一言言った。

 食欲が出たってことは、よくなったってことだよね。

「お粥持ってきますね」

 台所に行ってお粥をもらい、再び部屋に戻ってきた。

 土方さんは上半身を起こしていた。

「ありがとな」

 と言って、お粥が入ったお椀に手を伸ばしてきた。

「食べさせてあげますよ」

「はあっ? 俺は子供じゃねぇんだぞ」

「でも、病人じゃないですか」

「こんなの、病気のうちに入らねぇよ」

 ブツブツと文句を言っていたけど、さじでお粥をすくって土方さんの口元に持って行くと、口を開けてくれたので、そのままお粥をあげた。

「美味しいですか?」

「うまいな」

 土方さんとそんな会話をしていると、襖があいた。

「あ」

 襖の向こうにいたのは、近藤さんと沖田さんだった。

「近藤さん、邪魔だったみたいですよ」

「あ、いや、邪魔するつもりはなかったんだ。いや、また出直すわ」

 なぜか近藤さんが照れながらそう言った。

「お邪魔しましたぁ」

 沖田さんのその声と一緒に襖が閉められた。

 土方さんは、私が持っていたお椀とさじを見た。

「誤解されたな」

 えっ、そうなのか?

「近藤さんのあの態度を見ればわかるだろう」

 確かに、なぜか照れてたもんね。

「お粥、どうしますか? せっかくだから、全部食べさせてあげますよ」

「ばかやろう。のんきのそんなことしている場合じゃねぇだろう」

 土方さんは、私からお粥を取り上げると、ササッと食べてしまった。

「まずは、近藤さんの誤解をとかねぇとな。あ、総司の方が先か?」

 そんなことを言いながら立ち上がって布団をたたみ始めた。

 風邪が治ったばかりなんだから、無理しないようにって言っても、無駄だろうなぁ。

「ああ、昨日一日寝ちまったから、仕事がたまってんだろうなぁ」

 やっぱり、だめそうだなぁ。

 それでも、

「無理しないでくださいね」 

 と、言ってしまった。

 そんなこと出来るかっ!って言われるかなぁと思ったけど、さわやかな笑顔で

「ありがとな」

 と言われてしまい、ドキッとしてしまった。

 

 

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