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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応元年10月
221/506

家茂公を説得しているとき

 10月になった。

 昼間は暖かいのだけど、朝と夜はちょっと肌寒くなってきた今日この頃。

蒼良そら、一緒に大福食べるか?」

 まんべんの笑みを浮かべた源さんが、大福を持って入ってきた。

 しかし、土方さんと山崎さんの姿を見て固まった。

「なんだ、他にもいたのか」

 源さんはなんかがっかりしていた。

「いたらわりぃか?」

 土方さんは、山崎さんに針を背中に刺されながらそう言った。

「せっかく蒼良と大福食べようと思ったのに」

 がっかりしたまま、源さんは部屋の中に入ってきた。

「なんだ、二人分しかないのか?」

 土方さんがうつぶせのまま源さんに聞いた。

「4つ買ってきた」

「なんだ、一つずつあるじゃねえか。二つずつ食うつもりでいたのか?」

「蒼良は甘いもの好きだからな」

 源さんは私の方を見てにっこりとした。

 つられて私もにっこりとした。

「なにニコニコしてんだ? 暇なら茶を入れて来い」

 土方さんにそう言われてしまった。

「はい」

 私が立ち上がると、

「いいですよ。今終わったので、私が入れてきます」

 と、山崎さんが素早く針の道具をしまい、お茶を入れに出て行った。

「そう妬くんじゃないよ」

 源さんが土方さんにそう言った。

 ん?やきもちか?何に妬いていたんだ?

「妬いてねぇよ。源さんこそ、大福を二つも食べようとしているんじゃねぇよ」

「甘いものは別腹っていうだろう。なぁ、蒼良」

「そうですね。お腹いっぱいでも、甘いものはなぜか入りますね」

 私がそう言うと、土方さんは信じられねぇと言いたげな顔をしていた。

「ところで、総司が最近出てこないが、どうかしたのか?」

 源さんが土方さんにそう聞いて来た。

 やっぱり付き合いが長いから、気になるのかな。

 源さんだったら、近藤さんの前の先代も知っているみたいだし、土方さんや沖田さんのことも小さいときから知っているみたいだし。

「源さんなら教えてもいいか。どうせすぐにわかることだ」

 土方さんがそう言うと、源さんに近づいて声を小さくして話し始めた。

「総司は、労咳だ」

「なんだってっ?」

 源さんは驚いていた。

 この時代、労咳は不治の病だ。

 治った人もいるらしいのだけど、ほとんどの人が亡くなってしまう。

「できるだけ安静に過ごさせている」

 土方さんがそう言うと、

「そりゃそうだろう。労咳の薬は安静しかないからな」

 と、源さんが言った。

 部屋の空気が暗くなり始めた時に、

「お待たせしました」

 と言って、お茶を持った山崎さんがはいってきた。

「わーい、大福だぁ」

 暗い空気を消すために、明るい声でそう言った。

「蒼良に買ってきたんだから、遠慮せずに食え」

 そう言いながら、源さんは土方さんや山崎さんにも大福を配っていた。

「うまい店で買ってきたから、遠慮するな」

「遠慮するなと言われてもな、一人一つだろう?」

「土方さん、一つで充分ですよ。あまり食べすぎると、糖尿病になりますよ」

 思わず言ってしまった。

 まだ30代だからよほどのことが無ければ大丈夫なんだけどね。

「なんだ、とうにょうびょうって。山崎知っているか?」

 山崎さんは首を振った。

 えっ、この時代は、糖尿病が無かったのか?

 そうか、糖尿病になるぐらい甘いものを食べてないもんなぁ。

「おい、とうにょうびょうってなんだ?」

 土方さんに聞かれてしまった。

 なんと答えればいいのだろう?

「あのですね……」

 迷いながら口を開いた時、バンッ!と部屋のふすまが勢いよく開いた。

 襖の向こうにいたのは、近藤さんだった。

「歳、大変だっ!」

 近藤さんはそう言った。

「どうしたんだ? また隊士が逃げたのか?」

 土方さんは、大福をもぐもぐと食べながらそう言った。

「家茂公が将軍職を辞して、江戸に帰るらしいぞ」

「ずいぶんと急な話だな」

 あせる近藤さんに、土方さんが落ち着いた感じでそう言った。

 これには、きっと先月にあった兵庫港の開港事件がかかわっているわけで。

 外国の軍艦が兵庫沖に押し寄せ、脅される形で開港することになったのだけど、その話を朝廷に持って行かず買って決めたため、朝廷がおこって幕府の偉い人たちの官位を取り消し、謹慎を言い渡していた。

 幕府の人たちは、この事件は一橋慶喜と朝廷が影で組んで起こした事件に違いないと言っている。

 そんな中に家茂公がいるので、それなら手っ取り早く慶喜が将軍になって朝廷と仲良く政治をしたほうがいいんじゃないの?ってなったのかなぁ?

 ああ、歴史をもっと勉強しておくべきだったなぁ。

「わしは、容保公と一緒に家茂公を説得しに行く」

 近藤さんが宣言をするようにそう言った。

「容保公が説得に行くのか?」

 土方さんが聞いたら、松平定敬まつだいらさだあきという伊勢桑名藩藩主で、容保公の弟にあたり、幕末では容保公と並ぶぐらいの幕府派の人間だ。

 ちなみに、一橋慶喜と伊勢桑名藩の松平定敬と会津藩の松平容保で、一会桑政権と言って、京ではこの三人を中心に政治が行われていた。

「それなら、近藤さんも誰か連れて行ったほうがいい。おい、お前ら」

 土方さんが大福を食べている私たちに言った。

「近藤さんについて行き、近藤さんを守れ」

 急に仕事を言いつけられて、あわてて大福を口の中に押し込んだのだった。


 家茂公は、直接京から江戸に帰るわけではなく、一回大坂に行くらしいと言う事で、大坂に向かって言ったのだけど、その途中の伏見で家茂公に追いついた。

 それから、えらい人たちは家茂公の説得にあたり、近藤さんは容保公の護衛としてついてきたので、そのまま容保公の近くで待機になった。

 その近藤さんの護衛できた私たちは、そのまま伏見で待機となった。

「家茂公は将軍をやめてしまうのだろうか?」

 伏見の宿で待機をしているとき、山崎さんが心配そうにそうつぶやいた。

「大丈夫ですよ。そんな簡単にやめれるものじゃないでしょう」

 将軍をやめたという話は聞いていない。

 江戸に帰ったという話も聞いていないので、家茂公はこのまま説得されるのだろう。

「歳が言っていたぞ。蒼良がたまに妙に自信もって言うって。それが大抵あたるんだよなぁって」

 そ、そうなのか?ずいぶんと鋭いことを。

「勘ですよ、勘っ!」

 それに対し、再び勘という言葉でごまかす私も、なんか成長していないよなぁ。

「蒼良さんが勘でそう言うと言う事は、何か根拠があるのですか? 例えば、今回の件とかは、将軍はやめないという考えがあるのですか?」

 ず、ずいぶんと難しいことを山崎さんは聞いてくるなぁ。

 勘に根拠はないと思うのだけど……。

 それでごまかそうかと思ったけど、また難しい質問をされても困るからなぁ。

 まさか、未来から来て、歴史がそうなっているから、そうなんだとも言えないしなぁ。

 というわけで、考えた結果言ったことは、

「一橋慶喜公と、松平定敬公と、うちの容保公の三人に説得されたら、嫌だとは言えないでしょう」

 という言葉だった。

「それもそうだな。今の京にいなくてはならん人たちだからな」

 源さんが、私の言葉に賛同してくれた。

「そうですね、蒼良さんの言う通りかもしれませんね。そもそも、なんで突然将軍をやめるなんて言い出したのかもわからなかったもので」

 山崎さんがそう言ったので、私は今までのことを簡単に説明をした。

「蒼良、なんでそんなに幕府のことに詳しいんだ?」

「そうですよ。なんで詳しいのですか?」

 源さんと山崎さんの二人にそう言われてしまった。

 勘ですという言葉が再び口に出そうになった。

「もしかして、幕府に間者を放っているのか?」

 冗談交じりで源さんがそう言ったので、

「実は、そうなんです」

 と言って笑ってごまかしておいた。


 説得にはまだ時間がかかっているみたいで、私たちの待機の時間も長くなっていた。

 いつ出発するかもわからないので、伏見の町を観光して歩くと言う事も出来ず、宿の中で大人しくしていた。

 厠に行ってくると言って出て行った源さんがなかなか帰ってこなかった。

 気になったので、見に行くと、途中で源さんが中腰で固まっていた。

「源さん、どうしたのですか?」

 なんで中腰で固まっているんだ?しかも、廊下の真ん中だし。

「やっちまったらしい」

 な、何をだ?もしかして、この体勢で動けないと言う事は……。

「腰ですか?」

 恐る恐る聞いてみると、うんうんと源さんはうなずいた。

 うなずくだけでも腰が痛いらしく、顔をしかめていた。

「や、山崎さんを呼んできますからね」

 私は急いで山崎さんを呼びに行った。

 山崎さんが今回一緒に来ていてよかった。


「おお、痛みが取れたぞ」

 源さんがそぉっと立ち上がってそう言った。

 あれから山崎さんを呼びに行き、山崎さんは慣れた手つきで源さんを部屋に運び、腰に針を刺して治療を開始した。

「これは癖になるから、気を付けてください」

 山崎さんは道具をしまいながらそう言った。

 確かに、ぎっくり腰は癖になると聞いたことがある。

「わかった。ところで、蒼良もこういうことが出来ると聞いたことがあるぞ」

 えっ、私?

「誰がそう言っていたのですか?」

「歳が言っていた。足の裏を刺激してもらうといいって」

 土方さん、本当にそう思って言ったのか?

「やってくれるか?」

 源さんが笑顔で頼んできた。

 いいのか?本当にいいのか?

 私は山崎さんから例の小さい棒を借りた。

「楽しみだな。気持ちいいと聞いていたから、いつかやってもらおうと思っていたんだ」

 笑顔で言う源さんに座るように言い、足を私の膝の上にのせて、棒でグリグリと刺激した。

「いてててっ!」

 源さんは足を引っ込めた。

「源さんは、やっぱり腰が悪いみたいですよ。気を付けてくださいね」

「ずいぶん痛かったぞ」

「足の裏のツボの刺激は、そこが悪いと痛みを感じるのです」

 山崎さんがそう説明してくれた。

「歳は、気持ちいいと言っていたぞ。もしかして、だまされたのか?」

 だまされましたね、完全に。

 山崎さんと二人でうなずいてしまった。

「土方さんにやってあげた時は、いてぇって大きな声で言ってましたよ」

「くそっ」

「でも、効き目はありますから、もう少しやりますか?」

「いや、遠慮する。山崎の針で充分だ」

「丸い石を並べて、その上を歩くだけでも効果はありますよ」

 山崎さんがそう言ってくれた。

「暇だから、廊下でやってみますか?」

 私が言ったら、やることが無かったせいか、みんなでやってみることになった。


「自分でやると、加減が調節できるからいいな。それにしても痛いな」

 源さんがそう言いながら廊下に置いた丸い石の上に足をのせて言った。

「この痛さが気持ちよくなるらしいですよ」

 私も、石で足の裏をグリグリと刺激しながら言った。

「私も結構痛いところがあるなぁ」

 山崎さんも、同じことをしてそう言った。

 そんなときに、近藤さんが息を切らせて入ってきた。

「説得に成功したぞ。これから京の二条城に向かう」

 近藤さんは一気にそう言ったけど、私たちのやっていたことを見て首をかしげた。

「なにしてんだ?」

 というわけで、近藤さんには京に帰る道で私たちがやっていたことを教えたのだった。


「おい、お前っ! 近藤さんに変なことを教えただろう?」

 土方さんに突然言われた。

 変なこと?

「近藤さんの部屋に行ったら、近藤さんは立ち上がって足の下に石を置いて足でその意思をグリグリと踏みつけるようにして転がしていたぞ」

 あ、この前私たちがやっていたことだ。

「健康にいいからと教えたのですよ」

「近藤さん、やみつきになっちまったみてぇで、この痛みが気持ちいいとか言っていたぞ」

 あ、もうそれはやみつきになっているわ。

「この石がいいんだって言われて、石までもらってきたぞ」

 土方さんは私に石を見せてくれた。

「あ、よさそうな石ですね。さすが近藤さん」

「さすがじゃねぇぞ。隊の中でも近藤さんがやっているからって真似してやっている奴らがいるからな」

 そ、そうなのか?

「隊ではやっているのですね。それなら、土方さんもやらないといけませんよ」

「誰がはやらしたんだ、ばかやろうっ!」

 え、近藤さんだと思うのだけど、違うのか?

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