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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応元年8月
214/506

私への結婚話?

「おい、近藤さんが呼んでるぞ」

 部屋のふすまが開いたと思ったら、土方さんがいてそう言った。

「え、近藤さんがですか?」

 珍しいなぁ、何だろう?

「お前、何かしたか?」

「わ、私ですか? 近藤さんに女であることを黙っていること以外は何もしていませんよ」

「も、もしかして、ばれたんじゃねぇだろうな」

 ま、まさか……

「もしばれていたらどうなりますか?」

 恐る恐る聞いてみた。

「切腹だな」

 ええっ!

「土方さん、蒼良そらは遠くに旅立ちましたと、近藤さんに伝えてください」

 そう言いつつ、私は逃げる準備をしようとした。

「お前、それは脱走じゃねぇかっ!」

 ああ、どっちにしろ切腹なのか?

「じゃあ、蒼良は具合が悪いのでって言ってくださいよ」

「それは無理だ。今朝近藤さんに会っただろう」

 そうだった。

 しかも元気よく挨拶までしてしまった。

「ウダウダ言ってねぇで、行くぞっ!」

 土方さんに手を引かれ、無理やり近藤さんの部屋に連れて行かれた。


 近藤さんの部屋に入ると、お茶が三人分出ていた。

 お茶が出るってことは、切腹とかという話じゃなさそうだな。

「そんなに緊張するな。お茶でも飲め」

 ガチガチになっていたのがわかったみたいで、近藤さんにお茶をすすめられた。

「はい、いただきます」

 私も土方さんも湯呑に口を付けた。

「それで話なんだが、蒼良、嫁をもらう気がないか?」

 近藤さんのその言葉に土方さんがブーッ!とお茶を吹き出していた。

 私は、ゲホゲホとむせてしまった。

「近藤さん、突然なんだよ。何もこいつじゃなくても、嫁をもらわねぇてといけねぇやつが隊にはたくさんいるだろう」

「そ、そうですよ。こういうことは年功序列で、年上の方からがいいと思います」

 となると、源さんからか?と、源さんの顔がよぎった。

 源さん、結婚する気あるのかなぁ。

 って、今そんなこと思っている場合じゃないよ。

「俺も、最初はそう思っていたんだがな。この前結婚した島田とその奥さんを見て、幸せそうだなぁと思ったんだ」

 近藤さんが説明をし始めた。

 確かに幸せそうだったけど、それが今回のこととどう関係があるんだ?

「それで俺は、この幸せを蒼良に味あわせてやりたいなぁと思ったわけだ」

 どこからそう言う話になるんだ?

「近藤さん、さっぱり訳が分からねぇが。島田の結婚と、こいつがどう関係してくるんだ?」

 そうなのだ、どう関係してくるのだ? 

 そう思っていると、近藤さんが私の両肩に両手をのせてきた。

「蒼良、結婚はいいぞ」

 はあ……。

 どう反応すればいいんだ?

「会津藩からいい話があってだな。藩士の奥さんのいとこの娘の娘が結婚相手を探しているようなんだ。この話がうまく言えけば、会津藩と新選組の関係はより強くなるぞ」

 近藤さんは嬉しそうに話をしているけど、藩士の奥さんのいとこの娘の娘って、会津藩からものすごく遠いと思うが。

「なにもこいつじゃなくてもいいだろう。斎藤だって左之だって色々他にもいるだろう」

「歳、俺は蒼良に幸せになってもらいたいんだ。いつまでも男色にはまっていても幸せになれんぞ。女と結婚して家庭をつくる幸せを蒼良に与えてやりたいんだ」

 近藤さんは力説をしていた。

 え、男色?私は普通なんだけど……。

 あ、近藤さんは私のことを男と思っているわけで。

「蒼良。お前は最初は歳と付き合っていて、その後平助になって今度は左之になったな」

 そ、そうだったか?

 視線を感じたから見てみると、土方さんが目で

「それは本当なのか?」

 と訴えていた。

 いや、違うから。

 全部近藤さんの誤解だから。

 私は土方さんを見てブンブンと首を振った。

「蒼良の男を見る目は間違っていないし、蒼良の恋を応援してきたつもりだ」

 いや、近藤さん、違うから。

 恋じゃないからっ!

 もうここまで近藤さんが思いつめると、歯止めがきかなくなる。

 どうすればいいんだ?

「でも、島田の結婚を見て、いつまでも男が男を見ていたらいかんと思ったのだ。だから蒼良、嫁をもらって幸せになれ」

 近藤さんは自分でそう言って、勝手に納得してうんとうなずいた。

 ええっ!よ、嫁もらうって、私、こう見えても一応女なのですが、近藤さんにそんなことを言えないしなぁ。

 そうだ、なにかあった時のお師匠様だ。

「あの、お師匠様に黙って結婚の話を進めることはできないので……」

「安心しろ。会津藩の人間が天野先生を探して聞いてくれたんだが、全然かまわんそうだ。むしろ、頼むって言ってきたらしいぞ」

 あ、あの、ク……お師匠様っ!いったい何を考えているんだ?

 私、女ですからっ!嫁もらえませんからっ!

「というわけだから、話をすすめとくからな」

 ええっ!すすめちゃうのか?

 土方さんに助けを求めたけど、首を振られた。

 ええっ!そ、そうなのか?


「天野先生はいったい何を考えてんだ?」

 部屋に戻ると、土方さんが開口一番にそう言った。

 それは、私も知りたいです。

 嫁をもらえって、私がもらうのは普通なら婿だろうがっ!

 何考えてんだ、あのク……お師匠様めっ!

「それに、お前色々な男と噂になってんだな」

「それは誤解ですよっ! 土方さんが一番よく分かっているじゃないですかっ!」

「それもそうだがな。ちょっと妬いただけだ」

 何に妬くっていうんだっ!今はそれどころじゃないだろう。

「このままだと私、結婚させられちゃいますよ」

 会津藩士のいとこの娘の娘の……何だったっけ?あまりに遠いつながりだったから、忘れただろうがっ!

「とにかく、お前は巡察いけっ!」

 そうだ、巡察に行かなければならなかったんだ。

 すっかり忘れてた。


「というわけなんですよ」

 一緒に巡察をしていた斎藤さんに、今日の近藤さんとの出来事を話した。

 というのも、巡察始まってから、そのことで頭がいっぱいだったので斎藤さんに、なにがあったんだ?と聞かれたからだ。

 私の話を一通り聞いた斎藤さんは、クックックと笑っていた。

「笑いごとではないですからね」

「いや、すまん。女が嫁をもらうとは……クックッ」

 だから、笑いごとじゃないから。

「どうすれば回避できると思いますか? やっぱり嫁もらうしかないのでしょうか」

 そうなると、私が女だと言う事がばれて、しかも相手にも迷惑かかってしまう。

 かなり大事になるのだと思うのだけど。

「女をつくればいいだろう」

 斎藤さんは一言そう言った。

 本気で考えてんのか?殴ってやろうか?

 女が女作ってどうするんだっ!

「お前が女を近藤さんの前に連れて行き、こいつと付き合っているからって言えば、近藤さんもそれ以上は話をすすめないだろう」

 な、なるほどっ!

「斎藤さん、頭いいですね」

「最初は殴ろうと思っていただろう?」

 な、なんでばれてんだ?

 斎藤さんの案はとってもいいと思う。

 ただ一つをのぞいては。

「女性はどこから連れてくればいいのですか?」

「お前、あてはないのか?」

 そんなものあるわけないだろう。

 右見ても左見ても男ばかりのところにいるんだから。

「なんなら、斎藤さんが女装しても……」

 いいと思いますがと言いたかったんだけど、斎藤さんからの殺気が怖かったので、黙った。

「島原にいるだろう」

 あ、牡丹ちゃんと楓ちゃんがいた。

「わかりました。早速頼みに行ってきます」

「巡察が終わってからにしてくれよ」

「わかりました」

 ああよかった。

 なんとか解決できそうだぞ。


 夕方になると、島原も忙しくなるので、巡察が終わってからすぐに行った。

「あ、蒼良はんやないの」

 置屋に着くと、揚屋に出発準備完了という状態で牡丹ちゃんと楓ちゃんがいた。

 きちんとお化粧もして、綺麗な着物も来て。

「綺麗だなぁ」

 思わずつぶやいてしまった。

「いややわ、蒼良はん。照れるやないの」

 と、楓ちゃんに思いっきり背中をたたかれた。

 うっ、痛い。

「なんか用があるんやないの?」

 牡丹ちゃんがそう聞いてきた。

 さすが、牡丹ちゃん。鋭い。

 私は今まであったことを話し、お願いをした。

「うちは、あかんよ。龍馬はん一筋やから」

 楓ちゃん、まだ坂本龍馬を思っていたのか。

 確か彼は結婚していると思うんだけど。

「じゃあ、うちが引き受けるわ。蒼良はんとは友達やし、話を聞いた以上ほっとくわけにはいかんもん」

「ありがとう、牡丹ちゃん」

「女が女を嫁にもらうわけにはいかんもんね」

「うん、そうなんだよ……えっ?」

 牡丹ちゃんの一言に相づちをうってしまった。

 ば、ばれてる?

「前からわかっとったよ。ここで着替えとったしな」

 楓ちゃんもそう言った。

 確かに、仕事上芸妓になるときもあって、ここの置屋でお世話になっていた。

「蒼良はんから話があるまで黙っとこって思っとったんや」

 牡丹ちゃんがそう言った。

 そうだったんだ。

「うちらは友達やから、なんでも遠慮せずに頼んでや」

 ぼんっと、再び楓ちゃんに背中をたたかれた。

 い、痛いんだけど。

 でも、数少ない女友達が出来て、嬉しかった。


「なんだ、女がいたのか。しかも島原の」

 近藤さんが牡丹ちゃんを見て言った。

 あれから、こういうことは早い方がいいと言う事になり、次の日に近藤さんに牡丹ちゃんを紹介した。

「島原の女は、いい女だからなぁ」

 近藤さんは上機嫌でそう言った。

「俺はてっきり蒼良は男色だと思っていたぞ。女がいて安心した。なぁ、歳」

 事情を知っている土方さんは、

「ああ。俺も心配してたんだぞ」

 と、話を合わせてくれた。

「で、結婚はいつにするんだ?」

 近藤さんが改めてそう聞いてきた。

 えっ?

「島原の女だ。早くものにしないと盗られるぞ」

 そ、そうなのか?そっちに行っちゃうのか?

「近藤さん、蒼良もまだ若いし、相手の牡丹も若いから、結婚はまだ早いだろう」

 そうだ、土方さんの言う通りだ。

「でも、早い方はいいぞ」

 これって、相手がいてもいなくても、私は結婚しなくてはいけないというパターンなのか?

「すんまへんが、蒼良はんは早う結婚したいと言うとりますが、うちがまだ一人前になっとらんので、待ってもらっているんどす」

 牡丹ちゃんがスラスラとそう言った。

「そ、そうなんです。牡丹ち……が、一人前になるまで待ってと言われているので」

「一人前って、太夫にでもなるのか?」

 近藤さんが牡丹ちゃんに聞いた。

 ちなみに太夫とは、花魁の中で一番偉い人だ。

「太夫なんてとんでもない。でも、今はまだ姐さんたちに教わっとる立場やから、せめて自分が教える立場になって、一人前になったらと考えとります」

 牡丹ちゃんの言葉に近藤さんはうんうんとうなずきながら聞いた。

「わかった。結婚はどうでもいいんだ。そんなものは本人同士の問題だからな」

 いや、さっきまであなた結婚って騒いでましたから。

「じゃあいいだろう? 近藤さん」

「ああ、下がっていいぞ。蒼良にちゃんと女がいてよかった」

 近藤さんが笑顔でそう言った、

 少しだけ罪悪感が残ったのだった。


 それから牡丹ちゃんを島原に送っていき、お礼を言って帰ってきた。

「何とかなったな」

 部屋に帰ると、土方さんがホッとしたようにそう言った。

「近藤さんは、ああなるともう止められねぇからな。どうなるかと思ったぞ」

 確かに。

「ところで、結婚は本当にいいのか?」

 いいのかって?

「なにがですか?」

「前も言っただろう。お前も20歳なんだから、いつまでもここでこんなことやってられねぇぞって」

 ああ、確かに言っていたなぁ。

「でも、私には早いです」

「20歳じゃあ遅い方だぞ」

 この時代はそうなんだよね。

「じゃあ、私が行き遅れたら、土方さんがもらってくださいよ」

 半分やけになってそう言ったら、なぜか土方さんは驚いていた。

「いいのか?」

 真顔で土方さんに聞かれた。

「いいのかもなにも、責任取ってくださいよ」

 私がそう言うと、責任ってなんだっ!って怒るかと思っていた。

 しかし、土方さんは一言、

「わかった」

 と言ったのだった。

 もしかして、またからかわれているのか?

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